現在地 HOME > 掲示板 > 国家破産36 > 671.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
<プーチンはエリツィン時代の「負の遺産」を克服することができるか>
国際日本文化研究センター 教授
木村汎氏
「ソ連の行動は、謎(enigma)のなかの謎(mystery)に包まれた謎(riddle)である」と言ったのはかの有名なチャーチルである。ソ連邦が崩壊して10年が経ち、その意志を受け継ぐロシアが、民主主義、市場経済の導入で広く世界に門戸を開くようになったとはいえ、まだその内部はミステリーに満ちている。「強いロシアの復活」を掲げるプーチン大統領が就任3年目を迎えた。ロシア国内では、いままさに彼の真価が問われようとしている。果たして大国の復活はなるのか。日本屈指のロシア政治研究家、国際日本文化研究センター木村汎教授にお話を伺った。知られざるロシアの真の姿がここに浮き彫りにされる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
記者 先生は一昨年(2000年)末の著書『プーチン主義とは何か』で、プーチン主義はエリツィン主義のアンチテーゼであり、その目的とするところはエリツィン時代の恤奄フ遺産揩フ克服、「強いロシア」の再建にあると繰り返し述べられています。
さて、プーチン大統領が就任して2年が経とうとしています。客観的に見る限り、ロシアは国際社会における威信を取り戻しつつあると感じるのですが、いかがですか。
木村 少なくともロシア国内では、プーチンも国民も「強いロシア」を再建するという目標や願いは変わっていません。しかし、実際にこの2年間で再建できたかどうかを問うと、はっきりいって疑問を持たざるを得ません。米ロ関係を見ても、9月11日のアメリカにおける同時多発テロ以降、明らかにブッシュ政権はロシアを大国扱いしていない。
ロシア国民及びプーチン自身は強いロシアを再建したいと思っているのですが、さまざまな面で世界の先進国のレベルに達していないことは明らかです。数十年を要すれば、強いロシアは実現するかもしれません。ですが、すぐには難しいでしょう。
確かにプーチンは、ロシア国内ではテレビなどのマスメディアを手中に収め、エリツィン時代からの一部の財閥を統制したり、クレムリンの主要幹部を解雇したりと、大統領個人の権力は強化されています。しかし、それが国家全体として、社会全体として、強いロシアに生まれ変わり、アメリカ、イギリス、ドイツ、そして日本に対抗できるまでになったかというと、まだまだというのが現状だと思います。
対米協調路線を採るプーチンの誤算
記者 それにしてもテロ事件をきっかけに、米ロ関係は180度大転換しましたね
木村 テロ事件以降、プーチンがアメリカ寄りの外交姿勢を示したのは、ロシアの恷繧ウ揩フ表れではないかと私は見ています。従来はアメリカに対抗するために、アメリカ以外の国、例えば中国、北朝鮮などと提携し包囲外交を採り、いわば本丸であるアメリカを周りからジワジワと攻める作戦を採ってきた。ところがテロ事件後は、突然政策を大転換しアメリカに急接近していった。プーチンは以前から包囲作戦は通用しないと分かっていて、いつかは方向転換しなければと考えていたのです。幸いテロ事件が起きたので直ちに「勝ち組」のアメリカに飛びついた。今後は、逆に中国や北朝鮮、そして「テロ支援国」とされる国々との関係は冷めていくことになるでしょう。プーチンはKGB(ソ連国家保安委員会)出身者だけあって、典型的なプラグマティスト(実利主義者)です。アメリカがいま力を持っているならばそのアメリカと一時手を結ぶ方が、ビン・ラディン=アルカイダ、そして中国、あるいは金正日と手を結ぶよりは有益と考える。
ところが、ブッシュもさすがです。しっかりその思惑を利用し、中央アジアのウズベキスタン、キルギスタン、タジキスタンなど、ロシアの恟_らかい腹部揩ニいわれる地域に進出して軍事基地を提供させた。他方、ABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約では妥協せず、バルト三国やルーマニア、スロバキア、スロベニアなどかつてのソ連の衛星国のNATO加盟も抑制する気配を示さない。ブッシュはロシアに遠慮する姿勢を見せていません。ブッシュの方が一枚上手だったのだ。これは、プーチンにとって大きな誤算だったと言えます。アメリカから多くの見返りを貰えると思っていたのですから。
記者 しかしチェチェン問題がうやむやになって、世界から非難されなくなったという面はありますよね。
