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日本経済と、東アジア経済との基本的な関係を、どう考えればいいのでしょうか?(JMM)
http://www.asyura2.com/0406/hasan36/msg/293.html
投稿者 愚民党 日時 2004 年 8 月 16 日 18:45:27:ogcGl0q1DMbpk
 


                             2004年8月16日発行
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JMM [Japan Mail Media]                 No.284 Monday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第284回】

■ 回答者(掲載順):
  □中島精也  :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
  □真壁昭夫  :信州大学大学院特任教授
  □三ツ谷誠  :三菱証券 IRコンサルティング室長
  □菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
  □山崎元   :UFJ総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所取締役
  □津田栄   :経済評論家

■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』

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 ■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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 Q:522への回答ありがとうございました。NHKなどの上品なニュース番組で
は、UFJの合併劇について、「何故に」これほど迷走するのか、という角度からの
報道はあまりありません。UFJという日本を代表する都市銀行の経営陣が、見通し
の甘い人びとなのだと伝えることはおそらく一種のタブーなのでしょう。「お上」や
「偉い人」の中にもバカがいる、という事実は、国民一人一人に個人として考えるこ
とを、また危機感を持つことを、要求します。NHKなどにとって、それが困るとい
うわけではなく、そういう文脈でものごとを伝える習慣がないのでしょう。

 今、キューバイベントのプロデュースでハウステンボスにいます。夏休みのお盆前
でお客さんは通常より多いらしいのですが、あちこちから中国語やハングル語が聞こ
えてきます。北および西九州は、地理的には東京より東アジアのほうが近いことを実
感します。このことは現在執筆中の書き下ろしのモチーフの一つでもあります。

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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第284回目】
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====質問:村上龍============================================================

Q:523
 今後の、日本経済と、東アジア経済との基本的な関係を、どう考えればいいのでしょ
うか。

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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
______________________________________

 ■ 中島精也  :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト

 90年代前半は高い貯蓄率と外資導入によりASEAN諸国が高度経済成長を謳歌
し、そして現在は中国経済が台頭してきたことから、東アジア経済が恐らく21世紀
の世界の成長スポットになるというのは国際的に一致した見方だと思います。よって、
日本が近隣の東アジア経済と緊密な関係を結び、相互に協力し合って、経済発展を遂
げることは、極めて重要な課題です。

 振り返りますと、東アジア地域で共同体を創設しようという構想は90年代初めに
マレーシアのマハティール首相が提唱しました。この野心的なアイデアは当時多くの
議論を呼び起こしました。丁度その頃、欧州では統合市場が完成し、欧州共同体(E
C)は欧州連合(EU)に名称を変えると共に、90年代後半の通貨統合推進で合意
しました。このような欧州統合の進展が東アジア共同体構想に影響を及ぼしたことは
容易に推測できます。

 さて、アジア共同体構想にとって大きな転機となったのが97 -98年にかけて発
生したアジア通貨危機だと思います。ドルペッグと外資依存の高度成長政策が破綻し
て多くの国が流動性危機に陥りました。IMFからの金融支援の見返りに緊縮型の経
済政策を余儀なくされた国は通貨危機が経済危機にまで進展してしまいました。そこ
で自然発生的に東アジア諸国間で金融面での協力関係強化の動きが出てきました。そ
こでリーダーシップをとったのが日本でした。

 97年8月に東京で開催されたタイ支援国会合での成功を受けて、日本はアジア地
域における恒久的融資機関の必要性を唱えるアジア通貨基金(AMF)構想を提唱し
ました。しかし、AMF構想がIMFと米国の反対で頓挫し、更に97年11月に合
意された「金融・通貨の安定に向けたアジア地域協力強化のための新フレームワー
ク」、いわゆるマニラ・フレームワークがうまく機能しなかったことを受けて、日本
政府はAMFのような多国間金融支援の枠組みから離れて、日本が独自に二国間をベー
スに実施する金融支援構想を打ち出しました。これは当時の大蔵大臣であった宮沢喜
一氏にちなんで「新宮沢構想」と呼ばれました。

「新宮沢構想」は経済再建に伴う中長期的支援150億ドル、短期の流動性危機に備
える為の二国間通貨スワップ取り決め150億ドル、の合計300億ドルからなって
います。このうち、中長期支援は135億ドル、短期支援は75億ドルが利用される
など、極めて実践的な支援スキームであったため、アジア諸国から高く評価されたの
は言うまでもありません。そして、「新宮沢構想」で用いられた二国間通貨スワップ
取り決めが、IMFや米国からの横槍を回避する域内支援スキームの中軸として発展
していくのです。

 2000年5月にタイのチェンマイで開催されたASEAN+3(日本、中国、韓
国)蔵相会議で域内の二国間通貨スワップ取り決めのネットワーク構築を内容とする
「チェンマイ・イニシアティブ」が合意されました。現在、総額は315億ドルです
が、「新宮沢構想」の75億ドルを含めると、390億ドルの緊急支援体制が出来上
がっています。

