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すぐに謝る国、絶対謝らない国 (国際派日本人養成講座)
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投稿者 てんさい(い) 日時 2005 年 4 月 17 日 08:30:22: KqrEdYmDwf7cM

■■ Japan On the Globe(391)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

Common Sense: すぐに謝る国、絶対謝らない国

 日本人がすぐに謝るのは、罪と罰に関する
独特の感じ方があるからだ。
■■■■ H17.04.17 ■■ 33,007 Copies ■■ 1,560,728 Views■
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■1.謝らない中国■

 中国の反日暴動が燃えさかっている。日本大使館や日系商店
に投石して窓ガラスを割り、日本人留学生をビール瓶や椅子で
殴って怪我をさせた。

 当然、日本政府は謝罪と賠償を要求したが、中国外務省の報
道官は「日中関係が今日のような局面を迎えた根源は日本側に
あるのは明かで、日本は反省に値する」と述べた[1]。これほ
どまでの厚顔ぶりに、怒りを通り越して、呆れてしまう日本人
も多いのではないか?

 中国は絶対に謝罪しない国のようだ。原潜の領海侵犯でも、
サッカー・アジアカップでの暴動でも、あれこれ理由をつけて
結局きちんとした謝罪はしていない。

 朝日新聞などは従来から「日本側が歴史問題に関して、心か
らの反省と謝罪をしないから、中国側の理解を得られない」と
いう論理を振りかざしてきた。しかし、そんな理屈も、絶対に
自分の非を認めず謝罪をしない中国側の態度に色あせてきた。
こういう国に謝罪しても、後でどう利用されるか、分からない
からである。

 世の中には絶対に謝罪をしない国や国民がある。そして世界
的に見れば、どうもこちらの方が普通のようなのだ。

■2.謝らない文化■

 東洋大学の社会学部の長野晃子教授の著書「日本人はなぜい
つも『申し訳ない』と思うのか」には、この点を関する極めて
興味深い体験談が出てくる。[1,p137]

 ある時、長野教授はフランス人4人と食事をするために、6
時半に待ち合わせをした。しかし、待ち合わせの時間と場所を
指定した張本人のフランス人D氏がなかなか現れない。寒風の
中を30分以上待たされて、ようやくD氏は7時過ぎに現れた。

 D氏が腕時計を見て「ああ間に合った。約束は7時だったよ
ね」ととぼけたので、3人のフランス人の猛烈なブーイングが
始まった。それでも遅刻したD氏は最後まで謝らなかった。
顔を真っ赤にし、おでこの血管をピクピクさせ、寒い季節だっ
たのに、頭から湯気が立つほど汗びっしょりになりながらも。

 長野教授はその光景を見ながら思った。「申し訳ない」とD
氏が一言いえば、待たされた方も気が済むだろうし、本人も気
が楽になるのに。謝らない文化もなかなかストレスがたまるの
だな、と。

 D氏が日本人だったら、まずは「申しわけありません」と謝
るだろう。そして「タクシーを飛ばしてきたのですが、交通事
故で道路が渋滞していたものですから」などと遅れた理由を説
明する。このように自分の責任ではない不可抗力の原因でも、
とにかく謝るのが日本人の流儀である。そして「それなら、仕
方がないよ」などと、待たされた方も許す。

「誠意を持って謝罪すれば、許してくれる」というのが、日本
人の考え方だ。朝日新聞流の「心からの謝罪をしないから、許
してくれない」というのはこれの裏返しで、すぐに謝る日本人
の心理を巧みについたプロパガンダなのである。

■3.「30年後に罰されるであろう」■

 罪や謝罪に関する日本と欧米の違いを、長野教授は民話など
を対比させつつ、明快に解き明かしている。たとえば、中世の
欧州には次のような民話があった。

 貧しい若者が金持ちの娘と結婚したいと思うが、娘は若
者が貧乏なのが気に入らない。そこで若者は商人を殺し、
財産を奪う。娘が若者にどういう罰を受けるのか聞いてく
るように言う。若者が殺した商人の墓に行くと、商人は起
きあがって、神に裁きを求める。すると天から「30年後
に罰されるであろう」という声が聞こえた。

 娘は若者との結婚を承諾し、二人は幸せに暮らす。30
年後に罰が下り、二人の屋敷は瞬時に地中に没し、その跡
は湖になった。

 この話は教会でお説教に使われたという。「殺すなかれ」
「奪うなかれ」という神の掟を破った罪として、若者が死後、
永遠に地獄の業火で焼かれ、苦しんでいる事を伝えて、戒めと
したのだろう。

