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青い芝の会と、反・優生思想…ゆえに「愛と正義を否定する」…健康の欺瞞性
http://www.asyura2.com/0406/health9/msg/349.html
投稿者 手ポリオ 日時 2004 年 11 月 20 日 11:14:28:HcDLIonJaW4jM
 

―――なお、これは、下記の「Ψ空耳の丘」のサイトへの投稿の続きです。(こちらの「不安と不健康」のサイトへ移しましたのは、この一番下に載せた参考図書のような理由からです。)
▼「青い芝の会」1970年代・障害者解放運動のビデオと、反戦運動と、「ゆきゆきて、神軍」
http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/501.html
▼青い芝の会「茨城青い芝・里内龍史会長『私の障害者運動史』」1999&「戦争と障害者運動について」平島武文2004
http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/990.html
▼健全者幻想〜「未完の〈障害者文化〉─横塚晃一の思想と身体」より/&【大お詫び】

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―――1960年代後半から70年代にかけて、先進資本主義諸国の社会運動は一様にある変化を経験した。それまでの、等質な「階級」を前提した一元的運動のなかでは、副次的でマージナルな位置しか与えられてこなかった人びと──女性、エスニック・マイノリティ、下層労働者、学生などによる新しい運動の台頭である。フェリックス・ガタリは、この微細な諸領域における対抗運動の同時多発的展開を「分子革命」とよんだが、障害者の運動もまたその連鎖のうちにあった。!!!・・・ここには、障害者の身体を、否定的なものとしてではなく、それ自体肯定されるべき存在として捉えなおそうとする視点の転換がみられる。!!!!!!―――
http://www.arsvi.com/1990/971200kt.htm
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
質疑応答

B)いいたいことは、たったひとこと。
あなた自身が障害者を生むか生まないかと言うことです。

C)結局、現状では、中絶は障害者を生まないということのためにある。
自己決定で自由に判断できるようになるためには、出生前診断によって障害児が
生まれてくることが分かったときに、現状では中絶を促す様にしか向いていない。
出生前診断の前提となる自由な自己決定がなされるためには、障害の治療というこ
とと、障害者が生まれてきたときに、安心して育てられるような環境を整えること
が必須条件になる。参考文献:「ルポルタージュ出生前診断」坂井律子著、NHK
出版)また、このことを考えていくとどうしてもジェンダーの問題になる。

D)もういちどいっていただけないでしょうか。
E)女性が本当の意味で自己決定をできるためには、
障害のある赤ちゃんをおなかの中で治療できること、障害児を生んでも安心して育
てられる社会にならなければならない。

『優生学と人間社会』
障害学研究会関西部会報告 2000年9月2日より。
http://www.arsvi.com/0b/000720.htm

国会・優生保護法改訂案(1972〜4年)→青い芝の会・優生保護法改定反対運動

*胎児条項批判
 優生保護法では親となる人の身体的状況を判断基準として、不妊手術や中絶を認める
というかたちになっていた。よって「発生予防」を目的に出生前診断をしても、障害が
発見された胎児の中絶を合法化することができないという理由で、胎児条項導入を求め
る声があがっていた。
 それを障害者抹殺の動きであるとして主張し、改訂案への反対運動を展開したのが、
青い芝の会であった。
・1970年、横浜市での重症児殺害事件、殺害した母親への減刑反対運動
・障害児を「不幸な子ども」への同情という美名のもとに排除しようとする「健全者の
エゴ」を「内なる優生思想」と呼んで、その批判の矛先を、産む・産まないの自由を唱
えて中絶の既得権を守ろうとする女性解放運動にも向けていった。
 中絶の自由をめぐって青い芝の会と対立しながらも、女性解放運動の多くは優生思想
批判を共有化し、胎児条項を削除させるために障害者との共闘を開始した。

 優生保護法改訂問題は「優生」という概念の差別性が認識される大きな契機となった
。しかしこの時点ではまだ「優生」という言葉がタブー視されるには至っていなかった
。新聞報道では、胎児条項が削除された事実やその意味についてはまったく言及されて
おらず、マスコミの関心は「経済的理由」削除の是非にあった。

