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JMM [Japan Mail Media]  「スターウォーズと善悪の崩壊」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/0502/bd39/msg/678.html
投稿者 愚民党 日時 2005 年 5 月 22 日 12:26:21: ogcGl0q1DMbpk

                              2005年5月21日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.323 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』 第199回
    「スターウォーズと善悪の崩壊」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』 第199回
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「スターウォーズと善悪の崩壊」

映画館は大変な盛り上がりでした。私は24面のスクリーンのある近所のシネコンへ
行ったのですが、5月18日深夜午前〇時一分からの第一回上映では、広大な駐車場
がほぼ満車状態という前代未聞の光景になっていました。14面のスクリーンの同時
上映、しかも全席売り切れでしたから一館で約7千人を集めたことになります。こう
した深夜の封切りというのは、大当たりの見込める大作では時々あるのですが、『ロ
ード・オブ・ザ・リング〜王の帰還』の時では確かスクリーンは6面でしたから、そ
の倍以上というわけです。

アメリカでは新作映画の封切りは通常は金曜日です。ですが「ファンは平日であって
も一刻も早く見たがるだろう」と配給側が踏んだ場合や、週末の前に口コミをまわし
ておこうという戦略の場合などに、水曜や木曜の公開ということもあります。今回は
正にそのケースで、恐らく土日の週末までに相当の興行収入を叩き出すでしょう。現
時点では初日の木曜日の数字だけが発表になっていますが、一日で50ミリオン(約
54億円)まで数字が伸び、北米における一日の配収新記録をあっさり更新してしま
いました。ここのところ低迷していた映画産業も全体として潤うことになりそうです。

その初日、しかも深夜の先行上映とあって、さすがにファンの熱気は相当なものでし
た。館内には、スターウォーズ関連のコスチュームに身を固めた人もちらほらあり、
何となくハロウィンのお祭りのような賑わいでした。映画館の側でもお客さんサービ
スの一環でしょうか、上映の20分ほど前になると支配人がやってきて、即席の「コ
スチューム・コンテスト」をやっていました。拍手の大きさで一番になった人に無料
入場券を配るというので、なかなか盛り上がっていました。ちなみに私のスクリーン
では、勝ったのはダースベイダーの格好をした女性でした。

場内が暗くなっただけで拍手、そして「フューチャー・プレゼンテーション(本編上
映)」の文字が出ると大騒ぎになり、20世紀フォックスのファンファーレで拍手、
そして「ルーカス・フィルムズ」のロゴが出て熱狂、そして例の「ジャーン」という
和音で始まるテーマ曲が始まり「エピソード3 シスの復讐」という文字が斜めに画
面下からせり上がってくると、場内は急にシーンとなりました。

1983年の『ジェダイの帰還』から16年を経て始まった「エピソード1から3」
の新三部作が完成し、これで全六作が一続きのお話として完結する、この場にいる人
々はその期待感に満たされているのは明白でした。先行して行われた試写会の結果と
して、様々な批評がすでに出回っていますが、おおむね好意的で、更に関心を高めて
います。少なくとも「1」や「2」よりはずっと良い、という意見が大勢を占めてい
るようです。

2時間半の後、最後のシーンが暗転して宇宙空間に青い字で「製作総指揮、ジョージ
・ルーカス」と出ると、再び場内は大きな拍手で包まれました。ファンとしては、満
足したということなのでしょう。既に午前3時近くなっていたのですが、場内で、ま
た渋滞の続く駐車場内で「あそこは、ああだった」とか「こうだった」というような
話題に盛り上がるグループも数多く見受けられました。最終的な国内の興行収入は4
00ミリオンまで行くかもしれません。史上最大と言っていい、そして28年を費や
して完成した連作映画は、成功のうちに幕を閉じることになるようです。

(ここからは、映画の内容に触れます。詳しいストーリーの記述は避けますが、どう
しても大きな流れには触れざるを得ないことをお断りしておきます)

確かに「エピソード2」から「エピソード4(1977年の最初の作品)」へという
時系列で続いてゆく物語は、巧妙に練られていました。CGを使ったアクションシー
ンなども、映像表現の最前線といって構わないでしょう。セリフに洗練された味が感
じられないとはいっても、キャスティングの妙で、演技の達者な役者さんが揃ってい
ますからドラマに破綻はありません。確かに出来は良い作品なのでしょう。

ですが、この作品には根本的な問題があります。この「エピソード3」単体で考える
と、勧善懲悪では全くなく、とにかく悪の側が圧倒的に強いのです。それどころか、
主人公は「善から悪へ」移行してしまうことになります。その「悪への移行」が全編
を貫くテーマであるだけでなく、観客はその「悪になる人物」へ感情移入させられる
仕掛けなのです。勿論、全六部のなかで、今回はそういう話の流れになっている、そ
れは分かります。ですが、とにかく「悪への感情移入」がテーマというような話は、
ハリウッドの大作映画としては映画史上前代未聞ではないでしょうか。

