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職場から
アメリカが日本の科学技術をコントロールしている
http://www.bund.org/culture/20050315-1.htm
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打ち上げは成功したが衛星はアメリカ製
当麻宗一
2月26日、約2年ぶりにH―UAロケットの打ち上げが成功した。今回は、03年11月の打ち上げ失敗事故からの復帰を賭けた打ち上げだった。
今回、H―UAに搭載した運輸多目的衛星は、気象衛星「ひまわり」の後継機である。10年前に打ち上げられた「ひまわり5号」はすでに寿命が尽きており、気象庁はアメリカから借りた気象衛星「GOES―9」で当座をしのいできた。だがGOES―9も耐用年数を過ぎ、寿命が尽きようとしている。気象衛星の打ち上げは喫緊の課題だったのだ。
国産ロケットの開発を目指したが
日本のロケット開発は70年代から始まり、90年代になってようやくほぼ完全国産と言えるH―U、H―UAを製造できるようになった。H―U、H―UAは直径4m、重量260〜290tである。H―UAは、4トン級の衛星を打ち上げられる大型ロケットだ。しかしH―UAになってから、たてつづけに打上げの失敗や衛星のトラブルが続いてきた。
97年の6月に打ち上げられた、地球観測衛星「みどり」は約1年で機能停止になり、02年12月に打ち上げた「みどりU」は、本格的な観測が始まる前に機能停止となった。98年に打上げられた、火星探査機「のぞみ」は99年に火星に到達する予定だったが、03年12月に火星周回軌道からはずれた。99年11月、静止気象衛星「ひまわり」後継機である運輸多目的衛星「MTSAT―1R」の打ち上げに失敗。さらに03年11月、H―UAロケット6号機の打ち上げに失敗した。
6号機の失敗の時、マスコミはこぞって「日本の技術力の低下」「数百億円が宇宙のゴミになった」と報道した。だが私はロケットの打ち上げ失敗は、技術の低下とはいえない面があると思う。
ロケットは自動車や家電製品とはちがって、何度も作っては改良し、作っては改良し、というわけにはいかない。打ち上げに失敗しても、その多くは海の藻屑となったり、宇宙のゴミとなってしまう。どこが悪かったのか、原因が特定できないのである。
世界的にみても、新規開発のロケットは、最初の10機中2機程度は事故を起こしている。だから日本の技術力の低下とは言いきれないのだ。試練をくぐりH―UA7号機は打ち上げに成功した。私は問題があるとすれば、日本の宇宙開発の基本方針にあると思うのだ。
米国製人工衛星を買う日本
03年10月、日本の宇宙開発をおこなってきた3つの特殊法人が統合され、宇宙航空研究開発機構(JAXA)になった。だが打ち上げの失敗が続いたため、今回の打ち上げは民間企業でつくった「ロケットシステム」社が打ち上げ業務を請け負った。2006年度以降は、三菱重工が製造から打ち上げを一貫して請け負う。
そこで問題になるのが、ロケットは国産でも、搭載する人工衛星はアメリカから購入したものだということだ。 日本はアメリカと交わした包括貿易法スーパー301条(※注)により、通信衛星や放送衛星といった実用衛星を、アメリカから買わざるを得なくなっている。今回、打ち上げたのもアメリカの新型人工衛星「運輸多目的衛星新1号(MTSAT―1R)」である。
このMTSAT―1Rは、新型と言えば聞こえはいいものの、これまで実際に軌道上で作動するかどうか検証したことがない衛星だ。
MTSAT―1Rは、アメリカの静止気象衛星「GOES」の設計を基本に、航空管制用通信機器を相乗りさせた設計となっている。また米レイセオン社が開発した新型気象センサーも搭載されている。いずれも初めての仕組みだ。
つまりアメリカは、日本にMTSAT―1Rを打ち上げさせることで、ていよく実験させているのである。 あれもこれもと機能を付け足せば、すべからく機械は故障しやすくなる。MTSAT―1Rは打ち上げに成功したが、うまく機動するかどうかは分からない。そして衛星が正常に作動するまでは成功したとはいえない。
本来は気象衛星を確実に打ち上げることが目的だったはずで、運輸多目的衛星なんかの必要はないのだ。それが包括貿易法スーパー301条により、複雑な実験機を搭載する以外なくなった。アメリカの言いなりで、リスクとコストばかり高くついているのは、自衛隊のイラク派兵と似ている。宇宙開発まで対米従属になっているのだ。
国産気象衛星をあげて国際貢献を
