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中高年パーティー遭難多発のなぜ
秋田県田沢湖町の烏帽子岳(乳頭山、一、四七八メートル)で遭難したとみられた秋田市の登山グループ四十三人は三十日夜、無事に下山した。一行は日帰り登山の装備で、積雪二メートルの登山道に分け入った。しかもメンバーは六十−七十代だった。中高年登山はブームになって久しいが、それに伴い事故も増えている。春の行楽シーズンを前に考えた中高年登山の落とし穴とは−。
「皆さまにご迷惑をおかけしましたが、ほっとした。早く顔をみたい」
吹雪が続く烏帽子岳で二十九日に消息を絶った登山グループ全員が無事救出された三十日夜、副リーダー役として参加した斎藤重一さん(73)の妻、玲子さん(73)は安堵(あんど)した。
玲子さんによると、斎藤さんは十代から登山を始め、高校教諭時代は山岳部の顧問も務めた。東北屈指の名山・鳥海山だけでも数百回登ったベテランという。「登山前日の二十八日夜、悪天候の天気予報から登山は当然、(総括)リーダーから中止連絡があると思って待っていたが、連絡がないので、それから荷造りをしていた。帰ってきたら、あの悪天候の中、登山した理由をぜひ、聞きたい」と玲子さんも話す。
救助されたのは、登山愛好家でつくる「全日本年金者組合秋田市支部・山楽会」のメンバーとその家族ら男女四十三人で、年齢は六十−七十代の中高年だ。岩手、秋田両県警の捜索隊員が岩手県側山中で待機していた一行を見つけ無事救出した。
対策本部が置かれた岩手県雫石町役場の関係者は「日帰り登山の予定だったので、防寒具以外の寝袋やテントなどは一部を除き、持っていかなかったでしょう。二晩目に突入していれば、衰弱などで危ない状況だった」と話す。
■『装備と経験 必要な季節』
烏帽子岳の天候は悪かった。西側山ろくにある「休暇村田沢湖高原」の男性従業員は「(二十九日の)午前中は曇りだったが、昼すぎから強い風と地吹雪が起き、休暇村の前の駐車場も一・五メートルぐらいの雪が積もっていた。完全な冬山登山で、それなりの装備と経験が必要。この時期に、これだけの大人数の集団登山なんて聞いたことがない」と驚きを隠さない。
地元の会社員は「ここは初心者の登山コースにもなっている。冬山でも晴れた日ならば、そんなに心配はいらない」と話すが、秋田地方気象台によると、二十八日午後六時現在の天気図では、山が大荒れになる典型的な気圧配置で、日本海側では大雪も予想される状況だった。
日本山岳会秋田支部の佐々木民秀支部長は「むやみに動かないで体力を消耗させないように待機していたのは適切な判断」としながらも「この時期の天候は春山と冬山の端境期で、気温の変化の激しいデリケートな時期だ。天気予報が悪ければ、団体登山は中止するのが鉄則だ」と首をかしげる。
中高年グループの遭難は後を絶たない。二〇〇三年十一月、千葉県の麻綿原(まめんばら)高原で、五十−八十代の男女三十人の連絡が取れなくなった。ガイド(70)の携帯電話が約十六時間後につながり無事が確認されたが、予定コースの変更で、道に迷ったのが原因だった。
昨年七月には、福島県と栃木県境の帝釈山の山頂付近で、落雷に遭った埼玉県の会社員男性(63)が死亡。グループは四十−六十代の十五人で、ほかに男女五人が軽いけがをした。リーダーだった男性(64)は「落雷は想定外。避けようと移動したが避けられなかった」と振り返り、自然相手の登山の難しさを強調する。
この男性も「事故を起こした身でなんだが」と前置きしながら積雪のある山に大人数で行った点を「無謀以外のなにものでもない。四十人以上で行くなんてお粗末すぎる。でも無事でよかった」と感想を漏らす。
警察庁によると、〇三年の遭難者数は、統計を取り始めた一九六三年以降で発生件数、遭難者数とも過去最高だ。四十歳以上の中高年の遭難者数も千二百九十八人と過去最高で、総遭難者数に占める割合も八年連続で七割を超える。
日本山岳協会遭難対策常任委員の青山千彰・関西大学教授(危機情報論)は「日本の登山人口は約八百万人で、八割以上が四十歳以上。団塊の世代が一番多く、高齢化は年々進む」と解説する。それに伴い遭難理由も「道に迷った、体調不良による発病や疲労、転倒など情けない理由が多い」(青山氏)。実際、前出の統計ではこれらの理由が六割を超えた。
今回、あわや遭難となってしまった理由は何か。日本山岳会会員の古野淳氏は日本の冬山の難しさを指摘する。古野氏は九五年、日本大学隊の登攀(とうはん)隊長として、エベレスト北東稜(りょう)ルートの初登頂に成功した登山家だが、「日本の冬山は、世界中でも屈指の厳しさがある。ぬれて重い雪や天候の急変など、ヒマラヤよりきつい部分がある。ヒマラヤ経験者がリーダーでも安心できない」という。
■「基本学ばず冬山挑戦も」
中高年独特の事情も関係する。山岳雑誌「岳人別冊」の永田秀樹編集長は「登山の体系的訓練を受けていない高齢者が多く、体力的にすぐきつくなる。余裕がなくなって、標識を見落とし道に迷う」と話す。古野氏はリーダーへの依存心を挙げる。「中高齢者は山の勉強をしてから登ることをしない。リーダーを過信し、おんぶにだっこ状態だ。リーダーが判断を誤ると、ひどいことになりやすい」
リーダーの役目は重いが「ツアー登山は事故多発で社会問題化した結果、ガイド教育などの安全への整備がされつつある。一方、中高年の仲間内の登山は、いざという時に救援できる能力でリーダーを選ぶのではなく、人をまとめる人柄で選ばれる例が多い。必然的に遭難時に役割を果たせなくなる」と古野氏は話す。
さらに同好会的な意識で大人数になりがちだ。だが「個々の体調把握が難しいし、多人数で日程を合わせて参加した分、悪天候でも中止しにくい。弱い人に合わせたペースになるので、予定通りにいかなくなる。遭難の危険性は高まる」(古野氏)。
経済力がある今の中高年の遭難防止に古野氏は「安全を金で買う考え方が必要。山岳保険に加入するほか、ガイドを雇ったり、無線や衛星通信などを装備するべきだ」と提案する。
だが、前出の佐々木支部長は中高年登山の姿勢に「若い時に登山の訓練もなく、リーダーの後ろを金魚のフンのように付いていくだけ。昨年入会していきなり冬山に行く人もいる。わがままの割に、基本ができていない」と苦言を呈する。
関東学院大学の鈴木秀雄教授(余暇教育学)は中高年登山ブームの将来をこう懸念する。「団塊の世代は、モーレツ社員として競争社会で育ってきた。体調が悪くてもがんばってしまう。自分だけは大丈夫と思い、他人の助言を聞かない人が多い。人口の多いこの世代が年を取っていくと、遭難件数が増える」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050331/mng_____tokuho__000.shtml