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【ビジネス&企業News】
2004年10月15日 掲載
高木ダイエー落城の内幕(1)
http://www.gendai.net/contents.asp?c=035&id=16354
無力だった銀行出身役員たち
急転直下というのはこのことを言うのか。“粘り勝ち”かと思われたダイエー高木邦夫社長がついに陥落。最後は、再生機構入りの決断を求める銀行に屈した形となった。そして高木包囲網は身内にもあった。ダイエー役員には4人のメーンバンク出身者がいる。彼らはどんな動きをしたのか。
4人とは、専務の清野真司氏(53・旧三和銀出身)、常務の木原幹雄氏(54・旧富士銀出身)と小川博幸氏(51・三井住友銀出身)、取締役の伊東孝之氏(50・UFJ銀出身)。伊東氏は今年4月に移ったばかりだが、残り3人は02年にダイエーが5200億円の金融支援を受け、再建3カ年計画を策定した頃に銀行から送り込まれている。
「清野さんは旧三和の審査部門の部長で、寺西前頭取の一派だった」(金融関係者)
経営不振の融資先に、再建のため銀行から人材が送り込まれるのはよくある話。だが、彼らがダイエー再建のために力を発揮したとは言い難い。一方で、出身母体が望む高木社長の説得にも無力だった。
ダイエーが11日に開いた臨時取締役会。高木社長はあくまでも自主再建にこだわり続けた。
「再生機構入りの先送りを決めた採決は10対4。銀行出身の4人は沈黙したまま動かなかったそうです。ウワサされていた高木社長の解任動議も出されずじまいだった。結局彼らは迷走の2カ月間、なんにもしていない。言葉は悪いけど、出身母体へダイエーの情報を上げるスパイの役割でしかなかったんでしょう」(経済ジャーナリスト)
もっとも役員に就任して半年に満たない伊東氏は、他の銀行出身者と温度差があったという見方も。
「伊東さんはダイエーの自主再建で動いていたといわれます。実は、ダイエーへ送り込まれた当初、2年後には銀行本体へ帰れるという約束があった。しかし、ダイエーへ移った直後にUFJは赤字転落。三菱東京グループに救済されることになり、伊東さんの帰る場所はなくなったのです。そうなれば銀行のために動く必要はなくなる」(前出の金融関係者)
結果的に銀行出身組役員たちは、2年前の再建計画を軌道に乗せられなかった、という点で高木社長と同程度の責任があることは、忘れてはなるまい。高木社長が引責辞任した時、彼らの処遇はどうなるのか。