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環境と健康の時代に急成長する有機食品市場
ブライアン・ハルウェイル(Brian Halweil)
農薬や化学肥料に依存した農業は生態系や人々の健康を犠牲にするとの認識が高まるにつれ、有機食品市場が急発展している。それにつれて小規模有機農家は、シンプルな暮らしと地域経済を軸につくり上げてきた「有機」が、まったく違った生産形態になっていくのを見つめている。
40年前、ジョン・ハバラーンがペンシルバニア州クッツタウンにある有機農業の研究組織ローデール研究所に加わったころ、地元農業大学の教授たちは、彼や他の有機農業の先駆者たちを「堆肥の山の反体制指導者」とみなして追い払った。時代は変わった。10年前には返事の電話もくれなかった教授や長老たちが、いまでは多額の助成金を共同で申請しないかとローデールに接触してくる。またエジプト、エチオピアを含む多数の国の農業関係省庁が、国家規模の有機農業プログラム開発の話を、ローデールに持ち込んでいる。「有機農業にとってはいい時代だ」と、現在ローデールの所長を務めるハバラーンは最近の電話で語った。
健康によく環境に優しい食物に対する消費者の需要は、かつてなく大きい。その需要に刺激されて有機食品は、従来の食品市場のなかに確固たる牙城を築いた。とくにヨーロッパでは、有機食品が市場売り上げの3〜5%を占めている。今日の大半の食料生産方法に嫌気がさしている人々の関心が、この強気の市場を支えている―狂牛病を心配するイギリスの母親たち;遺伝子組み換え作物(GMO)を材料として使っている食品を口にしているのではないかと気をもむフランスの家族;子どもが学校の給食で何を食べているのかと、不安を募らせるカリフォルニアの親たち;料理に多様性と新鮮さと風味を求める前衛的なシェフ;自宅のまわりの畑に、値段が高くて有害な農薬をまくのが嫌になった各地の農民;農業と自然環境の目標を両立させようとする自然保護論者;エジプト最大の茶葉メーカーであるセケム(SEKEM)のように、本格的にお茶を飲む国の製品に高級な材料を求める食品会社などである。
有機市場が成長して、現代農業の様子が変わってきている。かつて農薬や化学肥料がまかれ下水汚泥にまみれていたり、遺伝子組み替え種子を植えられていた数百万ヘクタールの土地で、生産量を増やすために生態学的な相互作用を利用した耕作が行われている。たとえば農民は輪作をしたり、堆肥をつくって栄養分を土に返したり、益虫を引き寄せて害虫の大発生や病気を減らしている。だが拡大する需要に見合うように有機食品の生産を拡大するにつれ、「有機」の世界に亀裂が生じている。小規模な有機農家、加工業者、小売業者―今日流の工場生産のようないわゆる近代農法に代わりうる「オルターナティヴ農業」の原動力たる人々―は、巨大農場が有機の認定を受けたり、多国籍食品コングロマリットが急いで有機ブランドを発表するのを、じっと見つめている。有機市場が急拡大を続けるなか、「有機」が真に意味するところを再検討する農民や消費者も現れ始めた。
強気の市場
有機農産物の世界市場は250億ドル規模になり、有機作物を栽培している農地面積の合計は約1150万ヘクタールになった―キューバとほぼ同面積である。それでも世界の耕作面積の1%に満たないが、成長の勢いは従来作物の耕作面積のそれを上回っている。データが存在するすべての国で、農民は毎年、有機農業にあてる面積を前年比10〜40%の割合で増やしている。また最近の国連の調査では、すべての国で、商業用の有機食品の生産が行われていることが分かった。
世界的に西ヨーロッパを中心に有機農業が急増しており、この地域では有機農業実施面積が、1985年から35倍に膨れ上がった―毎年、およそ30%の増加だった。欧州連合では現在、有機農業実施面積は全農地のおよそ3%になっている。スウェーデン、デンマーク、フィンランド、イタリア、スイスでは5〜10%である。オーストリアでは10%に達しており、州によっては50%にもなっている。ヨーロッパ人は毎年、有機農産物に約100億ドルを使っている。
