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イラク:復興阻む3つの内部対立 酒井啓子(東洋経済4.16)
http://www.asyura2.com/0502/nametoroku3/msg/182.html
投稿者 やました 日時 2005 年 4 月 13 日 23:55:31: ygtWAXs6K7V.w

(引用者注:これはイラク選挙と移行政府についてかなりよくまとまっている分析と思いますので参考までに引用させていただきます……戦争板予定)


週刊東洋経済2005.4.16
復興阻む3つの内部対立
アジア経済研究所 酒井啓子


今年1月30日、イラクで戦後初めての国民議会選挙が実施された。フセイン政権下での大政翼賛会的議会と異なり、半世紀にわたりイラク国民が経験したことのない自由選挙である。各地で投票所に長蛇の列ができ、投票できたことに歓喜する人々の映像が、繰り返し流された。
国内各地で治安の悪化が深刻視されながらも、全国平均で6割弱という高い投票率となったのは、ひとえにイラク国民が「自らの手で自らの指導者を選びたい」と考えたからにほかならない。昨年6月の主権移譲の後も相変わらず治安は安定せず、逆に多国籍軍の死者は、戦後から主権移譲前の1年間に比べて、主権移譲後のほうが1日平均1・5倍に増えた。経済状況も、昨年末から電力供給不足が一層深刻化し、都市部でも通電時間が1日2時間に落ち込んでいる。戦後初期には、4〜6時間は通電していたことを考えれば、状況の悪化は明らかだ。
政治的、経済的復興が順調に進まないのは、イラク人による主権ある国家主体が不在だからだ、と考えるイラク人は多い。外国軍中心の体制から脱して、自前の政府や治安組織を確立することが問題の解決につながるはずだ、と期待している。
にもかかわらず、移行政府の大統領任命まで、選挙から2ヵ月以上、選挙結果最終発表から7週間を要した。大統領にクルド愛国同盟のタラバー二議長、副大統領にヤーウィル暫定政府大統領とアブドゥル・マフディSCIRI(イラク・イスラム革命最高評議会)幹部が選ばれたのは、4月も6日になってのことである。お祭りのような選挙の熱狂はすでに薄れ、人々の間には早くも政治不信が漂い始めている。

対立を内包した連立政権
(中略)
ポスト争い以上に深刻だったのは、連立の交渉材料にクルドの自治問題が俎上に上げられたことである。クルド側は憲法制定前に、領土についても権限についても、広範な自治を確定した連邦制を導入することを要求した。これに対しイラク統一同盟は、イラクの一体性の維持を主張してクルド側の妥協を求めた。両者のクルド自治をめぐる対立は、選挙前から予想されていた。昨年の基本法調印の際、憲法制定に当たって「3州の3分の2の反対があれば拒否権を行使できる」との条項を問題視して、シーア派の政治家数名が調印に反対した。明らかにクルド諸州を対象とした特別扱いに反対したのである。この反対には、シーア派の最高法学権威であるシスターニ師の意向が反映されていた。基本法制定以降はこの対立は棚上げされてきたが、イラク国家のあり方を定め憲法制定の任を負う国民議会が成立した今、両者の対立が再燃するのは十分予想されることであった。
クルド側の要求は、具体的に三つに大別できる。最大の焦点はキルクークの帰属問題だ。クルド、アラブ、トルコマンという3民族の混住するキルクークに対して、クルド側はこれを自治区に含めるべきだ、と主張する。キルクークにはイラク北部最大の油田があることから、単なる領土争いの域を超え、利権争いとなって民族対立を激化させかねない。すでにクルド人治安組織による他民族への移住圧力や、それへの反発としてクルド人を狙った攻撃が、特に選挙後頻発している。さらに油田の帰属問題に如えて、クルド側は自治区向け予算配分の大幅引き上げをも要求している。
それ以上に争点となったのが、自治区における軍、治安組織の自立化問題である。クルド勢力は過去四半世紀にわたって、自前の民兵「ペシャメルガ」を起用して中央政府に対する武装抵抗運動を続けてきた。フセイン政権が崩壊したとはいえ、クルド側は引き続き中央政府からの自立的な立場を追求しており、ペシャメルガの存続と、イラク中央軍のクルド自治区での行動に制約を課すことを主張した。
イラク統一同盟は、今後のイラクに連邦制を導入すること自体には反対していないが、クルド自治政府が独自の軍事組織と過度な経済的自立性を持つことは、クルドのイラクからの分離につながると考え、反対したのである。これらの問題には最終的な結着はついていない。