 今後の方向として、一つは二国間ベースの「チェンマイ・イニシアティブ」を他国
間ベースに発展させること、第二はアジアにおける債券市場育成のため債券発行の多
様化、格付け機関や決済システムの改善などの債券市場のインフラ整備、債券発行が
スムースにいくようにアジア保証機構の設立などが議論されています。実際、日本政
府は2003年3月のASEAN+3において、「アジア債券市場イニシアティブ」
という債券市場育成の為の包括的アプローチを提案しています。

 このように、アジア地域における金融協力という側面では日本は強いリーダーシッ
プを発揮していますが、一方で自由貿易協定(FTA)の推進に関しては、これまで
もJMMで取り上げられましたが、国内農業保護の観点から消極的な姿勢が目立ちま
す。むしろ中国の方が将来のアジア地域貿易発展の果実取得を念頭に国策としてFT
A積極推進に舵を切りました。アジア地域におけるFTAに初期段階で乗り遅れると、
将来取り返しのつかない遅れになりかねません。東アジア地域の高度経済成長が確実
視される状況下で、日本が取るべき道は明らかです。東アジア地域との経済関係を強
化して、日本を含む東アジア地域全体の経済発展に貢献することです。そういう観点
から冒頭で触れましたアジア経済共同体構想には日本こそがリーダーシップを取るこ
とが求められます。

 この関連でもう一つ危惧されることを申し上げます。それは昨今の日中関係の悪化
です。サッカーのアジア・カップで中国観客のブーイングには驚いた人も多かったと
思いますが、実は私自身はアジア・カップ前から中国の草の根レベルでの抗日・反日
キャンペーンが盛り上がっていることに懸念を抱いていました。靖国参拝など歴史認
識を巡る問題、尖閣諸島を巡る領土問題、東シナ海ガス油田採掘を巡る権益問題があ
る中で、西安大学の日本人留学生の寸劇事件や日本人観光客の集団売春事件など中国
の一般市民を刺激する事件が相次ぎました。新聞でも報じられていますが、現地での
インターネットでの抗日・反日キャンペーンは過激です。これが日本製品の不買運動
に発展しないだろうかと心配されます。

 このように状況次第では容易ならざる事態に発展しかねないのですから、日中両国
政府間で問題解決に乗り出さなければいけないのですが、最近会った日本の政府関係
者によると、福田前官房長官の辞任により、日中政府間のトップ交渉のパイプがなく
なった、そうです。福田氏の父親である福田赳夫元総理は78年の日中平和条約締結
時の総理でしたので、その絡みも有り、福田前官房長官は日中のパイプ役として尽力
されたそうですが、福田氏の官房長官辞任以降、それが途絶えているというのは由々
しきことです。

 今なすべきことは事態を放置せず、日中の政府代表・学識経験者による検討委員会
を設けて、日中間の懸案事項を真摯に話し合い、解決することです。コミュニケーショ
ンができないことくらい恐ろしいことはありません。今回のアジア・カップでの中国
観客のブーイングは残念でしたが、逆に日本の一般市民に中国市民の抗日・反日感情
の高まりを認識させる契機になったことは、事実を知るという意味で良かったのかも
しれません。災い転じて福となす、そうしなきゃいけないのです。少し、質問から脱
線したかもしれませんが、こういうところをきちんとしないと、東アジア地域との真
の協力関係など構築できないと思いましたので、あえて言及しました。

               伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト:中島精也

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 ■ 真壁昭夫  :エコノミスト

 わが国と東アジア諸国の将来の関係を考えるとき、今までの両者の関係を整理する
ことは有効です。第2次世界大戦後から80年代後半まで、戦争による生産設備の破
壊などで世界的に需要が供給を上回っていた時期、わが国は、“所得倍増計画”など
積極的な経済政策の実行によって、石油化学などの分野を中心として大幅に経済力を
拡大しました。その過程では、東アジア諸国は、まだ資本の蓄積が進まず、生産能力
が整備される前の段階だったと考えられます。この時期は、一部の産業分野などで日
本企業がアジア諸国に資本輸出をすると同時に、日本から工業製品を輸出し、一次産
品などを輸入する貿易形態が一般的だったと考えます。

 80年代後半から東アジア諸国、特に中国を中心に工業化が進展し、生産能力が拡
充していきました。また、安価で優秀な労働力は、これら諸国の工業化に大きなプラ
ス要因になったと考えられます。そして90年代に入り、アジア諸国への海外資本の
流入などもあり、資本蓄積が進み、生産能力は一段と拡大しました。その結果、繊維
産業など労働集約性の高い産業分野では、安価な製品を大量に世界に供給できるまで
になったのです。当時、わが国にも、安価な製品が大量に流入し、“価格破壊”など
の現象が起きたことは、記憶に新しいところです。