*「優生」という概念
 1974年発行の人口問題審議会編の人口白書において、医学的な人口資質向上対策を
「優生」と呼ぶことにためらいがない。
 一方1974年日本学術会議に提出された「人類遺伝学将来計画」では、「優生」という
表現は慎重に回避されていた。背景には60年代末からのアメリカやイギリスを中心とし
たIQや性差、攻撃性に関する遺伝決定論への激しい批判、遺伝決定論がナチスの非人
道的行為の延長線上に位置づけられるようになってきたことがある。
 しかし「優生」という表現は回避しても、概念自体は否定されることはなかった。優
生保護法についても、「遺伝性疾患の予防に関するわが国唯一の法律」と形容されてい
た。
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■全国青い芝の会・優生保護法反対運動の詳細な年譜 1970年代〜80年代 http://www.arsvi.com/0d/ask.htm  
■青い芝の会・神奈川県連合会・優生保護法反対運動、及び、
障害児殺しの親への減刑嘆願運動に対する抗議活動の詳細な年譜 http://www.arsvi.com/0d/askk.htm
・・・一部抜粋・・・
70.05.29 横浜市金沢区で2人の障害児の母親、下の子(2歳の脳性マヒの女児)をエプロンで絞殺。
     地元を中心に減刑嘆願運動起きる
  07.10 青い芝の会は母親の障害児殺しに厳正裁判要求、裁判所などに意見書提出
  09.12 検察庁に対する意見具申,街頭宣伝活動を展開
71.06.07 母親起訴
  09.07 第1回公判
  10.08 判決 懲役2年,執行猶予3年
72.05.26 政府 優生保護法改定案提出(経済的理由の中絶禁止)
  10.10 東京都北区で76歳の父親が37歳の脳性マヒの息子を絞殺
73.03   優生保護法反対署名運動  
  02   兵庫県「不幸な子どもを産まない運動」に青い芝の会が抗議
     「不幸な子」とは何か。障害児は「不幸な子」なのか。
  05.11 優生保護法改訂案、国会上程、国会提出
  05.12 厚生大臣にあてた抗議文を提出 05.14 署名を持参 国会請願,厚生省,各党に抗議行動
74.03.22 厚生省交渉100名
  05.16,22,23 国会に全国動員
  05.24 優生保護法改正案、審議未了廃案!!!
75.06.10 神奈川県知事に要請書・胎児チェック中止に本格的にとりくみ始める
76.01   ☆障害児殺しに対する運動 初めて本格的な対県交渉を開始
76.09.14 横浜市野毛山公園の焼却炉に女児を母親 (池田茂子) が遺棄
     起訴 殺人未遂ではなく保護者遺棄として
77. 6.14 嶋村八重子(41) 父親 (実造 72)が殺害 横浜市 新聞報道
78.02.09 出口勤を母親カヨが殺害,自殺『あゆみ』42:19-30 (新聞報道)
・・・など、あとを絶たない。そして・・・
99.09.17 石原慎太郎・東京都知事 府中療育センター視察後、重度障害者者の人格否定の発言
     「ああいう人ってのは人格あるのかね」
     「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」
     http://comcom.jca.apc.org/gounotori/

―――!!!!!生きるに値しない命、実の親に殺されてもかまわない命!!!!!―――
「青い芝の会」の五項目の綱領と共に、もう一つのキャッチ・フレーズが、こうしてできた。「親は敵と思え!」
しかし、本来、政府が責任を果たしていないから、親と子が、こういうことになるのだ。それと、日常生活の中の生活保守意識、支配されたがる人々。我々障害者はもっと、どんどん、いばりまくり、ありのままをさらけ出して生きざまを示し、たとえ、ウンコたれながしであろうとも、堂々と、生き抜いていかねばならないのだ。反戦運動は、根っ子のところで、必ず、こういうことに結びついているはずで、それは、究極的には、優生思想との対決である。
そこをわかっていないから、いわゆる、「いい人」が、安易な日常性の常識の程度の、うわべのきれいごとの平和になり、すべてを考えなくさせて、隠蔽するのを加担しているのにさえも、気がつかないのである。そういうことに私は心底、怒っているのだ。【手ポリオ】

