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●アブ・ムサブ・アル・ザルカウィ(本名アフマド・アディル・ハライラ)...
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★「イスラム過激派が暴れるのは、米軍など多国籍軍がいるせいだ」
★「米国が振りまく『ザルカウィ脅威論』はイラク国民には通じない。なぜなら米軍自体が最も歓迎したくない存在だからだ」
―――「ザルカウィ氏 膨らむナゾ」東京新聞 2004/07/09 (一部抜粋)―――
イラクでの反米テロの黒幕とされるアブムサブ・ザルカウィ(本名アフマド・アディル・ハライラ)氏の動向に世界が注目している。だが、素顔は生死も含め、謎に包まれたままだ。明らかなのは、彼の存在が米軍指揮による多国籍軍の長期駐留の「理屈」になっていることだ。しかし、イラク国民は同氏らによるとされるテロ事件の続発にもかかわらず、米軍撤退を掲げている。
(田原拓治)
ことし四月、米軍と激しい攻防を演じたイラク中部ファルージャでは、再び緊張が高まっている。先月下旬以来、米軍はザルカウィ氏と同氏が率いる「タウヒード・ワ・ジハード(アラーの唯一性と聖戦)」のメンバーが隠れているとして同地を繰り返し空爆。五日には十二人が死亡した。
■世界で最も危険と米宣伝
米国は同氏のクビに一千万ドル(約十一億円)の懸賞金をかけた。イラクのみならず、アラブの親米諸国、欧州、トルコ、グルジアにも組織網を広げ、数々のテロを実行(別表参照)する「世界で最も危険な男」と宣伝している。
とりわけ、米国が同氏に固執するのは、彼がイラク戦争の大義を支える柱だからだ。大義の一つは旧フセイン政権とアルカイダとの「共闘」だった。米国の独立調査委員会は先月、両者の協力関係を否定したが、ブッシュ大統領はその後も「フセインが(アルカイダの一員である)ザルカウィをかくまった」として戦争の正当性を説いている。
さらに旧政権時代の亡命者集団の色彩が濃い暫定政府も、米軍のファルージャ空爆を支持した。根拠は「シーア派を挑発し、スンニ派と対立させ、内戦状態にする」と記されていたとされるザルカウィ氏のアルカイダ幹部あての手紙(米軍発表)にある。「国民の敵を一掃するため、空爆もやむなし」との判断だ。
ザルカウィ氏とは何者なのか。米政府などの公式情報を追うと、こうだ。
一九六六年、ヨルダンの首都アンマンの近郊、ザルカ生まれ。二人の兄弟と六人の姉妹がおり、貧しく育った。父は死去し、母親もことし二月、病死した。
八〇年代後半、アフガニスタンへ義勇兵として渡り、ソ連のアフガン撤退後に帰国したが、反政府活動の容疑で七年間投獄。恩赦後、九九年に再び「シャム(ヨルダン、シリア、パレスチナなどの総称)軍」を名乗り、アフガンへ。化学兵器製造を学んだとされるが、二〇〇一年のアフガン戦争で足を負傷。イランを経由し、〇二年にイラク北部クルド地区に逃げた。
この地域を拠点とするイスラム主義組織「アンサール・イスラム(イスラム信奉者)」を支援し、化学兵器を製造。〇二年五月、足の切断のため、バグダッドへ。フセイン政権の保護の下、首都で拠点を築いた。同年、米外交官殺害事件のかどで、ヨルダンの裁判所は死刑判決を下した。
しかし、大量破壊兵器の例を待つまでもなく、米国情報の信用は薄い。一例はその出自だ。彼の名が世界に知られたのは開戦直前、昨年二月のパウエル米国務長官による国連演説だった。国務長官は同氏を「ヨルダン生まれのパレスチナ人」の危険人物としたが、実際にはヨルダン、イラクにまたがる部族バニ・ハッサン族の出身だった。