 こうして、工業化のプロセスを歩んだ中国などでは、国民の生活水準の向上もあり、
自国の需要が爆発的に拡大しました。これによって工業化は加速し、自国の社会的イ
ンフラ整備の要請が高まりました。それに加えて、資本の蓄積が一段と進み、90年
代半ば以降、中国は“世界の工場”の地位を確立したと考えられます。それに伴い、
日本から、鉄鋼などの素材輸出は飛躍的に増加しました。この時期、もう一つ特筆に
値する変化が発生しました。それは、中国・日本・欧米諸国の経済的な分業体制が確
立したことです。

 日本から、知識集約性の高い半導体製造装置などの資本財と、IT関連の部材や部
品を中国などに輸出して、そこで、安価な労働力を使って加工・組み立てを行い、完
成品を欧米などの最終需要地に輸出します。一方、欧米諸国は、資本を東アジア諸国
に投下して、そこから上がる収益を受けることが可能になりました。それぞれが、相
応の果実を手にすることが出来ました。最終需要地である米国の経済が、急速に減速
しなければ、もう少し、こうした分業体制は続くと考えます。

 一つの問題は、中国など東アジア諸国が実力をつけて、現在、日本から輸入してい
る資本財やIT関連の部品などを、自国で作ることが出来るようになってしまうこと
です。そうなると、現在の分業体制は維持できないことになります。過去の例を見て
も、かつて、わが国企業が世界市場で高いシェアを誇った半導体などの分野では、既
に、日本企業のシェアが大きく落込んでいます。こうした前例を見ると、今後、東ア
ジア諸国が、わが国を追い越すことは十分に考えられることでしょう。米国の研究機
関が作成した、“2015の世界”のレポートの中では、その時点で、日本は、米国、
EUに次ぐ世界第3位の経済国(圏)ではないと明確に予測しています。そのレポー
トは、中国、インドの経済的な台頭を予測しています。この予測が正しいとすれば、
わが国の経済は、今後、少しずつ低迷が続き、経済的な能力はかなり減殺されること
になります。その場合には、わが国と東アジア諸国との関係は、かなり変化している
はずです。

 この予測通りになるか否かは、わが国の技術革新の能力次第ということになると思
います。米国も、80年代に日本に追いつかれた後、90年代後半にITという新し
い技術を開発することによって、経済を再生し、再び、世界の頂点に復帰しました。
わが国も、それと同じことが出来れば、米国同様、経済力を維持することが可能と言
うことになります。最近、デジタル家電の好調さもあり、わが国の景気回復が進んで
います。デジタル家電は、基本的にわが国企業発祥の技術が開花したものと言われて
います。

 今後、デジタル家電に続く新技術を開発することが出来れば、わが国の経済は、現
在のような状況を続けられるはずです。逆に、それが出来なければ、今とは違った関
係を東アジア諸国とも模索することが必要になると考えます。資源を持たず、食料自
給率の低いわが国が、工業原料や食料品の輸入原資を稼ぎ出すためには、どうしても、
技術革新の能力が不可欠だと考えます。

                      信州大学大学院特任教授:真壁昭夫

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 ■ 三ツ谷誠  :三菱証券 IRコンサルティング室長

「幻の満州 --現実としての大東亜共栄圏」

 8月11日、JFEスチールが広州鉄鋼企業集団と広州市に高炉を建設するという
記事が新聞各紙に掲載されました。JFEスチールに対し中国企業との連携で先行し
た新日鐵は、既に欧州を代表するアルセロールと上海宝鋼と合弁企業を中国に設立す
る予定となっており、鉄という近代文明の基礎的資材においてさえ日中の連携は極め
て深いものになってきています。また、ホンダ、トヨタをはじめとする日本企業の進
出を受けて、中国企業との連携の動き、或いは単独での中国進出の動きは一層の深ま
りを見せています。

 トヨタや松下が中国市場を狙って進出することが、そのまま我が国部品メーカーの
中国進出を誘う形で、日本企業は(手痛い失敗を繰り返しながらも)少しずつ着実に
中国にその根を下ろしつつある状況です(そう言えば島耕作も赴任中ですね)。

 また、勿論のことながら先行して繊維などの産業は、ユニクロの成功が端的に示す
ように、既にその生産基地を中国やタイ、ベトナムに移しており、消費大国としての
日本が、東アジアで生産された消費財を消費する状況がここ10年来続いています。

 このような状況は、嘗て30年代に夢想された大東亜共栄圏の夢が、その孫たちの
世代に、「アメリカという世界」で実現されたものだ、と考えてみることも可能でしょ
う。いや逆に私自身は、沿岸部中国や、香港、台湾、韓国、そして日本が事実上一つ
の市場として浮かび上がり、「アメリカという世界」やその世界に逸早く馴化した日
本がアジア的な美学を交えながら生み出した「ジャパニーズ・クール」と称される一
連の文化的商品が共通の価値として認識されるこの巨大な市場世界こそが、関東軍が
武力で創造した「血塗られた満州」ではない本当の満州、西欧近代の行き着いた帝国
覇権を超えた「五族協和」を実現する国家としての満州、いわば「幻の満州」を作り
上げているという気がしています。

