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第2617号 2005年1月17日
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第51回
先端医療の保険給付(メディケアに学ぶ)(2)
新規抗癌剤の値段
李 啓充 医師/作家(在ボストン)
(2614号よりつづく) 〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第51回
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2005dir/n2617dir/n2617_05.htm#00
大腸癌化学療法の「値段」の推移
大腸癌に対する新規抗癌剤エルビタックスはその代表的な例であるが,最近は,新規抗癌剤がとんでもない高価格で市場に登場することが当たり前となっている。
以下,大腸癌の化学療法の「値段」を,時代順に振り返ってみよう。大腸癌に対する有効性が最初に確立された化学療法は,80年代以降盛んに行われるようになった「5FU=ロイコボリン(5FU/LV)併用療法」である。現在,この治療法には,転移を伴う進行期の患者について,延命期間(中央値)を 8か月から12か月に延ばす効果があるとされているが,そのコストは,初めに開発されたメイヨー・クリニックのプロトコールに従った場合,8週で60ドルあまりとなる(註1)。
96年に「カンプト(イリノテカン)」が認可され,単独あるいは5FU/LVとの併用療法が行われるようになるのだが,カンプトを含む化学療法の8週分のコストは9500ドル程度であり,5FU/LVの約150倍となった。さらに,2002年に「エロキサチン(オキサリプラチン)」が認可されたが,エロキサチン=5FU/LV併用療法のコスト(8週分)は,現在1万2000ドルほどとなっている。
日本では,いまだにエロキサチンが認可されていないことが,患者が新規抗癌剤の恩恵にあずかれない問題の典型例とされているが,アメリカではすでにエロキサチンの次の世代の抗癌剤が認可され,保険適用も獲得している。04年に,前述のエルビタックスに加え,VEGF(血管内皮増殖因子)に対するモノクローナル抗体「アバスチン」が認可されたのである。これら新世代の抗癌剤を既存薬剤と併用した場合のコスト(8週分)は,アバスチンで2万 1000ドル,エルビタックスで3万1000ドルといわれ,メイヨー・クリニックの5FU/LV療法のコストと比べると,実に,500倍まで値段が跳ね上がった勘定である。
「命の沙汰も金次第」
新世代の抗癌剤が患者にとってどれだけ高くつくか,エルビタックスの例で見てみよう。現在,エルビタックスは,既存抗癌剤が無効となった症例でしか保険適用が認められていないのが普通である。転移がある大腸癌患者に,一次的治療としてカンプト= 5FU/LV療法を施行し,これが無効となった後にカンプト=エルビタックス併用療法を施行した場合,それぞれの治療の増悪までの期間(中央値)は8か月および4か月ほどとされているので,「薬が効かなくなるまで」治療を続けると,その全コストは10万ドルほどとなる。
周知のように,米国では国民の7人に1人が無保険者という悲惨な現状があるので,もし患者が無保険者であった場合,この10万ドルのコストは全額自己負担となる(しかも,これは,抗癌剤のみのコストである)。財力がない患者は最新の抗癌剤治療の恩恵にあずかれないということになり,文字どおり「命の沙汰も金次第」という事態が日常茶飯に起こっているのである。
以上は,大腸癌の例であるが,他臓器の癌でも新規抗癌剤が「バカ高い」ことは共通である。たとえば,非ホジキンリンパ腫の免疫放射療法剤「ゼバリン」などは,1回の投与に3万ドルほどの値段がつけられている。さらに,慢性骨髄性白血病の「特効薬」となった「グリベック」の流通価格は1カプセル20ドルほどであるが,標準投与量は1日4−6カプセルとされているので,患者が無保険だった場合,1か月の負担額は2400−3600ドルとなる。それだけでなく,すでに,グリベックに次ぐ新世代の抗癌剤が臨床試験に入り,グリベック無効症例に劇的な効果を上げている。「バカ高い」抗癌剤が今後も続々と市場に登場してくることは疑いを入れないのである。
混合診療解禁論者の「非人道的」な主張
日本で混合診療解禁論者は「患者が新規抗癌剤の恩恵にあずかれないのは非人道的」と称して,「未承認薬について,コストを患者が負担すれば自由に使えるようにすべし」と主張しているが,実は,これほど「非人道的」な主張もない。なぜなら,彼らの主張は,言い換えると,「新規抗癌剤についてはアメリカの無保険社会と変わらない状況を日本に作れ」ということと同義だからである。今後続々と登場するであろう「バカ高い」新規抗癌剤について,財力のある人だけが治療の恩恵にあずかることができる「命の沙汰も金次第」の状況を作ろうとしているからである。
ところで,アメリカの無保険者はグリベックの薬代捻出に苦労しているが,日本の患者はグリベックの薬代について悩む必要はない。アメリカで認可された7か月後の01年12月には,「海外の臨床試験のデータ」に基づいて,早々と日本でも認可され,保険薬価に収載されているからである。混合診療解禁論者は「日本では規制が厳しく新薬が認可されにくい」と主張しているが,著しく事実と異なる主張と言わなければならない。
(この項つづく)
(註1)コストは,シュラグ(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスィン誌;351巻317頁)に準拠したが,身長170cm,体重70kgの患者を想定し,平均卸売価格の95%で計算された数字である。
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