世俗という真の対立軸
イラク統一同盟とクルド連盟の対立は、クルド側の問題だけではない。イラク統一同盟を構成する主要政党は、SCIRIやダアワ党、ファティーラ党(戦後急速に支持を伸ばすイラク国内起源の新興政党)などイスラム主義政党だ。イラクに限らず、イスラムに基づく国家建設を目標と掲げるイスラム主義政党は通常、イスラム法(シャリーア)が主要な、あるいは唯一の法源であるべきだとの立場を取る。
今のところシスターニ師は、憲法のイスラム化を即時に求める立場は取らず、「法がイスラムと矛盾してはいけない」といった緩やかな見解を示している。とはいえ、イスラム主義政党の台頭が、今後さまざまな側面で法体系のイスラム化をもたらすことは予測できよう。すでに上記イスラム主義政党は、昨年初めに既有の世俗民法廃止の決定を行い、女性団体など現行法の維持を主張する世俗派勢力の猛反発を生んだ。クルド勢力との対立点には、比較的世俗主義を好むクルド政党がイラク統一同盟のイスラム志向を嫌った、という背景もある。
イラク統一同盟が議席の過半数を占めたことに対して、それがシーア派だからではなくイスラム化の推進につながることで、危倶を抱く層は少なくない。イラク統一同盟が、同じシーア派でありながらアラウィ暫定政府首相の率いる第3党「イラク・リスト」(40議席)との連立を考えず、国会議長にスンナ派の元イスラム党メンバーであるハサニ元工業相が選出されたところに、真の対立軸はイスラムか世俗かにあるのであってシーア派か否かではない、ということを見て取れよう。

置き去りのスンナ派投票率2%の地域も
しかし、選挙においてシーア派とクルドが積極的でスンナ派の投票が低かったことは、スンナ派の政治参加に大きなつまずきとなったことは否定できない。スンナ派地域の中でも最も治安の悪いアンバール県では、投票率はわずか2%だった。
(中略)
国会でわずか6%の議席しか得られなかったスンナ派社会のフラストレーションは、その地域で暗躍する反米反政府勢力にさらなる活動の場を与えることになる。また国外のスンナ派アラブ人が、イラク国内のスンナ派住民の状況に連動して、イラク国内に流入してテロ活動を激化させている。
すでに最近の米国内世論調査で、7割以上の回答が「米軍の被害者数は受け入れがたい数に上っている」と見なす今、米軍は「イラク人による主権国家樹立」との名の下にイラクにおける責任とプレゼンスを縮小しようとしているが、その分イラク政治の前面に立ったシーア派とクルドの両勢力に対する攻撃の増加は深刻だ。
ヒッラでシーア派住民130人以上が死んだ自爆攻撃と、犯人に同情的なヨルダンに対する批判デモ、さらにはシーア派住民の多いバグダッド・ドゥーラ地区での住民と武装勢力との銃撃戦など、徐々に「シーア派=勝ち組対スンナ派=負け組」的な宗派間衝突が、住民レベルにも周辺国との関係にも波及しつつある。

イラク人による治安雄持は可能か
今後の治安回復を左右する要素の一つに、イラク軍、治安組織の拡充がどこまで進められるかがある。しばしは報じられるように、イラク軍、治安部隊の育成、訓練は即席で行われ、多国籍軍を代替できるほど十分な戦力にまで成長していない。それ以上に、移行政権の旧バース党、旧軍勢力に対する姿勢がどう変化するかが注目される。
(後略)

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