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私は以前に全日本空手道連盟公認2段の資格を所持していましたが、
私自身は南青山様、ロヒアリム様の意見を尊重したいと思います。
そもそも武道家足る者 すべての修行概念は己を錬磨することにあり
その志は空手道二十訓にもきちんと謳われています。
確かに空手は旧く「唐手」と称されてきたように
中国(唐)武術の影響を受けている流派も多く存在します。
しかし、人ひとりひとりが形や色の違った心を持つように
中国武術も空手道も遣う人によって様々な理念や志が生まれ
それがやがて 日々鍛錬し成長していくことによって
己自身にこれ以上に無い大きな財産を残していくことになるだけでなく
教わる時も、又教える側に自分がなった時も
これまた同じことがいえるのだろうと私は思う所存で御座います。
人が心技一体になって学んだことを大切に出来るということは
これ以上に幸せなことはありません。
訓歌の言葉を御借りすれば
一、先づ自己を知れシコウして他を知れ
他を知る前に先ず自分を知らなければなりません。
一、技術より心術
私が最も好きな詞です。意味はその通り。
一、禍は懈怠に生ず
禍の意味は多くありますが、議論上での禍というのは
「自分に有不利な状況」を指すのだと思います。自分に不利な状況、或いは自分の意見ばかりを尊重・主張するのではなく 多くの人の意見を聞いて吟味し尊重しなければならないという教えのひとつだと私は感じています。
そして 最後に
一、常に思念工夫せよ
答えはひとつだけとは限りません。
世の中の意見は様々で 善悪も様々です。
その中で長い時間をかけて自分が真に思うことを 正しいと信ずることを
いずれは導かなければなりません。
其の為になにをするべきか どうあるべきか 常に自分との戦いなのだということを説く
教えなのだと私は感じています。
これほどまでにすばらしい訓歌がある空手道(または武道)は
それで既に 日本古来の教えを忠実に守って来た縁あるかけがえの無い唯一の
財産なのですから
歴史の長さではなく いかに貴重とされているか、或いはされてきたかのかを尊重すべきだと思います。もちろん 発祥の歴史を学ぶということはとても重要で大切なことですが
だからといって 武道家たるもの いかなる理由であっても やり返し(事実無根のものを過度に徹底的に追い詰める等の言動・行為)はいけません。
それは その返答者が武道家であったならば 武道家の恥だと 私は思っています。
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