ロケット開発は、国威発揚か軍事目的の意味が大きい。しかし気象衛星のはじまりは平和目的だ。日本が気象衛星を打ち上げたきっかけは、1960年に行われた世界的な気象観測機関のプロジェクトの一環だった。
世界気象機関(WMO)の提唱で、地球を囲むように静止軌道に気象衛星を打ち上げ、世界的規模の気象観測を可能するという世界気象監視(WWW)計画である。
日本はこの計画でアジア地域の観測を要請された。日本は気象衛星を打ち上げて、東アジア、オセアニア地域、太平洋地域の気象観測を担ったのだ。
それから45年、もし今回打ち上げた気象衛星が機能しなければ、この地域に観測態勢の空白ができてしまう。衛星気象観測の中断は、台風の進路予測を困難にし、長期予報の精度を損なう。長期的な地球環境の監視にも悪影響を及ぼす。日本は旧式でもいいから、自力で自前の気象衛星をまともに打ち上げられる体制を作るべきなのだ。
単独の気象衛星を打ち上げるだけなら、H―UAのような大型ロケットでなくても良い。実際、宇宙探査用の科学衛星などは2トン以下に中・小型化する傾向にある。アメリカは今後10年は大型ロケットが主流になると言うが、それは日本に米国製の衛星を打ち上げさせるために言ってる言葉なのである。
日本は「火星探査機だ、宇宙ステーション建設だ」とアメリカにふりまわされるのをやめるべきだ。むしろ世界気象監視計画や全球大気監視計画(日本は、温室効果ガスに関する世界データセンターの役割を担っている)などに積極的に取り組んで、国際社会で名誉ある地位を占めたほうがよいと、私は思う。
(民間製造業)
※注 89年、日米構造協議で人工衛星・スーパーコンピューター・木材製品の3品目がスーパー301条の適用対象となった。スーパー301条は、米通商代表部(USTR)が「不公正」な貿易相手国と行為を特定し、交渉で改善しなければ関税引き上げなどの措置をとるというもの。
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青色LED訴訟から考えた
優秀な研究者はアメリカへ?
北野雅史
今年1月11日、青色発光ダイオード(青色LED)訴訟は、日亜化学工業が約8億4000万円を中村修二氏(米カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校教授)に支払うことで和解した。この訴訟は、青色LEDを開発した中村氏が、勤務していた日亜化学工業に特許権譲渡の対価を支払うよう求めていた裁判である(詳細別掲)。
職務発明の対価として支払われる額としては過去最高だが、昨年1月の1審東京地裁判決が命じた200億円からは大幅減額となった。中村氏は和解後の記者会見で「(日本社会は)大企業に『滅私奉公せい』というシステムだ。実力のある理系の人は米国へ来るべきだ」と言っていた。
私は企業で研究開発をしているが、発明の対価と特許について考えてみたい。
青色LEDの開発
そもそも青色LEDはどれほど大きな発明と言えるのか。LEDは電化製品の電源ランプや、電車の案内板など多くの場面で使われている。しかし、そのほとんどは赤と緑のLEDだ。LEDは低電力で用いることが出来るため、長らくディスプレイへの用途が期待されていた。1980年代中頃までに、光の三原色に必要な赤色、緑色は実用化されていたものの、青色が無いためにRGBディスプレイの実現は困難とされていた。青色LEDは大企業の間で長らく研究がなされていたが、実用化の道のりは長く寿命が短いモノしかできなかった。
人間の可視領域における全帯域の光が(おおむね)均等の強度で観測される場合、その色は「白」と表現される。 白色の光を合成するための波長を「光の三原色」と言い、赤、
緑、青の3色が用いられる。全ての色はこの3つの光を合成することによって表現できる。 一般的な発光ダイオードは、用いる材料のバンドギャップによって発光色が決定される。青色領域のバンドギャップを持つ半導体は少なく、窒化ガリウムやセレン化亜鉛 (ZnSe)などがある。しかしセレン化亜鉛を用いたものは発光強度が弱く、現在の主流は窒化ガリウムである。日亜化学工業が開発した青色LEDも窒化ガリウムを用いている。
いずれにしても、青色LEDが実現化したことでディスプレイ等々用途は無限に広がった。ビルの壁面のディスプレイなどの大型なものから、小型化が進めば普通のテレビサイズまでLEDで作る事もできる。
用途はそれだけではない。発光ダイオードはCDなどに使われているレーザーと構造がほとんど同じなため、その技術を利用して青色レーザーを製造できる。青色レーザーは現在CDなどで使われている赤色レーザーに比べて波長が短い。このため青色レーザーは記憶できる容量を格段に増やすことができるのだ。
