現在地 HOME > 議論20 > 778.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu92.htm
--------------------------------------------------------------------------------
日本は最後まで韓国との外交戦争を望むか 日本の学校
の歴史教科書をなぜ韓国政府が検定をするのか!
2005年4月3日 日曜日
◆日本は最後まで韓国との外交戦争を望むか 4月1日 朝鮮日報
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/04/01/20050401000070.html
日本政府が右翼系列の出版社である扶桑社の中学公民教科書の検定過程で「竹島(独島の日本名)は日本領地」という趣旨の内容を修正しなかったことが分かった。
日本の教科書検定の主務部処(省庁)である文部科学省の政務官は「軍の慰安婦問題を中学校と高校の歴史教科書で教えるのは不適切」とも述べた。
日本の独島挑発と歴史教科書の歪曲により、韓日関係があつれき局面に突入した後も、日本政府関係者たちは韓国国民を刺激する発言を続けている。過去には、一部右翼勢力が挑発をしても、最小限、日本政府のレベルでは韓日関係の将来を考慮し、そのような動きを自制させようとしていた態度とはまったく違っている。
韓国政府は5日に予定された日本の教科書検定内容の発表を、今後の韓日関係の分水嶺(れい)にするという立場を示してきた。しかし既に明らかになっている通り、「竹島は日本の領土」という内容を修正しないまま検定に通過させ、検定関係者が「日本の周辺国の侵略史に対する反省は教科書の内容として適切ではない」と発言する状況であれば、教科書の検定発表の内容は既に火がつき始めた韓日関係に油を注ぐ結果になる可能性が高くなった。
このような状況の中、金三勲(キム・サムフン)国連駐在大使は「日本の国連安保理常任委員会進出阻止に総力を傾ける」と述べた。これに対し外交部は「常任委員会の理事国が増設される場合、国際的な責任を十分に果たせる、信頼の置ける国家が進出すべきという立場であるだけで、日本の進出に対する賛否については決定したことがない」と伝えた。
しかし日本が両国間の敏感な懸案に対し、現在のように挑発的で無責任な態度に一貫するとすれば、韓国政府は日本の国連安保理常任委員会進出に反対するほかない立場に置かれるかもしれない。そのようになれば、韓日両国は感情やプライドの対決にしては、あまりにも大きな代償を支払うことになる外交戦争に追い込まれるだろう。
実際、韓国が日本の常任委員会進出阻止に乗り出す場合、韓国は中国と手を結び、米日同盟と対立する外交前線が形成される。米国は長期的な中国けん制の布石として、日本とインドの安保理進出支持の立場を早くから明らかにしており、中国は日本の常任理事会進出を阻止するため、内心は韓国は味方になることを期待してきた。
韓国としては「日本の安保理進出阻止」を宣言したにもかかわらず、これを阻止できなければ、国家的な恥となる。反対に阻止に成功するとすれば、韓日関係は当分の間、回復不可能な状態に悪化するだろう。
日本の立場からも、独島問題や中学教科書問題で両国関係を破たんさせるのは愚かなことであるだけでなく、未来の世代にまで不幸を残すことになるだろう。日本政府は理性を取り戻すべきであり、日本国民はそのような方向で日本政府を諭さなければならない。
◆勝手に困りやがれ 4月1日 殿下さま沸騰の日々
http://blog.goo.ne.jp/takkie0516/e/32a8635a9a4350bd80d59ed365f01044
韓国政府は、『作る会教科書』の検定に関して、竹島の記述が修正されていないことに不快感を示し、これを今後の日韓の外交問題とすることを明らかにした。韓国の朝鮮日報の伝えるところによれば、『韓国政府は5日に予定された日本の教科書検定内容の発表を、今後の韓日関係の分水嶺にするという立場を示してきた。しかし既に明らかになっている通り、「竹島は日本の領土」という内容を修正しないまま検定に通過させ(れば)、教科書の検定発表の内容は既に火がつき始めた韓日関係に油を注ぐ結果になる可能性が高くなった』と論じている。
ブログのコメント欄でも指摘されてきたことだが、この韓国の言い草にはきわめて納得しがたいものがある。その難癖の内容もさることながら、どうしても聞き捨てならない点は、『既に明らかになっている通り「竹島は日本の領土」という内容を修正しないまま検定に通過させ(る)』という下りである。このことが示すのはすなわち、韓国政府が検定過程の相当以前の段階から、『竹島に関する領土記述が「作る会教科書」に載っていたという事実』を知っていたということだけでない。それどころか、その事実を知って韓国政府が抗議したにもかかわらず、『竹島の領土記述が結果的に検定において修正されなかったという事実』をも韓国政府が知っていることを意味しているのである。つまり、検定白表紙本が流出して韓国政府の手に渡っていただけでなく、その後の検定の内容(結果)まで韓国政府の知るところとなっていたわけだ。わが国の検定制度の秘密保持はいったいどうなっているのか。