■4.コインロッカー・ベビーの怪談■

 これに対して、次のような日本の現代の怪談を対比してみよ
う。

 東京で、ある女が「遊んでいる」うちに子供ができてし
まった。一人で生み落とし、赤ん坊を東京駅のコインロッ
カーに入れ、カギをかけて、棄ててしまった。女はそれ以
来、東京駅には近寄らなかった。

 数年後、就職した女は上司の命令で、東京駅近くの取引
会社に書類を届けることになった。ためらいながらも、あ
のコインロッカーの前を通ると、小さい男の子がうずくまっ
て泣いていた。周りの通行人は、なぜか、その子に目もく
れずに通り過ぎていく。

「どうしたの?」と女は聞いたが、返事がない。「お父さ
んは?」と聞くと、「分からない」と下を向いたまま、泣
いている。「お母さんは?」と聞くと、男の子は顔を上げ、
「お前だ」と言って、消えてしまった。

■5.罪と良心の呵責■

 以上の二つの話を比べてみると面白い。欧州の民話では、殺
した商人が起きあがっても、若者は謝るでもなし、怖がるでも
ない。その後も、若者と娘は良心の呵責をまったく感じずに、
30年間も幸福に暮らす。そして30年後に受けた罰は、屋敷
もろとも地中に埋められるという、きわめて「物理的」なもの
だ。

 一方、日本の話では、殺した子供が姿を現す所に最大の恐怖
感がある。しかし子供は単に現れて消えただけで、物理的な危
害を加えるわけではない。なぜ、これが怖いのだろうか。

 それは、やはり女に自責の念があるからである。そして、こ
の後も死ぬまで女は良心の呵責に苛まれるだろう。したがって
日本の罰は良心の呵責や、それに基づく恐怖という、自らの内
心から来る心理的な罰である。

 欧州では、罪は「殺すなかれ」「奪うなかれ」という神のル
ールを破った事であり、その結果として神から物理的な罰を与
えられる。裁き手は外部にいる神である。

 日本では、罪とは相手に害を与えることであり、その結果、
受ける良心の呵責が心理的な罰となる。裁き手はあくまでも内
心の良心なのだ。

■6.欧米では自首はきわめて珍しい■

 商人を殺した若者に見られるように欧米諸国では犯罪者が自
分の罪を悔いて自首することはきわめて珍しいそうだ。

 フランスのある判事は、自首は自分の利益に反する行動であ
るから、はなはだ希であって、もし自首して来た者があったら、
その者が精神異常者でないかどうか調べなければならない。精
神異常者でないならば何の目的で自首してきたのか調べなけれ
ばならない、と手厳しい。そして自首の80パーセントは嘘だ
と断定する。

 日本での自首は殺人罪については、捜査の手掛かりの6パー
セントが自首によるものだそうだ。そして捜査官に「申し訳な
い」と心を開いて自首するものが大部分なので、自首に嘘が多
いということはないそうである。[2,p129]

 自首の一例として、元暴力団員が金目当てに犯した11年前
の殺人事件を自首した例が挙げられている。被害者が毎晩、夢
枕に立って自首を勧め、男は罪の意識で酒浸りになっていたと
いう。まさにコインロッカー・ベビーの実話版である。

 この男は、自首して洗いざらい告白した結果、ほっとした表
情になったという。罰とは内心の呵責なので、心からの謝罪を
相手が受け入れてくれれば、罰が緩和されたと感じるのだろう。

■7.アダムとイブの責任転嫁■

 それに対して、欧米では罪は神の定めたルールを破ることで
あり、その罰も神から与えられるとすれば、加害者が被害者に
謝罪するという意味合いはあまりない。欧米における罪と罰が
極めて論理的物理的なもので、謝罪とか、内心の呵責などとい
う心理的なものは、ほとんど出る幕がないようだ。

 この事は聖書の「原罪」のシーンを読むとよく分かる。神は
アダムとイブをエデンの園に住まわせたが、「善悪の知識の木
の実は、決して食べてはならない」と命じた。しかし、イブは
蛇にそそのかされて、いかにも美味しそうに見える知識の木の
実を食べてしまい、アダムもそれを渡されて食べた。

 神がそれに気がついてアダムを問いつめると、彼は「あなた
がわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って
与えたので、食べました」と答える。自分が罪を犯したのはイ
ブのせいだと責任転嫁し、さらにそのイブは「あなたがわたし
と共にいるようにしてくださった女」だと、暗に神にも責任が
あるかのような口ぶりである。

 神が今度はイブを問いつめると、イブも「蛇がだましたので、
食べてしまいました」と、負けじと蛇に責任転嫁する。こうし
たやりとりの結果、神は蛇には地面を這いまわらせるという罰
を与え、女には産みの苦しみを、男には生涯食べ物を得る苦し
みを罰として与えた。

