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「平野貞夫&宮崎学主催の勉強会」に行ってきました [古川利明の同時代ウォッチング]
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投稿者 なるほど 日時 2004 年 8 月 01 日 05:32:54:dfhdU2/i2Qkk2
 

「平野貞夫&宮崎学主催の勉強会」に行ってきました(04・7・31)

いやー、ほんとに暑い毎日が続いてますね。ここんとこ、ほんと、どうでもいい政局談義にウツツを抜かしていて、本質を見据えて、物事を深く、きちんと考えることを忘れていました(笑)。
 つい、先日の7月28日付けの朝日新聞朝刊の政治面をプラーッと見てたら、この秋に向け、マルハムの神崎以下の執行部人事がどうなるかというような観測記事が出てましたが、「あれーっ、どっかで見たような内容だな」と思っていたら、不思議と本サイトで触れているようなこととほぼクリソツの記事でした。政治部の記者も、わざわざ、マルハムの国怪議員に夜回りをしなくても、あの程度の内容なら、本サイトをちゃんとチェックして丸写しすれば、いくらでも書けるということでしょうか。

 マルハム(=大センセイ)ウォッチャーとしては、「日本国内髄一」とのプライドを持っている私が、その職に賭けて断言します。「自・公路線」で行く限りは、神崎のクビは安泰です。
 もちろん、コウモリとして民主党と組むという選択肢ももちろん、ありますが、それは、小泉及び自民党を完全に見限った時点においてであって、現状では、とりわけ、参院議員会長に“焼け太り昇格”した青木幹雄をリモートコントロールすることで、完全に「庇を借りて母屋を乗っ取る」の最終段階にになったわけですから、池田大センセイは「創価自民党」のソーサイとして、その「政権与党」という、おいしい果実を十分に堪能する時期なのです。

 それを見越したうえで、民主党をはじめとする野党が、本格的な「政局」を迎えるであろう秋以降に向け、今、いちばん大事なことは、「小泉純一郎&池田大作」を叩きに叩きまくって、「小泉内閣の支持率」を最低でも20%台に下げることです。そうしなことにはお話になりませんので、まずは、年金改悪廃止法案であれ、橋龍の日歯ヤミ献金ギワクであれ、相手の「弱点」を執拗に攻め続けることです。
 もし、内閣支持率が前任者のサメ(=森ヨシロウ)のときのように、10%台にまで下がってくると、自民党内の有象無象連中の足元がふらついてきます(笑)。
 それでようやく内閣不信任案を出す環境が整ってくるわけで、「最後に残ったリベラルの星・加藤紘一」はもちろんですが、今度の参院選敗北責任を取ろうとしない執行部に不満を募らせている若手連中や、郵政民営化に反対する“抵抗勢力”(=古賀誠、亀井静香)と結託し、50人くらいの造反が出れば、小泉のクビが取れますので、そういう環境になっていくまで、とにかく、叩き続けることです。

 そこで、昨日(7月30日)、新宿は歌舞伎町の喫茶ルノワール区役所前店2F会議室で、この7月で民主党参院議員を引退した平野貞夫氏を囲む、宮崎学氏主催の勉強会がありましたので、私も顔を出してきました。
 平野氏は「小沢一郎の懐刀」といわれ、とりわけ、細川非自民連立政権時代から新進党時代にかけては、信濃町対策の当事者でした。そのときの体験を振り返り、『現代』の5、6月号では「公明党『汚れた裏面史』」と題する告発手記を掲載し、大反響を呼びました。

 勉強会では、最初に平野氏の講演を聞き、その後に質疑応答をした後、2次会は「新宿れもん屋」に場所を移すというスケジュールで、「平野氏が何か喋る」ということで、ぬあんと、氏とは旧知のコーメイ党本部の専従職員の人もちゃんと来ていました。
 当初、定員は25人とのことでしたが、申込がオーバーし、たぶん、参加者は40人は超えていたいたと思います。ただ、私のようなビンボー人にとっては、1次会の勉強会参加費5000円はちょっち高めで(笑)、そこはセコく「元は取らしてもらいます」とばかりに、質疑応答では例の調子で吠えさせて頂きました。
 たぶん、勉強会の詳しい内容はいずれ宮崎学氏のサイトでアップされると思いますが、今回は私なりに見聞したこと(=特に私が面白かったり、ポイントと思えたところ)をまとめてみます。