検定結果に影響(バイアス)を与えないように、その教科書で教育を受けるべき国民ですら内容を知らされないのに、それを外国政府が知って日本政府に圧力を掛けてくる。教科書の白表紙本を韓国に手渡したうえ、検定結果を漏洩した日本側売国奴の行為は、検定制度の目的そのものや制度に対する信頼を毀損して余りあるものだ。これでは、教科書検定という制度を維持しているのは、韓国や支那の言いがかりを招くためではないかとすら思える。メディアは検定制度のこの闇の部分に光を当てて貰いたいと思う。
もっとも、教科書検定の結果をネタにした韓国政府の圧力というのが、日本の国連常任理事国入りを邪魔するという『阻止外交』というトンデモ方針だというのだから、韓国は韓国で日本憎しのあまり、外交目標を喪失しているとしか言いようがない。韓国がそんなことをしたところで、検定結果が韓国の望む方向へと変わるものでもない。日本の常任理事国入りが失敗したときに韓国側において救われるものがあるとすれば、それは韓国の日本に対する嫉妬心の昇華と、応報=ザマミロ感情の満足だけ。そのどちらも、決して、日韓関係を改善する方向には働かない。実際、朝鮮日報の記事は、『常任理事国入り阻止外交』を韓国にとってやむを得ない行為だとしながらも、その惹起するかもしれない結果について次のように危惧しているのである。『韓国としては「日本の安保理進出阻止」を宣言したにもかかわらず、これを阻止できなければ国家的な恥となる。反対に阻止に成功するとすれば、韓日関係は当分の間、回復不可能な状態に悪化するだろう』と。いずれに転んでも、韓国にとって得にはならないというわけだ。
そのうえで、だからと、朝鮮日報はこう締めくくるのだ。『日本政府は理性を取り戻すべきであり、日本国民はそのような方向で日本政府を諭さなければならない』と。ぶはははは。聞いたか。安保理阻止外交が失敗しても成功しても、結果的に韓国の得にはならない。だったら、そんな政策は止めればよいだけのこと。だが、論評は日本国民は教科書の内容をねじ曲げるように日本政府を説得せよと言うのだ。前提と結論が整合しないのである。『ウリが勇ましく言い出した安保理阻止外交を引っ込めたいのが、それでは格好がつかないから、ついてはその原因の教科書で折れろニダ『』だとさ。このように、韓国の議論がまったく説得力に欠けるのは、そもそも最初のボタンが掛け違っているからで、その後に続くボタンは延々とズレ続けるしかない。竹島を韓国光復の象徴とする歴史虚構を真実と言い張る限り、議論は決して整合することはないのだ。
ご都合主義もここまで来ると喜劇である。勝手に困りやがれ。
(私のコメント)
今日の日曜日のテレビの報道番組で竹島問題などが採り上げられていましたが、日本側の「冷静な」対応がよけいに韓国人の感情を逆なでしている。結局韓国人はなぜあれほど大騒ぎするのだろうか。今までなら大騒ぎすれば日本の首相が謝罪に来てくれて、韓国政府の面子が立ちましたが、「冷静に」無視されると韓国政府の面子が丸つぶれになる。
竹島は日本の領土であり、そこが武力で侵略されているのだから、日本政府としては何らかの抗議をしなければならないのですが、日韓の友好が大事だとして無視してきた。しかし島根県などの地元が「竹島の日」を制定するなどの動きが出てきて、日本政府は無視も出来なくなってきた。
結局日本政府は先送りばかりしているから、最終的には双方とも引っ込みがつかなくなって最悪の事態を招くことになるだろう。韓国内では竹島問題で大騒ぎになっているのに、日本のマスコミは最小限度しか報道しない。そのほうが日韓友好のためにはいいとでも考えているのでしょうが、その事がかえって韓国人を怒らせる原因になっている。
NHKはテレビ朝日と並んで左翼的なプロデューサーが多く、クローズアップ現代でも竹島問題は未だに取り上げられていない。竹島問題が左右のイデオロギーのリトマス試験紙のように色分けされてしまっている。日本の左翼にとっても竹島は目の上のたんこぶで、韓国が日本の領土を侵略していることは隠しようが無いから、朝日新聞のように竹島を韓国に譲れという新聞まで現われる。
ニュース解説によればノムヒョン大統領の支持率が下がったので、人気取りのためだということですが、中国も韓国も北朝鮮も同じ理由で騒ぎ立てるのだろう。ならば日本としても正面から反論してこそ日韓の摩擦の解消になるのではないか。むしろ「韓流ブーム」のほうが日韓親善の妨げに結果的になっているようなものだ。怒れる韓国人は次のような罵声を浴びせている。
◆人権蹂躙する反日3カ国に、擁護法は機能するのか? 3月31日 西村幸祐
http://nishimura-voice.seesaa.net/
《 この狂い女め。あの女を拉致してすさまじい拷問を与えるべきだ。3時間だけ寝かせ、また拷問を与え、彼女に入ってくるお金を私が取る。
呉善花、この野郎をつかまえて市庁前広場で公開処刑しよう!!!
