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AML-STOVEへの私の投稿(山崎カヲル氏サイトより)−−−ホロコースト否定派の手口について
http://www.asyura2.com/0502/war67/msg/447.html
投稿者 竹中半兵衛 日時 2005 年 2 月 18 日 06:27:34: 0iYhrg5rK5QpI

(回答先: コピペ推薦のネタ元はハイル・ヒットラーのナチ。 投稿者 竹中半兵衛 日時 2005 年 2 月 18 日 05:57:50)

http://clinamen.ff.tku.ac.jp/Holocaust/Aml_stove.html

AML-STOVEへの私の投稿

以下にとりあえず、aml_stoveに送った投稿を貼ります。ふたつほどあった誤字を直しておきました。また、ヘッダーのうち必要ないものと、末尾につく署名は削ってあります。

Date: Mon, 15 Feb 1999 13:01:33 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 121] ドイツ国内のガス室

木村愛二さんの大活躍はamlでは終わってしまうようですが、ちょうど彼の『アウシュヴィッツの争点』を(あきれ果てながら)読了したところなので、ほんの少しだけ残念です。
ホロコーストやガス室の存在を否定する人々(以下、否定派)はだいたいにおいて無精で、仲間内の議論をあれこれと増幅するか、批判にならない批判をただ繰り返すかしかなく、あまり面白い展開は期待できません。『マルコポーロ』にのった西岡昌紀さんの「論文」はその典型(要するに自前の論証がまるでなく、否定派がすでに出している陳腐な議論の切り張り)だったのですが、『アウシュヴィッツの争点』という本文300ページを越える本も変わりなく、否定派に共通するメンタリティをいささかも越えていません。このへんで議論を終えるのが適当かもしれません。
ただ、ひとついっておきたいことがあります。
木村さんはDie Zeitに掲載されたマルティン・ブロシャート(「マーティン」ではありません)の有名な投書を引きながら(それもまったくの孫引きですが)、「西側にはガス室はなかった」というのが「事実上の定説」になったと述べておられます(『争点』p.229.)。この「西側」は少しまえで「西側占領地域」とも呼ばれているので、そうだとするとフランスやオランダなどのことかもしれませんが、ドイツのダッハウが挙げられているので、たぶんポーランドより「西側」、ドイツ国内ということなのでしょう。ブロシャートの文章でもそうなっています。
強調しておきますが、ドイツ国内にガス室がまったくなかったわけではありません。あくまでも国内の強制収容所にガス室がなかっただけです。ガス室そのものはドイツ内部に立派に(!)存在していました。ベルリン近くのブランデンブルク、ヘッセンのハダマール、ザクセンのゾンネンシュタインといったところにはちゃんとガス室と焼却炉があって、1940−41年のたった二年間で少なくとも7万の人々を殺しています。犠牲者の多くは精神「障害」者でした。大人も子供も含まれます。大部分がドイツ人です。いわゆる「生きるに値しない生命の絶滅」(Vernichtung lebensunwe rten Lebens)というすさまじい発想の具体化にほかなりません。このガス殺戮で培われたノウハウが、担当した医者や技術者とともに、アウシュヴィッツ等に移植されるのです。
詳しいことはゲッツ・アリー、クラウス・デルナー、エルンスト・クレー、ヴァルター・シュミットたちの研究に書かれています。ハダマールについてだけで、何冊もの本が出版されています。英語では
Michael Burleigh, Death and Deliverance: 'Euthanasia' in Germany c.1900-19 45, Cambridge Univ. Press, 1994.
Henry Friedlander, The Origins of Nazi Genocide: From Euthanasia to the Fi nal Solution, Univ. of North Carolina Press, 1995.
がよいと思います。アリーたちの仕事の一部は英語になっています。
Goetz Aly, et al., Cleansing the Fatherland: Nazi Medicine and Racial Hygi ene, The Johns Hopkins Univ. Press, 1994.
もっとも新しい関連する研究として、つぎの論文を挙げておきます。
Michael Schwartz, ""Euthanasie"-Debaten in Deutschland(1895-1945), Viertel jahrshefte fuer Zeitgeschichte, Oktober 1998.
日本語では
ベンノ・ミュラー=ヒル『ホロコーストの科学』岩波書店、1993年
南利明『ナチス・ドイツの社会と国家』勁草書房、1998年
に有益な記述があります。
ついでながら、木村さんが「ひろく共同研究をよびかける」(『争点』p.335.)つもりなら、まずはドイツ語にみがきをかけられることをおすすめします。日本語がほとんど読めない人から、「関東大震災では朝鮮人虐殺はなかった」という共同研究をよびかけられても、だれも相手にはしないのです。オイゲン・コゴンたちが編集した真に貴重な資料集さえ、『争点』の参考文献に入っていません。
Eugen Kogon, et al.(hrsg.), Nationalsozialistische Massentoetung durch Gif tgas. Eine Dokumentation, S. Fischer Verlag, 1983.
「真に実証的な研究者」(『争点』p.333.)であるためには、どうしても必要な資料や研究は絶対に読むことが条件になります。これはなにも「アカデミー業界」の狭い約束事ではありません。先にちょっと出しておいた雑誌Vierteljahrshefte fuer Z eitgeschichite(『現代史四季報』とでも訳しますか)は、ドイツの現代史の研究状況を知るにはまずもってsine qua nonで、ことしになって出た最新号には1953年の創刊から1997年までの内容総覧があります。そのなかのDeutsche Geschichte 1933-1945のうち、Rassenpolitik, Verfolgung und Vernichtung aus rassenpolitis chen Motivenの項に挙げられている諸論文程度は押さえてほしいものです。
さらについでながら、私は別にドイツ史の専門家ではありません。
もっとついでながら、モンタンが歌った『枯れ葉』を作曲したのはジョセフ・コスマであって「ジョン・コスマ」(『争点』p.317.)ではありません。

