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原爆の日――再び人道の危機の時に(朝日新聞)
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投稿者 彗星 日時 2004 年 8 月 06 日 11:47:46:HZN1pv7x5vK0M
 

社説
08月06日付

■原爆の日――再び人道の危機の時に



 ドイツの古都、ドレスデンの中心部にある聖母教会の塔の上で、十字架が真夏の陽光を浴びて金色に輝いていた。

 1945年2月13日深夜、英米軍による大空爆で街全体が廃虚となった。犠牲となった市民は一晩で3万5千人。聖母教会は、あの夜の破壊と殺戮(さつりく)の生きた証拠として、柱と壁だけを残しただけの姿を長くさらしてきた。それが、10年越しの再建工事で、ついに十字架がよみがえるところまで修復されたのだ。

 ベルリンの壁が崩れてすぐ、教会の再建を提唱した元牧師のカール・ホーホ氏は「戦争をした皆の罪を許してほしいという思いを込めた」と語る。十字架は空爆に参加した英軍操縦士の子どもたちが贈った。教会は和解の象徴となった。

●広島・長崎とは何か

 59回目の広島の原爆の日がやってきた。その広島や長崎とドレスデンは、太い糸でつながれている。使われた兵器の違いはあるが、万単位の膨大な非戦闘員の命を、都市とともに抹殺するのを目的とすることでは同じだからだ。

 こうした無差別爆撃は、20世紀の戦争の非人道性のもっとも分かりやすい象徴だろう。先例となったのは、スペイン内戦中の37年に独軍機が行ったゲルニカ攻撃であり、日本軍機が38年から中国の重慶に対して繰り返した大空爆だった。それらがドレスデンへ、東京大空襲へとつながり、結局、広島と長崎への原爆投下に行き着く。

 破壊力が格段に大きく、いったん使えば生き残った人々の体をもむしばみ続ける核兵器は、通常兵器に比べてはるかに恐ろしい。だが、大戦争になれば、人間はそんな兵器も通常兵器と同じように手軽に使ってしまう。それが、広島・長崎の人類に発した警鐘である。

 しかし、続く冷戦の時代、その警鐘を現実味を持って受け止め続けたのは、日本よりもむしろ、当時の西欧諸国の人々だった。米ソの核戦争が起きれば、欧州がその舞台になる。そんな危機感から大規模な反核運動が育った。合言葉は「ユーロシマ」の恐怖。欧州をヒロシマにするな、だった。

 その余韻は、冷戦が遠い過去となった今もある。ベルリン工科専門大学でこの春から「平和講座」が始まった。広島の秋葉忠利市長の呼びかけを聞き、教授たちが市長とも議論を重ねながら、2年がかりで準備してきたものだ。

 学生たちは米国のマンハッタン計画や、広島・長崎の被爆の実態などを学んでいる。「核や平和に関心を持たせたい。市民として考えるべきことはたくさんある」と、講座の中心になっているオイゲン・アイヒホルン教授は言う。

●安全にならない世界

 幸いなことに、核戦争は起きなかった。核爆弾も使われてはいない。だが、冷戦は終わっても世界は安全にならなかった。それどころか、9・11テロと米国の対テロ戦争で、世界はいっそう危険になった。人道は再び危機に瀕(ひん)している。

 アフガニスタンからイラクへと戦禍が広がり、市民が犠牲になっている。それがまたテロを誘発する。テロの制圧が目的だとしても、米軍が市街地を空爆する様は何ともおぞましい。

 核の脅威も姿を変えた。核兵器の拡散、とくにそれが国際テロリストの手に渡ることの脅威が叫ばれる。核の闇市場の存在も明るみに出た。

 テロリストには核の抑止が効かない。ならば、テロ集団とつながる独裁政権を事前につぶすため小型核兵器を使ってもいいと米国は言う。そんな時代だ。

 これでは、いつまでたっても核の脅威は去らない。

 思い出すのは、4年前の『フォーリン・アフェアーズ』に載った米国のジョナサン・シェル氏の論文だ。

 核が拡散するのは、保有国に対抗しようとする国や集団があるからで、保有国が核を持ったまま拡散を防ごうとしても本来無理がある。拡散を止めるには、核を廃絶するしかないというのだ。大いに手掛かりとなる指摘ではないか。

●核廃絶の旗を掲げて

 5大保有国も、インドやパキスタンのような新たな保有国も、手にした核は手放そうとしない。広島・長崎から発した核廃絶の運動は、挫折の歴史でもあった。しかし、今の危険な世界を見れば、シェル氏が言うように、むしろ「核をなくそう」という一見単純な主張にこそ、打開の鍵があるようにも思われる。

 日本がなすべきことは、被爆国としての主張がもっと世界に対して説得力を持つようにするための努力だろう。

 被爆体験から非核三原則が生まれたが、米国の核の傘への依存に安住する余り、アジアに非核原則を広げる構想力も外交力も身につけてこなかった。

 中国をはじめ、日本が侵略したアジアの国々との和解を十分進めてこなかったことも痛い。アジアには「原爆投下はわれわれの解放をもたらした」とする受け止め方があるのも事実だ。日本の核武装への警戒の目も忘れてはならない。

 中国との和解を進めつつ、中国に核の廃棄を求める。同時に、アジアの人々と肩を組んで、米国をはじめとする他の保有国にも廃絶を迫る。そんな日本の姿を見たい。


http://www.asahi.com/paper/editorial20040806.html

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