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家庭の事情で当面、ネット活動は無理と判断しまして、Kは冬眠に入る事になります。余裕が出来ましたら復帰したいとも思っていますがKは気まぐれなので、このままサヨナラの可能性も大です。
今回は前回の続き的考察をしておきます。
資本主義というのは基本的には「限りない拡大をする事が前提」となっています。それは、前回のテーマでも書いたのですが、「中国大陸で力尽きる日本とアメリカ」という黙示録の予言とも合致するような状況になってきたので、先が無い気がします。正確には、中国という市場を食い尽くした後、拡大出来る「場所」を失った資本主義経済は「内部を食い出す事」になるでしょう。
人権無視のリストラ、無賃金労働で既にその傾向は表れていますが、最終戦争(経済戦争のハルマゲドン)は「生き残りを掛けた凄まじい阿鼻叫喚の状況になる」可能性が高いでしょう。
弱者、老人、地方は容赦なく切り捨てられ、小さな企業は大企業に吸収合併され、その大企業も倒産するか他の大企業と合併を繰り返し、限りない肥大化の果てに倒産するのでしょう。そこで資本主義は滅びます。そこまで行った時には「国」すらも道連れにするでしょう。
Kの主張は妄想でしょうか?全ては既に症状が出ています。破滅へのカウントダウンは確実に進んでいると思うのは異常でしょうか?
果たして、治療法はあるでしょうか?今回はそこを考察します。
1 世界的共和主義(仮称)は可能か?
人類は小国乱立体制から君主独裁体制、民主体制へと進み、社会主義と資本主義という2つの経済体制を作り上げました。そして、今、勝ち残った資本主義が終焉を迎えようとしています。
ここで、前向きに考えれば、資本主義は良かれ悪かれ「世界統一」の状況を作り出した。とも云えます。(だから「最後の市場」までたどり着いたのです)
これからの世界は「国家」と云う意識は希薄になっていく筈です。
社会主義という人間の作り出したもう一つの制度は「平等」を基本にしたものですが、「国家」があり「国家における競争が避けられない世界」においては敗北しましたが、「世界の統一」を前提に考えそこに導入できれば、人類は助かる可能性はあります。
ただし、それは旧社会主義国の人物崇拝体制的な手法(国家の事実上の消滅によって必要のない体制手法とは思います。)では駄目でしょう。あくまで民主的に選ばれた世界政府の公平な政策によって「富の分配」を行わなくてはならないでしょう。これが「世界共和主義(仮称)」の基本的概念としましょう。
Kは基本的に(世界政府が公平な分配を行えるならば)直接税100%課税でも世界市民は納得するだろうと思いますが・・・
実際にはそこに到達するまでには「時間が足りません」
多分、人類は国家という重力から脱却出来ないでしょうし、資本主義的な思考からも脱却出来ません。(正確には「資本主義による破滅」までの時間では脱却まで達することはできないとの表現がより適切か?)
特にアメリカが足を引っ張って「この試みは失敗する」と判断します。
2 日本レベルでは可能か?
世界レベルで無理でも国家レベルでは可能でしょうか?仮に日本でそれを達成して「世界に手本を示し」ながら、世界(特にアメリカ)に有効性をアピールしていく事は可能でしょうか?
残念ながら、無理でしょう。日本人も資本主義の呪いにドップリと漬かってしまっています。
増税を少しする事へも強烈な反発が来ます。Kの主張した「死後生産制度(相続税原則100%課税案)」すらも一顧だにされない現状では「万人は一人の為、一人は万人の為」と云う「国民総生産公平分配案」も一顧だにされないでしょう。
3 善意の寄付制度案
国家による税金方面の考察では無理ならば「宗教的手法」で「善意の寄付制度」と云うのはどうでしょう?
概略を示しますと、税金の補填の「寄付を募り」寄付してくれた人には「名誉を与える」と云うものです。実際に宗教団体や思想団体などでは「寄付だけで豪華絢爛な会館などが建ちます」それによる見返りは「立派な戒名」程度だと思われます。
国家も税金に寄付を募り、その金額貢献度合いによって「勲章とか感謝状」を送るのです。
集まった寄付は「弱者還元」を基本にした「富の分配」に当てます。(当面は赤字国債の解消に当てる事になるでしょう)
K的には非常に可能性は低いが「多少可能性はある」とも考えます。(そう思いたいだけなのかもしれません)
ともかく、人の善意の寄付は馬鹿にはなりません。税金として徴収だと反発がありますが、寄付ならば進んで余剰金を納めてくれるのです。
現在はそれが、宗教団体や思想団体、政治献金、神社仏閣に消えてしまいます。
それを国家が調整分配する。と言うのが基本の考え方ですが・・・
4 法規制により適正労働、適正要員配置、適正価格、適正経営を義務付け、「価格の安さこそ最大のサービス」という「呪いを解く」
過去にも何度か書いているのですが、「資本主義」(特に競争原理)の限界からの破滅は「価格競争」からやってくるのです。企業がマイペースで事業展開をでき、無理のない販売を許されるのでしたら、破滅は遙か向こうに押しやる事ができます。
しかし、現在の世界経済の波や、政府の方針から判断すると「呪いに罹っている者によって世界が動いている」と言えるでしょう。
行政が駄目ならば司法、立法からのアプローチを考察する事が必要です。
労働基準法、ダンピング販売、独占禁止法、をフルに使って、破滅を少しでも遠くに押すのは延命効果として有効でしょう。
ただし、これは延命効果です。いずれにしても、資本主義からの脱却はいづれしなければならないでしょう。エネルギー資源の枯渇は中国の近代化で急加速するでしょう。
どこかで共生型の富の分配型の体制に切り替えなければ、破滅しかありません。
ともかく、破滅回避のKの案は示しました。
後は、Kの案を前向きに捉え実現可能域まで持って行けるか、K案より実現性が高い案が考察出来るか?になるでしょう。
Kの考察の出発的「資本主義による破滅」の考察が間違っている。とするのは簡単ですし、その可能性もあるでしょう。
しかし、遅かれ早かれ体制の進化は必要です。
皆さんはどう思われるでしょう?
では、Kは「冬眠」に入ります。サヨナラです。m(__)m
以上「Kのつぶやき」から転載
http://kdesu.ameblo.jp/
阿修羅の皆様、大変お世話になりました。
レス途中の人には大変申し訳ないと思っています。
機会がありましたらまたお会いしましょう。~~\(TT)
多分、たまに覗きに来ています。