Date: Wed, 17 Feb 1999 14:00:25 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 123] なぜ議論をしないのか

高橋さんがいわれることも判らないわけではありません。しかし、木村さんの発言でもお判りのように、いいかげんな「証拠」と仲間内で流通させている意見しか根拠を持たないでいる人々と、まともな論争ができるとはとうてい考えられません。これは否定派を無視することではなく、彼らの主張に対して黙っていることは論外です。しかし、私たちが彼らの土俵に乗る必要はないのではないでしょうか。
ガス室の存在を否定する人々は、歴史的事実の論証に関する初歩的な手続きさえ守るつもりがないのに、お仲間が作ったいんちき報告やあやしいパンフレットは無条件に信じて、それを「論拠」に果てしなく議論をふっかけてきます。それに巻き込まれると、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねません。
彼らに対してできることは、別の土俵で議論することだと思います。なぜこの時期に否定派が騒々しく登場してきたのかを、きちんと分析することはそのひとつでしょう。ピエール・ヴィダル=ナケの『記憶の暗殺者』(人文書院)がフランスでやったことを、日本でもやる必要があり、木村さんの発言も、そのための素材に使えるので、どんどんご自分のホームページを充実させてほしいものです。
さらに、彼らが依拠している「論拠」を、その発信元にいたるまで追求して、否定論が人種・民族差別やネオナチ運動と深くかかわってしか展開されてきていないことを明らかにすることも重要だと思います。
例えば木村さんが親しくつきあっておられ、ことあるごとに依拠している米国の否定派であるマーク・ウィーバーは、デボラ・リップスタットの調査(Deborah Lipsta dt, Denying the Holocaust, Penguin edition, p.186.)によれば、アフリカ系やヒスパニック系の米国人を「二流市民」呼ばわりするご立派な白人優越主義者ですし、別の資料によれば、米国ネオナチ運動のひとつNational Allianceに深くコミットしてきています。私のようなyellow monkeyは、あまり彼の近くにいたくありません。
このウィーバーが指導力を発揮しており、否定派の根拠地(もちろん木村さんの主要な根拠地でもある)になっているInstitute for Historical Review(IHR)は、極右や反ユダヤ主義者の溜まり場です(例えば一時所長を務めた ウィリアム・マキャルデンのように)。また、IHRは姉妹組織としてNoontide Pressという出版社を持っています。この出版社のホームページにはIHRとのリンクしか情報がない(!)ほど、両者は近しい関係にあります。IHRに置かれている同社の出版カタログ(http://ihr. org/np/catalog.html)のなかからRace and Cultureという項目を選んでみると、白人と黒人とのあいだには生得的な知能格差があるとか、フェミニズムの「いんちき」(quackery)を暴くとかいう内容の、人種差別、性差別の本がごっさりと並んでいます。否定派の人脈や知的(痴的?)環境は、このように多様な差別と切り放しがたく結びついています。こうしたところから出されている出版物が、木村さんのネタ本なわけです。
木村さんは『争点』で「資料の利用にあたっては、執筆者の思想的背景をあえて問わないことにする」(p.31.)と逃げをうっておられます(高橋さんにはいたけだかに「立場の明示」を要求するのにね)。これが実は彼の痛い点です。「私が書いた本の基本的な材料は、極右、ネオナチ、人種・民族差別派から提供された」と正直にいうことができず、「執筆者の思想的背景をあえて問わない」とわざわざ断りを入れなければならないのは、『争点』での「論証」なるものが、それだけひどく危ういもののうえに築かれているからです。
ガス室があったかなかったかという議論をすると、否定派は際限なく「論拠」を繰り出し、都合が悪い事実には口をつぐむか、まったく見当はずれの罵声を浴びせるだけです。欧米でそうだっただけでなく、木村さんはみごとに日本でもそのことを証明してくれました。ヴィダル=ナケは先に挙げた本で、否定派>を相手に<議論はしないが、否定派>について<は議論すべきだと述べています。私はこの意見に賛成です。木村さんはこれからはamlやaml-stoveで議論はしないようですが、私たちが『アウシュヴィッツの争点』や類似するいんちき商品の内容を、ここで議論することは、なにも彼の参加を必要としません。もちろん、排除するつもりもないのですが、彼のひどく粗野で下品な発言にわずらわされずに話ができるのはちょっと素敵です。
ひまをみつけてこれからも、否定派の「思想的背景をあえて問」う作業をつづけたいと思います。