 まず、平野氏の話は今度の参院選の結果をどう見て、総括するかという点から始まりましたが、開票から1週間が経って、ようやく自民党内に「危機感」が出てきた、ということでした。
 その「危機感」とはどういうことかというと、それは既に中堅・若手の代表格でもある野田聖子が自らのウェブサイトでも「このまま一方的に公明党との選挙協力を続けてもいいのか」と書いていますが、その根底にあるのは「このまま公明党と選挙協力をしてもいいのか。このままでは自民党としての主体性を失ってしまうのではないか」という危機感です。
 とりわけ、27あった地方区の1人区のうち、自民(マルハム推薦を含む)が14議席、民主など野党勢が13議席でしたが、この自民が取った14のうち、9つは野党が候補者を調整して一本化していれば勝てたわけで、逆に言えば、そこからの引き算で、自民党が学会票の協力なしに勝てた選挙区は「5」しかなかった、ということです。

 とりわけ、投票日の約1週間前に、世論調査で「自民惨敗」のデータが出たとたん、青木幹雄が秋谷栄之助に土下座をしてまで、「比例は公明」という条件を飲み、自民党の候補者が勝手に後援会名簿を信濃町に流すという事態が続出し、そこからマルハムは従来の自民党支持層を食う形で、確かに昨年秋の衆院選よりは減らしたものの、「個人名」ではなく、「政党名」の投票数が前回01年より60万票もアップし、全体ではこの「年金不信」の逆風のあおりをまともに食ってしかるべき今回の選挙で、862万票、8議席を獲得したことについては、前回の本サイトで私が分析した通りです。

 そこで面白かったのは、平野氏はそうした“危機状態”にある現在の自民党について、精神分析の概念である「confluence」(=融合状態)という用語で説明したところでした。
 この「融合状態」には、「健全な融合」と「不健全な融合」との2種類あって、「健全な融合」とは本人と相手との関係がうまく行って、それぞれの主体性が確立されている状況です。
 で、一方、「不健全な融合」とは、自己の主体性に対して、自己と被自己とが一体化する過程において、病的、神経症的なアイディンティの崩壊に陥るが、自民党の場合、今回の参院選を経て、まさにこの「不健全な融合」を起こし始めている、というのが平野氏の見方です。

 もちろん、永田町生活が長い平野氏は自民党にも太いパイプがあり、そうした自民党筋の情報が入ってきますが、「寄生肉食獣」(=池田大センセイ)に食いちぎられて、まさに「不健全な融合状態」に対して、アイディンティティ・クライシスを引き起こし始めている自民党内で、ぬあんと、平沼、麻生、高村の3人が「これは公明党との関係を見直さないとアカン」と思い始めている、とのことです。
 んで、平野氏と接触した自民党の長老によれば、「このままで小泉と公明の路線で行ったら、若い優秀なヤツらがかわいそうだ。しかし、彼らには度胸がない。若いのを中心に新党を作らないか??」と持ちかけられたそうです(#うーん、この話はなかなか重要やで。自民党内にマルハムアレルギーが充満してきているってのは、楔を打ち込む切れ目が生じてるってことや)。

 で、さらに面白かったのは、平野氏は高知県選出ですので、選挙期間中は高知に戻って活動をしていたのですが、1人区である高知県は民主推薦の新人が広田一が15・9万票で当選、次点が自民公認(公明推薦)の橋本派現職の森下博之が13万票、で、共産党公認の中根佐知が5・2万票、最下位が社民党推薦の無所属・松岡由美子が2・3万票だったのですが、投票日のヨミ(=読売新聞)の出口調査によりますと、公明支持者(=創価学会員)のうち、森下に投票したのが45%で、民主推薦の広田に35%も流れている一方で、なんと社民の松岡に20%も流れていた、というのです。
 もちろん、信濃町のこうした他党への「票回し」は、最終的には池田大センセイの決裁を経て行われるのですが、それでも全部が全部自民に流れなかったことの意味は、まあ、高知は当選した広田一が平野氏の後継者だったことで、そのへん大センセイ的にもこれまでの繋がりがあるということで、少しは回したということは考えられますが、それでも、社民推薦候補に学会員が20%も投票するということは、ちょっと考えられません。