 21世紀を越えて顕れ始めた一連の現象、韓国で安室がもてはやされる一方で、逆
に韓国文化に対し偏見があった筈の日本で「シュリ」「冬のソナタ」がもてはやされ
るという形での互恵的な価値の混合が何よりもそれを証明しています。

 多分、言語や民族的感情を越えた次元では東アジアに住む我々は全く同一の価値を
共有しているのであり、例え国家が存続していたとしても、国家を超越する経済の合
理性や国家を蔽う「アメリカという世界」が、やがて大東亜を巨大な一つの「生存圏」
に変貌させていく可能性は高いのではないでしょうか。つまりその世界では言語や国
籍こそ違え、ほぼ同じ価値観を共有する巨大な人々が、様々な分業の形態の中で創出
された「富」を分割しあい、消費者として多様な効用を得ていくのです。

 ハウステンボスがその立地から韓国や沿岸部中国の旅行者を呼び寄せるのは決して
不思議ではありませんし、九州や沖縄は東アジアの経済圏の中でこそその真の価値を
実現していくでしょう。東京が経済的な意味でこの地域を束ねていくのは、逆に合理
性を欠いているからです。一方で東京は、巨大なアジアの首都の一つとして(世界で
屹立する3千万人の都として)、そしてまた、太平洋を挟んでアメリカと向き合う都
市として繁栄していくのでしょうし、大阪、名古屋、東京と繋がる無理のない(自生
的な)都市の繋がりをこそ、もう一度意識的に国家としての日本は21世紀を生き残
る「国土軸」として重視すべきでしょう。

 新潟を代表とする北陸地域もまた、北朝鮮が開かれていく世界では北東部中国やロ
シアとの無理のない交易の拠点として繁栄の可能性を持つと考えます。同時に、北海
道は観光基地として北東部中国やロシアの人々と繋がっていく可能性を持つのではな
いでしょうか。

 大東亜共栄圏というものは、このように「アメリカの世界」の中で、現実のものと
して我々の前に提示されてあるのです。

 勿論、東アジアは東南アジアと更に大きな共栄の世界を構築可能だと思います。

 私はたまたまこの夏、旅行でシンガポールを見て来ましたが、様々な矛盾を抱えて
いるとは言え、シンガポールで私が見たものもまた大東亜共栄圏(しかも白人も含ま
れた形の)であり、「幻の満州」だった気がします。ただ、その矛盾(300万人の
人口の30%をインドやマレー、フィリピンの出稼ぎ労働者が占める世界)も、例え
ば休日に公園に集う(公園にしか集えない)フィリピンのメイドたちや出稼ぎの工場
労働者たちが、しかしそれはそうしたピクニックを楽しんでいるのだと考えれば、ナ
イーブな少年のように「人間は無条件に平等でなければいけない」とさえ潔癖に思わ
ない限りにおいて、十分に一つの人生であり、幸せな光景なのでないかと思いました。

 実際、家族連れのせわしない旅行者だった私の目からは、彼らが享受する公園の鮮
やかな緑や陽光の方が、観光バスに揺られナイトサファリに向かう私よりは幸せに見
えたのです。

 また、私が子供とふざけすぎて波打ち際で溺れかけたインドネシア政府開発の海辺
のリゾートには、韓国や中国、そして日本人の家族たちが、白人たちに混じって白砂
のビーチで世界平和そのものを享受するかのように、海水浴や日光浴に興じていまし
た。そこにもまた「幻の満州」があった気がします。

 一方で、もしもこの世界を脅かすものがあるとすれば、それはやはり民族であり国
家だろうと感じています。私が家族と束の間の旅行をしている間に、サッカーのアジ
アカップがあったのですが、そこで見られた戦争の影を引き摺る強烈な反日感情とそ
の感情を生み出す母胎こそが、問題なのです。実際、シンガポールの英字新聞で見た
中田のハンドが呼び込んだ勝利という報道と日本に帰って読んだ各誌・各紙の報道の
差こそが、そしてその差を生み出すものこそが、我々が「幻の満州」を建国していく
ために克服すべきものだと感じました。

 そしてそのために我々に与えられた最大の武器こそが、アメリカであり、ジャパニー
ズ・クールという価値観なのです。

 我々は例えば安室で、例えばジャニーズで、或いはサザンで、そしてまたガンダム
で、「アメリカという世界」に住まいながら、今尚、我々の爺さんや婆さんが引き起
こしそして巻き込まれた戦争を引き摺る人々に、例えば安室で、例えばサザンで、或
いは木村拓哉で、そしてまたガンダムやドラえもんで、この世界に引き摺りこんでい
く必要があると思います。儒教的な価値観に根深く育まれた人々にその声は届かない
可能性もありますが、「悪いけどそれは爺さんの話だろう、それより最高だよね、レッ
ドホットチリペッパーズは」という感じで。

