現在地 HOME > 掲示板 > 国家破産36 > 808.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
経済産業研究所 コンサルティングフェロー 関志雄
最近、香港中文大学の郎咸平教授は、中国の民営化の過程において多くの上場企業の経営者がMBOなどを通じて国有資産を侵食していると激しく批判し、民営化の是非とその進め方を巡って、大論争を巻き起こしている。「公平性」という観点から郎氏を支持する「新左派」と、「効率性」という観点から彼に反対する「新自由主義者」との間における論点の対立が鮮明になっている。皮肉にも、「社会主義」という看板を掲げる中国において、政府の考え方は、「新左派」よりも「新自由主義者」に近く、それゆえに、経済学界においても、前者は「非主流派」、後者は「主流派」と呼ばれている。
郎咸平氏と非主流経済学者の主張
郎氏は、MBOをはじめ、多くの上場企業の上場や増資を巡る財務操作は、経営者による国有財産の略奪行為であると見ている(中国におけるMBOの問題点については付録参照)。経営者たちは国から経営を委託されただけであり、企業の所有権を象徴する株を、一般の投資家より有利な価格で入手することは業務上の横領と変わらないという。
民営化に伴う国有資産の流出が問題視されてすでに久しいが、今回、郎氏は企業が公表した財務会計などのデータに基づいて国有資産の大量流出を立証し、その矛先がハイアール、TCL、グリーンクール(格林柯爾)といった人気企業にも向けられていることで、新たに論争の材料を提供している。中でも、香港でH株として上場しているグリーンクールを率いる顧雛軍氏が香港の裁判所に郎氏を名誉毀損罪で訴えたことは、話題になっている。
また、国有企業の民営化についても、郎氏は次の理由で断固反対している。まず、大企業であるほど、民間に任せるより、政府が積極的役割を果たすべきである。また、国有企業は民営企業より効率が悪いということは神話に過ぎず、現に高い収益率を上げている国有企業が多く存在している。民営化が企業改革における唯一の突破口であるという考え方は、一部の経済学者の思い込みに過ぎず、理論と実証に基づくものではない。さらに、国有企業によく言われる「所有者不在」という問題は存在せず、経営者に対する監督の欠如こそ問題であるという。
このような考えに基づき、郎氏は、所有権の国有という前提で、市場からプロの経営者を雇い、適切な法律によって明確にされたルールに基づき、彼らの経営における成功と失敗に対して、それに見合うような賞罰を与えなければならないと考えている。また、郎氏は中小投資家の利益を重視すべきだと主張している。経済運営において株価が低迷している中で、(証券市場の不正をチェックする)「郎監督」のあだ名を持つ郎氏の意見が中小投資家に広く支持されている。さらに、国有資産流出を防ぐという観点から、郎氏は、国有資産の処理に法律的環境が整備されていない現状では、国有企業における所有権改革、中でもMBOという手段によって国有資産を個人財産に形を変えることをやめさせるべきであると主張している。このような観点は、「新左派」と呼ばれる多くの非主流派経済学者に支持されている。
主流派による反論
このような新左派の主張に対して、「国退民進」(すなわち民営化)を主張する主流派の経済学者は正面から反論している。その中で、北京大学の張維迎教授と国有資産管理委員会研究センター・マクロ戦略部部長である趙暁氏の次のような意見が代表的である。
まず、確かに個別案件では、国有資産の流出はあるが、全体的に見れば、国有企業は独占という地位を利用して、むしろいろいろな形で民間の資本を侵食している。高い公共料金に加え、株式市場において純資産価値を大幅に上回る価格で株公開や増資を行うこともそれに当たる。
第二に、国有資産の流出は、既得権益を持つ集団の改革への反対を和らげることを通じて、体制移行を加速させることができる。そのため、体制移行のコストとしてある程度の資産流出を容認することはやむをえないことである。明治維新以降の日本や、旧ソ連・東欧諸国の体制移行の経験からもわかるように、新しい秩序を確立する際、国有資産の流出は避けられない。
第三に、民営化を進めない機会費用は非常に大きい。いずれ国有のままでは、企業の経営効率の改善が見込まれず、逆に赤字の補填などで国の負担になる。MBOなどを通じて経営者に株を持たせることは彼らに努力するインセンティブを与え、企業業績の向上、ひいては政府の財政負担の低下につながる。
第四に、国有企業改革の遅れによって、効率性だけでなく、公平性も損なわれることになる。なぜなら、従来の銀行融資や産業参入における国有企業に対する優遇政策は、民営企業を差別することを意味するからである。
要するに、改革は国有資産を山分けする過程ではなく、政府と民間の両方にとってウィン・ウィン・ゲームとなる富を創出する過程である。所得再分配の観点から、MBOの手段による国有資産の獲得は問題になるかもしれないが、富の創出の視点から考えればその効率性は高い。国有資産の流出は社会的不公平を招くかもしれないが、経済体制移行の停滞によってもたらされる社会的不公平と低効率がさらに深刻であることを合わせて考えると、改革を中止するより、加速させるべきである。また、主流派の経済学者たちは、高まる国有資産の流出と企業家への批判は、所有権改革の停滞と投資環境の悪化につながりかねないと警告しており、中国の経済発展に大きく貢献してきた企業家をもっと尊敬し、大事にすべきであると訴えている。
