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9・11から3年の米国――蛇の賢さと鳩の素直さを(朝日新聞)
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投稿者 彗星 日時 2004 年 9 月 10 日 07:14:35:HZN1pv7x5vK0M
 

社説
09月10日付


■9・11から3年の米国――蛇の賢さと鳩の素直さを


 「静かな朝、この大都市の懐深くを悲劇が襲った」。ニューヨークで先週開かれた米共和党大会で再び大統領候補に指名されたブッシュ大統領は、受諾演説を「9・11」から語り始めた。

 世界貿易センタービルに駆けつけた救助隊員の勇気、砂嵐をついてイラクで戦う米兵の勇敢さ、そして、「9・11」を原点とするテロとの戦いの正しさ。「私は米国を守る」という誓いに、ブッシュ氏は再選への熱意をたぎらせた。

 同時多発テロから明日で3年になる。「9・11」は今も米国民の脳裏に刻み込まれている。あの恐怖と屈辱がアフガニスタン戦争、イラク戦争へと米国を駆り立てた。戦争はなお終わらない。

●テロの時代の深刻な逆説

 だが、力でテロをつぶし、正義と安全を得ようとした米国の行動が生み出したのは、深刻な逆説ではなかったか。

 力が安全を保証するのなら、米国は最も安全な国であるはずだ。確かに「9・11」後は米国内でのテロは起きていない。しかし、その力を駆って世界の紛争に軍事介入する米国に、敵対者や弱者の側では恨みや憤りが広がっている。事実、テロを鎮めるはずだったイラク戦争はテロを世界に拡散させた。米国は依然として安全とはほど遠い。

 「9・11」が突きつけたのは、ジェット機を武器に変えた自爆テロ攻撃に対して、米国がいかに脆弱(ぜいじゃく)かということだった。同時に、そうしたテロリストが大量破壊兵器に手を伸ばす恐れさえ現実味を帯びている。ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が「国家が独占していた兵器が個人や集団の手に渡る。テロとは戦争の私有化なのだ」と指摘した通りの時代が到来した。

 そんな時代であればこそ、安全を守るには、テロを抑え込み、予防するための国際的な連帯が不可欠である。米国の安全も例外ではありえない。それなのに、米国はみずからの行動が制約されることを嫌い、国際法秩序を軽んじてでも単独行動主義の道を突き進んできた。

 長い目で見れば、この3年間の「ブッシュの戦争」が世界に与えた最も大きな影響は、米国と欧州の価値観の違いを露呈させたことかも知れない。

 北大西洋条約機構は「9・11」テロを米欧全体への攻撃とみなし、当初、集団的自衛権の発動を決めた。そんな欧州同盟国の同情や共感を尻目にブッシュ政権が採ったのは、米国のやり方に従う者だけを募る有志連合方式だった。

 経済と政治の統合や非軍事的な外交手法で安全や豊かさをめざそうとする欧州と、依然として主権国家の論理と軍事力の有効性を信じる米国。「9・11」は、冷戦後の時の流れのなかで生じていた断層をさらけ出した。

●米欧の亀裂という不幸

 先進世界のふたつの核である米国と欧州の間の相互信頼が薄れ、心理的な距離が広がれば、世界は不安定になる。イラク戦争後の国連が、その復興をめぐって冷戦時代さながらの機能不全に陥ってしまっているのは何よりの証明だ。

 そんな状態は、米国自身にとってもすでに大きな損失となっている。

 みずからを敬虔(けいけん)なキリスト教徒とし、宗教右派を支持母体とするブッシュ大統領は好んで聖書の言葉を使い、主張を正当化する。だが、新約聖書にはキリストのこんな言葉も記されている。「蛇のように賢く、鳩(はと)のように素直であれ」

 ここで言う蛇の賢さとは、自分の置かれた現実を知り尽くした、したたかな知恵を意味する。鳩の素直さとは、自分が厳しい環境に置かれても他者に心を開くことを忘れるなということであろう。

 米国は古代ローマに例えられるほどの超大国だ。しかし、一人では安全も繁栄も維持できない。欧州や他の大陸の国々や、異なる宗教や文化との共存なしに、それは不可能なのだ。アラブの民主化を唱えても、相手を理解する心がなければ進まない。それが現実である。

●平和を紡ぐ偉大な国に

 私たちが米国を批判し、苦言を呈するのは、米国が世界にとってそれだけ重要で欠かせない存在だからだ。

 「9・11」に乗っ取られた4機のジェット機のうち、1機の機内では乗客たちがテロリストに反撃を試みた。ホワイトハウスか連邦議事堂を狙っていたと思われる同機は目標の手前で墜落した。

 現場には、犠牲者を悼もうと訪れる人が絶えない。操縦席に突入する直前、乗客の携帯電話から地上に伝えられた「さあ、いこうぜ」という掛け声ほど、米国民を励ました言葉はなかった。

 自己犠牲をいとわぬ勇気とそれをたたえる心は、米国民の美徳だ。国際政治の世界でも、目標のために犠牲に耐える強さが米国にはある。だからこそ、力の行使に英知が伴うことを求めたいのだ。

 一国主義の狭い価値観を超え、多様、多極の世界にみずからを位置付ける。グローバリゼーションの影にも目を向け、テロの温床をなくす。そうした努力を、米国に望みたい。

 投票日の11月2日に向けて、世界がこれほど注目する米大統領選挙は過去にない。米国民はそのことを真剣に受け止め、偉大な国にふさわしく、平和を紡ぎ出す意志と知恵を見せてほしい。


http://www.asahi.com/paper/editorial20040910.html

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