 或いはより純粋には経済そのものの力で、国家なんて古臭いものは捨てて、レクサ
スに乗ってサムスンの携帯を持ってアメリカという世界の中にある幻の満州で楽しく
暮らそうと語るべきなのだと思います。「流行らないよ、それ」という感じで。

                三菱証券 IRコンサルティング室長:三ツ谷誠

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 ■ 菊地正俊  :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト

 東アジアとは中国、台湾、韓国、香港などを指すと思いますが、日本との経済関係
は極めて深くなっていますし、今後も結びつきの強化が予想されます。日本との貿易
をみると、今年1ー6月に中国は日本の輸入全体の2割を占める最大の輸入相手国に
なっています。日本からの輸出相手先としては米国が依然として最大ですが、香港と
台湾を足して中国圏と考えますと、日本全体の輸出の26%を占め、米国を抜いて最
大の輸出先となっています。今年1ー6月に日本の米国向け輸出は前年同期比で減少
しましたが、東アジア向けは2割以上増えました。

「通商白書」の2004年版は、「東アジアの貿易結合度(世界全体の貿易量を基準
とした時、二国間の貿易関係が基準からどの程度かけ離れたかを示すもの)は、距離
的要因ではなく、実質的な経済関係により貿易結合度が高く、かつ貿易結合度が上昇
している国の組み合わせが増えている。東アジア地域での相互補完関係が高まってい
る」と分析しました。

 中国では昨年秋から景気過熱抑制のための引き締め策を実施し、今春に景気減速の
兆しが出たため、日本の株式市場でも中国関連株が一時大きく下落しました。外国人
投資家からは中国がくしゃみをすると日本が風邪をひくと指摘されました。日本株を
取引するうえでは、毎朝、米国の経済指標や株価動向をチェックすることが必須です
が、最近は中国の経済指標のフォローも欠かせません。12日に発表された中国のC
PIは前年同月比5.3%と中国政府が警戒する5%ラインを超えてきたため、利上
げ懸念が再び高まるかもしれません。

 最近株式市場の上値が重くなっているのは、来年にかけて米中景気の減速が予想さ
れる中で、日本の内需が十分強くないとの懸念が出ているためです。日本の実質GD
P成長率のコンセンサス予想(ESPフォーキャスト調査)は、8月11日時点で2
004年度が3.8%、2004年度が1.9%と、1カ月前に比べて2004年度
は0.3%上方修正されましたが、2005年度は変わらずでした。日本の7月の消
費者態度指数は13年ぶりの高水準となりましたが、韓国の消費者信頼感指数は5年
で最低水準へ低下しました。韓国は原油高や米中景気の鈍化懸念が消費者マインドに
悪影響を与えているとのことで、世界中の多くの国が利上げする中で、韓国銀行は1
2日に0.25%の利下げを行いました。韓国のドラマは最近人気が絶好調ですが、
景気は今ひとつのようです。

 最近の大きな話題として、原油先物価格が45ドルと過去最高を更新している点が
あります。ロシアやイラクの政情不安に加えて、中国の強い原油需要が背景にありま
す。IEA(国際エネルギー機関)によると、日本や韓国を含むOECDアジアの原
油需要がほとんど伸びないのに対して、中国の原油需要は今年14.5%も伸びると
予想されています。中国は米国に次いで第2位の石油消費国となっており、中国政府
は石油セキュリティ政策の展開を本格化させています。その一環が東シナ海の日本の
排他的経済水域の中間線付近でのガス田開発です。東シベリアの原油の供給パイプラ
インの敷設ルートでも日中は揉めています。韓国はLNG(液化天然ガス)輸入で日
本に次いで第2位です。東アジア経済は様々な面で補完関係にありますが、将来にわ
たるエネルギー確保の面では競合関係が強いといえます。

 以前、日本政府はもっと韓国の構造改革策に見習うべき、日本経済は中国以上に社
会主義的との意見がありました。しかし現在、日本は経済指標や企業業績に改革の成
果が出ています。中国の最近の景気引き締め策は様々な行政指導を使うため、社会主
義的側面を感じさせました。株価パフォーマンスも年初来、中国、韓国、台湾より日
本の方が相対的に良くなっています。

               メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊

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 ■ 山崎元  :UFJ総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所取締役

 産業の分野により、立場によっては、東アジア各国の経済活動との関係が補完的で
あったり競合的であったりするでしょうが、東アジア経済の発展は、日本国民一般の
物質的生活水準を改善するものと考えていいと思います。基本的には、東アジア各国
の経済発展は日本国民にとっていいことです。先ずは、素直に喜びましょう。

