現在地 HOME > 国家破産39 > 535.html ★阿修羅♪ |
|
警戒すべき新「双軌制」の悪影響
北京師範大学金融研究中心教授 鐘偉
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/050225kaikaku.htm
1.漸進的改革の柱である旧「双軌制」
これまでの25年間を振り返ってみると、中国の経済改革は新旧2つの「双軌制」(二重制度)の影響を受けている。
旧「双軌制」の始まりは、1984年の浙江省の莫干山会議にさかのぼることができる。この会議をきっかけに、「双軌制」は中国の漸進的改革の旗印となった。旧「双軌制」の終わりは、アジア金融危機が勃発した1997年頃になる。旧「双軌制」は3つの分野で進められていた。
一つ目の分野は、価格システムである。財とサービスの価格規制システムに体制内と体制外の二種類の価格を採用し、その後、徐々に体制外価格(市場価格)を適用する範囲を拡げ、最終的に体制内価格(計画による価格)を歴史の舞台から退ぞかせるというものである。象徴的な出来事は、1985年に企業の計画を超えて生産された製品については市場価格での販売が認められるようになったことである。これにより、価格の「双軌制」が急速に広がった。当時の価格改革を振り返ると、確かに非常に困難に満ちていた。経済学者には、シャドー・プライスの計算に没頭する人や、価格自由化案を作成する人、価格の歪みは制度上の歪みであると考え制度改革の同時実施を主張する人など、多様な意見があった。
二つ目の分野は、経済主体である。国有経済という「ストック」に対しては特に大きな改革が実施されていなかったが、民営企業の発展を促すために、郷鎮企業と個人企業といった「増量」の部分に対しては促進策が実施され、多くの成長の余地を与えた。これを受け、国有経済を除いた経済主体は、怒涛のごとく成長の道に向かった。国有経済という「ストック」を残し、非公有経済という「増量」を発展させることにより、中国経済には新たな息吹が吹き込まれた。
三つ目の分野は、農村改革である。家庭生産請負制が導入され、土地収益分配制度の改革が行われた。つまり、国に一定の量を納め、集団に一定の量を留保すれば、残りはすべて農民自身が所有できるようになるという改革であった。食糧卸売価格の自由化を経て、このような「双軌制」は、確かに短期的に痛みを伴うものであったが、中国の農民はまずまず(「温飽」)の生活あるいはややゆとりのある(「小康」)生活に向かっての一歩を踏み出した。
2.旧「双軌制」の過渡的な性質およびそのコストとメリット
旧「双軌制」はボトムアップの制度で民意が明確であったため、中央政府は民意に沿い、それを国策として採用した。しかし、旧「双軌制」は一時的な過渡措置に過ぎず、政策設計者を含めて永続する政策として考える人はいなかった。最終的な政策目標は、漸進的改革を経て一本化することである。これは、計画経済から市場経済に移行する際の「危険な跳躍」である。1994年に行われた分税制改革と為替レートの一本化以降、旧「双軌制」は次第に色あせていった。すでに多くの財とサービスの価格が自由化されたからである。今日、様々な商品であふれる繁華街を歩くと、我々は、旧「双軌制」が去り過ぎた後の、市場化改革によってもたらされた幸せを味わうことができる。
しかし、旧「双軌制」の誕生から消滅の過程において、我々は多くのコストを支払った。先に豊かになった人々は、多かれ少なかれ合法的あるいは非合法的に「双軌制」の恩恵を受けた。一部の政府官僚も旧「双軌制」の中で腐敗の温床を見つけた。旧「双軌制」がもたらした腐敗の形態は3種類ある。一つ目は、二重価格を利用し利鞘を稼ぐ方法である。最も流行っていた方法は、許認可文書の不正転売である。高級官僚の子女は人脈を利用し、「度胸」のある人は賄賂という手段を使い、政府機関から許認可文書を入手し、緊急かつ不足の重要な生産財や輸入商品を転売する。「許認可文書を入手すれば、金も入手できる」という形で一部の人々は金持ちになった。二つ目は、当時の民営企業、特に郷鎮企業の過酷な待遇である。当時の郷鎮企業の従業員は、地元農民と、ほかの地域からの出稼ぎ農民の2種類に分かれていた。彼らの労働環境は厳しく社会保障も十分ではない。特に、後者については生活費を賄える程度の賃金しかなく年末のボーナスに頼るだけである。彼らには賃金交渉権がほとんどないため、郷鎮企業は比較的低コストかつ比較的速い原始的蓄積で急速に発展することができた。三つ目は、農業生産分野にある。農業請負制の推進および、土地収益分配の不確実性などにより、農民の農業収入の伸び率は1995年頃に転換点を迎えた。農業収入、特に栽培業の収入は95年の1人当たり750元をピークに横ばいで推移し、これを受け農民の収入全体が伸び悩んだ。
3.制度変遷の新「双軌制」
最近の7、8年間、中国の経済改革において最も不安を感じるのは、アジア金融危機後に現れた新「双軌制」である。新「双軌制」とは、公共権力を後ろ盾に、市場化された財とサービスの価格と、市場化されていない資金・土地・労働力などの要素価格との間の巨額なレントである。新「双軌制」は4つの側面に分けることができる。
