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2005年2月26日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.311 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第187回
「紛争の摩擦係数」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第187回
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「紛争の摩擦係数」
2月19日の土曜日に、ワシントンで「2+2」(安全保障協議委員会)という日米
の協議が行われました。両国の外交と防衛の責任者、つまり日本側からは町村外相と
大野防衛庁長官、アメリカからはライス国務長官とラムズフェルド国防長官が参加し、
ただちに共同声明が発表されました。その中には、今後、日米が共有する戦略なるも
のがあり、以下のような表現が列挙されています。尚、日本語訳は外務省が公開して
いるものです。
Develop a cooperative relationship with China, welcoming the country to
play a responsible and constructive role regionally as well as globally.
中国が地域及び世界において責任ある建設的な役割を果たすことを歓迎し、中国
との協力関係を発展させる。
Encourage the peaceful resolution of issues concerning the Taiwan Strait
through dialogue.
台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す。
Encourage China to improve transparency of its military affairs.
中国が軍事分野における透明性を高めるよう促す。
Encourage Russia's constructive engagement in the Asia-Pacific region.
アジア太平洋地域におけるロシアの建設的な関与を促す。
Fully normalize Japan-Russia relations through the resolution of the
Northern Territories issue.
北方領土問題の解決を通じて日露関係を完全に正常化する。
これまで考えられなかった突っ込んだ表現だと思います。とりわけ、外務省が公開し
ている日本語訳がいつになくストレートな日本語なのも印象的です。これは、中国と
ロシアを牽制することで、東アジアにおいて日米同盟が、周辺諸国との緊張を拡大し
ていく覚悟を示したと言われても仕方がないでしょう。
小泉首相の靖国問題で冷えきった日中の首脳外交、東シナ海の天然ガス田をめぐる日
中政府の確執、更には対ロシアにおける二島先行論が政争によって潰された経緯など
を重ね合わせますと、益々その印象は濃くなります。では、こうした動きは更に進ん
で、日中や日露が仮想敵国としてにらみあう、そんな事態がやってくるのでしょうか。
物理学の初歩に、動摩擦係数と静止摩擦係数の違いというものがあります。簡単に言
えば、止まっているものを動き出すようにさせるには力が必要だということです。自
動車を発進させる時に、マニュアルシフトの車ですと、エンジンをふかしてトルクを
与えながらクラッチを合わせないと、車を発進させることはできずにエンストしてし
まいますが、これが良い例でしょう。一旦動き出せばアクセルを軽く踏むだけで車は
加速していきますが、止まっている車を動かすのには力がいるというわけです。
物理学の語るところでは、例えば地面と水平な面の上に物体をおいてある方向に引っ
張るとして、徐々に力を加えていっても、なかなか物体は動き出しません。どんどん
力を加えていってある瞬間になると動き出します。そのすべり出す直前の瞬間の力を
F1としましょう。さて、一旦動き出した物体ですが、放っておけば面との摩擦で速
度が落ちて止まってしまいます。ですから、すべり続けるためには最低限の力を加え
ておかねばなりません。この力をF2としましょうか。F2より大きな力を加えれば、
物体はすべりながら加速していくでしょう。
この場合は、一般的には「F1>F2」であることが知られています。勿論、接触し
ている物体が何でできているか、あるいは引力の影響などいろいろな要素で変化はす
るのですが、自動車の発進とか、坂道においた荷台が転がり落ちるかどうか、など地
球上の身の回りにあることでは、F2よりF1が大きいという例が多いと言っていい
でしょう。物理学では、F2を決定する要素のことを「動摩擦係数」、そしてF1を
決める要素を「静止摩擦係数」と呼んで区別しています。
人間社会の紛争は、もちろん物理学をそのまま適用はできませんが、ある意味で、こ
の動摩擦係数の考え方が適用できるように思います。グループとグループが向き合え
ば、小さな紛争は避けられないものです。ですが、小さな紛争がいくら積み重なって
も、「本物の紛争が動き出す」ためには巨大なパワーが必要なのです。一方で、一旦
本当の紛争が動き始めれば、止まっているものを動かす力よりは抵抗は少なくなりま
す。そうして紛争が延々と続くということになるのでしょう。
この比喩には、難点もあります。物理学の語るところでは、動摩擦の作用があるので、