Date: Wed, 17 Feb 1999 15:10:39 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 124] aml-stove 123への追伸

木村さんの主な「論拠」のひとりであるマーク・ウィーバーの「思想的背景」について、若干の追加情報です。
ウィーバーがかかわってきた極右組織であるNational Allianceは、もともとウィリアム・ピアースという極めつきのネオナチが創立した組織で、Webサイトも持っています。
http://www.natall.com/index.html
さらに、National AllianceはCosmotheist Community Churchという聖書ファンダメンタリスト団体と密接な関係にあります。この教会はAFFの「カルト調査」データベース
http://www.csj.org/infoserv_groups/grp_biblebased/grp_biblebase_index.htm
にも名前を挙げられているあやしげな団体です。
http://wellspring.albany.oh.us/thunder.html
によると、このNational Alliance/Cosmotheist Community Churchは、戦闘的な反ユダヤ主義を唱える集団だそうです。また
http://www.atheism.org/library/modern/james_haught/farout.html
 は「武装した白人優位の人種間憎悪をあおる一団」のなかに入れています。1995年にオクラホマで連邦ビルを爆破して、多数の死者を出した「ブランチ・デヴィディアン」の同類のようです。こわーいですね。
ウィーバーはこの教会の一員でもあります。
こういう人の意見を木村さんは『アウシュヴィッツの争点』などで積極的に持ち上げ、さらには彼を自分の裁判の証人に申請してもいます。「黄色い奴等」が、ウィーバーにとってどんな位置を占めているのか、ぜひ聞いていただきたいものです。
なお、木村さんはシオニストの暴力に怒っておられます。私も暴力に頼るのは拒否しますが、ホロコースト否定派が少なくとも米国で親密な関係にあるネオナチ、カルト、ミリシア等の暴力を「まったくふくまれてない」(『争点』p.30.)といわれては、困惑するだけです。

Date: Thu, 18 Feb 1999 16:07:30 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 125] 嘘つきはなんのはじまり?