 中国や、東アジアではありませんがインドのような国が、技術・勤労意欲・金銭感
覚等に優秀で、且つ資本主義的なビジネスに目覚めた多くの人口を抱えて、経済規模
が成長し、やがては日本の経済規模を凌ぐようになることは、ごく自然なことです。
資本・技術・情報などの移動コストが下がっているので、優秀な(経済の意味で)人
口がたくさんいるところで、経済活動の規模が大きくなることは当然です。彼らの経
済発展は、日本国民の経済生活にとって何らマイナスではありません。

「国の経済競争力」といったものが存在すると考えるのは誤りです。「競争力」は、
それぞれの製品や市場における企業や個人間に存在しますが、その損得の帰属も含め
て、それぞれの当事者のものです。国と国が競争しているというフィクションを利用
して、企業や個人が国を(主に税金を)利用しようとする事がしばしばあるので、注
意しましょう。国単位での競争は、せいぜいオリンピックのメダル獲得数を巡る世間
話のレベルにとどめておきましょう(これとて何とも低次元ですが)。

 もっとも、東アジアの国々・人々は、日本国民のためではなく、主として自分たち
のために働いて経済規模を拡大しています。日本国民としては、この邪魔をしないこ
とが肝心でしょうし、チャンスがあれば、この経済成長に参加することが出来れば幸
せです。但し、後者は、国単位で行うのではなく、たとえば個人が東アジアの企業の
株を買うとか、企業が東アジアに進出するといった形で参加するのが基本です。

 国の単位としては、貿易や投資が余計な規制無しに且つフェアに行えるようにする
ための制度的な枠組みの改善に注力すべきであり、たとえば日本国内の民間の余剰資
金の行き先としてアジアの債券市場を育てるために協力するといったことは有効でしょ
うが、それ以上のことは必要ありません。たとえば、アジア経済圏のようなものを作
り、これを主導するというような構想は不必要でしょう。

 東アジアに限りませんが、外国との経済問題を考える場合には、国という単位に囚
われたり、日本の「国益」という言葉に騙されたりしないことが大切だと思います。
具体的には、日本がアジアのリーダーになるといった、国家単位の主導権争いに参加
することは国民の生活にとっては有害且つ無駄ですし、同様に、ODA(海外経済援
助)はもっと縮小すべきだと思います。日本国民にとっては、国としての日本が、東
アジアの一国、ワン・オブ・ゼムとしての立場に徹することが経済的に一番得なので
はないでしょうか。

 国内経済の論議では悪玉に挙がりやすい地方での公共事業が、田舎代議士と建設業
者・関連業界のメシの種であるとすれば、ODAは外務官僚のある種の交際費である
と同時に商社・インフラ関連メーカーなど「『国益』にたかる人々」のメシの種です
が、納税者にとっての費用対効果に於いて共に非効率的であり、縮小すべきものです。

 筆者は、二十年ほど前ですが、総合商社の財務部に勤務していてODA関連のプロ
ジェクトのファイナンス案件を幾つか見り扱ったりたことがありますが、その時の実
感は「商売としては実にありがたいが、国民としては、このお金(税金)は何とも無
駄だ」というものでした。まして、その頃よりも日本の財政赤字は遙かに深刻です。
基本的生存権に関わるような人道的な支援までを含めて、ODAを全て廃止せよとは
申しませんが、ODAが何のためにあり、どのような費用対効果になっているのかを
見直すことが重要でしょうし、端的にいって、大幅に縮小することを望みます。

 アメリカをはじめとするいわゆる先進諸国との関係でも原則は同じですが、資金は
民間がリターンとリスクを判断して動かせばいいし、企業の海外進出なども同じ事で
す。ことさらに国という単位で「戦略」を持つ必要はありません(どうせ金儲けに異
常なまでに熱心な一部の人々に利用されるだけのものになります)。

 敢えて理想を言えば、「国益」というものの汚い正体(結局、「私益」に過ぎませ
ん)に(日本だけでなく)世界の人々が気づき、これを克服することが出来ると素晴
らしい。貿易において、一方的な制限の緩和であってもこれが自国民の利益に適う
(経済学用語的には、国民の経済厚生の改善に繋がる)ように、同時に・相互に、と
いうことでなくても、各国民が独自に「国益」の幻想を克服して行くことが可能なは
ずです。

     UFJ総合研究所 金融本部主任研究員 兼 企業年金研究所取締役:山崎元

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 ■ 津田栄  :経済評論家

 今後、日本を含めた東アジアは、国家意識や民族意識による政治の介入がなければ、
市場経済のグローバル化が一段と進行するにしたがい、国境の壁が低くなって、ヒト、
モノ、カネ、情報の移動がさらに活発になり、相互間の経済的結びつきを強めて、一
つの経済圏を構成していくものと考えています。そして、その場合、政府の役割は減
退し、企業、個人(=消費者)がリードする大きな経済圏になるのではないかと見て
います。