最大の謎はまず、彼の生死だ。ファルージャでことし三月、抵抗勢力「神は偉大なり・イスラム戦士団」名でまかれたチラシには「ザルカウィ氏はイラク戦争中、(北部)スレイマニアでの米軍空爆の際、足が悪かったため逃げ遅れ、死亡した」と書かれていた。
一方、ヨルダン人記者の一人は「彼はイランの拘束下で、ヨルダン政府が水面下で身柄引き渡しを要求している」と話す。いずれにせよ、真相は不明だ。
■シーア派敵視矛盾の情報も
「シーア派敵視」の根拠も実は薄い。確かにザルカウィ氏はスンニ派の急進主義者だが、別の米国情報は〇二年夏、彼がレバノンのシーア派組織「ヒズボラ」との協議のため、同国を訪れたとしている。目的は反イスラエルの共闘づくりだったが、ヒズボラの前身組織の指導者は、イラクのシーア派名家サドル家のムーサー・サドル師。ザルカウィ氏が教義的にシーア派攻撃を第一義とするなら、ヒズボラとの協議などあり得ない。
イラク北部クルド地区での化学兵器工場説も不自然だ。当時、クルド地区は米英軍が設定した「飛行禁止空域」下の自治区で、旧政権もおいそれと介入できなかった。むしろ、親米的なクルド民主党(KDP)などの制圧下で、その気になれば、米国の情報機関と連携し、摘発、破壊することも可能だったはずだ。
疑問はまだ浮かぶ。「アルカイダの一員」という点について、ドイツの情報機関は「ザルカウィはビンラディンと教義的に異なり、むしろライバル関係にある」と反論している。
■旧政権が保護『あり得ない』
加えて、戦前のイラクで旧政権がイスラム主義者を保護する可能性はあったのか。ことし一月、首都で出会ったイスラム主義政党「イラク・イスラム党(ムスリム同胞団イラク支部)」幹部は「あり得ない。サダムが最も恐れたのは、スンニ派のイスラム主義者だからだ」と断言した。
逆に米国やその協調者たる暫定政権にとっては「ザルカウィを仮想敵として、その虚像を独り歩きさせる利点はある」とイラク人記者の一人は指摘する。
「まず、多国籍軍の名による米軍の長期駐留を正当化できる。危険人物から国民を守るという大義と、治安の不安定さもザルカウィのせいで、内戦に悪化しても責任を転嫁できる。それと最大勢力であるシーア派を抑える口実にもなる。あまり自己主張するとザルカウィたちが怒って先鋭化する、と脅せるからだ」
たしかにザルカウィ氏という「伝説」の虚実にかかわらず、過激なイスラム主義者らはいる。彼らは他の抵抗勢力とともに警察署や新兵募集センター、暫定政府高官らをターゲットに襲撃を繰り返している。
ただ、同胞、ましてや同じイスラム教徒に対する襲撃であるにもかかわらず、イラク世論の矛先は米国に向いている。ことし五月の世論調査では過去二カ月間で「連合軍の印象が悪くなった」という声が32%、「元から悪かった」を合わせると74%に上った。
その心情について、同志社大の中田考教授は「抵抗勢力からみれば、警官などは米軍など異教徒側に寝返ったムルタッド(背教者)であり、攻撃できる」と解説する。背教者は不信仰者(カーフィル)や異教徒より悪質とされ、対象が男性なら、イスラム法(シャリア)では極刑に値すると規定されている。
これが「イスラム過激派が暴れるのは、あなたたち(米軍など多国籍軍)がいるせいだ」というイラク国民の論理の根にある。加えて、アブグレイブ刑務所での蛮行は米国への不信をさらに高めた。
先のイラク人記者はこう続けた。
「米国が振りまく『ザルカウィ脅威論』はイラク国民には通じない。なぜなら米軍自体が最も歓迎したくない存在だからだ」