動いているものに力を与え続けなくいと、だんだんその速度は落ちていって静止して
しまいます。つまり動かすのに比べて、止めるのは簡単だということができるので
しょう。自然界に起きる現象ではそのようです。ですが、人間社会の紛争では、一旦
動き始めたものを止めるのは簡単ではありません。時として動かすのは簡単でも、止
めるのは難しい、そんな傾向もあるようです。
第二次大戦末期、サイパンと硫黄島を落として本土の制空権を奪われても、沖縄戦が
終結しても日本は降伏しませんでした。勿論、国体護持の美名に隠れて自身の保身を
計った上層部の政治的なパワーが「動摩擦」を上回っていたということなのでしょう
し、その動きを止めるには二度の原爆攻撃の被災、ソ連参戦による旧満州での悲劇と
いう巨大な逆方向のパワーを必要としたのです。勿論、終戦工作に人生をかけた人々
の隠れた努力もあったのですが、やはり「止める」ためのパワーは大変なものを必要
としました。
現在進行している、アメリカのイラクにおける親米政権作りの試み、そして漠然とし
たイスラム文化圏との対立という現象も、動摩擦を上回る巨大なパワーがない以上、
紛争終結のメドは立っていないとも言えるのでしょう。北アイルランド紛争にしても、
パレスチナにおけるイスラエルの問題についても、紛争を終わらせるには巨大なパ
ワーが必要であり、見方によっては、紛争開始の「静止摩擦」よりも、止めようとし
ても止まらない「動摩擦」のほうが大きく見えてしまいます。
原因は簡単です。一旦殺戮の応酬が始まって、相互に命の果たし合いを始めてしまう
と、そこに注がれる恐怖心も生存本能も名誉を求める本能的な言動も、どうしようも
なく激しいエネルギーになってしまうからなのでしょう。とにかく、20世紀におけ
る「戦争という災厄」の被害は甚大でした。そこで、20世紀の後半になると人類は、
紛争の「静止摩擦係数」を高めるような工夫をしていきました。世界戦争の元凶とな
りかねない大国同士の確執を、国連安保理という場で調整しようとしたり、さまざま
な軍縮の試みがされたのです。
それよりも何よりも、他国を市場にしたり、他国の原材料を調達する際に、武力で侵
攻するのではなく、国際的な貿易と決済のシステムで平和的に行うことが一般化しま
した。植民地経営などという面倒なことではなく、相手の国の独立を重んじながら商
業を通じた関係を築いていく、そうして馬鹿馬鹿しい戦争の災厄を避けるようにした、
20世紀の後半はそうした時代だったとも言えるのでしょう。
では、この日米「2+2」はどうして出てきたのでしょうか。冷静に考えれば、国家
の安全を「保障」しようとするならば、隣国との友好関係が最大の安全ではないで
しょうか。それを「安全保障」の美名の下に、せっせと危険の増大に励む、行政の責
任を担う人々がどうして、そうした全く反対の言動に走るのでしょうか。
領土問題が未解決、確かにそれも一因でしょう。ですが、尖閣や、竹島、北方領土の
問題は「解決」できるのでしょうか。相手のことを考えれば、向こう側の政権に世論
を押さえ切るだけの説得力があり、更に領土を放棄することの実利がないかぎり、や
すやすと譲歩はしてくれない、それが常識でしょう。解決できないのが当たり前で
あって、それを怒ってみたり緊張を高めるために、わざわざ取り出すのは何故なので
しょう。
そこには様々な要因があるのだと思います。まず、アメリカと日本では、この問題に
関する利害は全く別と考えるべきでしょう。アメリカが追及しているのは実利です。
沖縄や韓国に駐留している米軍の駐留コスト、とりわけ「不愉快な存在」とされ続け
ることによる兵士の士気低下などの問題を考えると、対中国に関する防衛コストの相
当な部分を日本が負担してくれれば助かるのです。
更に、コストという面では、日本と中国がお互いを仮想敵とみなして軍拡を始めれば、
両国のGDPのかなりの部分が軍事費へ回ります。生産のための設備投資ではなく、
維持するためだけの軍備に巨大なカネが消えれば、それだけ両国の財政は痛みます。
結果的に、通貨価値の下落が起きますし、国際競争力も停滞するのです。
アメリカの政府当局は、勿論口が裂けてもそんなことは言わないでしょうが、暗黙の
戦略としてそのように考えていると見ておく必要はあると思います。これに加えて、
軍需産業のセールスという問題があります。日中、あるいは日露の緊張が増せば、ア
メリカからは最新の兵器技術を日本へ売り込むことができます。また、生産技術に関
して日本が独占している技術を「共同開発」の形で取り込むこともできるのでしょう。
一方で、中国は兵器をEUから購入する方向で動いています。アメリカは、今回の
ブッシュ訪欧で「中国への武器禁輸の解除については再考するように」というメッ
セージを送りましたが、これはあくまで建て前であって、最終的には黙認することに
なると思います。EUが兵器を売り込む分、日中の確執が高まれば、日本へ兵器を売
り込むセールスには追い風になるからです。
ここには、軍需産業の特質があります。民需は世界を相手に商売ができますが、軍需
産業のセールスは友好国に対してしかできません。仮想敵国や、友好国の敵に最新鋭
の兵器を売るようなことは、「合法的?」な軍需産業にはできないからです。そこで、
売り上げを高めたいというときには、市場を拡大するのではなくて、友好国という既
存市場における「ニーズ」を拡大するしかないのです。その意味で、今回の「2+2」
はアメリカ側からは実利を追うというのが動機と見るべきでしょう。
では、日本政府の対応はどうなのでしょうか。そこには実利があるのでしょうか。勿
論、こうした兵器産業に関係したエレクトロニクス関連の業界や、それこそ兵器その
