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もし、今の日本が米ソの分断政策によって、北日本(日本民主主義人民共和国)と南日本(日本国)に分断されていたら、安保条約をどう考えれば良いだろう。恐らくかなり早い段階、1960年頃には自衛隊は国防軍に改組されており、徴兵制が敷かれていたのではないか。青春を謳歌する時期に戦前・戦中の若者のように戦後の日本人も兵営に行かねばならない。イラク戦争どころかベトナム戦争にだって参戦しているかも知れない。そして、それは終戦直前の状況を見れば十分あり得るシナリオだったのだ。北海道の守備隊は千島・樺太は占領されても、なんとか北海道は守りきった。しかし、あのまま撃破されて、ドイツのように首都まで攻め込まれたら、大変なことになっていた。あのケモノのような毛むくじゃらの巨根では小さな日本女性の体はもたない。危なすぎる状況であった。終戦直前にまだ徹底抗戦を叫ぶ将校が反乱を起こし、首相と玉音放送を探す動きがあった。さらに徹底抗戦派は皇居にまで進撃して、近衛連隊長を斬殺までしている。危ない所であった。まさに首の皮一枚で日本は朝鮮・ドイツのような分断国家になることを免れたのである。
北日本なる国家が今そこに存在しておれば、安保問題でもそんなに悠長なことは言ってられないし、観念的な平和主義はかなり早い段階で西ドイツ並みに払拭されるだろう。日本と中国・DP朝鮮との間には海がある。また、分断国家を免れた。いくつもの幸運が重なって日本は徴兵制からも戦争に巻き込まれることからも免れた。決して平和憲法の力ではなく、国際力学の力によるものではないかと思うこの頃。第三次世界大戦未遂とも言うべき朝鮮戦争ですでに日本は参戦していたかも知れない。あの時、すでに戦後は終わっていたかも知れない。日本は朝鮮戦争にもベトナム戦争にも参加しなかった。徴兵制も復活しなかった。それは国際政治力学の偶然が重なってできたこと。平和憲法や平和運動だけでは、ここまで平和は続かなかった。