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「治安悪化」という神話 対談 報道が創りだすモラルパニック (聖教新聞学芸部)
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投稿者 月読 日時 2005 年 1 月 16 日 13:31:20:ydTjEPNqYTX5.
 


寄稿論文
対談 報道が創りだすモラルパニック
(フリー・ジャーナリスト・東晋平さん)
(神戸女学院大学教授・村上直之さん)

(2005年1月11日付)

「治安悪化」という神話

マスコミは専門家と市民の媒介者たれ


 折しも奈良県での女児誘拐殺人事件を受け、性犯罪前歴者の情報公開をめぐる論議がメディアで白熱している。警察庁は前歴者の居住地等を早急に掌握する意向を示し始めた。ここでは、扇情主義と商業主義に踊るメディアの犯罪報道が、人々の思考停止を生みかねない危険性について、村上直之・神戸女学院大学教授とフリー・ジャーナリストの東晋平氏に語り合ってもらった。

統計上、凶悪犯罪はむしろ減少


昨年の12月1日に改正刑法・刑事訴訟法、犯罪被害者基本法が成立しました。有期刑の上限引き上げや時効の延長など、約一世紀ぶりの抜本的改正です。集団強姦罪の新設や、犯罪被害者の尊厳を守り支援を政府に義務づけた点など、私自身は一定の評価をしています。ただ報道を見ているとメディア自身の論調も含め、厳罰化を求め、あるいは容認する理由として、多くの人が「凶悪犯罪の増加」を挙げているのです。

村上
ところが犯罪学者の間では、じつは統計学的に凶悪犯罪は減っていることが知られています。昨年10月に出た『犯罪社会学研究29号』の特集で、龍谷大の浜井浩一氏が「治安悪化神話」のからくりを科学的に論証しています。

警視庁の統計では2000年以降、犯罪の認知件数の急上昇とともに検挙率が下がっている。これだけ見れば、治安が大いに悪化していることになります。ところが、警察が事件と認知した認知件数が2000年から急増したのは、同年に警察庁が通達を出し、告訴・告発を含む困りごと相談の強化を指示した結果なのです。これは、前年に起きた桶川ストーカー事件などで、被害相談への警察の対応に批判が高まったからです。

『警察白書』によれば、それまで横ばいだった相談件数は2000年から急増し、2003年には1999年の5倍近くになっています。警察の対応する事案が増え、窃盗犯などの膨大な余罪の捜査・立件が手薄になれば、当然検挙率は下がります。


つまり警察の対応次第で、認知件数や検挙率は変動するのですね。

村上
その通りです。マスコミが喧伝する犯罪の発生数というのはこの認知件数なのです。わが国のマスコミは犯罪数の増加をあげつらい不安感情を煽るばかりで、こうした犯罪統計自体のからくりをわかりやすく国民に伝えようとしません。

先の論文を発表した浜井氏は元法務官僚で、なによりも1996年から4年間『犯罪白書』の執筆に従事した一人なのです。

氏はさらに厚労省の「人口動態統計」から、他殺によって死亡する人数は明らかに減少傾向にあることを裏打ちしています。公的統計に照らして殺人事件の犠牲者は減少しているのです。統計的に凶悪犯罪が増えていないにもかかわらず、人々の不安が逆に増しているのは、明らかに犯罪報道の影響によるものです。


神戸事件加害者の退院を巡って


村上教授も既に1986年刊の共著『社会心理学を学ぶ人のために』で、80年代半ば、「戦後最悪の事態」と呼ばれた少年非行をめぐる統計と報道の乖離を例に、こうしたマス・メディアと統制機関が作り出す「現代の神話」が社会に過剰反応を生んでいく現象=モラル・パニックを分析し、警告を発しておられますね。この論文は今もまったく色褪せず、むしろ同書は版を重ねておられます。

村上
四半世紀も前の論が古びていないというのは、わが国のメディアと社会が同じ現象を歴史的教訓として学習していないからです。だから、「歴史は繰りかえす」のです。

先の浜井論文では、日本全体の治安悪化を感じている人が61%いるのに、自分の居住地域の治安悪化を回答した人は11%しかいないというデータ(社会安全研究財団2002年)が紹介されています。人々は身の回りではさほど実感しないにもかかわらず、治安が悪化しているという漠然とした不安を感じているのです。

