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http://www.asyura2.com/0502/senkyo8/msg/1139.html
この板でも、↑のような記事が出てきた訳ですけども、私は二つの意味で朝鮮人差別に反対します。一つはまさに大多数の就職差別を受ける弱者である在日朝鮮人への人権侵害。しかるに、もう一つは差別反対の理論が権力側に利用され、人権擁護法案の類が出ること。その一方で朝鮮人差別と見られることで、実際に在日の特定部分の動きが朝鮮人陰謀論と切り捨てられることである。
確かに朝鮮半島は日本の植民地となり、朝鮮民族の中には極貧の中日本へ出稼ぎに出て、差別を受けながら歯を食いしばって働かなければならない部分もあった。そして、日韓朝の敵対関係・日本社会の在日差別を逆手に取って、南北・日韓朝と在日社会をブローカーのように動き回る許永中や文鮮明のような部分が出てきたのも事実である。そして、そういう連中の中には必ずしも抑圧されたマイノリティとして、抑圧・差別に反対するのではなく、むしろ日本社会の抑圧と純化を目論む石原や西村と波長が合うというか、結託してきた部分もある。抑圧・差別されてきた部分が必ずしも差別・抑圧に反対するとは限らない。却って、グルジャ人スターリンやアイリッシュのケネディ・レーガンのように本流以上に本流志向を持つ場合もある。ヘップヘップ運動・ボグロム・ナチなど、今までの反ユダヤ運動はロスチャイルドやロックフェラーの勢力を弱めず、、むしろ問題を本質から遠ざけた。ユダヤの中で最も強い部分は大殺戮の中で生き残ってきたのである。私は2ちゃんねる的な上記二重の意味で朝鮮人差別は人類解放にとって有害無益だと思う。
今、国会では指し当たって何の必要もないのに、憲法改正が論議されている。だが、我々は軍国主義や右傾化よりも、軍国主義や右傾化に隠された無内容さを問う必要がある。真空総理なのに愛国主義を掲げるのではなく、真空総理だからこそ愛国主義を掲げるのだ。ひのきみ強制が強まった1999年以後にニートの数が減った訳ではなく、むしろ国家主義的圧力が強まった99年以後に益々ニートが増加していったという事実は、文部省が卒業式にこだわって、卒業後の学生のあり方を軽視したツケである。更にはこれまで名門中学・高校・大学・企業の入口に入る事ばかり重視して、その後も全然考えなかった教育のツケである。家族の地域社会での孤立化が深刻化した今日ほど教育が重要であり、教育の社会化・職業教育の充実が求められる時代はないというのに。改憲や基本法・タカ派的スタンスを政治家が国民に何かしているように見せるアリバイ作りにさせてはならない。