木村 確かにロシアはアメリカ側からいくつかの見返りを受けています。チェチェン問題に対して西側もあまり批判しなくなった。ロシアのWTO(世界貿易機関)、NATO加盟構想すら浮上している。IMF(国際通貨基金)への債務返済も好意的な取り扱いが期待できるかもしれない。
しかし米ロに蜜月時代が訪れたという楽観的な見方ははっきりいって早計です。いまは反テロリズムという、一つの建て前によって米ロは接近しているだけです。万が一アメリカが、ロシアと軍事提携しているイラクを攻撃するようなことが起これば、ほころびが出てくるのは必至です。ほころびが出るのは時間の問題で、実はすでに発生しているのです。
ブッシュはABM条約から、一方的に離脱を宣言した。また今後は、中央アジアにアメリカ軍が長く駐留すれば必ず問題が起こるでしょう。中国も黙っていないはずです。両国は「中ロ戦略パートナーシップ」を打ち立てて、アメリカに対抗していこうとしていたのです。その矢先に、プーチンがアメリカにべったりとなった。ロシア国内でも、極度な対米協調姿勢は民族主義者たちの反発を招く恐れがあります。
しかしプーチンはKGB出身ですから、幻想に酔うこともなく現実をしっかりと見据えてチャンスを窺うことができる人間です。幸い彼は国内では無敵の指導者です。誰一人として彼を攻撃する人はいません。ロシアは昔から、現職のトップに対してはどんな批判もできない国です。とくにKGB出身のリーダーは恐れられている。ですから国内ではプーチンは安泰だと思います。
人事面でも、自分の周りにKGB出身者や故郷のサンクトペテルブルグ出身者で固めているので、彼が失脚する可能性は極めて低い。しかしそれは彼個人の強さであって、国家としての強さではありません。そのことをアメリカはよく知っています。プーチンは個人的には強い。しかし国家としては二流の国だと。
アメリカはロシアを見る場合、二つの点に着目します。軍事的脅威があるか、あるいは、ビジネスチャンスがあるか。まず軍事的脅威に関しては、冷戦が終了したのでアメリカに対するロシアの軍事的脅威はなくなった。第二のビジネスにおける価値も少ない。しかしそれにもかかわらず、ロシアはアメリカにとって常に無視できない存在なのです。それが国際政治において果たすロシアの役割です。例えば、コソボやアフガニスタンなどでロシアの協力を得る必要が生じる場合です。
これは日本にとっても同様です。ソ連崩壊後、いまやロシアが日本に攻めてくるということは考えられません。また、ロシアでビジネスをして儲かるという話はさっぱり聞かない。日本にとってロシアへの関心はますます薄くなるばかりです。しかし日本には、大事な「北方領土問題」が棚上げされたままになっており、両国間では平和条約がいまだに結ばれていない。そのため日本は、ロシアを突き放すわけにはいかないのです。戦後50年以上経ったにもかかわらず、隣接する二つの国が平和条約を結んでいないというのは、戦争状態が完全に終結していないということ。これは極めてアブノーマルな状態です。将来、両国間のトラブルに発展する危険があります。ですから日本はアメリカとは別な意味で、ロシアにもっと関心を持たなければいけないのです。しかしそれ以外では、アメリカと同様、ロシアに対する関心はひじょうに低いわけです。ゴルバチョフが来日した91年の4月のような歓迎ムードはまったくありません。日本のマスコミも極端で、一過性の関心しか示さないという要因もあります。
日ロ関係の負のシンボル北方領土問題の精算
記者 ちょうど北方領土問題に関してのお話が出ましたのでお聞きしたいのですが、1月18日に、森前首相とプーチン大統領が北方領土問題について協議します。(注)議論のテーマはやはり二島先行返還か四島一括返還かになるんでしょうか。
木村 日本側はそのような発言をした覚えはないと言及しています。だが、森政権時代に、日本の一部の政治家が「段階的解決」論という間違ったシグナルをモスクワに送ったことは否定できません。1956年の日ソ共同宣言で平和条約締結後に「歯舞、色丹」の二島を引き渡すとされているのだから、まずは可能性の高い二島から返してもらおう、と。
しかしこれではあまりにも小さな二島に重きを置きすぎて、ロシア側には二島だけで十分なのではと誤解されかねません。なぜなら残りの大きなの二島(択捉、国後)については、ロシア側は一度も日本への返還に同意していないのですから。