第一の側面は、資金価格の規制と資金配分の歪みである。資金の価格は、金利にほかならない。しかし、残念ながら、金利自由化も為替レートの形成メカニズムの市場化も道半ばである。2002年以降、国有企業の利潤額は累計で約1.1兆元である。特に2003年と2004年は、国有企業の利潤額の伸び率は年間40%以上で、ほかの所有制の企業を大きく上回った。国有企業は本当に生まれ変わったのか。おそらくこのような財務状況の大幅な改善は、新「双軌制」の恩恵といった方が良い。過去3年間、銀行融資総額は7.1兆元に達したが、資金の価格設定は非市場的である。2002年以降の稀に見る低金利と、物価上昇の中、実質金利は低下の一途を辿っている。このことは預金者から国有企業に大規模の所得が移転されていることを意味する。新「双軌制」の下での資金の集中・価格設定・配分に対する権力の行使に伴うコストは、システマチックリスクとして露呈してきた。
第二の側面は、土地使用制度の歪んだ市場化と、土地収用制度における権力のレント・シーキングである。土地供給面では、政府は90年代に土地供給政策を見直し、国有地を譲渡することによる譲渡金を得るようになったが、土地収用制度ではほとんど変化がなく、各レベルの地方政府が依然として計画経済的な方法で安い価格あるいは強制的に土地を収用した。権力を使って左手で安く収用した土地を、右手で「市場的な」方法で譲渡する。陳錫文氏の言葉を借りれば、「他人の土地を売って、自分の金を稼ぐ。収用すればするほどたくさん稼げる」という状況である。
第三の側面は、労働力価格の過当競争と堅く守られている雇い主の利益である。次のような疑問があるかもしれない。つまり、資金と土地については確かに行政介入と配分の問題があるが、労働力市場では最初から市場によって価格が設定され、配分されているため、別に問題がないではないかということである。しかし、これは公共政策と公共管理に対する誤解である。正常な市場競争の場合、行政による寡占がなく不公平な競争あるいは過当競争もない。しかし、中国の労働力市場は明らかに過当競争になっている。資金と土地市場において公共権力が濫用されているのに対し、労働力市場では、全くその正反対で公共権力が何も役割を果たしていない。特に都市部の出稼ぎ労働者に対する搾取が最も深刻である。
2003年以降、中国各地で「民工荒」(出稼ぎ労働者の不足)という現象が相次いで発生した。確かに、90年初期には、農民たちは都市に行って外資系企業で働き高い給料をもらうことは、生活の大幅な改善を意味した。しかし、10年以上経った今も、東南沿海の出稼ぎ労働者は、収入が特に大きく増えておらず、月給500〜800元で、都市で漂泊し孤独な日々を送り、劣悪な労働環境や突然の残業を強いられ、子供が学校に行けないなどの厳しい生活に耐えなければならない。私は、常に、「メイド・イン・チャイナ」の安い価格は、中国の労働者の尊厳、健康、鮮血の犠牲の上に成り立った価格であると考える。
第4の側面は、適切な表現ではないかもしれないが、国有企業を「要素の組み合わせ」として、その所有権の独占価格を設定し無秩序に譲渡することである。一部の上場国有企業は、投入した資金に見合った価値を創造しておらず、一般の投資家に大きく損失を与えてしまった。一部の未上場国有企業もすぐに持ち主が変わり、従業員がいなくなる。資金・設備・人員・土地といった要素の組み合わせとしての国有企業の改革過程で生じた様々な弊害は、故楊小凱教授を思い出させる。彼は、重病を抱えていたにもかかわらず、中国の改革は憲政の枠組みの中で社会の正義も考慮し行わなければならないと、必死に呼びかけた。
商品価格が市場によって決定され、配分される一方、要素価格は行政によって決定され、配分されることによる両者の間のレントは、現在の体制を支えている。現状を、「中央は金融に頼り、地方は土地に頼り、非公有経済は労働力に頼る」という表現で総括することができる。
4.新「双軌制」の持続と強化への警戒
新「双軌制」は、要素価格の歪みと要素市場の未発達という軌道と、財・サービス価格の自由化というもう一つの軌道から成り立っている。要素市場と商品市場が別々の軌道を走っているのは、公共権力部門に節制がないこと、最近の中国の経済改革において抜本的な改革が少なくなっている一方、緊急避難的な調整・コントロールの措置が増えていることによる。調整・コントロールが必要な改革を取って代わったことは、改革の先延ばすことを意味する。
もう一度振り返ってみよう。第一に、なぜ資金の価格設定が市場化しにくいのか。現在、金利自由化のペースは比較的速いと言える。しかし、商業銀行の所有権が明確でなくその内部管理も行き届かず、上場企業が価値を創造することができなければ、預金金利の上限と貸出金利の下限の撤廃により、現状の国有企業間の過当競争が銀行業でも展開されることになろう。このため、銀行改革は所有権改革を軸としなければならない。そうでなければ、銀行業では正常な市場競争が展開できない。また、政府が銀行を直接支配することができなければ、財政は直ちに困難に陥る。このため、国有銀行問題は、財政に付随している制度移行の問題である。