昨年の内閣府の調査では、8割強の人が「テレビや新聞でよく取り上げられる」ことで治安への関心をもったと答えています。じつは、25年前にも同様な調査が行われていて結果は同じなのです。

私たちは、メディアの報道を通し、非行や犯罪という現象が大衆社会心理状況の中でどう意味づけされ、いかなる政治的イシュー(問題)へと収斂されていったかを注視する必要があります。事実、前回のモラル・パニック現象は教育改革という政治課題に収斂したし、今回は刑法改正という結果をもたらしました。


一連の少年法・刑法改正を例にとると、その最も大きな要因として、浜井氏はメディアにおける「被害者の再発見」を挙げていますね。わけても1997年の神戸連続児童殺傷事件を契機に、犯罪被害者の遺族の発する声に社会が耳を傾けはじめ、メディアもまた積極的に被害者側の姿を報じるようになりました。

たしかに被害者側から見て、少年法やその運用にはあまりに理不尽な面が多すぎました。この点、私も法改正に異論ないのですが、一方で被害者の声をヒステリックに演出し増幅しようとしがちなメディアの傾向には当初から強い警戒感がありました。遺族の声が恣意的に加工されないよう、手記の出版という形を提案した元意もそこにありました。

ともあれ、どんな政治的イシューであれ、メディアが権力の意に添った「神話」を常に創出し得ることについて、ジャーナリストは慎重になるべきです。

 
他者との共感探る仏教的視点を

村上
その神戸事件の加害男性が医療少年院を正式退院するにあたって被害女児の母・山下京子さんのコメントを、新聞紙上で読ませていただきました。マスコミが伝える男性の精神の病が完治したか否かということに拘泥せず、「彼の中の善なるものを信じ、退院後の彼が善を引き出せる人と出会えるよう願う」という内容に心打たれました。

一方、司法や行政システムへの不信から、この種の加害者に対しメディアの多くが「許す」「許さない」の議論に終始してしまう不気味さも感じています。時代の気分として、何ごとであれ思考停止の状態に陥り、早く“黒白をつけたい”という空気が蔓延していますね。


揺れ動きながらも、そうした二者択一を超えて、他者との関連性の中から善なる開花を促そうとする山下さんの思想には、新鮮な驚きと共感の声を多く聞きました。仏教的アプローチともいえる彼女の思想の前提には、他者との豊かな対話を通して智慧を育み、過酷な宿命を使命へと転じて自身の人生を肯定することができた、たしかな手ごたえがあると思うのです。

逆にいえば、村上教授が先の共著で鋭く指摘されていたように、社会に危機感を煽る「神話」が醸成されるとき、その背後には常に、行き詰まりに立ち向かう指標や哲学を持ち合わせていない自覚からくる不安感が横たわっているのでしょう。おっしゃるように何らかの問題が生じていても、社会に解決への指標があればパニックは起き得ないからです。

村上
いま、東さんは「人生の肯定」ということを言われました。山下さんにそれが可能だったのは、もう一方で、他者と社会に対する肯定ともいうべき決意だったのではないでしょうか。

ひるがえって、なぜ、治安悪化の神話と恐怖がかくも蔓延しているかを考えるとき、その背後にあるのは他者と社会への不信の蔓延そのものではないでしょうか。高度に分業化・専門化した社会で、私たちは、理解不可能な「他者」への信頼なしには片時も生きることができないにもかかわらず、今や「他者」への信頼を支えるそうした「社会への肯定」そのものが失われようとしているのではないでしょうか。

この数年、刑事司法の専門家の間では、今回の法改正プロセスへの反省から「科学的な根拠(エビデンス)に基づいた政策」ということが唱えられています。メディアに期待したいのは、そうした専門集団と市民の理解の溝を埋める媒介者としての役割なのです。


略歴

 ひがし・しんぺい 1963年、兵庫県生まれ。駒澤大学卒。神戸連続児童殺傷事件の遺族の手記『彩花へ・「生きる力」をありがとう』を企画構成しベストセラーに。報道被害や少年事件の背景に通底する社会的課題に取り組む。日本マス・コミュニケーション学会会員。

 むらかみ・なおゆき 1945年、群馬県生まれ。京都大学教育学部卒。京都大学助手を経て神戸女学院大学へ。主な著書に『花のおそれ』(誠文堂新光社)、『近代ジャーナリズムの誕生・イギリス犯罪報道の社会史から』(岩波書店)など。

http://www.seikyo.org/article279.html

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