結果的にどうなったかと言えば、多くの人が語っているのですが、この「エピソード
3」が加わることで、シリーズ全体が「アナキンの物語」に変わってしまったように
思えるのです。「エピソード6 ジェダイの帰還」で、ルークは善の心を取り戻した
父のベイダーと対面するのですが、その際に「何故、善なる存在のアナキン・スカイ
ウォーカーは、悪のベイダーになったのか」という疑問が生じました。その疑問への
回答が「新三部作」であり、この「エピソード3」で全ての疑問は解けたということ
になります。

観客もそこに期待感を寄せていきました。例えば「1」では、ベイダーの音楽がかす
かに聞こえる、とか、アナキン少年の影がベイダーのマスクになっている、という微
妙な表現がずいぶん話題になったものです。そして「2」では、アナキンは母の身に
起きた悲劇への怒りから、多くの人間を殺し、そのことに苦しみながら「愛するもの
を守るためには力が欲しい」という欲求から「より力へ」と頼るようになってゆきま
した。私は、「2」の公開当時に、この欄で、こうした表現の中には「防衛戦争の正
義すら否定する思想」がある、とややオーバーな書き方をした覚えがありますが、そ
れも「善悪の葛藤」という表現に新鮮なものを感じたからでした。

では、この「3」では葛藤は思いきり高まったのでしょうか。最終的に「悪」へと傾
いてゆく「アナキン=ベイダー」は善悪の葛藤に身を引き裂かれたのでしょうか。正
にギリシャ悲劇のように、人間の逆説と矛盾を背負ったような壮大なドラマが、映像
・音楽・演技のアンサンブルでセンチメンタルに表現されているのでしょうか。私は
この点に関しては納得が行きませんでした。この「3」では、もはや葛藤以前の話と
して、善悪は思いきり相対化されてしまっているのです。

例えば、皇帝が正体を現し、銀河共和国の議会を「特別招集」して「帝政移行」を宣
言すると、だれも異論は唱えません。そして、頼りになるはずのジェダイの騎士達は、
あっけなく敗北してしまいます。やがて「4」や「5」へと続く物語にへと、次の世
代に希望が託しされてゆくのですが、共和国反乱軍となってゆくような知謀はまだ描
かれません。また、敗北は敗北として受け止める精神的な深みも足りません。光線剣
による激しい戦いなども、善悪の葛藤という意味合いとうまくシンクロしておらず、
ただただ派手なアクションシーンの域を出てはいないのです。

多くの人が言っているのですが、シリーズの最高傑作は『帝国の逆襲』で、今回の
『シスの復讐』はそれを越えることはできなかったというのです。私もそう思います。
なぜなら『帝国』では、全てのキャラクターが生き生きと描かれていました。ベイダ
ーはあくまで強く、レイアは恐い物知らず、少年が大人へと成長してゆく修業中のル
ーク、そして東洋哲学の権化のような師ヨーダ、更には命知らずで友情にあついハン
・ソロ、更にはチューバッカやランド・カルシアンなど、行動にはクセのある、それ
でいて価値観の点では微動だにしないキャラクター達が生き生きと動き回っていたか
らです。

これに比べると、今回の「3」はキャラクターの生命力は今一歩なのです。この問題
には時代背景が色濃く影を落としているという見方もできます。ルーカス監督は、イ
ンタビューに答えて、「最初の三部作はベトナム戦争の最中に構想されたが、新三部
作はイラク戦争の影を感じてもらえると思う」と言っています。

かなり徹底したノンポリであるルーカス監督のことですから、余り過剰反応はしない
ほうがいいのかもしれませんが、常識的に見れば、こんな解釈になるでしょうか。ま
ず最初の三部作では、「帝国」はナチスのイメージが明白です。これに対して「善玉」
である「共和国反乱軍」のほうは、「快活なアメリカ文化」と「東洋的な無私の境地」
あるいは「知謀と友情によるゲリラ闘争の賛美」という風に設定されていました。

そこには「第二次大戦戦勝」の正統性を重視しながら、ベトナムの経験に関しては反
省するような形で、改めて「明るく、そして善である」アメリカ文化の賛美がされて
いたのだと思います。もっと言えば、ベトナムの撤退やウォーターゲートに揺れた7
0年代にあって、「善なるアメリカ」の復権をファンタジーとして描いたとも言える
でしょう。

これに対して、新三部作は「不安と恐怖にかられて力へと傾斜するアメリカ」の自画
像といった趣があります。例えば19日のNYタイムスでは、デビッド・H・ハーブ
フィンガーという記者の署名原稿で「早速政治利用されるスターウォーズ」という記
事を載せていました。これによれば、右翼の側に過剰反応が多く見られ、「反米ハリ
ウッド文化を象徴する悪質な作品」という言い方が「保守系ブログ」などで見られる
そうです。「そもそもカンヌ映画祭(お高く止まったヨーロッパのリベラル文化の象
徴と思われています)で、プレミアをやったのが気に入らない、やっぱり反米映画だ」
という声もあるのだそうです。