よりよい食料システムをつくる
アメリカの有機認定野菜の2つの販売元について考えてみよう。1つはナチュラル・セレクション社で、アメリカ西部で約6070ヘクタールの土地を使用している。もう1つはリズ・ヘンダーソンの農場(ナチュラル・セレクション社の千分の一の広さ)で、ニューヨーク州北部にあり、農場内にはバッファローの小さな群れもいる。
ナチュラル・セレクション社は農場というより実際には食料売買会社で、カリフォルニア州、アリゾナ州、メキシコ北西部のいたるところから野菜を購入している。同社の専門はサラダ用青物野菜と野菜、果物で、どれにも有機と有機でないものがある。このうち有機農産物は、「アースバウンド・ファーム」という有名な商標をつけて売られている。ナチュラル・セレクション社は、カリフォルニアとアリゾナにある自社の洗浄・加工・包装梱包施設を管理している―これは、従来のアグリビジネスに典型的な垂直的統合の一種である。同社のために農産物を作っている農場のなかには、200ヘクタール強もの広さのところもあり、それらの農場では機械化が進み、規格化された生産を行っている。また季節労働者を雇っているところもある。ナチュラル・セレクション社は、他の有機食品供給業者とも契約しており、年間を通じて世界各地のスーパーマーケットの買い物客に、あらゆる生産物を提供できるようにしている。
対照的なのはヘンダーソン のところで、彼女は2人のビジネス・パートナーとピースワーク・オーガニック・ファームを経営している。収穫期には、1人か2人の地元の農場労働者を雇う。この農場の生産物はすべて、地域社会支援農業(CSA=community supported agriculture)会を通じて周辺地域に供給される。この会は、会員が季節ごとの農産物に相当する金額を前払いまたは分割払いで支払うものである。CSAの会費はスライド制で、払えない人には給付制度もある。全会員は、ヘンダーソンが「240家族のための大規模な家庭菜園」と呼ぶ農場の中あるいは外で、なんらかの形でCSAを手伝っている。ピースワークは肥料をまったく使わない(有機基準が認めている量でさえ使わない)。一方、ナチュラル・セレクション社の農場のなかには、堆肥化した畜産廃棄物や他の認められている肥料を、しばしば大量にトラックで運び込むところがある。
「小規模生産者の大半は、有機栽培は本来、小規模でこそうまくいくと言うだろう。土の状態の微妙な変化や病害虫の異常発生などに、十分に目が届くからだ」と、ロリ・アン・スラップは述べている。彼女はアメリカ環境保護局のエコロジストであり、アメリカ国内の大小の有機ワイン農場、有機野菜農場、有機果樹園を調査した。「おそらく有機基準は、さまざまな規模に対応できるだろう」。小規模農場では生態系の変化を細かく管理することが可能だが、それとは対照的に大規模農業では、農場を区画に分けて季節ごとにさまざまな作物を輪作したり、専門とする作物が異なる農民に1年ごとに土地を使わせることも可能だとスラップは説明する。
最終的に、2つの補完的な有機農産物市場が発達するだろう。産業化した有機農業の流れは、大手のスーパーマーケットや食品製造業者に生産物を供給する。そして地元の地域的な有機生産の流れは、消費者との強い関係を維持するのである。有機農業運動国際連盟(IFOAM= the International Federation of Organic Agriculture Movements)の会長であるバーンワード・ガイヤーは、有機生産には異なったタイプがあることから、有機基準に持続可能性に関する重要な問題をさらに取り入れていくべきだと考えている。地域の食料システム、食料の安全保障、農場労働者の権利、資源の有効活用―これらは「有機を超えた」問題と呼べるかもしれない。ヘンダーソンの農場は、生態学的、社会的、倫理的、さらには精神的な数多くの特性を包含する有機農業の形そのものである。精神的な特性は、有機基準によって明確に規制されるものではない。「持続可能な食料システムにとって有機農産物は必要だが、それだけでは十分でない」というのが、有機農業研究財団のリプソンの考えである。
