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□イラク・レジスタンス・レポート(日本語版) 2004/11/27~29 [イラク情勢ニュース] 米侵略者はファルージャから退却を続ける
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URUKNEWS イラク情勢ニュース (転送・紹介歓迎)
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2004年 12月 2日 木曜日
※イラク・レジスタンス・レポート 11月27日〜29日
・27日付 米侵略者はファルージャから退却を続ける
・29日付 イラク赤新月社の救援車両がファルージャに
同 ラマディから市街戦専門の戦士団が参加
同 米軍が一部で無差別砲撃=米軍の不在を証明
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☆★レジスタンス・レポート 2004年11月27日付から
IraqiResistanceReportfor
eventsofSaturday,27November2004
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http://www.albasrah.net/moqawama/english/1104/iraqiresistancereport_271104.htm
●激しい戦闘がシュハダ地区で激発、その後は全市が静かに
●米侵略者はファルージャから退却を続ける
USinvaderscontinueretreatingfromal-Fallujah
ファルージャ戦線の新たな展開として、イラク人レジスタンスのメン
バーはファルージャ北部に駐屯する米侵略兵を市から一掃する作戦
に加わるため、周辺地域からファルージャへと移動しはじめた。
市内のイスラム・メモ通信員は、27日午後1時(メッカ時間)に届い
た速報のなかで、27日(土曜日)、ファルージャの西部地域はレジス
タンスの掌中に入ったと伝えてきた。レジスタンス勢は市西部とラマ
ディ通りで米軍狙撃兵が配置されたビル屋上を攻撃している。この
通りはファルージャを南北に分ける大通りである。
通信員は、レジスタンスが掌握する地域をファルージャの大通りと
市西部に拡張したと強調した。
他方、米軍はファルージャの東部から退却しようと試みているが、
彼らは繰り返しレジスタンスによる待ち伏せ攻撃を受けている。
それでも米軍のファルージャ退却は前日から始まって、27日午前
9時30分まで続行中である。この時、レジスタンスはハバニヤへの
15キロの路上(市外)で待ち伏せし、米軍の撤退を中断させた。イス
ラム・メモの現地通信員は、一帯で3台の破壊された米軍戦闘車両
を目撃し、米軍退却という勝利の証拠がレジスタンス側に記録され
た。今のところ、米軍の退却を押しとどめる唯一のケースは、市内と
市外双方からのレジスタンス勢の攻撃だけである。
前日以来、市内での敗北の証拠を取り除こうとして、米軍の大型ト
ラックが破壊された戦闘車両とハンビーの残骸を移動させているの
を同通信員は目撃した。
その一方で、イスラム・メモ通信員は、26日遅く、市の南西部サッ
ダー地区で激しい戦闘が起こったことを伝えてきた。ファルージャ市
内のレジスタンス戦士は、市の西方にあるハバニヤ(米軍基地)に
向かう途上の米軍車列を照らし出す攻撃をおこなった。米軍機も参
加して、激しい戦闘が3時間連続で展開された。
しかし米軍ヘリは戦場を離れた。実際、レジスタンス勢が米軍ヘリ
を首尾良く撃墜してきた結果として、ヘリは13日間も使用されなかっ
た。現在、米軍サイドは戦闘地帯から死傷者を後送し、兵士を輸送
する任務に大型ヘリ・チヌークを採用するだけである。
27日12時30分現在、レジスタンス戦士の数グループがまだファ
ルージャに押し寄せているところだと、イスラム・メモ通信員が伝えて
きた。ラマディに通じる道路沿いに配置された米軍指揮所にレジスタ
ンスは攻撃を開始し、指揮所内から米軍兵士を追い出している。米
軍もサクラウィヤに通じる道路上の指揮所を撤退させ、27日朝にレ
ジスタンスの攻撃を受けたあとには、アミリヤへの道路上の指揮所
からも退却した。
シュハダ地区の南で小規模の衝突があり1時間ばかり続いたが、
それは特に激しいものではなかった。
米軍が上記の道路上から指揮所を後退させたあと、今では路上に
障害はなくなり、市内にやってくるグループは明らかにレジスタンス
戦士である。武器を手にした彼らは西方から市内に入って来た。
27日、レジスタンス勢はファルージャからハバニヤ方面に向かう
新橋で米軍兵士を一掃した。レジスタンス側はいったん26日に橋か
ら米兵を一掃していたが、市内から退却する米軍部隊を援護するた
めに、夜間に米軍がやってきて、そこに陣地を築いていた。しかし、
そこは同じように掃討された。
イスラム・メモ通信員は、ファルージャから離脱しつつある米侵略
部隊は他の部隊と交替しているのではないことに注目した。このこと
は、これが市内と市外でのレジスタンス勢の攻撃の結果として生じて
いる、真の退却であることを示している。
●サクラウィヤの米軍基地にレジスタンスが不定型のミサイル攻撃
●「レジスタンスがファルージャの半分以上を掌握」
クバイシ師が電話インタビューでアルジャジーラに伝える
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☆★レジスタンス・レポート 2004年11月28日付から
IraqiResistanceReportfor
eventsofSunday,28November2004
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http://www.albasrah.net/moqawama/english/1104/iraqiresistancereport_281104.htm
●ファルージャ Al-Fallujah
断続的な衝突で平穏が中断された28日、夜にはファルージャのさ
まざまな地域で戦闘が相次いだ。
イラクのレジスタンス戦士は28日の日没時、サクラウィヤ地区の
西ダッハミ宮殿にある米軍司令部に4発のグラッド・ミサイルを発射
