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特報
2004.07.23
イラク撤兵選んだフィリピン出稼ぎ事情
190カ国に740万人渡航
イラクで武装勢力に拉致されていたフィリピン人運転手、アンヘロ・デラクルスさんを解放させるため、フィリピン政府は軍を撤退させた。同盟国の結束を保つのに躍起となっている米国は、「テロに屈した」とすかさず批判の声を上げた。米国との同盟に傷をつけてでも、自国の労働者を保護したフィリピンの「出稼ぎ大国」事情とは−。
■一族に1人は海外で働く
「今月初めの事件発生から連日、メディアはトップニュースで拉致事件を扱い、無事解放で国民の八割が喜びにわいている。デラクルスさんの地元では、街に人が出てお祝いしている。アロヨ大統領の株が相当上がったことは間違いない」
本紙の若松篤マニラ特派員はフィリピン国民の喜びようをこう説明する。
デラクルスさんが拉致されている間も、国民が軍の撤退を求めるデモを繰り返し無事解放を祈った。一方で、拉致事件が起こった直後でも、出稼ぎをあっせんする仲介会社には多くの希望者が詰めかけている。
「国民が海外に出かけて大金を稼ぐことは国策として音頭が取られている。二百カ国近くに八百万人近い人が働く。親類の中には必ず海外で働いている人が一人はいるという状況だ」(若松特派員)。それだけに政府もその存在を無視できない。
例えば「一九九五年にシンガポールでメードをしていた女性が、えん罪を疑われながら殺人事件で死刑になった事件が発生したが、国内で、海外労働者に適切な対応をしなかった政府への大規模な抗議運動が起き、政府転覆につながる可能性があった。今回も、この女性の写真を掲げたデモが行われ、現政権も相当の危機感を抱いていたことは間違いない」(同特派員)。
イラクでも、米英軍関係を中心に、多くの出稼ぎ労働者が職を得ている。若松特派員は「中東でも百万人が働いているが、イラクでは、危険性が高い分だけフィリピンの政府高官と同じレベルの六百ドルの月収が得られ男性から人気が高い。現地では約四千人が働いている」と言う。
■日本への就労世界で3位
世界で働くフィリピン人だが、日本での就労者数は昨年で第三位=別表参照=の人気国だ。
外国人労働者でつくる労働組合「神奈川シティユニオン」の村山敏委員長は「教育、研究目的や興行目的、さらに結婚などで十四万人が滞在しているとされるが、ビザの期限切れなどでの不法残留者は四万人。男性の場合はお弁当屋さんから、港湾労働者まで単純労働が多い」と説明する。
目立ったフィリピン女性の風俗店での就労については「フィリピン政府が出国制限を設けた事情もあり減少傾向だ。景気低迷のしわ寄せを受けて職をなくす場合も多いが、不法残留でも賃金は母国の二十倍だから、少しでもとどまって稼いでいこうという傾向が強い」と人気の理由を話す。
フィリピン人の出稼ぎ先は世界の百九十カ国にまたがる。日本学術振興会の元特別研究員の高畑幸氏は、この「出稼ぎ大国」の全容を「海外で働く人は二〇〇一年末の統計で七百四十万人(永住、不法滞在含む)に上り、全人口の約一割を占める」と説明する。
その理由を「既に一九八二年には海外雇用庁(POEA)を設立、世界への人材供給国になるという国家戦略を打ち出した。政府自ら海外で働く先の開拓や、仲介業者の管理、許認可に当たる」と国を挙げての事業だからと説明する。
■目指す『人材供給国』
労働力の質についても高畑氏は「公用語の英語ができることが一番の強みで、気配りもできる。出稼ぎ先は中東が圧倒的に多く、かつてはオイルダラーを背景に建設業に就く男性が多かったが、現在は事務職や看護、介護など職種が広がり、女性も増えている」と言う。
日本との間では自由貿易協定(FTA)締結を視野に、フィリピン側が看護、介護労働者の受け入れを要望している。新たな外貨収入増につなげる狙いだ。
その「経済力」も強い。元駐フィリピン大使で杏林大学客員教授の湯下博之氏は「海外から家族などへの送金額は数十億ドルに達する。九七年のアジア通貨危機の際にフィリピン経済への影響が当初軽微だったのも、多額の海外からの送金が一定の貢献をしたことが無視できない」と指摘する。
日本総研の清水聡主任研究員も「フィリピンでは一日一ドル以下の貧困ラインで生活している人が人口の三−四割に達する。失業率も10%を超え、アジアの中でも高い。出稼ぎは職を求めてやむを得ない面がある。海外からの送金額は昨年、国民総生産(GNP)の7%を占めた」と話す。
■在外投票制の開始も一因か
出稼ぎ事情がフィリピンのイラク駐留部隊の撤退に及ぼした影響について、前出の高畑氏は「アロヨ大統領の撤退の決断は、国内では受ける。まずイラク戦争が始まった当初、現地紙の見出しは『新たに十万人の雇用見通し』と、海外で働く場ができることを歓迎する論調だった。その一方で出稼ぎ労働者の安全も念頭に置かなければいけない。今年五月の総選挙でフィリピンでも在外投票の制度が始まり、大統領も七百万人を超える海外在住者を敵には回せなくなった。そのタイミングでの撤退決定だろう」と分析する。
■イラク『軍の撤退は世界的流れ』
若松特派員は「イラクで働くフィリピン人は米軍基地で食事や洗濯に従事しており、いわば米軍の作戦を下支えする存在。拉致された男性が殺害された場合、『もうイラクにいられない』と全員が引き揚げたら一番困るのは米軍だ。『大統領は自分を守るためにパフォーマンスしただけ』という批判が国内にもあるが、政府内にも『米国の言いなりにはならない』との声もある。撤退の決定は複雑な要素が絡み合った結果だろう」と推測する。
対テロで米国と結束していたフィリピン軍の撤退は、残る各国部隊に影響を与えないのか。軍事評論家の神浦元彰氏は「世界的なイラク撤退の流れを象徴する動きだ。規模五十一人だから軍事的意味は小さかったが、政治的意味は大きい」と指摘する。
■米国の圧力が日本へ増大も
小泉首相は「フィリピンにはフィリピンの事情がある」と、自衛隊の活動には影響しないとの立場だ。だが、二十日に武装勢力から自衛隊撤退を求める声明が出された。一方でアーミテージ米国務副長官は「憲法九条が同盟の妨げだ」とさらなる同盟強化を求めた。神浦氏は今後の日本の対応をこう危ぐする。
「各国の撤退が続き、逆に米国の圧力が強まって日本は足を抜けなくなる心配がある。既に反米勢力の間では『自衛隊は攻撃しても反撃してこない』という見方が広がり、狙われやすくなっている。万一、犠牲者が出れば自衛隊の撤退は避けられないだろう。ところが小泉首相はサマワが戦地になって、イラク特措法に違反しても米国の顔色を見てすぐには撤退を決めない恐れがある。軍隊や、出稼ぎ労働者にこれ以上、死者が出てからでは遅いと判断したフィリピンやスペインと明暗を分けることになりはしないか」
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040723/mng_____tokuho__000.shtml