 まあ、この勉強会に出席していたコーメイ党本部専従職員のA氏によれば、「そうした投票依頼でも、ちゃんと聞くのは人事権を握られている地区の支部長までで、それより下はなかなか浸透しないんですよ(笑)」と言っていましたが、もちろん、そういう要因もあるとは思いますが、結局、「イラク派兵」に対して不満を感じている創価学会の末端の“善男善女”の方々が、社民に投票したのではないか、というのが平野氏の見方で、私も同感です。
 さすがに共産党とは日々、ガンガン敵対しているので、学会員は共産党候補にはなかなか投票しませんが、でも、3年前の参院選で、学会員で「白川新党に投票した」と出口調査で答えた人がいて、「おいおい、そんなことしていいのかよ」と驚いた記憶があります(笑)。

 まあ、それはおいときまして、「年金不信」に続いて、この「イラク派兵」は信濃町の内部に動揺を誘うのに格好のネタになるということがわかっただけでも、昨日、5000円もの勉強会の参加費を払った甲斐があるというものです。やはり、「情報はカネなり」です。
 それは例えば、「マルハムのラムズフェルド」こと、冬柴の暴走によって引き金を引く形で、自・公が自衛隊のイラク派兵を決めたとき、確か、創価学会青年部の伊藤吉彦という人が、「反戦平和こそが私たちのレゾン・デートルだったのではないですか。今回の決定はどういうことなんですか」と、公明党本部に抗議文を持っていったりする姿がニュースで報道されていましたが、末端ではこんなふうに「イラク派兵」におかしいと思っている、マトモな感性を持っている人が、まだかなりいるんですね。
 んで、平野氏がさらに「小泉政権が3年続くという人もいるけど、3カ月も持たない」ということを言ってくれので、私も「わが意得たり」と勢いづいて、質疑応答の時間になって、要するに本サイトの冒頭で書いたことを言ってみたのです。

 というのは、いま、まさに自民党内で「マルハムアレルギー」が充満しつつある中、「信濃町と組むことにイエスかノーか」で、自民党内に亀裂を入れ、例えば、今後、サマワで“死者”が出たあたりで「政局」に持っていって(#そこで冬柴が入閣しとると最高やな。ヤツのクビも小泉と一緒に取れるし)、そうした「マルハムアレルギー」の自民党議員を味方につける形で、サクッと不信任案を可決させ、「小泉内閣総辞職、もしくは解散・総選挙」に追い込むことができるのではないか、としたうえで、こう言いました。
 「それには、民主党がもっと信濃町を叩かないと困る。菅直人が代表を辞めてから、民主党はこの選挙戦でも全然、信濃町批判をしなかったではないか。それをちゃんとしていれば、マルハムに流れていた従来の自民党支持の保守層をくい止めて、民主の側に持ってきて、1人区でももっと勝てたハズだ。小沢一郎も本気で政権交代をしたいのなら、ちゃんとハラを括って、アソコと対峙せにゃアカンでしょうが」(実際にはもっとやんわりとした口調でしたが)と平野氏に言いました。

 ただ、平野氏は、会場に旧知のコーメイ党本部専従職員のA氏がいたこともあってか、さすがに私のちょっとキレ気味の発言(笑)に、「そうそう」と頷くわけにもいかず、「いやー、私の身内にも学会員がいましてね」と苦笑しながら、「そういった不信任案提出があるにしても、経済や国際情勢を見て、来年後半以降のことでしょう」とうまくかわされてしまいました。
 ただ、平野氏の発言ですっごくフシギだったのは、「自・公連立」の悪影響について、「不健全な融合状態による主体性の危機を引き起こしている」とまで言っておきながら、やっぱり、私から見ると、信濃町(=池田大センセイ)対して腰が引けている。

 んで、ちょうど会場で資料として配られていた例の「公明党『汚れた裏面史』」のコピーを読み返してみると、確かにタイトルはおどろおどろしいけれども、書いてある中の文章を読むと、どこかやさしさと愛情というか、「別れたオンナに対する未練」というものがありありと出ているのです。
 それは、勉強会の質疑応答の中でも端々に出ていましたが、そこで私が感じたのは、平野氏の「新進党時代へのノスタルジア」でした。
 つまり、平野氏の心中を私なりに敷衍すると、こういうことです。
 「私は小沢さんと一緒に自民党を飛び出して、細川非自民連立政権を作り、新進党まで作ったじゃないですか。そうやって一緒に『自民党をぶっ壊そう』と協力してきたのに、どうしてあなたがたは野中広務と組んで、自・公に走っちゃったんですか」
 まあ、平野氏の年齢的なものもあるのかもしれませんが、やっぱ、「別れても好きな人」というか、大センセイワールドとも直結している“演歌”の世界なんだなあ、と思いました。