 これまでの東アジアの経済を眺めて見ますと、かつては、中国を除いて、東アジア
が素材や一次産品加工品の生産基地となり、それを輸入して日本が製品に製造・加工
し、欧米諸国のほかアジア諸国に輸出するという分業体制が出来上がっていました。
東アジアは、つまり、日本を先頭にした雁行型経済地域を形成していたといえます。
その後、プラザ合意のよる円高から、90年代に入ると、経済のグローバル化という
流れのもとで、東アジア諸国は、その安い労働力とIT技術、そして積極的な外資導
入により、競争力を持った製品の生産にも進出し、雁行型経済から卒業して、成長政
策を採るに至りました。

 その背景には、東アジア諸国も工業化から徐々に経済力を持ち、一方で日本がバブ
ル崩壊と円高により経済の低迷に入っていて、日本企業としても、競争力維持のため
に、東アジアに生産拠点を設ける必要に迫られていたという事情があったと思われま
す。もちろん、欧米の資本も積極的に投資されたのですが、急速かつ過剰な資本流入
の結果、東南アジアを中心に、通貨危機を招き、一部には経済危機に至る国もありま
した。その後、東南アジアも立ち直ることとなったのですが、それを支えたのは、経
済が堅調であったアメリカ及び中国であったといえましょう。

 一方、90年代以降、中国は、規制緩和と経済特区をもとに、外資を積極的に導入
し、経済的発展を遂げてきました。その背景には、天安門事件以降政治的混乱と国際
的非難を避けるために、国民の経済的発展を目指す必要があったといえます。その結
果として、海外への輸出が伸びて、所得が増加した国民の需要を刺激し、内需に火を
つけて、中国経済は好循環に入ったといえます。

 それを受けて、欧米に混じって、日本や東アジアから資本やモノが中国に流入し、
東アジア地域全体で一段の活発な経済地域を形成しつつあります。こうして、バブル
崩壊でデフレに立ち直るのに時間がかかって経済的に低下したものの、依然ハイテク
などの高い技術による競争力を持つ日本、アメリカへの輸出と力強い内需により経済
的に発展を続ける中国、そしてアメリカのほか日中への輸出により経済的自立を目指
すその他の東アジア諸国との間で、相互に素材、部品、製品の貿易を通じて、競争し
ながら、一段と緊密な相互依存の経済的関係を形成しているのが現状といえます。

 これまでは、供給サイドを中心に、国の視点から述べてきましたが、これからは、
東アジアの経済地域は、需要サイドがリードして、国民や企業を中心に経済的発展を
遂げていくものと思われます。というのも、経済のグローバル化が規制の緩和・撤廃
を導くことになり、国を超えてカネ、モノ、技術が、そして最近ではヒトまでがこの
地域を行き来することになり、しかもこれまでの各国政府の主導ではなく、民間主導
で行われつつあり、そのことが経済的な結びつきを強めているからです。

 そのことは、中国が東南アジアとのFTA交渉に積極的になっていて、自国の利益
を犠牲にしても、これからの国及び地域の経済発展を自由な貿易に置き、民間の競争
による活力を期待していることから窺えます。一方で、日本は、規制を多く残し、既
得権益を維持しようとするがため、東アジア地域の経済的枠組みを従来の政府主導で
進めようと固執し、FTA交渉の進展があまり見られません。そこには、自国の利益、
それも一部の者の利益を優先し、国民、そして地域全体の利益を考えていないように
見受けられます。もちろん、中国も自国の主導権を考慮していますが、個人の活発な
経済活動を通じて自国の利益に繋がると見ているのではないでしょうか。

 今後、この東アジア地域は、人口20億人近い巨大なマーケットとなり、所得の増
加とともに需要はますます伸びると予想され、経済的に最も成長すると期待されてい
ます。そして、その中心は、その変化する需要をスピーディに捉えられる企業や個人
であって、政府ではないと思われます。そうしたなかで、政府は、この大きな地域経
済の主導権をどこが握るかという狭い考えを捨て、どうすれば民間がいかに活動しや
すくなるのか、またそのための犠牲をいかに緩和するのかを考え、経済的活動を促進
する環境を整備することに徹するべきではないでしょうか。

 もちろん、東アジア地域は、アメリカとの関係を、今後とも無視することはできま
せん。これからも、ブロック経済化することなく、アメリカとの良好な貿易を維持す
ることが求められ、またこの地域の発展は、世界経済の機関車として走っているアメ
リカ経済にも寄与することになり、世界全体でもプラスになると見ています。

 また、日本を含めて東アジア地域は、民族が多様で、歴史的には相互に苦い経験を
してきただけに、歴史認識の食い違いや感情的な対立を抱えていますが、それを乗り
越えるためにも、政府は、ヒト、モノ、カネ、情報が活発に地域内を移動できるよう
にして、相互理解を深めることを目指した経済環境整備に努力をするべきでしょう。
そうなれば、この地域の発展が現実のものとなり、日本国民にも大きなメリットをも
たらすのではないでしょうか。

