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2030年の真実−『国家の罠』(佐藤優)
以前、検察担当が長い元共同通信記者のジャーナリスト魚住昭さんの講演を聴いた。
ほとんど一人のファンとして押しかけ名刺交換してもらい、著書にサインをせがんで苦笑された。講演後も主催者の計らいでなおらいに参加させてもらった。非常に楽しく勉強になった。
魚住氏が指摘したのは、主に小泉政権の本質と特捜検察の変質、それにマスコミ論。
田中角栄型政治の負の側面を踏まえながら、田中氏から野中広務氏、鈴木宗男氏らに続く「辺境の政治家」の系譜が、富の再配分に重きを置く日本型民主主義を継承してきたのに対し、(三世政治家である)小泉政権はそれを根本から転換し、弱肉強食の新自由主義へ柁を切っている。さらに、こうした新自由主義への転換は本来“個”の発露を促すのだが、しかし日本ではナショナリズムと親しくなっている−。
日本型民主義から新自由主義への転換に当たり「けじめ」にされたのが、「悪の大王」で「ダーティな」鈴木宗男氏と、鈴木氏と組んで外務省を裏で操るラスプーチンと呼ばれた佐藤優氏の“事件”だった。
魚住氏も出版に当たり、佐藤氏にアドバイスをしたそうだ。佐藤氏と魚住氏とは、基本的な立場も思想信条も異なるはずだが、時代状況の認識が驚くほど似ていることに、まず驚かされる。
「国民の大多数が『何かに対して怒っている状態』が続くようになった。怒りの対象は一〇〇パーセント悪く、それを攻撃する世論は一〇〇パーセント正しいという二項対立が確立した。ある時は怒りの対象が鈴木宗男氏であり、ある時は『軟弱な』対露外交、対北朝鮮政策である。」
ナショナリズムには二つの特徴がある。第一は、「より過激な主張が正しい」という特徴で、もう一つは「自国・自国民が他国・他民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に与えた痛みは忘れてしまう」という非対称的な認識構造である。ナショナリズムが行きすぎると国益を毀損することになる。」
「閉塞した時代状況のなか、『対象はよくわからないが、何かに対して怒っている人びと』が、政治扇動家(デマゴーグ)に操作されやすくとなるということは、歴史が示しています」
「ケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で『時代のけじめ』をつめる必要性があり…」
『国家の罠』を貫いているのは、佐藤氏の信じられないほどの冷静な観察眼だ。生贄としか考えられぬ逮捕、512日の勾留、有罪判決と通常であれば恨み節の一つも書きたくなるだろうが、そんな点がほとんどない。当事者でありながら、天上から事件を俯瞰するような視点が、佐藤氏の状況認識に強い説得力を持たせている。
これは、自らを情報屋と称するプロならではの情勢分析と“人相見”に長けた佐藤氏ならではなのか、タフなのか浮世離れしているのか。
佐藤氏と知己があり、事件当時の“熱気”を体感している先輩記者の話を聞いたこともあるが、佐藤優という個人への人間的興味も尽きない。
鈴木宗男氏は2004年参院選の北海道選挙区で48万5000票を獲得。落選したものの予想以上に健闘に周囲を驚かせた。
俺は、新自由主義社会を勝手に「カンダタ社会」と呼んでいる。
実際に蓮の池に登りきれるのは2%ほど。残る98%は自分だけは登りきれると思って必死に周囲を蹴落としているのだが、10%ほどが蜘蛛の糸に掴まっていられるだけで、残る80-90%はみな落ちていく。そこに気づいた人はとっととリタイアするか、刹那的に生きている。
48万5000票には様々な要因が指摘されようが、有権者が本能的に悟った新自由主義改革への抵抗が、少なからず含まれていたと思う。
※『選択』5月号に「『外務省のラスプーチン』がベストセラーのおかげで復職か」という短信記事があった。『国家の罠』の反響の大きさに、外務省が揺れている。3月末に免職か辞表を出させるつもりだったが、ここで免職にしても虎を野に放つだけ、しかも二審無罪の可能性もあるから、復職も視野に、の動きが浮上している−という。
※「2030年の真実」ってのは、ブルース・リーも弟子にした空手家にしてモサド幹部から電話一本でネタを聞き出せるノビーの著作のアレですが、『国家の罠』を読めば分かります。
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踊る新聞屋−。
http://t2news.exblog.jp/m2005-05-01/
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