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Baghdad Burning
バグダードバーニング by リバーベンド
... I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...
友よ、私の心が失われあなたさえ見分けることができなくなったら、どうか私を偉大な文明をはぐくんだ、チグリス・ユーフラテスの胸元に連れて行って欲しい。そこで私は心を癒し、魂を再生させるでしょう。
もう1週間近く電話が通じなかった。ようやく今日つながったばかり。6日間というもの、受話器を取っては耳を澄ませたけれど、まったく音がしない。ゼロ。どこまでも沈黙。だから、私は空しく「もしもし」と繰り返し、人差し指で手当たり次第に番号を押してしまう。もちろん、いつもこうなるとは限らない。日によっては、受話器を取ると「もしもーし、おーい」と叫ぶ大勢の人声が聞こえてくる。ある時など、Eはまったく見ず知らずの人と電話でおしゃべりを始めた。その人も電話がつながるのを待っていたから。Eは叔父に電話しようとしていたし、相手の女性は孫息子に電話したかったの。
通話音はほぼ1時間前に戻ってきた(朝からチェックしていたの)。このチャンスを利用するわよ。
電気事情はそれほど改善していると言えない。電気の供給は1日に(ほぼ連続)2時間、それから停電が(連続)8時間。燃料不足のため、発電機はまだ長時間は回せない。灯油不足は本当に悩みの種になってきた。はじめ私たちはそれほど深刻に受け止めていなかったと思う。イラクが灯油不足に直面したなんてきっと初めてのことだもの。不足しているとは今なお信じがたい。1991年にガソリン不足が起きて、湾岸戦争の間からその後しばらくはガソリン不足が続いたときですら、灯油は常にたっぷりあったと聞く。残念だけど今回は当てはまらない。私たちの買う灯油はとんでもなく値がつり上がって、ランプとヒーターにしか使えない。
誰もかれも出られる人は選挙前に国を出ようとしているように思える。噂によると、シリアとヨルダンとの国境は選挙の1週間前に国境封鎖されるかもしれないという。だからみんな急いで荷造りして出ようとしている。学齢期の子どもの学期末テストや大学の試験の終わるのを待ちかねて一緒に出ようとしている家族も多い。
二三日前のおもしろいニュースをひとつ紹介しよう。米国政府は、米国がイラクにおける大量破壊兵器(WMD)の現地での捜索を終結したと発表し、第一次ブッシュ政権がイラク侵攻の主な理由として挙げたのがこの大量破壊兵器の捜索であると述べた。
<http://sify.com/news/fullstory.php?id=13647921>
なぜ私が驚かないかって? 誰もびっくりするわけないでしょう? 私はいつも思っていた。大量破壊兵器がもとでこの戦争が起きたと本当に信じた人は、病的な妄想にとりつかれたアメリカ人か、そう信じ込まされた海外在住のイラク人か、あるいはその両方だと。現実にイラクの国土で何百何千とアメリカ人が命を失い、十万人を超えるイラク人が死んでしまった今、アメリカ人はこの現状を一体どう捉えるのだろうか。もうひとつ尋ねたい。この記事は「ドルファー報告」に触れているけれど、その記載によると大量破壊兵器は一切なく、情報機関が全部間違っていたのだという。報告書の発表は2004年10月のはずだ。それで、聞きたいのは次の通り。「この報告書は大統領選の前に公表されたの? アメリカ人は報告の内容を知ってなおブッシュに投票したの?」
はじめて聞いたわけではないという意味で、この話題は当地ではニュースと言えない。こんな結末は過去2年にわたって予想してきたのだもの。大量破壊兵器をめぐる茶番全体が出来の悪いブラックコメディにすぎないと認識しつつも、ブッシュが自分の誤りを認める声明を出したと聞くと、いまだに動揺する。動揺するのは、それが最悪の事態を追認することにほかならないから。つまり、アメリカ人の右派はイラク戦争の正当化など気にも留めていないってことを確認することになるから。あの人たちは正しいか間違いか気にもかけなければ、人が巻き添えになって死んだことも、もっと大勢死んでいくことも気にしない。彼らは、以前は多少ゲームの主導権を握っていた。自分たちのぼんくらな大統領がイラクのどこにも大量破壊兵器を見つけそうもないと見て取ると、矛先を集団墓地に向けることにした。程なく、主権国を「解放」しに来た当の本人たちが、以前を上回る人数のイラク人を集団墓地に葬りはじめた。スマートウェポン(訳注:賢い武器の意)という名の精密兵器が「おそらく罪がないだろう」一般市民を愚かしく殺しはじめた(「間違いなく罪がない」のはイラクの現保安軍かアメリカ兵とともに活動している場合だけ)。再び事態は、かわいそうなイラク人を現状から救い出すということから、アメリカ人を「テロリスト」から守るというところへ、変化した。この構図におあつらえ向きにザルカウィが登場したってわけ。