問題は、小泉さん自身が国内の経済改革や景気対策で多忙なため、代わりに前首相を送るという外交姿勢にあります。しかもいま外務大臣がほとんど機能してない。問題は小泉さん、田中(前外務大臣)さんが、対ロ外交に熱心でないということでしょう。これについて小泉さんや田中さんは否定していますが、日本国民は厳しく抗議すべきと感じています。ロシアはやはり、日本にとって大切な国です。しかもいまは領土問題に関して日本自体が二つの世論に分裂しかけているときです。北方領土返還運動の砦である根室市でさえ、昨年8月に「二島先行返還論」まがいの団体が発足しました。最前線の町で二島先行返還と四島一括返還の二つの旗が上がっている。戦後56年の返還運動で、現地の世論が割れたというのは初めてのことです。
記者 そうすると先生は四島返還を支持されているということですね。
木村 はい。私はいろいろな理由から四島一括論者です。それは明らかに日本の四島説が正しいからです。戦争による勝敗の結果として領土が返ってこないのは当然とする考え方では、永遠に取ったり取られたりを繰り返し、永久に戦争は続く。勝者はプライドが満たされたのだから譲歩して領土は奪わない。これが大西洋憲章などの第二次世界大戦のルールだった。日本にとってロシアは大切な隣国。いま二島返還のみで協議が終わってしまえば、日本とロシアの関係はいまの曖昧な状態からさらに悪化する。「ロシアは島を盗って返さない国」と、日本人の間でロシアの信用をさらに落とすことは必至です。これはロシア研究者の一人としてひじょうに寂しいことです。
記者 しかし返ってくるという展望がまるで見えないのですが…。
木村 確かに、いまのところ何も見えない厳しい状況です。だが、相対的な意味で少しずつ前進していることは間違いありません。なぜなら、いままでは領土問題が存在することすらロシアは認めていなかったわけですからね。
しかもロシア人というのは気の長い国民です。一刀両断に物事を決断したりしません。つまり世界一気の長い国民と気の短い国民とが交渉しているという、まさに神様の悪戯のようにも思えるのです
記者 先生は四島にも行かれてるわけですが、実際、日本人は住んでいるんですか?
木村 いいえ、一人もいません。スターリン時代にすべて日本に強制送還させられました。将来(一人でも残すと)外交交渉上不利になるとスターリンは考えたからです。沖縄の場合、日本人がそのまま残っており返還が実現しました。
私はイギリスの領土問題研究所の資料で知ったのですが、領土紛争は世界で160近くあって、領土返還に関しては国民がその土地に居住しているかいないかが決定的なポイントとなり住民が残存していなくて戻ってきた例は一度もないそうです。日本は難しいことに挑戦しているというわけです。
いま四島で1万4千人ほどのロシア原住民人が生活していますが、日本人は一人もいません。厳密には旧ソ連人(ロシア人、ウクライナ人等)です。これは日本にとって不利な状況ですね。
しかし裏返せば、四島返還を日本が達成したらたいへんなことです。平和的な話し合いによる領土返還は歴史上初めてといってよいほどの偉業となります。過去に前例がないのです。だからといってギブアップする理由にはなりません。また、「法と正義」という普遍的な国際原則に従い、領土紛争を解決して平和条約を結び、対日関係を改善する。こうしてはじめてロシアは大国としての新たな一歩を踏み出せることになると思います。
記者 ロシアの大国復活へのカギはやはり、プーチン大統領が握っているわけですね。
木村 そうですね。個人の資質としてはプーチンの方がブッシュよりも上かも知れません。しかしリーダーシップという点では、個人よりもそのバックにある国民や社会がどれくらい政治的に成熟し、軍事的に、経済的にどれくらい力があるかということで測られるわけです。今度のテロ事件以降、米ロの力関係の差を見せつけられた。強いアメリカを代表しているブッシュに比べ、プーチンはやはり強いロシアを再建できていない。その差が端的に現れたと言えます。
―つまり逆に弱みを見せてしまったというわけですね。
木村 そういうことです。いわば褒美目当てに桃太郎に従うキジや犬や猿のようです。9・11事件は、ロシア外交の大転換の契機となった。同時にそれは、ロシアの弱さを露呈させ、アメリカの単独行動主義に屈服した事件として後世に記憶されるでしょう。その意味では、プーチンの掲げる「強いロシア再建」が馬脚を露したのが就任2年目であったとも言えます。
注)森・プーチン両氏は1月18日の会談で、今後の平和条約締結交渉について昨年3月の日ロ首脳会談で基本合意した「歯舞、色丹両島の返還」と「国後、択捉両島の帰属問題」の同時並行協議方式を軸に、交渉を促進させることで一致した。
http://www.sunra-pub.co.jp/bnumber/0203/0203_kiji1.htm