ホロコースト否定派の代表的な手口のいくつかを、これから書いてみるつもりです。
なによりもまず、彼らに知的誠実さを求めるわけにはいきません。平気で嘘をつき、それを書きまくります。
例えば、木村さんがあちこちで典拠にしている本のひとつにティース・クリストファーゼン(ドイツ語がほとんど読めないらしい木村さんは「ティエス・クリストファーセン」と表記しておられますが)の『アウシュヴィッツの嘘』があります。この著者について、木村さんの『アウシュヴィッツの争点』には
「元ドイツ軍の中尉」(p.155)
「クリストファーセン自身も、ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員などではなかった。中尉の位はあるが、前線で負傷して云々」(p.157.)
とあります。ヒトラーが国防軍全体に自分に対する忠誠の誓いを要求したことは有名な史実で、親衛隊だけの話ではありません。この程度のことも知らないのは困ったことですが、それは脇に置いておきましょう。
これはまったくの嘘です。
クリストファーゼンは親衛隊員でした。もともとナチス党員でもありました。これはよく知られている事実です。強引に読めば「ヒトラーに忠誠を誓わなかった親衛隊員」だったかもしれないと解釈ができなくもないのでつけくわえておきますが、彼は戦後もネオナチの一員として長く華々しい活動をつづけてきています。それを木村さんは「元ドイツ軍の中尉」(こう書かれたら当然、国防軍Wehrmachtのそれだと思いますね)にしたてたうえで、彼の立場を「中立」だといっているのです。クリストファーゼンの『嘘』を論拠に使うためには、こうした「嘘」が必要になるのです。
木村さんは「一度嘘をついたものは、二度と信用してはならない」という、シュテークリヒのことばを引用しておられます(『争点』p.232.)。これは木村さんのことを指しているようですね。
また、彼らは仲間内で嘘の増幅をやります。
『マルコポーロ』に掲載された「論文」で、西岡さんは西ドイツの現代史研究所の「所長」であったマルティン・ブローシャト(発音を確かめたので「ブロシャート」を訂正します)の1960年の「声明」(週刊誌『ディー・ツァイト』に載った)に触れています。ブローシャトを個人的に知っている西川正雄さんが、それについては適切に批判されていますが(『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』白水社、に所収)、木村さんは性懲りもなく同じことを繰り返します(『争点』p.228.)。ネタは西岡さんと同じようで、シュテークリヒの『アウシュヴィッツ神話』の英訳です。自分で調べればよいのに、安易に孫引きですませるので、すぐにぼろが出ます。木村さんはこう書いています。
「・・・つぎのような要旨の投書がのった。
『ダッハウでも、ベルゲン・ベルゼンでも、ブーヒェンヴァルトでも、ユダヤ人はかの被収容者で、ガス室によって殺されたものはいなかった』
投書の主は、ミュンヘンにある西ドイツ(当時)国立現代史研究所の所長で、歴史家のマーティン・ブロシャット博士だった。」
ブローシャトはここでも「所長」です。最初に断っておきますが、ブローシャトが現代史研究所の所長になったのは1976年のことで、1960年に「公式決定」もへったくれもありません(西ドイツの歴史学には「公式決定」などありえないことも付言しておきます)。
また、現物を読んでいないので、ブローシャトの投書の書き出しの部分にある文章を「要旨」にしてしまっています。これだから孫引きはだめなのです。
もっと悪質なのは、木村さんがさらに一歩を進めて、それこそ下司の勘ぐりをしていることです。彼はブローシャトが「個人名による新聞投書という非公式な便宜的手段」を選んだといって、ただちに「公式決定と公式な回答発表をさまたげ」られたと、なにか裏で陰謀があったように述べます。それをやったのは「いったいどこのだれなのだろうか」と、木村さんは叫びます。
ブローシャトの現物を読めばすぐに判ることですが、彼は『ディー・ツァイト』に載ったある記事に対する反論の意味で同誌に投稿したのです。「非公式な便宜的手段」などではない、ごく普通に使われる意見発表手段を行使しただけです。「どこのだれ」もまるで無関係で、例えばaml-stoveに載った意見にaml-stoveで反論するのと同じことでしかありません。もっとも、木村さんは私のaml-stoveへの投稿にamlでかみつくというルール違反を平然とやれる人なので(初歩的なことを確認させていただくと、 aml-stoveの記事をamlのメンバーすべてが取っているわけではないので、これではなんのことか判らない人たちが出るのです)、ブローシャトの投書のコンテクストも理解できないのかも知れません。
さらにずるいことに、ブローシャトがドイツ国内にはガス室は(稼働していたものだけですが)なかったとだけしかいっていないように、話を作り替えています。彼の投稿にはきちんと、占領された東側地域にはアウシュヴィッツを含めてガス施設があって、ユダヤ人がそれで大量に殺されたとも書いてあります。つまりブローシャトはガス殺戮の存在を認めているのです。木村さんにはひどく都合の悪いことです。もっとも彼は投書をまるで読んでいないので、この点には触れないですむのですが。
こういう知的不誠実さでみちみちた本が、『アウシュヴィッツの争点』です。そこには「争点」なんかありはしません。あるのはただ、反ユダヤ主義の妄想からつむぎだされる嘘八百だけです。
私としてはかなりまじめに、『アウシュヴィッツの争点』を「と学会」に推薦したいと思っています。「と学会」とは、私はUFOに乗ったとか、かつて米国は日本の植民地だったとか、世の中悪いことはすべてユダヤ人の陰謀だとかいう「どんでも本」を集めて楽しんでいる人々の集まりです。