ザルカウィは大量破壊兵器よりはるかに具合がいい。小さくコンパクトで可動式。ファルージャからバグダード、ナジャフからモスルへと、制圧の必要がある県や都市ならどこでも自在に出入りできるのだもの。もうひとつ好都合なのは、ザルカウィの容貌が典型的なイラク人男性だということ。黒い髪、黒い目、黄褐色の肌、中肉中背。ザルカウィの実態は前に私たちが保有していたとされていたWMDと似たようなもの、と平均的アメリカ人が気づくようになるまで、いったいどのくらいかかるのかしら。
今や私たちは、大量破壊兵器は決して存在しなかったという「公式」表明を聞かされた。イラクが壊滅させられてしまった後になって、あれは間違いだったと言われる。バグダードを見てほしい。その光景には胸がつぶれる。荒れ果てた街、異様な灰青色の空。火災と兵器から立ち上る煙と、車と発電機から発生するスモッグが混ざり合った空の色。ある地域では突如出現するかに見える壁が延々とめぐらされて、グリーンゾーンに所属する人物たちを護衛する。街を行きかう人に共通する表情は怖れ、怒り、疑い。それに不安定さと迷いがつきまとう。この国は一体どこへ行くの? 少しでもいいから普通の状態らしくなるまで、一体どのくらいかかるの? 私たちは一体いつになったら安心できるの?
ひとつ問いかければ次々に疑問が生まれる。大量破壊兵器が存在しないのなら、なぜ科学者たちを解放しないの? フダー・アンマシュ、リハーブ・ターハー、アミール・アル・サアディを始めとするイラクの科学者が、なぜいまだに刑務所にいるの? もしかすると、拘束中の科学者が都合よく刑務所で死んでくれるのを待っているわけ? そうすれば、多種多様な拷問のテクニックや尋問のし方をばらせるものがいなくなるし…。
アメリカ人がテロとの戦いを異国の地に持ち込んで、気分すっきりだといいのだけれど。テロリストを――チャラビ、アラウィ、ザルカウィ、ハキムを――イラクに連れ込んでおいて、この現状がどうやってアメリカの安全保障に役立つというの? 怖れとカオスの中で育った世代がそっくり10年後にアメリカをどんなふうに見ることになる? 誰か訊いた人いる? アメリカ人は9.11の後、一握りの狂信的な人たちがしたことのために、集団外国人恐怖症にかかることに決めたわ。にもかかわらず、イラク人が占領下であらゆる経験を経てなお、私たちは忍耐強く感謝の念を持つはずだと思われる。なぜ? 食事の小麦が増えたから?
恐怖とは、飛行機が超高層ビルに衝突する姿に気をもむことだけではない。テロリズムとは、国家保安隊がアメリカ軍のハムヴィー(訳注:多目的装甲車)かイラク高官を通すという理由で、渋滞の最中に、ほんの数メートル先でカラシニコフ銃の炸裂音を聞かされること。恐怖とは、自分の家が家宅捜索され、ほんのつまらないことでアブグレイブに連れて行かれて兵士に拷問され、殴打され、殺されるかもしれないと知ること。恐怖とは、マシンガンの連続音が止んだ最初の瞬間、必死に頭を上げて、愛する人がまだばらばらにされていないかどうか確かめるとき。恐怖とは、近くが爆破されたために粉々になったガラスの破片を居間のソファーから拾い集めようとして、もしここに人が座っていたらどうなっていただろうかと想像しないように努めること。
大量破壊兵器は一切存在しなかった――国が見分けもつかないほど焼かれ爆撃されたあげくに、まるで愛する人が犯してもいない罪状によって死刑を宣告されたようなものだ。そうして、2年間にわたって死者を悲しみ、失われた国の主権を悼んだ後になって、そんな兵器隠匿の罪を犯していないと聞かされるなんて。私たちはかつて一度もアメリカの脅威だったことはない。
おめでとう、ブッシュ。今こそ私たちは脅威よ。
午後10時53分 リバー
(翻訳 岩崎久美子)
http://www.geocities.jp/riverbendblog/