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毎日新聞2005年8月7日朝刊「本と出合う−批評と紹介」より転載:
主役が満州(現中国東北部)で阿片密売を牛耳った里見甫(さとみはじめ)。作者はノンフィクション界きっての才知豪腕の持ち主。この大取り合わせによって、昭和史の暗部で蠢く人々の実態をまるで喜劇を見るように楽しむことができる。
「前の戦争の発火点である満州国がいつ終わったのかを誰も特定できない。甘粕正彦(満州国要人)が自殺した瞬間か。ソ連軍の侵攻が始まった時か。そうじゃない。世代的な問題かもしれないけど、けじめをつけたかった」
宮本常一(民俗学者)の生涯を追っていた10年前。里見の遺児の奨学基金募集名簿を入手した。その発起人には、岸伸介、佐藤栄作、児玉誉士夫、笹川良一、甘粕四郎(正彦の実弟)、松本重治、伊藤武雄(中国研究家)・・・と、首相からジャーナリスト、政界のフィクサーに至る幅広い顔ぶれが名を連ねていた。
「満州は何によって支えられていたか、その下部構造を書かなければいけない。換金作物は阿片だけ。日中戦争とは20世紀の阿片戦争。関東軍と蒋介石が阿片を奪い合ったゲームだったのです」
この構造の全体を知りうる人物は里見だけだという。
「とにかく魅力的なやつ。怪物と呼ばれた人物は歴史上たくさんいるが、里見は掘れば掘るほど暗闇の中で輝きを増していく印象でした」
主役の立ち位置に加えて、巧みな演出が読みどころだ。
「あそこでコーヒーを飲んでいるのは東条じゃないか。笹川なんか、チンピラ扱い。(そうそうたる人物も)そんなふうにした。ぜいたくな作りになっているんです」
物語にいざなうピエロ役として晩年の里見に仕えた秘書的人物を探り当てた。名簿に記された唯一の女性が「男装の麗人」で、里見の片腕だったことも突き止めた。
<戦後の高度経済成長は失われた満州を日本に取り戻す壮大な実験でなかったか>。
このモチーフに沿って、めまぐるしく人が動き、通り過ぎる。が、里見は戦後、なぜか歴史の表舞台から退場した。
「そんな生き方を強いたのは戦後の薄っぺらな残酷さでしょうか」
文:桐山正寿
(佐野真一『阿片王 満州の夜と霧』は新潮社・1,890円、2005/07刊行)