Date: Fri, 19 Feb 1999 17:10:22 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml 11168] 『アウシュヴィッツの争点』のでたらめ

木村さんが依拠している資料のいかがわしさについてさらに。
彼はaml 11133で「本の原資料と論理を徹底的に自分の手で、自分の目で、検証し直して、初めて一応の発言権を得るのです」と大見得を切っています。ここでいわれている「原資料」を彼はまったく読んでいません。ホロコーストの「原資料」は、フォリソンやウィーバーの著作ではなく、現在ではコブレンツやフライブルクなどにある旧ナチス関係の資料です。これらの第一次文書の内容については、米国でArchives o f the Holocaust Seriesとして大量の便利な目録が作られてきています。あとは資料番号にもとづいてコピーの請求をすればよいわけです。しかし、木村さんはそういう手続きをなにもしていません。これは確かに専門家が時間とお金をかけてやることなので、私だってできそうにもないのですが、重要な文書については、抜粋集などがでているし(前に触れたオイゲン・コゴンたちの編集したものを含めて)、ヒトラーやヒムラーの秘密演説等、膨大な関連文献が入手できます。
木村さんはそんなことを無視して、欧米の否定派の書いたものに頼っているだけです。特に彼の重要な資料源になっているのは、米国の「歴史見直し研究所」 (Institute for Historical Review, IHR)です。『アウシュヴィッツの争点』の参考文献リストを見ると、「日本語訳のない外国語の単行本」39点のうち13点がここの出版物で、「リーフレット」11点はすべてIHRから出されたものです。「雑誌掲載の論文・記事」19点のうち、IHRの雑誌Journal of Historical Reviewのものは15点にのぼります。
木村さんは「わたしは別に、IHRに借りがあるわけでもないし、組織としてのIHRの肩を持つ義理もない」(『争点』pp.273-4.)と書いておられますが、これだけ大量の資料をIHRに負っているのですから、少しは「借り」や「義理」もあるのではないか、とも思いますが。木村さんはさらに、IHRとの資料のやりとりを「国際共同研究」(『争点』p.246.)だともいっておられるので、IHRの共同研究者なのでしょう。
であるなら、否定派の大根拠地である、このIHRがどんな人々によって運営され、どんな「思想的背景」を持っているのかを知っておく必要があります。否定派の「論拠」をつぶす作業のひとつです。
IHRは1979年にウィリアム・マキャルデン(別名ルイス・ブランドン)によって創立された疑似アカデミー組織です。マキャルデンはもともとアイルランド生まれで、イギリスに渡って一時は極右組織National Front(あのスキンヘッドでおなじみの)に所属しており、ついでそこから分離して1975年にはNational Partyという右翼政治組織を創設しています。彼は公然とみずからを「人種差別主義者」(racist)だと述べていた人で、78年に米国に移住し、少し反ユダヤ主義雑誌『アメリカン・マーキュリー』にかかわったのち、IHRを立ち上げます。
IHRの設立には、もうひとり強烈(狂烈?)な反ユダヤ主義で有名な人物がかかわっていました。ウィリス・カート(木村さんのいう「カルト」)です。カートはジョン・バーチ協会からさえ過激にすぎると追い出されたとてつもない反ユダヤ主義者で、『アメリカン・マーキュリー』の支配的な地位についてもいました。米国の極右社会のなかでも、きわだって右に位置する人です。
要するに、 IHRは名前こそ学術的な体裁を取っていますが、極右・反ユダヤ主義で凝り固まった人々が作った組織なのです。
マキャルデンは1981年に内紛に敗れてIHRを去り、10年後になくなりました。カートの独裁的な支配がつづきます。IHRは右翼出版社Noontide Press、この両者の上部組織であるLegion for Survival of Freedom、カートの作ったLiberty Lobbyという極右団体と非常に密接な関係にあってきたことは、いくつかの裁判で明らかにされています。
いかにもセクトらしく、IHRはさらに内紛を引き起こし、今度はカートが追い出されます。1993年のことです。カートは現在、IHRの運営に関してIHRと烈しく裁判中であり、基本的にはLiberty Lobbyの経営に当たっているようです。この団体は、F rank P. Mintz, The Liberty Lobby and the American Right: Race, Conspiracy, and Culture, Greenwood Press: Westport, Conn. 1985. という研究書もあるほど悪名高い右翼です。
ついでながら、Liberty Lobbyの雑誌『スポットライト』にはつぎのようなオンライン版があります。
http://www.spotlight.org/