ものの仲介をする商社などには、商機を見いだしている人たちがあるのでしょう。で
すが、それは僅かだと思うのです。
日本側の問題は、社会全体としてはもっぱら名誉であるとかプライドというイメージ
の問題が大きく、実利という面は少ないと思います。メディアを通じてそうしたイ
メージを作り上げていくことで大衆政治の世界を泳いで行こうという政治家の「個人
的な実利」はあっても、例えば隣国との緊張を高めることで社会として何か「実利」
があるのか、といえばほとんどないと思います。
では、そうした「実利のなさ」が静止摩擦係数として、紛争状態の激化に対しての歯
止めになるのでしょうか。この点には、実は心配が残ります。イメージの問題、プラ
イドの問題という形で、ナショナリズムが暴走した時には、静止摩擦係数を越えて
「物体を動かす」ようなパワーが生じてしまうことがあるからです。その意味で、今
回の「2+2」が示す内容については、これからの動きを見てゆかねばならないと思
います。
アメリカに住んでいる私には、アメリカが中国を敵視するような可能性は今のところ
極めて低いと思います。アメリカ側から、中国との紛争に至るような動きがあっても
大きな「静止摩擦係数」によって阻まれると見るのが正しいでしょう。何よりも、中
国系移民の存在というのが大きな要素です。
アメリカへの中国からの移民は、150年ぐらいの歴史があります。それこそ、太平
天国の乱を避けて逃げてきた、とか、シンガポールやマレーシアへ移民して、そこで
の労働環境が悪いので、アメリカまで渡ってきたというような世代が最初だと言いま
す。その後、「黄禍論」などによる迫害、実際に排斥法によって苦しめられた時代な
どを経て、本当に一歩一歩、アメリカ社会における存在感を作ってきました。
第二次大戦後は、国民党政権の崩壊にともなう「反共」的な人が亡命してきた一方で、
台湾からは蒋介石政権の迫害を避けてやって来た人、更には最近になりますと、台湾
からも大陸からも豊かさの中で、アメリカ留学を選択して来るような人も増え、様々
な形でこの国で生活しています。10年ぐらい前までは、台湾系と大陸系の人はどこ
か冷たい関係が、誰の目にも明らかでしたが、それも今は本当に穏やかなものになっ
ています。
特に、ここ数年、アメリカ社会における中国系が本当に自然に振る舞っているという
実感があります。例えば、春節(旧正月)になりますと、ターゲットなどの全国量販
チェーンで、極彩色の「お正月カード」を大きなスペースを使って売るようになりま
したし、その春節には、中国系の家では、赤い紙に金文字で「縁起の良い言葉」を書
いた札であるとか、「福」という字などを玄関の外に張り出すようになりました。以
前では、決して見られなかった現象です。
ニューヨークの「チャンネル5」では、今年の春節の日にはローカル・ニュースは一
日特集を組んでいて、メイン・キャスターのジョディ・アップルゲートという白人女
性は終日中国服を着て、チャイナ・タウンの喧騒をNYの主要な行事として伝えてい
ました。中国系のキャスターがTVに出てきたというのが、ここ15年ぐらいの流れ
でしたが、白人女性のキャスターが中国服を着てニュースをやるというのは、時代も
変わるものだということです。
実はこの1月に、メキシコ国境で4人の中国人が逮捕され、アルカイダとの関連でテ
ロ工作に従事している疑いが濃い、という発表が突然ありました。なぜかボストンの
市警が全米に向けて記者会見したのですが、数日後に全くの事実誤認だということが
判明し、各局は訂正報道をしていました。無実が明らかになったということ、メディ
アが訂正報道をしたということにも、中国系の人々の存在感を感じるエピソードでし
た。
今週末にはアカデミー賞が発表になりますが、賞の行方はいざしらず、ここ数年のア
メリカの映画界には、中国の作品が少しずつ出てきています。張藝謀監督の『ヒー
ロー』と『ラバース』などは、立て続けに上映されてそれぞれ、大成功を収めていま
す。張監督の描く中国の歴史物語には、民主的な社会も、近代的な意味での個人の尊
厳もありません。複雑な利害関係と、社会からの圧力の中で、苦闘する「個」もまた
尊厳をもった「個」なのだ、ということが、今のアメリカの若い人にはわかるのだと
思います。
何かにつけて、ブッシュ政権の閣僚は「中国には反対党がなく異常だ」という言い方
をします。勿論長い目で見ればより高度な情報化社会へ向けて、中国社会が多様化を
こなしてゆく成熟を見せる必要はあるでしょう。ですが、アメリカの世論のレベルで
は、中国は非民主的だから危険だ、とか、攻撃して政権転覆だ、というような発想は
まずゼロです。
「2+2」における文言は別として、現在のアメリカ社会には中国を敵視し、紛争に
至るような動きに対する「静止摩擦係数」は極めて大きなものがあると言っても良い
のでしょう。となれば、アメリカが日本と「一緒になって」中国と対立してくれる、
などと考えるのは大甘だということになります。
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冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)ーあの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm05-22
『911 セプテンバーイレブンス』小学館文庫
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094056513/jmm05-22
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