「公平性」Vs「効率性」
この論争において、新自由主義者と新左派のそれぞれの主張の一部だけを受け入れる折衷派の学者もいる。例えば、社会主義市場経済の確立に理論面と政策の立案に大きく貢献してきた長老格の経済学者である呉敬l氏は、改革のプロセスにおいて、確かに腐敗など一部の不正行為は存在することを認めながらも、国有企業がみなすばらしく、民営企業はみな悪いという郎氏の考え方には賛成できないと述べている。また、国務院発展研究センター企業研究所副所長の張文魁氏も、国有資産の流出問題は所有権改革によるものではなく、取引の透明度が低く、競争的なメカニズムが欠如していることによって生じたのであると考えており、民営化を中止するよりも、その実施方法の改善を求めるべきであると主張している。
そもそも、今回の批判の対象となったハイアールとTCLのような競争的分野における国有企業と、中国電信や中国電網のような独占の分野における国有企業を区別しなければならない。競争分野における国有企業の大半は失敗しており、ハイアールのように例外的に成功しているのは、大体、張瑞敏のような優秀な経営者に恵まれている場合に限られている。したがって、所有権改革を行う際、株の大部分を彼らに割り当てることは当然である。これは一見国有資産の流出に当たるが、実際、その富を創出した人の権利を追認するにすぎず、公平性にも反しない。これに対して、独占の分野における国有企業の場合、業績は経営者の努力とは無関係であり、所有権改革に当たって、彼らに有利な条件で株を与える必要はまったくない。
このように、今回の論争では、民営化とそのあり方を巡る是非に留まらず、「公平性」と「効率性」というトレードオフ関係もクローズアップされている。これまでの経済改革には、ケ小平が提唱した「先富論」を旗印に、「公平性」よりも、「効率性」を優先してきた。今回の論争においても、「効率性」だけを基準にすれば、「新自由主義者」の主張は正論に当たるかもしれない。しかし、非主流派経済学者が指摘しているように、法制が整備されないままの民営化は、「権力の資本化」につながっており、所得と富の二極分化の原因にもなっている。「公平性」を合わせて考えると、民営化を推進するに当たっては、各経営者の貢献度を考慮しつつ、もっとその恩恵を広く国民に行き渡らせるための工夫が求められる。
付録: 腐敗の温床となったMBO
MBO(マネジメント・バイアウト、management buyout)は企業の経営者がみずから資金を出して、その会社の発行している株式を親会社やオーナーなどから買い取り、その所有権を手に入れることである。企業の事業の再編の有力な手段の一つとして、また、敵対的買収に対する対抗手段としてもよく使われている。雇われ経営者はMBOための多額の資金を用意することは通常できないため、金融機関系列の投資会社や投資家の資金を集めた投資ファンドなどが彼らに協力して資金を出すケースが多い。
中国においても、近年、MBOが、国有企業の民営化の手段として広く使われるようになった。しかし、法律が整備されないまま行われている中国におけるMBOは、諸外国と比べて次のような「中国的特色」が見られる(李振華、「MBO変異による災難を警戒せよ」、『中国経済週刊』、2004年6月28日)。
まず、中国の上場国有企業で行われているMBOは市場で流通している株を買い占めるより、非流通株を買い上げる場合がほとんどである。すなわち、経営者らは、流通株と非流通株が並存する中国株式市場の構造的な欠陥を利用して、buy-outよりもbuy-inを行うのである。流通株と非流通株の間に大きな価格差があるため、経営者はひそかに非流通株の協議譲渡(流通株の公開買付ではなく)を通じて、超安値のインサイダー価格で企業の支配権を取得し、広大な流通株主の利益を害する。
また、本来、MBOのB(buy)のように、経営者は、市場経済の等価交換の法則に基づいて企業を買収するものでる。しかし、中国の国有企業のMBOゲームにおいて、経営者は、十分な資金がなく(あるいは資金を全く出さずに)、関係の官僚と共謀して「空手」を演じる。この結果、経営者は、コストを払わずに収益のみ享受し、リスクを冒さずに利益を手に入れ、成金のインセンティブだけあって相応の制約がないという結果になった。このような取引は、買うというよりも、盗みに近く、しかも、本来国有財産の経営を委託されている人による行為なのである。
さらに、MBOは、西側では単純に企業経営者による経済行為であるが、中国の国有企業のMBOは政治的な背景もある。中国の国有企業の経営者は、西側のように「市場から雇用された」のではなく、「政府に任命された」官僚である。官僚は大きな権限が与えられ、また、その権力濫用に対する有効な制約メカニズムがない状況の下で、国有企業のMBOは、権力を資本に転換させる手段として広く使われている。
このように、中国においては、MBOは「マネー・ロンダリング」など腐敗の温床になってしまっている。MBOがなければ、巨額な灰色所得を手にした彼らは汚職・腐敗の容疑からは逃れられず、被告人席に立たざるを得ない。しかし、MBOのおかげで、彼らは、自分の巨額な富の出所をMBOという「合法的なルート」から来ていると正々堂々と言うことができるのである。
2004年9月15日掲載
http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/040915kaikaku.htm