こうした連中が設立したIHRは、いまでは否定派の拠点として極右との組織関係をできるかぎり表面から隠そうとしています。カートを放逐したのも、そうした戦略の一環なのでしょう。しかし、カートのあとにIHRでスポークスパースン的な役割を演じているマーク・ウィーバーも、すでに別の投稿で指摘したように、極右との関係が明らかで、IHRの政治姿勢は隠しきれるものではありません。
IHRはまた、『マルコポーロ』で否定派として名乗りを上げた西岡さんへの基本的な資料提供者であることは、IHRの雑誌の記事
http://www.ihr.org/jhr/v15/v15n2p-6_Raven.html
でも明記されています。
木村さんは
「もともと、わたしの資料収集の基本方針は・・・相手の組織や個人の思想、政治的立場などにいっさいとらわれず、可能なかぎりの関係資料、耳情報を収集して、比較検討、総合分析を心がけるのが主義である。」(『争点』p.274.)
と書いておられます。しかし、彼の記述を読むと、あらゆる箇所でIHRのようないかがわしい組織の出版物からの引用で話は終わってしまっています。すでに活字になっている「原資料」さえ参照されていません。ウィーバーやフォリソンやシュテークリヒといった札つきの否定派の意見が繰り返されているだけで、木村さん自身が調査し発見した文書などまるでありません。
こう考えてみてください。1939年に日本軍はノモンハンでソ連軍に徹底的な敗北を喫しています。この敗北を国民の眼から隠すために、軍部は勝ったとみせかける出版物をいくつも出しました。大ベストセラーになった草場栄の『ノロ高地』はそのひとつです。私は同じような本を何冊か持っています。いま私が、これらの本にもとづいて、実はノモンハンで日本軍は大勝していたのだという「研究」を出したとしましょう。相手にされることはないと思いますが、厳しい批判がなされたと仮定します。すると私は、批判者が依拠しているのは嘘にたくみな旧ソ連の研究や、占領軍によって操作された誤った戦後精神の産物でしかなく、『ノロ高地』にはどこにも負けた話が出てこないと反論するわけです。『争点』がやっているのは、これと同じです。 その手口は具体的にはつぎのようなものです。
アウシュヴィッツの最後の収容所長だったリヒャルト・ベーア(木村さんは「ベイアー」と訳します)は1960年になって逮捕され、裁判がはじまる63年に急死しています。これは『争点』(pp.93-5.)では「不審な死」とされ、ガス室がなかったことの直接の証人の口を封じるために沈黙させられたのではないかと憶測がなされます。ところで、木村さんがその証拠に挙げているのは、当時の新聞記事でも関係者の発言でもありません。引用されているのは、否定派のシュテークリヒの記述だけです。要するに、否定派が否定派の憶測を繰り返しているわけで、「原資料と論理を徹底的に自分の手で、自分の目で、検証し直し」などまるでしていないのです。しかもそのうえで、木村さんはさらに憶測を重ねます。
ユダヤ人虐殺を知っていたハインリヒ・ヒムラーも、そういえば「自殺」だった。ホロコーストの秘密を握っていたヒムラーとベーアはともに「不審な死」にかたをしている、と。ホロコーストの存在を否定できる重要証人はかたっぱしから「不審な死」を迎えるようです。だったら、もっとも重要な証人になったであろうハイドリヒの暗殺も、「不審な死」に入れるべきでしょう。イギリスは戦後になってからドイツをありもしないユダヤ人虐殺の罪で裁くつもりでいたので、ヴァンゼー会議の主催者でありSSの超大物だったハイドリヒの口をふさぐため、チェコのパルチザンと組んで1942年に彼を暗殺したのだ、と。
ヒムラーが戦争末期にひそかに西側連合軍と和平交渉を試み、それを知って激怒したヒトラーによってすべての官職を剥奪されて、孤立無援の情況にあり、ひとり変装して逃れようとして連合軍に逮捕され、万やむを得ず自殺したことになんの「不審」もありません。こうしてどんどんと憶測や妄想をたくましくしていくなら、どんな歴史的「事実」でもでっち上げることができます。
世の中には可愛らしい嘘もありますが、何百万という人々の悲惨な死にかかわる史実について、嘘ばかりついている連中の嘘を日本語で繰り返すのは、恥です。
と、ここまで書いてきましたが、本来論争の場であるaml-stoveに木村さんは登場してはくれないようです。だとしたらaml-stoveで私が批判しても、なしのつぶてということになります。他方、木村さんはご自分のホームページででたらめを垂れ流しつづけています。周知のようにaml-stoveはログを保存していませんので、サーチエンジンにひっかかるのは否定派のページのほうであって、私の批判は埋もれてしまいます。ここでの発言はいちおうこれで終わりにして、私も自分のWebサイトで批判派のいんちきを追求するページを開いたほうが、彼らに対してはより効果的な打撃になるようです。これ以上守備範囲を広げると、ちょっと収拾がつかなくなるのではないかと思いますが、やむをえません。
近々、ページのURLをお知らせできると思います。
高橋さん、ごくろうさまでした。

