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テリさんの『命』 かたずのむ国民
全米の論議呼ぶ尊厳死訴訟
ある女性の尊厳死をめぐり、米国が揺れている。十五年間にわたり植物状態とされてきたフロリダ州の主婦テリ・シャイボさん(41)を人工的に延命させるか否かでテリさんの両親と夫が対立し裁判ざたに。米国のお茶の間の話題を独占し、米議会やブッシュ米大統領まで介入する、その背景とは。 (ワシントン・松川貴、ニューヨーク・石川保典)
■家族の問題に大統領まで動きだし
母親に上半身を起こされ、うれしそうな笑みを浮かべるテリさん−。
テレビで繰り返し流される二〇〇一年八月の映像が、全米が注視する大きな要因だ。昏睡(こんすい)状態ではなく、意識があるのではという疑問がフロリダ州裁判所の「植物状態」との判断に投げかけられている。
テリさんは一九九〇年二月、過激なダイエットによる摂食障害により自宅で倒れ、心拍一時停止で脳を損傷。植物状態との診断に基づき夫は九八年、尊厳死を申し立てた。しかし、テリさんは両親の呼び掛けに顔を動かしたり、話そうとするしぐさを見せたという。
■意志の有無と植物状態争点
テリさんをめぐる裁判は▽本人の尊厳死の意志の有無▽回復の見込みのない植物状態か−の二つが主な争点になってきた。
米国では、尊厳死の問題は、基本的に各州の法律に委ねられ、オレゴン州だけが唯一、末期患者が致死薬の処方を受けることを合法化している。
フロリダ州では二人の証人があればリビングウイル(尊厳死を希望する書面)の合法性が認められる。テリさん本人の書面はなかったが、「妻は人工的に生きていたくないと話していた」という夫や夫の兄弟の記憶による証言を基に口述による宣誓があったと裁判所は認定した。
しかし、両親は「カトリックの娘は宗教の教えに背くような尊厳死は望まないはずだし、家族や友人の誰にも意志を示したことはなかった。夫の証言は、娘の医療過誤訴訟で補償金百万ドル(約一億六百万円)を受け取れることが決まった後だ」と主張。夫がすでに他の女性と暮らしていることから、遺産目当てだと批判してきた。
〇一年にフロリダ州裁判所が夫の申し立てを認め一度、チューブが外されるが、別の裁判官の判断で二日後に再接続された。
〇二年の裁判では、五人の医師が医療記録やビデオなどを基に診断し、うち三人が「大脳皮質はほとんど破壊されて植物状態だ」と証言。残る二人は「回復の可能性がある」と主張して見解が分かれたが、裁判所は植物状態と判断した。両親は今も回復の可能性があり、裁判所に病院へ移して治療できるよう訴え続けるが、テリさんは思考や会話、刺激に対する反応もできず、感情移入のし過ぎを指摘する医師もいる。
テリさんが入院しているフロリダ州のホスピス前。夫の申し立てを認めた同州裁判所の決定で“命綱”である栄養補給チューブが今月十八日に外されて以来、キリスト教右派が“闘争”を喚起したため、全米から駆け付けてきた反対者であふれる。「神が与えた命をあきらめないで」などのプラカードを掲げ、聖母マリアの絵を置いてろうそくをともし祈る。尊厳死の支持者は、「無神論者」とののしられるありさまだ。
一家族の問題に、政治が介入する異例の事態も招いている。二度目にチューブが取り外された〇三年十月、州議会は知事に介入権限を与える法律をつくり、ブッシュ大統領の弟のフロリダ州知事が再装着を命じたが、州最高裁は昨年九月、この法律を違憲と判断した。
しかし、フロリダ州知事は今月二十三日の記者会見で神経科医師の話として、「テリさんはかすかながら意識がある」と述べ、誤診の可能性にまでも言及した。
■キリスト教右派が格好の題材に
テリさんのチューブが三回目に外されることになった今月十八日、首都ワシントン市内のホテルで、キリスト教右派組織ファミリー・リサーチ評議会の会合が開かれた。
「今、アメリカでは保守化の動きに対する攻撃が強まっている。神はこうした策動をより一層、目に見えるようにするため、私たちにテリ・シャイボを遣わしたのだ」
この発言は、CNNが独自に入手したとして、放送した録音テープの一部だ。話し手は、米議会下院の実力者トム・ディレイ共和党院内総務。栄養補給チューブを外すという行為は、キリスト教右派に対する明らかな攻撃であり、テリを守ることが神から与えられた使命というのだ。
この問題を連邦議会に持ち込んだのが弁護士のケン・オコナー氏。先述のファミリー・リサーチ評議会の元代表だ。ニューヨーク・タイムズ紙によれば、同氏の主張は「(州裁で)有罪判決を受けた殺人者が連邦裁判所に訴えるチャンスがある。どうして同じことが障害者には認められないのか」。
これに理解を示したのが、ディレイ議員であり、上院の実力者ビル・フリスト共和党院内総務だ。フリスト議員は有名な心臓外科医で、将来の大統領候補と目される。
フリスト議員は法廷供述書とテレビで流されるテリさんの映像から、「明確な診断もなく、チューブが外されようとしている」と医学面からの司法判断に疑問を呈した。一部の民主党議員も同調。下院に先立って、上院では全会一致の同意で採決なく採択された。
ディレイ議員は、チューブの再装着を可能にする特別立法の立役者だ。
二十一日午前零時すぎの下院議事堂。イースター休暇を中断して直ちにワシントンに戻れ、とのディレイ議員らの指示で共和党議員が集まってきた。
■まるで開戦前、異様な雰囲気
その時は、まるで開戦か否かを決めるような静まりかえった異様な雰囲気だったという。議員の一人は「十三年ここにいるが、こんな雰囲気は初めてだ」と、ニューヨーク・タイムズ紙に語った。
採決の結果、賛成二〇三、反対五八。民主党の一部も賛成に回り、チューブ再装着の是非の判断を連邦裁判所に求めることができる−という法律が通過した。ブッシュ大統領は急きょ、テキサス州の自宅からホワイトハウスに戻り、直ちに署名。州裁判所の判断に連邦議会が疑義を挟み、一家族の問題に介入するという米憲政史上例のない法律が発効した。
テリさんへのチューブの再装着を求める両親の訴えを退けた今月二十三日の連邦控訴審で、裁判官は「私たちにも愛する家族がいる。テリさんの悲劇を否定するつもりは全くないが、われわれは法的に客観的な決定をしなければならない」と述べた。
両親は、さらに連邦最高裁に上訴したが、司法的にはこれが最後の判断。その一方、テリさんはチューブを外されたまま生存し一週間が経過した。ことの成り行きを全米の国民はかたずをのんで見守っている。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050325/mng_____tokuho__000.shtml