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野戦病院看護婦の証言出版
沖縄戦時、17歳で赤十字救護看護婦として野戦病院に配属された久場千恵さん(75)=那覇市=が、戦争を中心に戦前から現在に至るまでの体験をまとめた手記「悲しい追憶」(なんよう文庫)を出版した。本の完成まで2年がかり。自身の記憶と同僚や野戦病院に配属された女学生たちの記憶を紡ぎ上げ、何度も現場に通い検証しながらまとめた。久場さんは「自分たちが今、言わないと、戦争を知らない子どもたちが同じようにまた戦争に巻き込まれる」と執筆の動機を語った。野戦病院にプロの看護婦として従事した人の個人体験を書籍にしたものは珍しいという。
戦時中、久場さんは日本赤十字社救護看護婦養成所で看護を学び、第62師団野戦病院に配属された。
久場さんが戦争体験をまとめようと思い立ったのは2001年、小泉純一郎首相名で政府から贈られた「書状」がきっかけだった。その「書状」は政府が戦時中に衛生勤務に服したが、一定の勤務期間が満たされず、慰労給付金の対象とならない人に贈られたもの。県内では久場さんの看護学校での同期生4人が初めて対象となった。
それまでは、かつての同僚が集まっても同期生の1人を戦争で亡くしたつらさもあり、戦争の話は避けていた。「書状」には、「感謝状」などの題名も何もない。それを受け取った時に「57年も無視されていたのになぜ今」という悔しさが沸き上がった。唐突に中央から送られた「慰労」の言葉に、当時の高官が戦場で指示だけ出して手を汚さなかった姿が重なり、「沖縄の戦場の実態を日本の国民はどれだけ知っているのか」との気持ちでいっぱいになった。
久場さんの本の中では、第62師団野戦病院で麻酔もなく全員で兵士を押さえ込んで、手足を切断したことや、看護婦たちも悲鳴を上げて手術を行った様子などが記されている。死体を埋葬することもできず、死臭や傷病兵のうみのにおいが充満する壕内、切り取った手足を箱に入れて壕外に出しておくと次の日には爆撃に吹っ飛ばされてなくなっていたことなど、悲惨な戦場が克明に書かれている。
13日午後5時からは、那覇市首里のアルテ崎山大ホールで、久場さんが証言する催しがある。入場料は1000円。久場さんの本は1800円。県内有名書店で14日から購入できる。問い合わせは、なんよう文庫098(885)0866。
http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/today/040608eb.html
写真:沖縄戦当時の赤十字救護看護婦としての体験をつづった「悲しい追憶」を書き上げた久場千恵さん=7日、那覇市首里の自宅
http://www.ryukyushimpo.co.jp/news01/2004/g2004_06/040608eb.jpg