 この人類最初の「原罪」からして、アダムもイブも責任をた
らい回しにして、何ら謝罪していない点に改めて驚かされる。
罪と罰の決定に、謝罪や内心の呵責などはなんら関係ないよう
だ。

 これが日本の民話だったら、アダムはすぐにはいつくばって
神に「申し訳ございません」と謝り、イブは「いえ、そそのか
したのは私です。罰は私だけにお与え下さい」などとアダムを
かばう。神は二人の「神妙さ」に感じ入って、死罪一等を免じ
て、楽園追放に処した、という所であろう。

■8.日本と欧米との罪の違い■

 もう一つ、日本人の腑に落ちないのは、なぜ知識の木の実を
食べることが罪なのか、という事である。たとえば、神がこの
木の実を大切にしていたので、それを食べられてしまって悲し
んだというなら、日本人にも罪だと納得できる。神に迷惑をか
けたからである。

 しかし、聖書にはそのような記述は何もなく、単に神が食べ
てはいけない、と言っただけで、それが罪とされたのである。
いかにもおいしそうな木の実を見せつけておいて、食べたら罰
する、というのは、日本人には一種のイジメのように見える。

 欧米人にとっての罪とは、神あるいは法律が禁じた事をなす
ことである。それに対して、日本人の罪とは他者に危害や迷惑
を与えることである。

 この違いが鮮明に現れるのが、自殺を罪と考えるかどうかで
ある。欧米では自殺を罪とする。「殺すなかれ」というモーゼ
の十戒の一つに違反するからである。多くの日本人はこれを
「他者を殺すなかれ」という意味だと誤解しているが、欧米人
は自分も殺してはならないと理解している。それに対して、日
本では自殺自体はそれが他者に迷惑をかけない限り、罪とは考
えない。

 女子中学生の援助交際なども、「誰にも迷惑をかけていない」
などと正当化する言い分があったが、これも「罪とは他者に迷
惑をかけること」という日本的な考えが無意識の底にあるから
である。欧米なら「姦淫をしてはならない」と十戒にあるから
罪である、という事になる。

 ちなみに、援助交際が罪である理由をこう説明してはどうか。
「君をここまで育ててくれたのは、両親や社会のおかげで、そ
の君が立派な大人になって社会に恩返しできるようにならなけ
れば、両親を悲しませ、社会に迷惑をかけることになるのだよ」
と。

■9.すぐに謝る国、絶対に謝らない国■

 罪とは他者に迷惑をかけることであり、そこから良心の呵責
に苛まれる事が罰である。そして相手に謝ってそれが受け入れ
られれば、罪も罰も消える。こういう日本人の感じ方は、子供
の頃から教え込まれたものである。たとえば小学校1年生の道
徳の教科書には次のような話が載っている。

(男の子がだれもいない部屋でコップをひっくり返す)
「あっ、こぼしちゃった」
(テーブルの下に猫がいる)
「そうだ、たまのせいにしよう」
(そこへお母さんがやってくる)
「ぼくのせいじゃないよ」

 おかあさんは、ぼくのかおをじっとみて、さびしそう
に、「そう」といいました。そうしたらぼくも、きゅう
にさびしくなってしまいました。[2,p57]

「ぼく」がさびしくなったのは、お母さんが自分のせいでさび
しそうな顔をしたからだ。そういう思いをさせて、お母さんに
迷惑をかけた事に「ぼく」は自責の念を感じる。

 しかも、お母さんがさびしく思ったのは、コップをひっくり
返した事よりも、「ぼく」が素直に謝らなかったことだ。こう
いう話を読んだ子供は、人に迷惑をかけたら素直に謝るべきだ
という事を学ぶ。そして心から謝れば、その罪は許される、と
思いこむようになる。

 日本人の罪と罰、謝罪に関する感じ方は、子供の頃からのこ
うした教育によって育てられたものであろう。しかし、これは
あくまで日本文化に根ざしたものであり、世界の多くの文化で
はそうではない事を知るべきだ。

 素直に謝っても、それを受け止めてくれない国民、あるいは
逆手にとって悪用する国民がいる事を我々日本人は知らなけれ
ばならない。同時に他国に迷惑をかけても素直に謝らないこと
が、日本人の心にどれほどの不信感を引き起こすかを、中国政
府は知るべきである。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(073) 親善外交の常識
 謝罪と朝貢の対中外交では、真の独立国家間の友好関係は築
けない。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog073.html
b. JOG(170) 個人主義の迷妄〜「国民の道徳」を読む
 奉仕活動をする青年も、援助交際をする女子高生も、同じく
「個人の尊厳」では、、、
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog170.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 産経新聞「中国、謝罪・賠償を拒否」、H17.04.13
2. 長野晃子『日本人はなぜいつも「申し訳ない」と思うのか』
★★★、草思社、H15
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794212666/japanontheg01-22%22

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