■関連書籍
『炎群──障害者殺しの思想』横田弘(当時・青い芝会長代行→会長)著 しののめ発行所,しののめ叢書13,1974/01/15 
http://www.arsvi.com/0w/ykthrs.htm 
『母よ!殺すな』横塚晃一(当時・青い芝会長)著 すずさわ書店 1975/02/25
http://www.arsvi.com/0w/yktkkuic.htm
『あし舟の声──胎児チェックに反対する「青い芝」神奈川県連合会の斗い』横田弘・著
 「青い芝」神奈川県連合会叢書No.2 1976/10/13 
『障害者殺しの思想』(「炎群」の新版)横田弘著 JCA出版 1979/01/20 
〜「経済的に恵まれない我々に向って、集めた金で旅行することが悪いというならば生活保護や年金で結婚し子供をつくるなどということは大変いけないことであり、成人して三十や四十になってもなお親に食わせてもらうのもいけないことになる。生活保護費は税金として強制的に国民から取り上げたものの一部であり、親の働きは本人の働きではないのである。そういうならば我々働けない者は生きていること自体贅沢だということになる。「なにもそこまで言ってやしない」と言うだろう。が、そのそこまでという言葉の中に残忍なまでの差別意識がひそんでいるのに気がつかないのだろうか。もう少し説明するならば「お前達は情けを以て生かすだけは生かしてやるが、基本的人権がどうの、勉強がしたいの、趣味を広めたいの、旅行に生きたいのなどと言ってはいかんぞ」ということ、……。」(横塚晃一「募金活動をふりかえって」『あゆみ』九号、一九七〇年六月) http://www.arsvi.com/0w/yktkkuic.htm
【手ポリオ】・・・ましてや、反戦運動や反政府運動など・・・。ヒッヒッヒッヒヒヒヒ〜ヒ〜ヒ〜〜〜〜・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■「DPI札幌大会に参加して」宮永久人(枚方市職員組合)障労連(註:自治労・障害労働者連絡会)
―――2002年10月第6回DPI(障害者インターナショナル)世界会議札幌大会
http://homepage3.nifty.com/loyola/DPI-2002-Sapporo.htm

報告の中では、ADA(アメリカ人障害者法)が結果として遺伝子診断にもとづき、現在障害を持っていない人でも将来障害が発現する可能性のある人を割り出し、差別することにつながっていること、従ってADAに遺伝子に関する条項を盛り込む方向で改正が求められていること、障害者たちですらも自分たちから障害児が産まれてきたときに、医者を相手に訴訟を起こした例、「青い芝の会」の女性障害者からの不妊手術を受けさせられたこと、精神障害者の生活実態が報告された。・・・
そしてもう一人のポリオの女性障害者は女性運動にも関わってきたという視点から、さらに突っ込んで、次のように述べた。
「旧優生保護法によって女性たちは国家から障害のない子どもを産むことを強要させられてきた。その結果、女性運動と障害者運動とは対立させられてきた。今日、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)ということが言われているが、その中には子どもを選別する権利は含まれていないと私は考える。障害児であっても産み、育てやすい環境こそ整備されるべきである。その上で女性は自分の身体に責任を持つべきである。障害児の中絶こそがリプロダクティブ・ライツの侵害である。今日中絶が女性の基本的な権利であるかのように言われる向きがあり、今日のように優生学がレッセ・フェール(自由放任)となり、障害児は産まないのが当たり前、という考え方が広まって障害胎児の中絶が当たり前になり、女性も障害者排除に加担するようになってしまったのは、同じ女性として腹立たしい。しかしその上でもなお中絶をしてしまった女性を法律で罰するべきではない。国家が管理する問題ではない。障害者の解放のためにこそ女性の解放が必要であり、女性の解放のためにこそ障害者の解放が必要なのである。」
覚醒的な意見であり、私も共感した。★★★かつて第2次世界大戦において「優生学者たち」が、戦争は健常者を殺し、障害者を増やすから逆淘汰につながるとして反対したことを指摘し、我々障害者が戦争に反対するときには障害者を増やすという観点からではなく、人間の命そのものを奪い、その尊厳を貶め、障害者のQOL(生活の質)を下げるという観点から反対するべきであると主張したが、ほかの分科会でも戦争をめぐっては議論があったようである。
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■文献紹介
『優生学と人間社会―生命科学の世紀はどこへ向かうのか―』
 米本昌平・松原洋子・市野川容孝ほか著 講談社現代新書2000/7 ¥777 (税込)現在、在庫切れです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061495119/qid%3D1100854373/249-7647952-3686754

