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韓日歴史共同研究委で意見の食い違い続出 会議録すら存在せず
今月1日、3年間の活動を締めくくった韓日歴史共同研究委員会(委員長:趙東杰(チョ・ドンゴル)、三谷太一郎)は両国の学者が立場の違いから激しく対立し、休止が相次ぐなど、多くの困難に直面しただけでなく、韓日の争点となった近・現代史部分を担当した3分科に至っては、日本側が共同委員会会議録を残すことを拒否し、会議録すら存在しないことが確認された。
こうした事実は研究委員会が先週末、外交部と教育部のホームページを通じ、これまでの委員会活動記録や座談・討論会会議録、相互批評文、韓日研究委員が書いた後記などを公開したことにより明らかになった。
今月1日公開された両国委員らの論文だけではわからなかった研究委員会の事情を知ることができる、出席者のなまの声を記録したものだ。
韓国側の委員は3月26日、東京で開かれた最後の韓日合同全体会議で、これまでの活動を振り返って直接的な不満の声を上げた。李万烈(イ・マンヨル)委員は「歴史学者が争点を話し合う場において、公の記録を残してはならないと主張するというのは、果たしてあっていいことなのか、今でも納得できない」と吐露した。
ソウル市立大学の鄭在貞(チョン・ジェジョン)教授は「韓日歴史共同研究委員会は、そもそも日本の歴史教科書問題が発端になって発足した機構」とし、「従って歴史教科書の記述や歴史教育が研究と討論のテーマとして挙げられるべきだったが、日本側の激しい反対で実現できなかったのは残念」と述べた。
3つの分科のうち、唯一座談会の会議録と個々の委員の個人的感想を残した1分科(古代史)も同様に難航した。高麗(コリョ)大学の金鉉球(キム・ヒョング)教授は「韓半島南部で活躍したとされる『倭』の定義からして、相反する見解で少しも歩み寄ることができなかった」とし、「かえって、見解の差が極めて大きく堅固だという点に、両国の学者があらためて驚いたのではないかと思う」と述べた。
日本側の委員たちも研究委員会の難航を振り返った。3分科の東京都立大学の森山茂徳教授は「時間、財政上の制約のため、両国関係史に関する知識を充分に理解するまでは至らなかった」と遺憾を意を表明した。
1分科の九州大学の濱田耕策教授は「今後、日韓歴史の共同研究対象を日韓関係史に制限せず、日本の古代史、韓国の古代史の分野も扱っていく必要があり、それぞれの歴史発展に基づいた日韓関係史共同研究が進むことを期待する」とし、第2期委員会の構成を促した。
金基哲(キム・ギチョル)記者 kichul@chosun.com
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/06/13/20050613000074.html