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チャイナ・リスクと米の多角的対中観 田村秀男
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/tamura/index.html
超大国(super power)の定義を、その国内政治が負の側面を含め世界情勢に大きく影響する国、とすれば、中国は今やアメリカと並ぶ超大国である。いくら核を持っていても、ロシアや英仏、インドはその範疇にはない。その米中双方の国内要因が相互に作用し、世界経済のリスク源になっている。アメリカの要人の一部はこのことに気がつき始めたようだ。
人民元切り上げの金融市場への影響懸念
端的に示したのが、最近のグリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)議長らの人民元に関する発言である。議長はニューヨークでの講演(5月20日)で、ドルにペッグしている人民元を中国が切り上げた場合、輸入品の価格上昇で米国内物価が上昇する可能性があり、しかも巨額の米貿易赤字の削減につながらないと指摘した。さらにその5日後、バーナンキFRB理事は次期大統領経済諮問委員会(CEA)委員長承認手続きのための議会証言で人民元切り上げが米国金利に影響する可能性を指摘した。一部の産業界の不満を受けたブッシュ政権や議会が中国に人民元切り上げ圧力を高めているが、人民元切り上げによる影響が金融市場に跳ね返ってくることを、両氏は懸念している。
無理もない。グリーンスパン議長は上記の講演で米住宅市場の過熱を警告していた。「バブル状態」とも言われる米国の住宅市場は個人消費を必要以上に刺激して貿易赤字を膨張させているばかりではない。住宅ローン需要の拡大は突然の金利変動で相場が大きく振れるデリバティブ(金融派生商品)を膨張させている。というのは、住宅抵当証券を発行している米連邦住宅金融抵当金庫(フレディマック)と米連邦抵当金庫(ファニーメイ)の住宅抵当金融投資会社は、保有資産への金利の影響をヘッジするため、金利スワップ・オプションと呼ばれるデリバティブを購入する。金利スワップ市場の拡大に合わせてJPモルガン・チェース銀行をはじめとする米銀、さらに欧州、日本を含め日米欧の大手銀行がデリバティブ取引に参入し大手銀行の相対取引によるデリバティブ想定元本残高は2004年末時点で16兆8000億ドルに達した。米国の2004年国内総生産(GDP)11兆7350億ドルを大きく上回る。大手銀行はデリバティブ取引で高収益を挙げているが、相対取引の残高のうち金利関連が8%増の14兆4000億ドルと全体の約8割を占める。住宅市場が冷え込み、住宅抵当金融投資会社など大口のデリバティブ取引相手が債務不履行に陥ると、銀行に連鎖し、たちまちのうちに米国金融市場はパニックになる懸念がある。
グリーンスパン時代終焉と市場不安
グリーンスパン議長はデリバティブ市場膨張に伴う金融市場のリスク要因として、住宅ローン資産、相対取引のデリバティブのほか、銀行によるヘッジファンド向け貸し出しを挙げている。コリガン前ニューヨーク連銀総裁を座長とするヘッジファンド調査委員会は今月22日、ヘッジファンドの規模は1兆5000億ドルと2年前の8000億ドルから2倍近く増えたと発表した。ヘッジファンドは銀行借り入れで資産運用規模を膨らませ、デリバティブ手法を駆使して収益を挙げている。しかし、金利の急激な変動には弱く、98年のロシア金融危機ではロシア債券市場の崩壊でヘッジファンドのLTCM(ロングターム・キャピタル・インベストメント)が破綻し、銀行の信用不安に発展しかけた。日本の銀行のヘッジファンド向け融資は日銀の内部調査では最近の時点で約5兆円と見積もられているが、邦銀海外法人は含まれていない。日本に限らず、米欧でもヘッジファンドの情報はほとんど公開されず実態は極めて不透明だ。高まる金利リスクのなかで、米国のコリガン・グループと欧州連合(EU)は共同歩調をとって規制策の検討に乗り出したばかり。
金利からくる市場危機回避に腐心するグリーンスパン議長は市場の予測性を重視し、インフレ抑制を名目に絶えず市場に予告する形で短期市場金利を小刻みに上げ、アメリカへの資本流入を促してドル相場と債券市場の安定に務めてきた。その議長も今年末には退任する意向を表明しており、グリーンスパン時代の終焉そのものが市場不安のタネになりかねない。
共産党「一枚岩」統治能力への疑問も
しかし、「チャイナ・リスク」はそもそもグリーンスパン・マジックだけではどうにもこうにも管理できないかもしれない。
5月の連休は香港で過ごしたが、目立ったのはチャイナ・マネーの流入で、香港のヘッジファンド運用者によれば今や香港のヘッジファンドの10%以上が大陸系によるという。人民元切り上げを見込んだ中国への投機的な資本流入は続いているが、半面では資本逃避も起きている。香港の人民元先物相場は乱高下を繰り返す。反日デモ以降は米欧メディアや一部ビジネス関係者の中国経済への見方は次第に冷めてきているのも、香港市場に微妙に作用する。
4月の暴力的な反日デモから最近の呉儀副首相のドタキャン騒ぎに至る北京指導部の一貫性のなさや混乱ぶりは、「一枚岩」を鉄則とする中国共産党の統治能力に疑問を抱かせる結果となった。ブッシュ政権内を含む東西冷戦専門家の間では検討チームをつくり、ベルリンの壁崩壊に先立つ東欧諸国の当時の情勢と中国を比較する動きが出ている。首都に集まった群衆に対し、社会主義一党独裁指導者はなすべくもなく体制が崩壊した。「今回の反日暴力デモは最初の北京のデモ以来、収拾に1週間以上もかかった。80年代末の東欧は指導者の無能が半日足らずあからさまになっただけで転覆した」と上記のチーム関係者は言う。いかにもシナリオ好きなアメリカ人の考えそうなことだが、こうした見方は今後広がりかねない。
日本も見習いたい米の現実思考
中国経済はみかけの高度成長の半面で、重複投資だらけで過剰設備・過剰生産、過当競争に陥りやすい。最近の新華社電によれば若者の失業率は9%で、新規に労働市場に入る若者のうち15%は職がない。人民元を大幅に切り上げる羽目になれば、国内総生産の5割の水準に達するとも言われる国有銀行の不良債権はさらに膨れる。安い農産物の流入で農村部は疲弊する。失業問題は農村を含めさらに悪化しよう。
日本政府はチャイナ・リスクに無頓着で円借款停止や「靖国参拝」で北京指導部をいらだたせ、かき乱す。アメリカは一見すると、人民元切り上げ圧力や軍事脅威問題提起にみられるように対中強硬姿勢を貫いているようだが、実はグリーンスパン議長のようにグローバルな時代では市場リスクが中国要因で生じると認識している。中東や中央アジアに「民主化」の嵐を巻き起こしているネオコンですら中国に民主化圧力をかけるのを自重している。政治的な「米中対立」はそれこそ、経済面でも世界を壊すと自覚しているからだ。共産党体制に代わって、13億人プラスアルファをひとつの中国にまとめる仕組みはアメリカからしても見当たらない。多面的なアメリカの対中観に日本も少しは見習うほうがよい。
http://www.nikkei.co.jp/neteye5/tamura/index.html