リベラルの方はむしろ冷静だそうですが、例えば今現在「連邦最高裁判事の任用問題」
で、ホワイトハウスの推薦する保守的な候補を通すために奔走しているフリスト上院
院内総務(共和党)のことを、ある運動団体では「まるでパルパティン(銀河皇帝)」
のようだと批判するTVコマーシャルを流すそうです。やはり、多くの人は口に出さ
ないものの、「善悪の葛藤に悩むアナキン」や「軍備増強に走るパルパティン一派」
を、イラク戦争をはじめ、世界において軍事力を突出させているアメリカに重ねてみ
る見方は一般的なのでしょう。

そもそも「新三部作」に共通の主題として「個人的な愛憎、とくに恐怖心や無力感」
が「理力の暗黒面(ダークサイド・オブ・ザ・フォース)」へと人間を導く、という
メッセージがあります。これも911以降のアメリカと重なる部分が大きいと思いま
す。テロ被災を精神的なトラウマとしながら、無意識の排外意識や恐怖心から攻撃性
を強めている、そんなアメリカは「ダークサイド」へ行ってしまったのではないか、
ということです。

また、アナキンに何度もセリフの中で言わせているように「安全のためなら賢人政治
の方が、ダラダラ論争ばかり続く民主制よりもまし」というような理屈から、「民主
制の中から独裁制が生まれてしまう」危険性の告発というテーマもあります。これに
ついては、ルーカス監督がカンヌでのインタビューでもはっきり「重要なテーマだっ
た」と語っています。

いわば国連への疑問というようなシーンもあります。「エピソード1」や「2」では
「通商連合=分離主義者」との戦争に手を焼きつつ、外交解決を模索していた共和国
の議会は帝政によって無用となってしまいます。その議場で代表団の議席そのものを
破壊しながら光線剣による戦いが繰り広げられるに至っては、何とも頭を抱えざるを
えなくなりました。

今回の映画では例によって、町では「キャラクターグッズ」が良く売れていますし、
例えばファーストフードの「バーガーキング」では、キッズミールのおまけに「スタ
ーウォーズ」のキャラクターを配っています。そのほとんどがダースべイダーだとい
うのは、これまでと違います。例えば、タイアップ企画として「スターウォーズ」の
シリアルなどもあるのですが、それは、コーンフレークの箱に大きくダースベイダー
の顔が描かれているものなのです。

傑作なのは「マーブル・チョコ」の一種である「M&M」のダースベイダー人形チョ
コでしょうか。ここでは、悪の権化のベイダーが、まるで日本のサンリオ社のキャラ
クターのように「可愛らしい」印象に変えられています。ですから、悪玉キャラター
の中に入っているチョコでも、おいしく食べられるというわけです。恐怖心から権力
に頼るようになって、「暗黒面」に入ってしまうような人物でもシンパシーを感じて
しまう。それは、価値観の相対化ゆえの現象なのでしょう。

価値の相対化に加えて、暴力へのマヒという問題も深刻です。この六作の映画では、
剣術や砲火、爆弾など暴力のイメージがひたすらに膨らんでしまっています。惑星を
丸ごと吹っ飛ばすデススターのレーザー砲という「最終兵器」に始まって、どの作品
も火薬の匂いに満ちていました。その結果として、観客はみな暴力表現にマヒしてし
まったとも言えるのでしょう。この「3」では、冒頭にお決まりの宇宙戦闘のシーン
があるのですが、陰惨な戦闘にも関わらずさらりと洗練されたテンポで見せられるの
には閉口しました

CGが滑らかすぎる演出上の欠陥のせいかもしれませんが、とにかく私を含めて、観
客の側のマヒということも無視できないと思います。このあたりは、アメリカ式の
「どぎつい映像」で見せるホラー映画が飽きられて、心理的な怖さの演出の巧みな日
本の作品やそのリメイクにシェアを明け渡している現象にも通じるものがあります。

暴力ということで言えば、確かに「アナキン」は力に依拠しようとして「暗黒面(ダ
ークサイド)」へ移行してしまいました。ですが、正義を代表するはずのジェダイの
騎士達も同じように「力には力」、「暴力には暴力」で対抗しようとして、その結果
として滅んでいったとも言えるのです。

それにしても、旧三部作と比べて、あるいは新三部作の「1」、「2」と比べても、
この「エピソード3」における「悪」へのシンパシーは異常です。「アメリカはダー
クサイドへ行ってしまった」という感覚が無意識のうちに広がっている、そんな前提
でその無意識の部分をくすぐるような演出がされているのかもしれません。

価値の崩壊という大きな状況の中で、自己を悪とみなしつつ、その悪であることを許
して欲しいと甘える、仮に、この「スターウォーズ3」にそんなアメリカの深層心理
がそのまま投影されているのなら、深みのなさも、モラルの崩壊も、暴力へのマヒも、
説明がつくというわけです。だとしたら、これは大変なことです。アメリカ文化の危
機がこの一本の映画に現れているとも言えるでしょう。

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冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)ーあの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm05-22
『911 セプテンバーイレブンス』小学館文庫
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094056513/jmm05-22
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