第二に、なぜ土地価格が市場化できないのか。その理由は土地が国有になっているからである。しかし、たとえ土地所有制度が短期的に変更することが難しくても、土地を収用する際、農民に十分に補償を与えるべきであろう。
第三に、なぜ労働力価格が市場化できないのか。人と社会の調和のとれた発展を議論するに当たって、中国の急務は、結果に基づいた公平や、権力や起点に基づいた公平を議論することではない。人間の労働は、その生命の中の一部だけである。アマルティア・セン教授(Amartya Sen、1998年ノーベル経済学賞を受賞)の観点を借りれば、中国は「人的能力の形成」の公平性を重視しなければならない。すなわち、大都会に生活している人々にしても、辺鄙な農村に暮らしている人々にしても、未成年者が雇用市場に参加する前に彼らに最低限の教育・医療・必要な公共施設を提供し、年をとって雇用市場から退出する人々に対しては、政府・企業・労働者自身が共同で労働能力を喪失した後の晩年の生活を保障するシステムを提供すべきである。青年労働力という「人口の配当」だけ享受し、その前とその後の問題を無視すれば、将来、我々はより大きな問題に見舞われることになる。たとえ、都市と農村をカバーする義務教育制度と社会保障制度を作ることができなくても、せめて国民の基本生活を維持できるような社会セーフティ・ネットを作らなければならない。
第四に、なぜ国有企業の問題が解決しにくいのか。現状から見て、市場経済における国有経済の位置づけという基本的な問題を再考する時期が来た。国有企業の困難は、その規模がもはや国家財政で支えきれないことを反映している。このため、国有企業を競争産業から積極的に退出させ、インフラと独占分野に限定すべきである。存続する分野においては、官本位によるインセンティブと制約で独占利益が浸食されることを防ぐという政策をとるべきである。経済における国有企業の役割は何であろうか。市場経済の下で、政府は従属的に経済資源を直接に配分し、国有企業は本質的に企業でなく、その存在が厳しく制限されなければならない。市場メカニズムで国有企業を制約する方が、官本位で国有企業を制約することよりも危険である。国有企業の役割は、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の主人公に近いかもしれない。市場が機能しないときに限って補佐すれば良いのである。
前述した新「双軌制」は警戒すべきである。新「双軌制」は、市場化された商品価格システムと、市場化されていない要素価格システムの間の巨大な鞘に寄生しており、あらゆる面で自己増殖している。資金・土地・労働力と国有企業改革の機会が多ければ、腐敗の利益も大きくなり、ゲームの参加者もますます勢力を拡大する。新「双軌制」は、改革の妨げになっている。というのも、改革する必要のある者は、昔の改革の推進者であると同時に、新「双軌制」の既得権益者であり、改革深化に対する抵抗者でもある。旧「双軌制」は漸進的で局地的な制度革新であるのに対し、新「双軌制」は改革の後退を意味する。今回のマクロ・コントロールから見ても、過熱の根源は土地・資金といった要素価格の歪みにある。したがって、現在、ボトムアップの草の根の民主と、トップダウンの憲政制度作りは、要素市場を整備する前提条件として、先に着手しなければならない焦眉の急の仕事である。
(注)1988年、著名な経済学者である呉敬l氏は、旧「双軌制」の弊害に関する討論会を開き、討論会の内容をまとめた「腐敗:貨幣と権力の交換」という本を出版した。1993年の二版の時、呉氏は書名を「腐敗:権力と金銭の交換」に変更した。さらに、1999年の三版の序の中で、呉氏は、時は流れたが、腐敗問題はむしろ深刻化し、役人の汚職が横行し、公権力を悪用して蓄財する役人たちのレント・シーキング行為は時には「管理の全面強化」という美名が冠され公然と行われている、と指摘した。三版で再度変更された書名――「腐敗の根源:中国はレント・シーキングの社会になるか?」――の意味を、我々は考えるべきである。中国の改革の課題は、向こう岸が見えないのではなく、どのように向こう岸に到達するかである。
(出所)博士珈琲 「警タ"新双軌制"在中国的復帰」より一部抜粋
※和訳の掲載にあたり先方の許可を頂いている。
鐘偉 Zhong Wei
--------------------------------------------------------------------------------
1969年江蘇省生まれ。1999年北京師範大学経済学博士号取得。北京?范大学金融研究中心教授。
2005年2月25日掲載
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/050225kaikaku.htm
TOP 中国経済新論
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/index.htm