「隣人とのつきあい方や地域社会への関わり方、あるいは土壌を良好に保つための気遣いなどに関する基準を策定することはできない」と、ミズーリ大学のジョン・アイカードは語っている。それでもアイカードは、有機農業運動の創始者たちの胸の内には、明らかにこれらの無形のものがあったはずだと考えている。彼は1943年に発行されたアルバート・ハワード卿の著書『農業聖典(An Agricultural Testament)』を例に挙げる。同書でハワードは、私たちが「利益追求欲より、先祖伝来の肥沃な土地を損なわずに次世代に引き渡すという神聖な任務を優先する」ようになるのに、有機農業が役立つかもしれないと期待している。「有機であることは食料の物質的特徴であると同時に、人生哲学だ」と考える消費者が増えているが、それらの消費者にとって有機農業のこうした特質はとても重要だとアイカードは確信している。
土壌協会のメジアニは、改善の余地があるとも考えている。「現在、有機農業を実践している農場のなかで、生態系の機能システムを理想的に生かしているのは、ほんの一部でしかない」。メジアニが示唆するのは、生物動力学[注:活発な生命現象を扱う学問]的農業などの高度な有機農業である。大規模な堆肥づくり、作付時期の念入りな調整、耕作地の生物相の調節をすれば、作物や家畜はほとんど病気にかからなくなる。「実践や調査によって、有機農法はさらに磨かれていくだろう。そうして学んだことが、基準に反映されるべきである」と、メジアニは述べている。
改善が成功するかどうかは有機基準の柔軟性しだいだが、誰が基準を管理するかによっても左右される。最低限の守るべき有機基準は、ことに農家から直接食料を買うのではなくて、店の商品棚に並ぶ食品を買う人々の信頼を裏切らないために重要である。だが上限を定めるような基準は、改善意欲を失わせ、中小規模の農家が大手の有機生産チェーンとの違いを出すための手段をも損なうだろう。たとえばアメリカで近ごろ発表された有機基準は、農民と個人の品質保証者がさらに高い基準を保証することを認めていない。おそらくこの条項は、今後数年のうちに法的な争いを巻き起こすだろう。さらに基準の管理を、有機の哲学を熱愛し、経費削減のみに目を向けない人々の手にゆだねることがきわめて重要である。
有機農産物市場の急速な拡大は、農民と消費者と食料システム全般が発展する第一歩かもしれない。有機農業の実践を決意した農民たちは、農場のエネルギー使用や、水使用の効率改善について改めて考えるだろう。農家の野菜直売所、地域の協同組合、さらにはスーパーマーケット・チェーンまでを含む食料販売者は、自分たちが販売する食品についていっそう詳細な情報を表示するようになるかもしれないし、独自の買い付け基準まで策定してしまうかもしれない。有機農産物を買おうとする消費者にとっては、地元の農家をひいきにして旬のものを買うようになる小さな一歩かもしれない―そのことが、有機食品の最適価格を保証する方法でもある。
有機農業の発展に中心的役割を果たすのは、消費者である。現在の有機農業の急拡大は、消費者がどれだけの力を発揮するかを暗示している―ごく普通の人々がどのように市場に別の選択肢を求め、経済活動における画期的変化を起こすのかということだ。有機農業の急拡大はまた、食品の素性を知りたいと思う人が増えていることも示している。「栽培地はどこか。誰の畑か。どのような作物と輪作しているか。その土地に化学肥料は使われたのか。家畜にホルモン注射をしたのか。農場でどのような労働力が使われたのか。生産者は適正な収益を得たのか」―このような細部についての関心はますます高まっており、いずれ食料システムの変化を押し進める大きな力となるだろう。
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