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http://www.toonippo.co.jp/rensai/ren2004/iraq/0729.html
イラクへ/第9師団の周辺
(上)誇りと不安と/過酷な任務 無事願う家族
防弾チョッキは十キロを超す。手に取ってみた。命を守るための装備だということを、ずっしりとした重さで実感した。イラク派遣に向け、胸と背中の部分に入れる鉄板を厚くする改良が施されているらしい。
七月六日、岩手県滝沢村の第九師団岩手駐屯地−。同師団がイラク派遣準備訓練と装備品を報道陣に公開した日は梅雨の合間の晴れ間が広がり、気温は三〇度近くまで上昇した。通気性のない防弾チョッキ、ヘルメット、防厚手袋、ひざパット…。合わせて三十キロ近い装備に身を固めた隊員の顔に汗がにじんだ。
四〇度を軽く超すというイラク南部サマワの猛暑の中で、重装備のまま作業をこなすことになる。過酷な任務になるが、高橋良一・同師団広報室長は「装備面での暑さ対策は、靴や肌着などで実施している。はっきり言って現地で慣れるしかない」と話した。
いつ行ってもいい
浄水・配水など機材の操作一つ一つに大声を掛けて作業が進み、緊張感で空気が張りつめた。女性隊員の姿もあった。高橋室長は「訓練をしている人は自分で希望して来ているので非常に士気が高い。意欲に燃えている」。訓練の仕上がり具合についても「いつ(イラクへ)行ってもいい状態」と力を込めた。
人道支援、国際貢献に携わる「誇り」を強調する同師団側。一方で、銃を持ち異国に赴くという最近までは想像すらできなかった事態に、家族らは素朴な不安を感じている。
派遣が決まった県内の隊員の妻は「訓練を積んできたので心配はない。政府は危険地域に派遣しないと言っているので信じている」と気丈に振る舞う。「ただ、暑さで病気や脱水症状になったりしないか気掛かり。イラクがどんな国か、どんな人たちがいたか、帰ってきたらいろんなことを聞きたい」
家族そろって神社でおはらいをすませた。無事を願うことのほかに、できることは数少ない。「梅の種を干したものを持たせてやりたい。普通の梅干しだと腐ってしまうというから…」
こうした率直な声を聞くことができた機会は少なかった。公開訓練前の早い段階から、同師団が第三次隊としてイラクに派遣されることは確実視されていたが、隊員や家族らは一様に口を閉ざしてきた。「報道管制」のような状況が今も続く。県外では、派遣隊員が特定されて本人や家族が中傷を受けたケースがあったという。
一切しゃべれない
四十代の男性隊員は「一回、意向調査を受けて(イラク派遣を)志願した。その後、連絡はなかった」とぽつりと答えた。志願した理由を問いかけようとすると、この隊員は「悪いけれど、ごめん。広報を通さなければ一切しゃべれない。(報道されると)誰が話したって調査するから」と質問を遮った。
間接的な形で、悲痛な声も伝わってきた。今年六月、県労連が開設している「労働相談センター」に自衛官の妻を名乗る匿名の電話があったという。「気持ちが沈んで涙が止まらない」という彼女は「夫もあきらめているみたいで、この話題を持ち出すと口論になる。数年後にもまた東北に順番がまわってくるそう。若い人には自衛隊に入ってほしくない」と訴えたという。
http://www.toonippo.co.jp/rensai/ren2004/iraq/0730.html
(下)日の丸を背負って/「なぜ行く」…問いは重く
ヘルメット、肩、背中…。小さな「日の丸」が、派遣隊員の身を包む迷彩服に浮かぶ。
迷彩柄は本来、戦闘時に自らの姿を目立たなくして危険を避けるためのものだ。それにあえて、夜目にも鮮やかな白地に赤い丸を張りつけることで「多国籍軍の一員ではあるが、戦闘に来たのではない。日本から人道復興支援に来たのだ」と、言葉の通じぬ現地の人々の視覚に訴える。身を守る武装が欠かせないための苦肉の策。
県内でも戸惑いの声
ちぐはくな装飾に象徴されるように、自衛隊イラク派遣には分かりにくさがつきまとう。陸自第九師団(司令部・青森市)を中心とした第三次隊の派遣が決まった今、県内でも戸惑いの声が聞かれる。
元自衛官の三十代男性は「イラク派遣について政府の説明が不十分だなどということで大きな問題になったが、行くべきかどうか判断がつかない人や関心の薄い人が多いように感じる」と話す。自分自身も賛否の判断は難しいと感じているが「ただ、隊員たちが多くの人から『日本のために頑張って』と見送ってもらえる状況を、国が整えられなかったことはさびしい」。
六月二十日には、小泉純一郎首相が遊説のため青森市入り。イラクで展開する多国籍軍への自衛隊参加に理解を訴えたが、青森駐屯地に所属する三十代男性は「こそこそとじゃなくて、堂々と送り出せる状況をつくらないと、隊員たちがかわいそうだ」と同様の不満を漏らした。
前向きにとらえ激励
同師団に息子が籍を置く県内の五十代男性は、イラク派遣を前向きに受け止めようとしている。
「憲法論を並べたり、国際世論どうのこうのってしゃべる前に『頑張ってこいよ』と激励したい。任務を全うするという健気(けなげ)な気持ちに、自衛官の子を持つ父親として行くなとは言えない」
昨秋、実家に帰ってきた息子と酒を酌み交わし、長い時間語り合ったことがきっかけだった。
銃口を向けるために行くんじゃない、イラク人も日本人も互いに幸せに暮らそうと、そのための復興支援なんだ−。
そんな息子の言葉が心に強く響いたという。今年二月には、今回は派遣されないことに決まったという連絡があった。しかし、もし次の機会がめぐってくれば、息子はまた派遣を望むだろう。
この男性は「戦乱の中のイラクさえ平和にできないで国際平和、共存共栄を図れるのか。一つクリアしなければならない壁なのでは。(自衛隊が)行かざるを得ないのかな、という気がしてきた」と話す。
一方、市民団体などからは派遣反対が相次ぐ。第九師団を主軸とする第三次隊が、出国に民間空港である青森空港の使用を検討していることにも反発する。
間もなく、本県は祭りの夏本番。そして青森ねぶたの囃子(はやし)がやむと、翌八日にも、第三次隊の第一陣は青森空港から政府専用機で出国し、中継地のクウェートへ向かう。
「イラク派遣問題には特に関心がない」という青森市の主婦だが、小学生の子どもが成人するころを想像すると漠然とした不安を感じる。「そのころ、日本はどんな国になっているんだろう」
重い問いの答えははっきりしないまま、出発の日が迫る。
http://groups.yahoo.co.jp/group/nomorewar/message/14252
第3次派遣隊の東北方面隊のルポだが、記事にあるように報道管制、箝口令は
凄まじい。匿名で喋ってもこれは誰だと調査する。「戦争しにいくんじゃないん
です」と小泉は言うが、戦争しに行く国よりももっと戦時色が強い。