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臨床研修制度で変わるか大学病院
『実績ある場で力を』
新人医師の臨床能力を高める目的で昨年4月から始まった「臨床研修制度」によって、大学病院離れが進んでいる。研修先を自由に選べるようになり「実力をつけたい」という研修医が大学病院を避ける流れがあるからだ。危機感を抱いた大学病院側が制度に“クレーム”をつける騒動にも発展した。医学界の権威の象徴だった大学病院が存在価値を問われている。 (藤原正樹)
「大学病院は、過疎地を含む地域医療の人材派遣基地として機能してきた。しかし、臨床研修制度の影響で大学病院から研修医が減り、医師派遣が困難になっている。このままでは地域医療が危機に陥る。研修医の適正配置などを厚生労働省に求めたい」
医学部のある大学でつくる「全国医学部長病院長会議」会長の吉村博邦・北里大医学部長は今月十七日、臨床研修制度の見直しを求める要望書を厚労省に提出後、記者会見で訴えた。
厚労省によると、研修医の大学病院在籍比率は、新制度前の二〇〇三年度は72・6%だったが、研修先を自由に選べるようになった〇四年度は55・9%、〇五年度は49・2%にまで下がった。大学病院の研修医が減った結果、医局から地方病院に派遣されていた医師が呼び戻される例も全国で多発している。なかでも地方の大学病院は深刻だ。
福井県は本年度、研修医の定員に対する充足率が全都道府県で最低の41%(全国平均72%)。福井大学医学部付属病院は定員四十八人に対し十三人しか集まらなかった。埼玉県川越市出身で母校の同大学病院で研修中の栗原理恵子さん(27)は「第一希望は実績のある千葉県旭市の民間病院だった」と話す。
■新人医師は敬遠
同大学病院副院長の寺沢秀一教授(救急医学)は「専門教育ばかりで、幅広い臨床教育の実績がない大学病院が敬遠された結果」と率直に語る。同県内でも研修実績があり、定員の三倍を超える応募があった県立病院とは対照的だ。
全国医学部長病院長会議が、地域医療の危機を理由に挙げて制度見直しを求めるのは、こうした大学病院の事情からのことだが、疑問の声も上がる。
元東京大学医学部教授で日本学術会議会長の黒川清氏は「大学病院は地域医療のことを考えて医師を派遣してきたわけではない。医局の権力維持のためだ。見直し要求は研修医の数を元に戻して、医局体制を維持したいのが本音」と切り捨てる。寺沢氏は「大学病院から派遣されてきたのは専門教育だけを受けた医師。地方のニーズにあった総合的な診療ができる医者だったのか」と派遣医師の質にも疑問を投げかける。
神奈川県の大和成和病院で心臓外科部長を務める南淵明宏氏は「大学病院の臨床能力のいいかげんさを知る研修医が避けた結果。見直し要請は『もてない男が、絶対カップルになれる合コンを設定してくれ』と言うのと同じ」と手厳しい。
■研究偏重のツケ
実は、臨床研修制度の導入以前から、大学病院離れは起きていたようだ。
医局から出たい医師を病院に紹介するメディカル・プリンシプル社(東京都渋谷区)の「民間医局」には現在、医師約一万二千人と約六千の医療機関が登録されている。
中村敬彦社長は「民間医局を始めた六年前から、毎年50%ずつ登録者が増えている。顧客の七割は三十、四十歳代だが、臨床研修制度が始まって二十歳代も急増している。医局を離れ、患者を診るプロとしての実力を身につけたいと考える人が多い」と解説する。
医局離れの背景には「専門教育に偏り『肺がんと分かれば治療できるが、最初に症状を診て肺がんと判断できない医者』ばかり育ててきた」(黒川氏)医局の現状がある。
南淵氏は「実力のない医者でも医局に所属していれば食っていけた時代は終わった。大学病院で医療事故が多発し社会から袋だたきに遭っている。医局に所属する危機意識が高まった」と指摘する。
若者気質の変化もある。
「大学の唯一の強みは学位(博士号)。博士号ほしさに、診療より研究に走り、大学に残っていた」(黒川氏)という従来の価値観は崩壊しつつある。前出の栗原さんは「博士号や大学教授にこだわっている人はいない」と話す。
権威や人気を失いつつある大学病院が生き残る道はあるのか。
■「診断できぬ人材」育つ
厚労省の臨床研修制度担当者は「国立大学も独立法人化で経営センスを求められている。臨床・教育・研究のすべてをやるのは無理なため、医局講座制度の弊害を正し、先端医療分野で魅力づくりをしていくしかない」と提案する。
寺沢氏は「研究志向が強い大学病院は研究分野の優秀者しか偉くなれないシステム。臨床・教育能力は評価されない。病院の評価を高める手術の名手でも位が上がらず、大学病院を去っていく例が多い。評価の物差しを変えない限り、大学病院の先はない。改革しようにも抵抗勢力が強すぎて難しい」と悲観的だ。
■学内委員会へ人事権移行も
そんな中、医局の弊害をなくそうと、大なたを振るう動きも出始めている。弘前大学と東海大学は医局制度を廃止した。教授の人事権をなくし、学内の委員会に医師派遣権限を移した。
では、大学病院の医師派遣機能が弱まっても、地域医療は維持できるのか。
黒川氏は「好きこのんで地方に行く医者はいない。へき地研修を義務化すべきだ」とするとともに「医者不足が深刻な地方の公立病院が、独自に医学生に奨学金を出して、医者を確保する手もある」と話す。
奨学金制度は全国で十三の県が設けている。奨学金を得た医学生に免許取得後の一定の期間、県内での医療行為を義務づける。しかし、一番の実績を持つ長崎県でも、義務年限を全うするのは全体の三割以下。その効果を疑問視する福井県など、奨学金制度に二の足を踏む自治体も多い。
一方、寺沢氏は「臨床研修制度が浸透する七、八年後には自発的に地域医療に貢献する医師は増えていくのでは」と楽観的だ。
「過去のアンケートで、医学部新入生の三分の二が『地域医療に貢献したい』と答えたが、卒業時には3%に激減する結果が出た。医局講座制の中で研究が重要視され『教授命令でへき地にやられるのは不運』という風潮に毒されていた側面が大きい。医局が弱体化すれば流れは変わる」
臨床研修制度も追い風になるとの見方だ。
「田舎にあっても臨床実績のある病院は人気を集めている。医局に頼らず、医療内容で医者を獲得できることが分かった意味は大きい」と寺沢氏。そして国の後押しを求める。
「カナダでは医者免許数をへき地で活躍できる臨床医と専門医を同数に規定している。野放し状態の日本でも両者のバランスをとるべきだ」とし、へき地研修の義務化も要望する。
「診療所で、じかに患者のニーズに応える喜びに目覚める医師も多数出てくるだろう」
(メモ)臨床研修制度 医師免許取得後の2年間、幅広い臨床研修を義務化し、初期診療の知識と技術を身につけた医師の育成を目指す。2004年4月から実施。研修医には1カ月20万−30万円程度を保証。大学病院や厚労相指定の病院がプログラムを公開し研修医を公募、研修医は希望順に複数の研修先を登録。組み合わせで研修先が決まる。
医局講座制 大学医学部の一講座ごとに大学病院に診療科が設置され、講座と診療科を併せたものが教授を頂点とする医局。医局は診療、教育、研究を兼ねた組織で、閉鎖的な体質、患者の不利益になる医局間の壁が問題点とされる。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050627/mng_____tokuho__000.shtml