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週刊エコノミスト2004年10月5日号
食の安全 抗生物質漬け畜産を改善できない農水省
http://www.mainichi.co.jp/life/family/syuppan/economist/
効率的な生産のため、畜産で大量の抗生物質が使われている。これを規制しようと動き出した農水省だが、対応は積極的とは言えない。
岡田 幹治(ライター)
家畜の病気を予防し成長を促すため、抗生物質をエサに混ぜて与える――。長年続けられてきた畜産のあり方が見直されようとしている。農林水産省が規制強化に動き、食品安全委員会が具体的な安全性の基準づくりを急いでいる。だが、そこには大きな抜け道が残されている。
人の2倍も使われる
ペニシリンとして世に出た抗生物質は、私たちを感染症から守ってくれる特効薬だ。しかしこの特効薬は、対抗手段を身につけた(つまり抗生物質が効かない)耐性菌を必ず生み出す。次々に生み出される耐性菌が医療を危機に陥れている。
国内ではたとえば9月2日に、京都大学医学部付属病院で、多剤耐性緑膿菌(MDRP)による院内感染が発表された。かつては抗生物質を使うとすぐに治っていた子どもの中耳炎が、最近、慢性化するケースも増えている。中耳炎の原因となる細菌が耐性を身につけた結果だ。
このような耐性菌の増加を止めるには、病院や家庭はじめ、あらゆる場面で抗生物質の使用を抑制しなければならない。そこで問題になるのが畜産や養殖だ。
一般にはあまり知られていないが、畜産や養殖における抗生物質の使用は、ヒトに対する使用よりはるかに多い。
日本で、ヒトの医療用に使われる抗生物質は年520トン(1998年)。しかし、動物用に使われる抗生物質はその2倍以上の年1290トン(2001年)にのぼる(その他、農業用などに400トンが使われ、1年間の総使用量は約2200トンと食品安全委は発表している)。
動物用の内訳は、成長促進のための「飼料添加物」が230トンに対し、病気の予防や治療のための「動物用医薬品」が1060トン。医薬品としての使用が圧倒的に多い。
このような抗生物質の大量投与に支えられ、工場式の近代畜産が成り立っている。ブロイラー(食用若鶏)を例にとれば、誕生から出荷まで40年前には80日程度かかっていたが、いまでは40〜60日ほどで出荷される。生まれて間もない時期に、身動きできないような狭くて暗い鶏舎で急成長させられるから、鶏たちは病気にかかりやすい。1羽でも感染すると、あっという間に広がる。抗生物質が必要になるわけだ。
先進国で抗生物質の家畜への投与が始まったのは60年代だ。間もなく、家畜の体内にいる菌が耐性を持ち、それを食べたり、料理したりした人間に悪影響を及ぼすのではないかとの懸念が出てきた。
「ヒト用の抗生物質を動物に投与しないように」という勧告が、早くも69年にイギリスの国会に提出されている(スワン勧告)。もっともこの勧告は、畜産業界の強硬な反対で実行されなかった。
しかし、86年にはスウェーデンが、家畜の成長促進のための抗生物質の使用を禁止した。97年にはWHO(世界保健機関)の専門家会議が「科学的証拠はないが、懸念するに足る事実がある」として成長促進のための使用禁止を勧告。
EU(欧州連合)も99年に、家畜に使っていた4種類の抗生物質を禁止したうえ、06年からは成長促進のための使用を原則禁止する方針を決めた。
こうした動きついて大島慧・日本動物用医薬品協会参与は、「家畜への抗生物質の使用とヒトの疾病治療が困難になることとの因果関係が、科学的に証明された例はない。家畜への投与をやめることによるマイナスも大きい」と反論する。
デンマークでは99年に家畜の成長促進のための使用を禁じたが、代わりに医薬品の使用量が増えた。アメリカでは、ヒトの健康に与えるリスクの確率はきわめて低いと計算し、使い続けている。だが世界の大勢としては、抗生物質の「慎重かつ責任ある使用」が一般的になっている。
そんな中で、農水省は02年10月、飼料添加物として認めている抗生物質29成分を見直す方針を打ち出し、昨年末、食品安全委に具体的な安全性評価を依頼した。
それを受けて食品安全委は今年6月に評価の際の指針案を決め、その是非を問う意見交換会を8月2日に開いた。今後、指針を正式決定し、それに基づいて個々の抗生物質についてヒトの健康に与える影響を評価する、という段取りである。
「指示書の95%は偽造」
もっとも、業界関係者、消費者団体各4人が対立した意見交換会も、さらには食品安全委への諮問さえ、実は茶番劇だという見方も少なくない。というのも農水省の腹はすでに固まっているからだ。境政人・消費・安全局衛生管理課薬事・飼料安全室長は昨年11月の「耐性菌問題を考える」シンポジウムで、こんな趣旨を述べている。
「抗生物質29成分のうち、今後製造予定のない4成分は取り消し、ヒト用医薬品と類似の9成分は見直し、家畜専用の16成分は指定継続。一方、動物用医薬品は、動物の疾病治療に不可欠であることから、獣医師の診察に基づく必要最小限の使用を前提に、原則として引き続き使用を求める方向としたい」
この方針について、NPO法人「食品と暮らしの安全基金」の小若順一事務局長は「使用量が圧倒的に多い医薬品に手をつけない点が、大きな抜け道になる」と指摘する。実際、畜産の現場では、境室長の説明とはまるでかけ離れた使用が常態になっているようだ。
農水省で動物用医薬品監視指導担当の課長補佐などを務めた鈴木寿夫氏は、動物用医薬品は獣医師の指示書に従って販売しなければならないことになっているが、発行された指示書の95%程度が偽造されたものと見てよい、と話す。というのは、指示書を発行しているのは、医薬品販売会社で働いたり、契約を結んだりしている獣医たちだからだ。
これに対して農水省の濱本修一・飼料安全管理官は「そうした使い方はごく一部に見られるだけではないか」と反論している。
問われなければならないのは、大量の抗生物質を必要とする工場式畜産のあり方そのものだろう。
01年度に全国でと畜・解体された家畜のうち、病巣が発見された豚の割合は62・3%にものぼる。牛は55・2%、ブロイラーは3・4%だった。このように病に冒された家畜の肉を、私たちは毎日食べている。こんなことを果たしていつまでも続けていられるものだろうか。
人為的に成長を促す抗生物質の使用をやめ、病気にかからないように、自然に近い状態で育てる。そんな有機畜産を主流にしなければ、この問題を解決することはできない。
食品安全委の指針案については「飼料添加物という極めて限られた領域の問題を扱っているにすぎない。幅広い分野にかかわる耐性菌問題は、国際社会では学際的なアプローチが当たり前になっている」(日本生活協同組合連合会の鬼武一夫氏)という指摘もある。日本でも、食品安全委、農水省に厚生労働省や環境省を加えた横断的な取り組みを急ぐべきだ。