Date: Sun, 21 Feb 1999 14:41:08 +0900
From: ykaoru@tku.ac.jp (Kaoru Yamasaki)
Subject: [aml-stove 126] 非常に重要な証言

これからは別のところで、否定派の嘘を明らかにしていく予定なので、ここではもうこの投稿だけで終わります。木村さんがamlに投稿されていますが[11182]、例のごとく、自分にとって都合の悪いところは口をつぐんだままです。クリストファーゼンがもと親衛隊の将校で、確信犯的ナチス(なにせ自分の結婚式までヒトラーの誕生日にした男です)だったのに、彼を「ヒトラーに忠誠を誓う親衛隊員ではなかった」と、どうして書けるのかを、私は聞きたいのですが。
この都合の悪い点への沈黙の例のひとつが、まえに述べたように、ブローシャトの投稿への扱いです。彼がポーランドでのガス室の存在を認めているのに、そこのところは省略して、ドイツ国内にガス室はなかったという箇所だけを取り上げたのです。 同じような例をもうひとつみつけました。
木村さんが憶測を逞しくしている、アウシュヴィッツ最後の所長リヒャルト・ベーアですが、彼の証言を読んでみると、確かに自分がかかわったアウシュヴィッツの第一収容所でガス殺害をみてはいないと述べています。しかし同時に、ガスでユダヤ人を殺したのはビルケナウの第二収容所のほうだったとも語っているのです。ビルケナウにガス室があったことを、ベーアは認めています。そして周知のように、ビルケナウはアウシュヴィッツと一体になっていた収容所です。アウシュヴィッツの最高責任者だった人間が、ガス室の存在を認めています。木村さんはこの重要な証言をどうされますかね。「拷問」話はなしですよ。
ベーアの証言はまえにも触れた
Eugen Kogon, et al. (hrsg.), Nationalsozialistische Massentoetung durch Gif tgas. Eine Dokumentation, S. Fischer Verlag, 1983, p.199.
にあります。フォリソンに「国際電話」などかけなくとも、ベーアの証言は読めるのです。この資料集『毒ガスによるナチスの大量殺戮』は、一次資料を網羅的に収録しており、極右やネオナチが垂れ流すプロパガンダ文書をせっせと読むひまがあるなら、こういう「原資料」にまず取り組むべきです。「研究」とは、そのような努力の積み重ねのことを指します。
とにかくこのように、ブローシャトもベーアも「ガス室はあった」派に属します。木村さんのようには使えないのです。
ところで、木村さんはベーアの「不審な死」について、シュテークリヒを丸写しして、ガス室がなかったことを彼に暴露されるのを恐れただれかがやったのでは、と憶測しています。だが、ベーアはガス室存在派だったわけで、だとすると彼の「不審な死」は、ビルケナウのガス室についてベーアが「あった」と証言することを恐れただれかが・・・のかもしれませんね。
First Uploaded: 22/02/1999
Revised: 10/01/2001
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