 ということは、小沢一郎の心中もこれでようやくわかったような気がします。
 小沢一郎は、表向きには「剛碗」「ラディカルな改革者」「合理主義者」というレッテルが貼られていますが、どうもそれとは違う。やっぱり、かなりウェットな部分がある。んで、たぶん、小沢にも間違いなく新進党時代のノスタルジアがあるので、徹底したマルハム攻撃に出れないでいるのだなあと思いました(#たぶん、大センセイもそのへんを見越して、聖教新聞等で菅直人は叩いても、小沢一郎は叩かないという“良識”を見せてるのかもしれんな)。
 ただ、私に言わせれば、こうした演歌的なウェットな部分こそが、まさに「しがらみ」そのものです。ちょっと小沢一郎を買いかぶりすぎていたなあ、というのが、今回の平野氏の講演を聞いて、私が得た率直な感想でした。

 私はその質疑応答の中で、本サイトでも繰り返し指摘しているように、「今後、流れが変われば、民・公連立はいくらでもある」ということを言いましたが、結局、「民・公連立」を選択するというのは、いみじくも平野氏が指摘する「不健全な融合状態による主体性の喪失」に至ることを意味します。
 そのことについて、平野氏はどう考えているのだろうかと質問しようと思いましたが、なかなかそれを公衆の面前で出すことは、私にもはばかれました(平野さん、初対面だったのに、結構、キツイというか、ストレートな質問をしてしまってゴメンナサイ。人間的には非常に誠実で、思いやりのある人柄であることがわかりましたので、もし、機会がありましたら、また、一杯やりましょう)。

 まあ、1次会ではもちろん私以外にも、いろいろと活発な質疑応答がこの後もたくさんなされました。でも、ここでは到底、書き切れませんので、それはいずれアップされるであろう、宮崎氏のウェブサイトを参照して頂くとして、その後、2次会では新宿れもん屋に場所を移し、平野氏、宮崎氏を囲んでいろいろと雑談しました。
 んで、コーメイ党本部専従職員のA氏とも名刺を交わして、一緒にワイワイとやりました。
 A氏は私の名前は知っていたそうですが、「まさかこんな若い人だとは思いませんでした」とびっくりした様子で、「いろいろと古川さんには誤解や思い込みもありますので、ぜひ、それを解いて下さい」ということを言っておられました(笑)。

 その私の“マインドコントロール”を解いていく中で、「名誉会長はそんな永田町の政治工作には関わっていなくて、基本的に秋谷会長が担当してんですよ。名誉会長はもう年齢も年齢なんで、『あんまり無理なさらずに?』という声が会員から出ていて、去年の“重病”も、あれは単なる高熱なんです。名誉会長はどこに行くにも天皇陛下のように護衛がついて、まさにカゴの鳥状態で、ほんとに気の毒だと思いますよ」と言っていたので、こういう広報室的な“模範回答”があるということも、A氏(および池田大センセイ)に敬意を表して、今回は書いておきます。

 んで、A氏は南元町のコーメイ党本部から、とことこ歩いてJR信濃町駅の陸橋を渡っり、信濃町の学会本部にも顔を出し、秋谷サンとはしょっちゅう面会しているとのことでしたので、私が「じゃあ今日、古川と会ったということは、ぜひ、秋谷サンにはちゃんと報告しておいて下さい」と念を押しておきました(笑)。
 A氏は「古川さんなら、広報室の次長とならいつでも会えますよ」と言ってくれましたが、ワタシ的には政局ネタを持っていない人と会ってもしょうがないので(苦笑)、A氏には「秋谷?古川会談」の実現を頼んでおきました(「まあ、それは無理でしょう」とは言われましたが)。
 なお、秋谷サンと私は早慶仏文科出身同士ですので、きっと、フランス文学談義で一晩が終わってしまうでしょう。でも、大センセイの許可が下りないことには、秋谷サンは私とおおっぴらには会えないので、「カゴの鳥」はホントは大センセイではなくて、秋谷サンの方なんですけどね。

http://toshiaki.exblog.jp/d2004-08-01
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