「モリモト・フリー・スタイル・マガジン」2001/1/8 http://pine.zero.ad.jp/mfs/magazine/mfs16.htm 
優生という言葉からは、民族浄化や戦争という政策を打ち出したナチズム(ファシズム)が連想される。しかし、あえて批判を恐れずに言えば、それだけの理解では歴史を歪曲させかねない。
世界で最初に制定された断種法はカリフォルニア州であるし、ナチスとは無関係に思われた北欧諸国ですでに1930年代、知的「障害者」や遊牧民族などに対して強制的な不妊手術が行なわれていた。また、ご存じのようにナチスは福祉国家ワイマール共和国から勃興したものだ。
優生思想と戦争を同列で語るのは正しくない。
むしろ敗戦後の政策として頭をもたげてくる。このことは日本でも国民優生法よりも、戦後の優生保護法の時代により説得力をもって、20世紀の最終盤までこの悪法を存続させていたことからも納得いただけるだろう。
レッセ・フェール優生学(名称はお茶の水女子大学教員、松原洋子氏による)がはびころうとしている。そこに「生きるに値しない生命(das lebensunwerte Leben)」という思想が入り込めば、人類は100年前と同じことを、戦争状態とは無関係に行なってしまうだろう。これらの技術は、不妊手術の国家による押しつけというある意味わかりやすい構図から、先端医療の自己選択という、責任の見えにくい形での優生思想を引き起こす可能性を秘めている。21世紀の科学が宇宙というフロンティアを求めて、人類に幸せをもたらすのか、無節制な遺伝子操作の末人類が滅亡するのか、また乱開発や環境汚染によって地球上の生命すべてが完全消滅するのかはわからない。しかし、私たちひとりひとりが科学と社会に関して無関心でいられる「幸せ」な時代は、すでに終わっている。

http://www.moriyama.com/2000/sciencebook.00.8.htm#sci.00.8.03
米本昌平による最終章のコメント:「その危険とは、IQの遺伝子や、犯罪傾向の遺伝因子や、反社会的あるいは暴力的な遺伝子などという、生物学のレベルとは対応関係のない、その意味でありもしない遺伝因子を想定したり、人間の社会的行動を説明づけようとする生物学概念へ人間解釈を還元してしまったりすることである。それは人間解釈の浅薄さ以外の何ものでもなく、このような言説に対しては感度を鋭くして、ていねいに批判し続けていかなくてはならない」(pp.269-270)

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/40ca0e60792da010174d?aid=<$aid>&bibid=01908507&volno=0000&revid=0000008002
また、悲劇性を感じるのは、福祉政策の充実によって、福祉コストが増大する恐れが出ると、そのコスト削減のために障害者の発生を抑制するための方策としての優生政策に大きく追い風が吹くという事象が繰り返されてきた点である。つまり、本書の眼目は、「善意」に発する優生政策というものが存在するという、悲しい指摘なのである。

