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社説
06月29日付
■主権移譲――イラク人によるイラクに
イラク国民にとって昨日と今日はどこが違うのだろうか。
米英両国によるイラクの占領が、ともかくも終わった。占領当局は解散し、統治はアラウィ暫定政権にゆだねられた。
それにしても、多難な船出である。テロや襲撃の標的は暫定政府にも向けられ、秩序が安定する兆しは見えない。主権の移譲を突如前倒ししたのも、移譲に向けて激しさを増すテロをかわそうという意図かも知れない。しかも、暫定政府は選挙による手続きを経ておらず、国民の信任という面で大きな不安が残る。
●祝福はしたいが
本来なら、フセイン政権による独裁から解放され、やっと「独立」にこぎ着けたイラクの再出発を祝福したいところである。しかし、国内を見ても、新生イラクの再建を手助けすべき国際社会を見ても、現実はそれどころではない。
イラク人の約9割が米軍の撤退を望んでいるが、約16万人の占領軍は多国籍軍として駐留を続ける。それどころか、米軍は新たな兵力の増派も計画中だ。
もちろん、暫定政府は米英軍の支援なしに自立できる状況ではない。多国籍軍への攻撃は続き、アラウィ首相自身も標的にあげられている。しかし、治安が改善されないからといって、外国軍の駐留の姿が変わらなければ、イラクの人々は主権移譲の意義を実感できまい。反米勢力に共感する人も減らないだろう。
占領下で、多くのイラク人が、宗派や民族の違いを超えて、国民の統合意識を強めたことは何よりである。アラウィ首相が「周辺国の軍事支援は受けない」と表明したことが象徴的だ。
米英軍が解放したはずのイラク民衆から敵視され、結局、占領の失敗と言われるようになったことが、皮肉にもこの統合意識を高めたと言えまいか。暫定政府がそれをてこに政権の求心力を強め、イラクを安定に向かわせることができるかどうか。鍵を握るのは、今後の米国のイラクに対する姿勢である。
●国連決議は空文にできぬ
新国家の建設は、来年1月の暫定議会選挙と憲法の制定、来年末までの本格政権樹立という、国連安保理決議が描いた日程を予定通り進められるか否かにかかる。とくに、議会選挙を国民が納得できる形で行うには、国連の支援を通じた有権者登録などの準備が要る。
だが、ここでも心配なのは治安だ。今のままでは国連の要員が本格的な活動を再開することは難しい。選挙が先送りされる恐れさえある。
その国連を支えるはずの国際社会も、協調というにはほど遠い。
主権移譲を控えて開かれた北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議は、米国と欧州諸国が多国籍軍への協力などに結束する場であってしかるべきだった。
ところが一致したのはイラク治安部隊の訓練支援など、きわめて限定的な協力だけだ。米英両国が戦争の誤りを認めず、今後も影響力の維持に固執していることが裏目に出た。
イラク再建の手順を描いた国連安保理決議は、確かに全会一致で採択された。だが、戦争そのものに反対した仏独では、占領が終わっても、米軍が指揮する多国籍軍に派兵すべきではないという世論が支配的である。
だが、安保理決議を空文にするわけにはいかない。いつまでも社会を安定させられず、民主的な政府を軌道に乗せられなければ、情勢は逆に悪化するだろう。
ではどうしたらいいのか。米国にも、国連にも妙案はなかろう。それでも大事なのは、イラク人自身が再建の主導権を握っているという自覚を強められる環境をつくることだ。イラク軍や警察が治安維持の最前線に立てば、反米武装勢力を孤立させる力ともなるだろうし、宗教界の指導者らが国民の統合を説くことも復興の手助けになる。
●日本の責任は何か
国際社会とくに欧州との亀裂を修復することに、米国はもっと真剣に取り組むべきである。「結束」や「協力」が儀礼的なものにとどまる状態が続けば、イラクばかりか世界全体を不安にする。
イラクで活動する自衛隊は、多国籍軍の一員に移行する。とにかくサマワへの駐留を続けたい。それが小泉首相の意思だが、主権が移譲されたこの時、イラクの安定に日本は何ができ、何をすべきなのか、そして何をすべきでないかを、じっくり考え直してはどうか。
多国籍軍参加には熱心だが、イラク復興に向けて世界が耳を傾けるような、日本らしい働きかけや提案をしたことがあるだろうか。サマワという一都市での給水や医療活動は地元の市民から感謝されているが、同じ人々が米軍のイラク駐留には反対なのだ。対米関係ではなく、イラクのための外交を立て直すべきだ。
イラクは、イラク人自身のイラクへ向けて、とにもかくにも歩みだした。その足取りを確かなものにするには、国連決議が実際に機能できるような国際社会の態勢を早く作り、イラク国民の広範な支持を取り付けることしか道はない。
そうした方向へ局面を転換させる責任が、まずブッシュ大統領にあることは言うまでもない。
http://www.asahi.com/paper/editorial20040629.html