                             経済評論家:津田栄

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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■

 Q:523への回答ありがとうございました。今、キューバイベントのプロデュー
スでハウステンボスにいます。書き下ろし小説の資料を読み、チャランガ・アバネー
ラとハイラを聞く毎日が続いています。昨日まで猛烈な暑さでした。北朝鮮関係、テ
ロ、特殊部隊、爆発物などの資料を読み、小説のメモを取ったあとに、熱暑の中をコ
ンサート会場まで歩き、チャランガ・アバネーラとハイラの演奏と歌を聞くのですが、
書き下ろしのモチーフ&ディテールと、キューバ音楽のあまりの落差に頭がクラクラ
してきます。

 アテネオリンピックが始まりました。日本のマスメディアは、オリンピックを何と
か盛り上げようと、事前に特集を組んだりしました。マスメディアがこれほどアテネ
オリンピックを熱心に取り上げるのは、国民のオリンピックへの関心に昔ほど一体感
がないせいだろうとか、プラズマや液晶テレビの需要を高めようとしているのではな
いかとか、いろいろと考えてしまいました。しかし要は、オリンピックというのは日
本のマスメディアにとってもっとも「伝えやすいファクター」なのだと気づきました。
つまり現在のマスメディアの文脈にもっともフィットするイベントなのです。

 最近、このエッセイでよくメディア批判をします。そのせいでしょうか、メディア
批判に関するメールをもらうことが増えました。そういったメールに共通しているの
は日本のマスメディアの「怠慢」や「偏り」や「意識の低さ」や「閉鎖性とタブー」
などです。そういったことがまったくないとは思いません。しかしわたしはメディア
のそういった部分を問題にしているわけではありません。真の問題は、現在の日本社
会の変化に対応できる「文脈」をメディアが持っていなくて、探そうともしていない
ということに尽きます。言葉ではなく「文脈」なので症状がわかりにくいし、解決は
簡単ではありません。

 ここハウステンボスのキューバイベントでは、大勢の客が踊り出すので、小さな子
どもが親の手を離れてうろちょろすると危険です。そのことを開演前にMCの女性に
注意してもらうのですが、これが非常にむずかしいのです。MCの女性は、「こんに
ちは、さあ、いよいよあと数分でチャランガ・アバネーラの演奏が始まりますよー」
という感じでアナウンスをします。「あそこの屋台にはキューバのカクテルやキュー
バンビールなど、演奏をさらに楽しくするために他にもいろいろな飲み物が用意され
ていまーす。ぜひ試してみてくださいね」というような「案内」のあと、「小さいお
子さんをお連れのおかあさん、おとうさんは、どうかお子さんから目を離さないでく
ださいね」という「注意」を言うわけですが、まったく切迫感がありません。

「幼児が一人で会場をうろちょろすると踊っている人にぶつかって取り返しのつかな
い事故が起こることもあるので、親は子どもから絶対に目を離さないように」という
注意を、原稿を書いて読んでもらうようにしているのですが、ものすごく言いづらい
ようです。最初わたしは、MCの女性の口調のせいだと思いましたが、どうやらそう
ではなく、「不測の事態が起こるリスクがあるので、一人一人がそれぞれに注意する
ように」というアナウンスを、「全体に向かって」行うのが非常に不自然なのではな
いかと気づきました。

 日本社会の「文脈」では(ひょっとしたら日本だけに特有のことではないのかも知
れませんが)、集団全体に向かって一律に注意を促したり、方向性を示したり、不快
や不安を煽ったり、幸福感や成功を分かち合ったりするアナウンスは比較的簡単です。
学校における校長、会社における経営者の「訓話」がその代表です。しかし、全体で
はなく、一人一人が「個人として」危機感を持ってリスクに対応し、自ら決定してそ
の結果に責任を持つほうが合理的だというアナウンスをするのは恐ろしく大変です。
というか、まだそういったことを伝えるためのアナウンスの方法が一般的に定着して
いないのだと思います。ひょっとしたらそのようなアナウンスというのはそもそも無
理で、非常に一般的な「常識」のようなものとして、つまり空気のように定着しなけ
ればいけないのかも知れません。

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 Q:524
 先週13日付の大手新聞朝刊各紙の一面に4-6月期の実質GDP速報値が発表さ
れ、成長が減速したという大きな見出しが載りました。わたしは若干異和感を覚えま
した。GDP成長率がどの程度正確に日本経済の現況を示すのだろうか、という異和
感ではありません。マスメディアは、個人・個別企業の経済状況ではなく、「全体」
を語るのが本当に好きなんだなという異和感です。これまで何度も繰り返した質問で
恐縮ですが、日本経済全体と「個人」の関係について、基本的な考え方をお聞かせい
ただければと思います。

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                                   村上龍

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