http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/40ca0e60792da010174d?aid=<$aid>&bibid=01908507&volno=0000&revid=0000004003
 ナチズムによる優生政策の影に隠されてきたが、各国の優生政策の道筋は様々で、その中でも優生思想と福祉政策は強い親近感があったという指摘がある。医療や福祉は、庇護と同情というパターナリズムに陥りやすい構造を持っているのかもしれない。
 そして現代、国家のものであった優生学は、医療技術の発達によって個人の自己決定に根ざしたものに変わりつつある。生殖の自己決定ー出生前診断、選択的中絶ーの結果、特定の疾患を持った子供の出生が減るという事例が実際にある。
 ワイマールからナチズムへの連続性、北欧の福祉国家での優生政策実施過程など、本書を通読すれば、どのような思想から優生思想がうまれいづるのか、だんだん分かってくる。優生思想は、独裁政治や全体主義、あるいは人種差別主義的な考え方から生まれてくるのではない。むしろ往々にして「人道主義」や「社会福祉」の考え方から生まれ出るのである。優生学が「悪」とされるようになったのは一九七〇年以降に過ぎない。さらに「本人同意」が優生政策を広めることもある。またフランスのように、国家が優生政策を推進しなくても、独自の優生学が生まれるという過程は、今後を考える上で、もっと考察する必要がありそうだ。
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■「レッセフェール」と「スティグマ」 
http://www.rikkyo.ne.jp/univ/ssakata/paper/titmuss/chap03.htm
坂田周一 立教大学コミュニティ福祉学部教授 同学部長、大学院コミュニティ福祉学研究科委員長
「福祉政策入門」リチャード・モーリス・ティトマス著より。

3.レッセフェールとスティグマ Laissez - Faire and Stigma
▼「レッセ‐フェール」(自由放任)
意味は,「人々の自由にまかせる」ということになります。
アダム・スミスが,『諸国民の富(1776)』の中で,政府の諸手段によって財貨の生産・流通を統制するよりも自由にまかせた方が,国の繁栄がもたらされる可能性が大きいと述べた。
▼「スティグマ」付与=レッテル貼り
もともと、奴隷や犯罪人の身体に焼き付けた印の意味。