青色LEDの発明はディスプレイから記憶装置まで幅広い利益を生みだすのである。青色LEDを開発した中村氏の成果は計り知れないと思う。
だが中村氏は日亜化学工業を退社、その後ライバル会社の米クリー社へ就職した。これをきっかけに中村氏と日亜化学の関係は悪化の一途を辿った。
日亜化学工業が企業秘密漏洩で米クリー社を提訴し、中村氏個人も標的となった。 企業の情報を守るためとはいえ日亜のやり方はかなり行き過ぎだった。中村氏は日亜化学工業に対して、特許の所有権を主張して逆提訴したのである。
発明の対価の基準づくりを
そこでそもそも、600億という「発明の対価」は妥当なのか疑問が残る。 問題になるのは、製品開発に対する発明者の貢献度をどの程度と算出するかということだ。裁判所が最後まで悩まされたのも「対価」の算定方法だったろう。
特許の利益は研究者だけのものであるのか。それに疑問が残る。中村氏は大リーグなどでは成功すれば何十億もの金額を得ているのだから、研究者も成功すれば評価されるべきだという。
しかし特許は、出した時点ではどれほどの利益を生み出すのかはわからない。企業はその特許が利益を生み出すかどうか未知数でも、特許を扱う部署でライセンス交渉や事業化のコストをかけなければならない。特許が利益を生み出さず不利益が生じたとしても、研究者にその負担はこない。利益が出たときだけ訴訟して、その利益分は貰って当然というのは正直どうかと思うのだ。
私はディスプレイ関連の液晶関係の会社で研究開発をしており、私の名前の載っている特許もあり報奨金も頂いたが、特許が通っても出る金額は3万円と決まっている。さらに社員規則には以下の文言もある。
「会社は、発明者等に対して、本規定に定める報奨金を除き報奨金その他名称の如何を問わず一切の対価を支払わないものとする」
改正特許法が施行される
日本の特許法には相当対価の文言があるが、ドイツを除く諸外国の特許法にはそれがないということも知っておく必要があるだろう。このため欧米企業では、報酬規定を前もって研究者と結ぶ。巨額の利益を生む技術を開発しても、ストックオプションや昇進・昇給で対応しているところも多い。
職務発明訴訟のような予測可能性がなく、突然高額の支払いが命じられる日本の場合、企業は特許を出願しなくなることも考えられる。
特例としてのドイツでは、従業員発明法で算定方法を細かく定めている。今回の青色LED訴訟をドイツの算定方法に当てはめてみると、中村氏個人が受け取る額は数千万円と特許庁の専門家は算出している。
2005年4月1日には「改正特許法」が施行される。相当対価の請求を認める第35条が改正される。その主旨は、企業は従業員と真摯な協議をした上で発明に対する報奨規定を設け、それを周知徹底するというものだ。報奨規定の基準が「不合理」でなければ、裁判所はその報奨規定による相当対価の算定を尊重するようになる。欧米型に近づくのである。
私の会社でもこの裁判問題が起こってから、何度か従業員に対して特許報奨に関するアンケートが行われた。今必要とされているのは、発明の対価について企業が数値化を行う努力をし、企業も従業員も納得できるシステム作りをしていく事だろう。
優秀な研究者はどんどんアメリカに行けと中村氏は言ったが、それがよいとは私には思えないとつけ加えておこう。
(開発研究者)
青色LED訴訟の経緯
中村修二氏は日亜化学に在籍していた1990年に青色LEDの製造装置に関する技術を発明。日亜が特許申請して93年に世界で初めて製品化に成功した。会社が支払った報奨金は2万円。
99年12月、中村氏は日亜化学を退職。翌年、米カリフォルニア州立大学サンタバーバラ校教授となる。米クリー社の非常勤研究員としても働く。
2000年12月、日亜化学が、米クリー社及び中村氏を青色LEDの特許権侵害で米国において提訴。 日亜化学の提訴に対し、中村氏は01年8月、日亜化学を逆提訴。自ら発明した青色LEDの特許に関して「特許権の帰属」と「相当の対価」として20億円の支払いを求める訴訟を起こした。
02年9月、東京地裁が、特許権は日亜化学側に譲渡されていると中間判決。そのあと、中村氏は請求額を200億円に増額した。
04年1月、東京地裁は中村氏の特許の相当対価を604億円と判断。このうち中村氏が請求していた200億円を日亜化学に支払うよう命じた。この判決に日亜化学が控訴。
04年12月、東京高裁は日亜化学に対し、約8億4000万円を中村氏に支払うよう和解勧告した。
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(2005年3月15日発行 『SENKI』 1172号4面から)
http://www.bund.org/culture/20050315-1.htm