呉善花売国奴野郎。父母、子ども、呉 善花三代を滅しなければならない。学者?
無知な者、きちがい、父母にも責任がありますよ。連座しなければならない、ぺっ!
あんな犬のような奴ぶっ殺す方法はないのか?? あのサンヨン(下卑た女)の父母はいったい誰なのか??
親日派先祖の下で見て学んだものがそれだけなんだから、そういう論理が出てくるしかない。
お前たちはチンチンの味をわかっていてけなしているのか? ウエノム(倭奴)のチンチンの味を一度見て言え。チンチンの味もまともにわからないで、何をわかっているつもりでけなしているのか、ほんとうに息苦しい。チンチンの味はなんといってもウエノムの味が最高よ。
きちがい女ではないのか。そんなにチョッパリが好ければ国籍を変えろ。もしかしたら、チョッパリと結婚したのか疑わしい。それでなければ、先祖がチョッパリに忠誠をした売国奴なのかも、独立運動をした人々は全部悪者で、チョッパリに国を渡したイワンヨンなど売国奴はほんとうに国のための人だったと言うのか?
呉善花! むしろ自決しなさい。お前のような人間がこの世に存在することが間違っているようだ。呉善花、お前は生きている価値がないのだ。
サンヨン、死ね、日本で。
危険性警告。韓国民であれば我らが見る観点から客観的に記述することが必要だ。我は被害者であって、日本国は加害者であり、その悲惨さは数百万の男女老小が味わった家庭ごとにもっている悲劇的な歴史として自明に証明されている。代表的な工場数十カ所・鉄道・港湾設備がこの悲劇を隠してなぐさめになったんだろうか? それすら朝鮮戦争のときに全部破壊されて、教育は我が式書堂中心ではなく技術はつまらない技術として伝わっていないし、ついには戦時動員と強制徴用として罪のない我が百姓(民衆)だけ数百万が、目もまともにつぶれないで死んで傷つけたのに呉教授はこれらすべての記述を省略して、日帝残酷史の結果をむしろ美化し賛美するからどうやら我が百姓の記述だと表することができるのか! 呉教授はすでに我が土地で骨を受けた娘ではなく、日産エンジンを身につけた日本産なのだ。したがって、我が土地を踏む考えは再びしてはならない! 危険だろう!!》
韓国で狂った反日感情が嵐のようになっているのに、それを伝えない日本メディアは情報統制をして日本在住の知日派韓国知識人の人権をどこまで蹂躙するのだろうか? 盧武鉉大好きな仙谷センセー! 韓国人が韓国人によって重大な人権侵害を受けていますよ。どこまで放置するんですか?
呉善花さんは私にこう言った。「韓流、韓流って、馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。韓国の現状をそのまま伝えるべきでしょう」。
(私のコメント)
韓国人と議論する時にはこれくらいの罵声を浴びても冷静に反論して一歩も引かないことが必要だ。一つ一つ具体例をあげて間違っていることを指摘して正してあげることだ。韓国では自国の歴史で都合の悪いことは封印されて国民は知ることが出来ないのだ。株式日記でも具体例をあげて書いてきたのですが、参考として2004年2月19日の株式日記を読んでください。
◆カーター・J・エッカート著「日本帝国の申し子」 日本の植民地史の知られざる一面を著した本 2004年2月19日 株式日記
http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/541.html
《いっぽう、一八七六年をさかいに朝鮮人資本家が出現し、ようやく産業に目を向けはじめたということには疑いの余地がない。植民地支配は資本家の成長を抑えるどころか、むしろ大きく前進させた。すでに述べた政治的および経済的理由によって、日本は朝鮮人資本家階級の発達を容認し、これを支援したのである。こう主張したからといって、日本の帝国主義を弁護するものでは決してない。
私の意図は、今なお多くの韓国人学者のあいだに充満している植民地神話の一つを払拭することにある。植民地支配がなければ、朝鮮人が自力で資本家階級を生み出したという可能性もないとは言いきれない。しかし、実際にはそうならなかった。朝鮮の資本主義は、植民地支配という環境のなかで最初の真の成長を遂げたのである。確かにこれは不幸なことであり、多くの朝鮮人には認めがたい不快な指摘かもしれない。しかし、それはまぎれもない事実なのである。》