公的サービスを利用する人々は、自分が敗残者であると告白したことになるのです。とりわけ、福祉援助、つまり、公的扶助を申し出る人々は、「辱められた」と感ずるものだといわれます。そして、そう感じる(そして、そう考えるように社会化されている)がために、福祉を受けている他の人たちは(自分とは違って)、「ペテン師、詐欺師、福祉で喰っている乞食、制度の悪用人」だと信じざるをえなくなる(あるいは、そういった議論が広がっている)のです。そして、理論的には、それが螺旋状に広がっていくのです。福祉制度(ないし、公的サービス一般)にスティグマが付与されているといわれたり信じられるほどに、この制度に携わるものは、スティグマを与えているのは自分たちだと考えるようになるのです。福祉の申請者とスタッフ両方の態度が、互いに互いを増強しあっており、恐怖(あるいは、恐れを抱いてもらいたいと他人が考えているもの)を自分たちで作り出しているのです。アメリカの中間階級(その中には、多くの学者が含まれますが)にとっては、自分たちの価値観を守り続けるためのスケープゴートが必要ですし、福祉制度こそは、おあつらえむきのスケープゴートなのです。このことは、アメリカほどではないにしても、英国の補足給付委員会や社会サービス部にもある程度当てはまる真実であります。
あらゆる資料が示すところでは、公的扶助受給者となることがどんなものかは、コペンハーゲンやオスロやアムステルダムやストックホルムでは非常に違っています。「公的サービスは、スティグマを与える傾向がヨリ大きい」<14>という話は、必ずしも、真実ではありません。なにヨリ大きいというのでしょうか。私企業ヨリも、でしょうか。私的市場ヨリも、でしょうか。それは明らかにされておりません。
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■南英世の政治・経済学講義ノート
大阪府立岸和田高等学校 教諭
金沢大学法文学部経済学科卒業,直ちに同助手となる。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~hmminami/note-kenryoku.htm
政治学の第一歩は、「国家権力」が非常に恐い存在であることを認識することである。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~hmminami/note-rekishi.htm
アダム・スミスの「小さな政府」論
 スミスによれば、政府は道路や橋、警察、消防、国防など、最低限のことさえやっておればよいという(=夜警国家)。あとはすべて市場が解決してくれる。もし市場でうまくいかないことがあれば、政府が市場に余計な干渉をしているからであり、自由放任(レッセ・フェール)こそが最良の政策だとスミスは主張したのだ。人々は、政府の干渉から解放されて、安心て生産活動にいそしむことができるようになり、資本主義が発展した。
 諸君はスミスなんて200年以上も前に「死んだ人」だと思っているかもしれない。とんでもない誤解だ。現在日本行なわれている「規制緩和」や「金融ビッグバン」といった政策は、すべてスミスの思想への先祖返りの政策である。スミスの思想は今も生きているのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※【手ポリオ・付記】いつも長文になるのは、「愛と正義を否定する」や「日常感覚の常識に疑念を持とう」などを言いたいのだから、短い文で出来るわけがない。言葉というもの自体が、暗黙の共通意識のような概念を持って伝えられるのであり、しかし、その言葉を使うしかないから、そのときに、できるかぎり実際にあった事実の積み上げや現在の実態をあらわす必要があり、どこぞの、ボンボン・エリートの頭の中でのみの抽象概念では、いくら頭が良かろうと、所詮、机上の空論、言葉の勝ち負けで支配と服従を競い合う「優生思想」そのものの罠に落とされるのは、イヤなこった。実際の生きている人間の運動につなげねば、「優生思想」つまり「戦争構造」の応援になるだけである。我々障害者は、いま、戦時下に入ったこの日本で、現に相当な被害をこうむって、生き残るか殺されるかの瀬戸際だ。まさに命をかけて訴えねばならないのだ。私は障害者という立場から、また、精神病的な引きこもりになってしまったこと(▼私は貝になりたいと今の反戦運動とひきこもりと怒りをうたえ http://www.asyura2.com/0406/health9/msg/154.html 参照)や、世間からの疎外者・被差別者としての視点からこそ、物を言ってきゃいいんだ。そのときは、トーゼン、そう、トーゼン、未熟ものでかまわない!それこそが、「反・優生思想」つまり「反戦」そのものだからだ。さらに、インターネットや本などのバーチャル的な世界を、そこにとどまらずに、現実の活動する政治運動へと、つなげて行こうとするのも当たり前。
それから、やたら、引用が多いのも、むしろ当たり前。私が超ドシロウトであるということもあるが、それよりも、次の文章の通り→ http://www.kcn.ne.jp/~tkia/monogusa/mmh-09.html 〜オリジナルとミメーシス、ヴァルター・ベンヤミン、デジタル時代、著作権の瀕死、そもそも、言語がそうであるように「オリジナル」概念は近代的倒錯である。「独創」とは「伝統」の再編集・再励起、オリジナルや独創とは決して「無」からの産物ではないということだ。そしてその論理的な帰結を極言すれば、著作権が主張される「オリジナル」とは、実はその「イデア」を特定できない、言わば「盗作」や「剽窃」であり、伝統的に言えばミメーシス(模倣)なのである。ポストモダンへの跳躍、著作の共同性〜
なりふりかまっていられるか! 【近藤和也】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【参考図書】
◆『強制された健康―日本ファシズム下の生命と身体』藤野豊、吉川弘文館、2000
◆『健康観にみる近代』鹿野政直、朝日選書、2001
◆『健康の日本史』北澤一利、平凡社新書、2000
◆『日本ファシズムと優生思想』藤野豊、かもがわ出版、1998
◆『健康神話に挑む』山田真、筑摩書房、1989
ほか、多数・・・。
戦前「国民優生法」1940「国民体力法」1940、現在・戦時下の銃後の日本「健康日本21」2000年から、「健康増進法」2003月5月施行。そして「優生保護法」1948→「母体保護法」1996へのまやかし、さらに、日常の個人の無意識下の優生思想・・・。
つづく。

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