【「あの日」の記憶】地下鉄サリン事件１０年（１）
それでも前向きに生きるしかない
サリン被害者・阪原淳さん　夢だった映画初監督に挑む

　「十九歳の時に親友が自殺した…それから、『ひょっとしておれも死んでしまうのでは』と、踏切が怖くなった」

　とある踏切の前。思いつめた表情で三十二歳の男性が、立ち止まっている。自問自答は続く。

　「二十二歳の時、地下鉄テロに遭遇したが、おれは生き延びた。生きている理由を探したが、見つからなかった」

　電車が通りすぎる。車輪に吸い込まれるように、踏切に近づく。そのとき、たまたま鳴った携帯電話の呼び出し音でわれに返る…。

　短編映画「Ｄｅｓｔｉｎｅｄ」の脚本の一節。タイトルは「運命づけられた」との意味だ。監督の阪原淳さん（３８）＝東京都新宿区＝は、地下鉄サリン事件の被害者である。

　「自分をさらけ出すものにしたかった。私小説ならぬ『私映画』です」

　初めての監督作品を、そう位置づける。

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　事件当日の朝。勤めていた広告代理店に向かうため、いつものように六本木駅から地下鉄日比谷線に乗車した。ふと、床に広がった「水たまり」が気になったが、近くに立ち新聞を読んでいた。二十秒ほどで目に異常を感じ、隣の車両に移った。

　「後ろからついてきた妊婦が、顔じゅうに脂汗を浮かべていた姿が今も忘れられない」

　果物とシンナーのようなにおい。そのとき、それが猛毒のサリンだとは知る由もなかった。なんとか自力で出勤したものの、会社に着くと視界が真っ暗に。目の異常は二週間治らなかった。

　事件は十二人の命を奪った。

　「九死に一生を得る『運命』が与えられていたのだと感じた。生き残ったなら、自分の夢をかなえようと決めた」

　間もなく会社を辞め、米国に渡ってＭＢＡ（経営学修士号）を取得。後遺症と闘いながら、夢を一つかなえた。

　だが、学生時代から映像の仕事に携わってきた阪原さんには、もう一つの大きな夢があった。「アカデミー賞を取る」ことだ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇

　金色の短髪に、早口の大きな声。活力と笑顔あふれる普段の姿からは想像できないが、駅などに張ってあるオウム真理教のポスターを見て気分が悪くなるＰＴＳＤ（心的外傷後ストレス障害）や、長く眠れない睡眠障害と日々闘っている。特に映像の仕事に直結するだけに、疲れやすい目は悩みの種だ。

　「十年たっても麻原（彰晃被告）の裁判は終わっていない。被害者サポートも進んでいない。何も変わっていないけど、それでも前向きに生きるしかない」

　映画「Ｄｅｓｔｉｎｅｄ」は来週にも撮影が始まる。偶然、十年の時期に重なったことに、「因縁を感じずにはいられない」という。

　阪原さんは現在、監督活動をしやすい環境をつくるための会社を設立する手続きを行っている。日々の活動は、アカデミー賞受賞者に贈られる像にちなんで、「チームオスカー」と名づけたウェブサイトで報告している。「Ｄｅｓｔｉｎｅｄ」完成後、劇場などでの公開の機会を探す。

　「次はあったかい話を撮りたい」

　夢に向かってささやかな一歩を踏み出した阪原さん。思いは早くも次回作品の構想へ飛んでいる。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇

　地下鉄サリン事件から、二十日で十年。「あの日」から苦しい闘いを運命づけられた遺族、被害者、関係者は今、何を思うのか。

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　【オウム真理教をめぐる動き】

　昭和

　５９年２月　宗教サークル「オウム神仙の会」発足

　６２年７月　「オウム真理教」に改称

　平成

　元年　８月　東京都が宗教法人の認証

　　　１１月　坂本堤弁護士一家殺害事件

　２年　２月　衆院選に立候補、惨敗

　６年　６月　松本サリン事件

　７年　１月　「上九一色村でサリン検出」報道

　　　　３月　地下鉄サリン事件

　　　　　　　教団施設を一斉捜索

　　　　４月　村井秀夫幹部刺殺される

　　　　５月　麻原彰晃被告を逮捕

　８年　４月　麻原被告の初公判

　１２年１月　教団が「アレフ」に改称

　　　　　　　公安審が団体規制法に基づき観察処分決定

　１５年２月　教団が「アーレフ」に表記変更

　１６年２月　麻原被告に１審死刑判決

　　　　７月　野田成人幹部を薬事法違反容疑で逮捕

　　　１０月　女性信者死亡で教団分派「ケロヨンクラブ」代表ら逮捕

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　地下鉄サリン事件　平成７年３月２０日、オウム真理教の麻原彰晃（本名・松本智津夫）被告（５０）らは東京都内の地下鉄３路線５電車内でサリンを散布。死者１２人、負傷者５５００人以上を出した。麻原被告や実行役ら１０人が死刑、４人が無期懲役判決を受け、３人が確定したが、運転役の高橋克也容疑者（４６）は逃亡中。教団の破産手続きによる被害者への配当は現在３割。６月までに破産管財人に９億６０００万円賠償するとしているが、支払いは約５億３０００万円にとどまっている。

http://www.sankei.co.jp/news/morning/15na1001.htm

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