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今日は、昨日予告した通り「基金」について考えよう。
今回の法案では過疎地の郵便局を維持する義務の対価として、
1兆円の「基金」が設けられ、その運用益で過疎地の郵便局を
維持することになっている。
原資は郵貯、郵便保険会社の株式売却益を充てるという。
例によって、この仕組みの存在を理由に、
民営化は「骨抜き」であり、「こんな民営化なら意味がない」などと
主張する人達がいる。
しかし、それは全く間違っている。
今の郵政の国営故の免税額(=補助金)は毎年1兆円を超え、
その他にも無償での国家保証など様々な国営故の特典がある。
国債ばかり買いつづけても民間を上回る金利が払えるのも、
クロネコ潰しのダンピングができるのも、
政治ばっかりやってる世襲の特定郵便局長を
1万数千人抱えられるのも、根源は全てそこあると何度も書いてきた。
一方、「基金」の運用益などたかだか180億円である。
今の補助金額の2%にも満たない。
元本だって1年分の補助金額程度だ。
なんで、そんな重箱の隅をつつくような話で
「民営化」の意義が無くなってしまうのかさっぱり解らない。
さらに言えば、過疎地の郵便局の維持コストなどこの程度なのだ。
もちろん、郵政族に言わせれば2〜3倍にはなるのかもしれないが、
いずれにしても今の年間補助金額1兆円と比べ、はるかに小さな数字だ。
要するに、いままで彼らは過疎地を「ダシ」にして、
そのコストをはるかに上回る金額を
国民からせしめていたということになる。
国民はこれまで騙され続けてきたことをもっと怒るべきだ。
いずれにしても、この程度の「基金」がどうなろうが、
民営化の全体の意義の大きさに比べれば米粒くらいの話である。
暴れている族議員の顔が立つなら、お駄賃としてちょっと
積みましてやってもいいくらいのものだ。
少なくとも賢明な読者諸君は、こんなことを論点に
「民営化の意義」云々を語ることが噴飯ものであることだけは
はっきり理解しておいて欲しい。
http://blog.melma.com/00099352/20050411230947