した。市内にいるイスラム・メモ通信員によると、27日夜には、レジ
スタンス勢はファルージャ東部のアスカリ地区に近い米軍指揮所を
16発のグラッド・ロケットで攻撃した。
市の北西部ジョラン地区では、レジスタンス側が2発の大型ロケッ
トを発射した。
イスラム・メモ通信員は、工業地区に加えてシュハダ地区、ジュバ
イル地区、アスカリ地区、ジョラン地区で、レジスタンスと米侵略者と
のあいだに衝突が勃発し、28日朝まで続いたと伝えてきた。だが戦
闘は特に激しいものでなかったと同通信員は記した。夜明け後には
市は平穏にもどり、時折り10分程度の衝突が発生するだけで、そ
の後は静かだった。
イスラム・メモ通信員は、シュハダ地区からドバト地区へ移動した
が、その一帯では米軍を見かけなかった。その後、彼はムハンディ
シン地区の北端まで進み、そこで初めて地区の北端に米軍がいる
のを発見したが、それ以外の場所にはいなかった。
●28日、旧市街では戦闘の音は聞こえなかった
●28日明け方、ファルージャ近郊で大型ヘリ・チヌークを撃墜
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☆★レジスタンス・レポート 2004年11月29日付から
IraqiResistanceReportfor
eventsofMonday,29November2004
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http://www.albasrah.net/moqawama/english/1104/iraqiresistancereport_291104.htm
●イラク赤新月社の支援車両が住民救援に向かう、米軍は妨害
IraqiRedCrescentreliefconvoysmaketheirwaytoal-Fallujahto
aidpopulation,despiteUSobstruction
イラク赤新月社(IRC)の公認スポークスマンは、IRCが3つの救援
車列を28日にファルージャへ派遣したと発表した。その車列は、こ
の時期にイラクを襲っている激しい寒気から住民を守るため、医薬
品と栄養物資、毛布、寝台掛けを運んだ。
フィルドス・アル・イバディは、バグダッドでイスラム・メモの取材に応
じ、IRCもファルージャ市内に2カ所のセンターを開設し、一つ目はア
ル・ハドラ・モスク、2番目はシュルタ地区にあるハラフ・アッ・シャディ
ド・アル・イサウィ部族長の自宅だと語った。市内に運び込まれた栄
養物資は、2カ所のセンターで手に入るようになるだろう。
アル・イバディは、2カ所のセンターで働くボランティアは、市内の一
般住民に一日三度の温かい食事を、28日から提供し始めたと話し
た。さらに、市内では赤新月社の3台の車が、食事を配達することに
なっている。
しかしながら、米軍は食事をファルージャ住民の自宅に配達する許
可を拒んだ。食料の一部が市を防衛しているレジスタンス戦士に届
けられるのではないかと懸念しているのである。
市内の一部の情報源は、市内に150家族が封じ込められていると
伝えたが、別の情報提供者は、市内にまだ残る住民の数はもっと多
いと述べた。彼らの一部は、親戚が8ヶ月前(4月)の第1次米軍攻
勢で殺されて以来、市から離れることができないできた。
一方、イラク赤新月社のイスマイル・サクル理事長は、第4次救援
車列が明日(30日)には市内に派遣されるだろうと発表した。
フィルドス・アル・イバディは、イラク赤新月社は毎週初めに市内に
救援車列を派遣するつもりだと話した。彼女は、要請にもとづいて、
赤新月社の車で17人がバグダッドに搬送されたと述べた。赤新月
社はファルージャにいる妊婦にIRCのセンターに来るよう求めたと述
べた。そうすれば、適切な治療を受けることのできるバグダッドへと
彼らを疎開させることが可能になる。
イスラム・メモの通信員は、市を離れたファルージャ住民で今もハ
バニヤにとどまっているのは1200家族、ハラビサーとブアルワンに
250家族、サクラウィヤに400家族、マジャルに155家族、アミリヤ
・アル・ファルージャに3500家族と報告した。それに加えて、膨大な
数の難民家族がバグダッドとカルマにいる。
そこでは例えば、一つの家に12家族が寝泊まりしている。250平
方メートルの古い家に80人という例もある。既に悲劇的な彼らの生
活状況は、一帯を襲っている激しい寒気によってさらに悪化した。バ
グダッド、モスル、ラマディのスンニ派地域の住民は、彼らを寒気か
ら保護する手段とともに難民家族のための食料集めに特別の奔走
をしてきた。
●米軍はファルージャ住民に死体埋葬を許可した(4時間)が、
サクラウィヤの住民には死体の埋葬を禁止した
・許可時間外に外出する者は狙撃兵が射殺するとも断言した。
●他の都市から数百人の戦士が加わって、ファルージャのレジス
タンス勢力は市内の70%を掌握するようになった
・ここ数日で100人以上が市外から市防衛の隊列に加わった。
・特にラマディの戦士は市街戦と消耗戦に専門知識を持つ。
●米軍が再度、新橋を封鎖したが、旧橋は封鎖できないでいる
●米軍はレジスタンスの攻撃を受けながら退却続ける
・28日午後2時15分に始まった退却は同日遅くまで続いた。
●28日から29日にかけて、米軍がファルージャに無差別砲撃
・ワフダ地区、ジュムフリヤ地区、ジョラン地区への米軍の無差別
砲撃は、もはや、これらの地区に米軍がいないことを示している。
●米軍がカルマの民家を砲撃、民間人15人を殺害
●アミリヤで米軍は民間人、難民にクラスター爆弾使用
●29日夜、アミリヤの東で戦闘続く
・ファルージャの東10キロにあるウジャイル村でも激戦
・米軍はアミリヤ地区では攻撃ヘリを多用できなかった。その地域
は、地元戦士のヘリ撃墜技量にちなんで、「ヘリの墓場」というニック
ネームをつけられた。
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※ URUKNEWS イラク情勢ニュース(ホームページ)
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※ イラク戦争の真実
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