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宣伝と演技を繰り返したヒトラーの手口は小泉の政治運営と共通している。それは最近号の『ルモンド・ディプロマティック』の記事が指摘している通りで、それにを巧妙に利用している創価学会の作戦に乗せられているのに、その事実をづかない日本人は地獄に引きづり込まれるだけである。
<以下引用記事>
ドイツの人々にとってナチズムの12年間は、永遠に続く非常事態のように体感された。事件に次ぐ事件の嵐のなかで、精神の平衡と節度は完全に失われた。ヴィクトール・クレンペラーは、ズデーテン危機のただ中の1938年、食料品屋のフォーゲルが「全部映画のなかのことみたいですな」と言ったことを伝えている(4)。それから1年後、ポーランド侵攻開始から9日後に、ヘルマン・ゲーリングはラインメタル・ボルズィヒ社ベルリン工場の労働者たちに対し、まもなく「前進するエネルギー」にあふれた指導部を仰ぐことができるだろうと請け合った(5)。ヨーゼフ・ゲッベルスがこれを裏付けるように、1941年の春の日記に「一日中、すさまじいリズムである」「たぎり立った攻撃的な生活がまた始まった」、あるいは対英戦の勝利に酔い「一日中、熱に浮かされたような幸福感に浸っていた」と書いている(6)。
ヒトラーは、その体制の政治的均衡に必要な常軌を逸したリズムを維持するため、しばしば側近に対し、自分の死期は近いかもしれないとほのめかしていた。彼はまるで、手にした棒によってなんとかバランスを保っている仮初めの綱渡り師のようだった。棒の揺れはますます大きく、急激になり、やがてあたふたと空しく動き、彼はついにどうしようもなく落下する。それゆえ、ヒトラーが下した政治的、軍事的決定の分析にあたっては、将来についての誇大なプロパガンダを割り引いて、その直接の動機と短期的な効果に照らして位置付け直さなければならない。それが、分析をさらに適切なものとする。
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