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(回答先: CIAの反乱 田中字氏より転記 投稿者 M総合研究所 日時 2004 年 10 月 26 日 18:05:02)
アメリカでは11月2日の大統領選挙を数日後にひかえ、現職のブッシュ大統領を不利にする情勢があちこちから湧き上がってきている。
その筆頭はイラク情勢だ。来年1月に予定されている選挙までにイラクの反米ゲリラを抑えて治安を安定化することがアメリカにとって必要になっている。それにはイラク人に軍事訓練を施し、親米的な新生イラク軍(イラク国家防衛隊)を早く設立する必要がある。だが、10月23日夜にイラク東部で、入隊前の軍事訓練を終えて一時帰郷する途中のイラク人新兵を乗せたバスが襲撃され、49人が殺害される事件が起こり、イラク軍の設立は危機に瀕している。
ゲリラ側は、新兵たちが乗る帰郷のバスの運行予定をあらかじめ把握し、警察官の服を着て偽装し、荒野の真ん中で走ってきたバスを検問と称して止め、乗客たちを降ろし、並んでうつぶせに横たわるよう命じ、その後一人ずつ頭を銃撃して殺した。バスの運行予定を知っていたゲリラ側は、イラクの軍や暫定政権の管理職の中に内通者を持っていることになる。イラク暫定政権のアラウィ首相によると、イラク軍の要員のうち最大5%は、ゲリラ側のスパイであるという。(関連記事)
イラクではこれまでも、警察に就職するために警察署の前で並んでいた男性らの列の近くで自動車爆弾が爆発したり、米軍で通訳などの仕事をするイラク人が脅されるなど、ゲリラ組織はイラク人たちにアメリカの占領に協力させない戦略をとってきた。今回の事件もその線に沿ったものだが、その巧妙な手口は米当局に衝撃を与えた。
ここ数カ月、イラクの治安は悪化するばかりで、イラク軍からの脱落も非常に多い。9月中旬、米軍とイラク軍が中部の町サマラを攻撃したときには、攻撃の前に一つのイラク人部隊の半分に当たる300人が逃亡した。(関連記事)
半面、米軍が攻撃対象の町を増やすほど、一般市民ばかりが死に、ゲリラに応募する人々が多くなる。米当局は以前、ゲリラの規模を2千人から7千人と概算していたが、最近になって2万人以上へと大幅上方修正した。(関連記事)
▼消えない徴兵制のうわさ
イラクでは、もはや来年1月の選挙は不可能だという見方も広がっている。イラクの選挙は、今年6月に就任したアメリカの傀儡色が強いアラウィ暫定政権に民意の権威をつけ、政治的な安定をもたらすためのものだ。選挙ができないか、もしくはゲリラが強くない地域でしか投票が行えないとなると、イラク人は選挙後の政権に正統性を感じず、不安定な状態が続くことになる。
その一方で、イラクに派兵しているオランダ、ポーランド、イタリアなどは、予定通り選挙が実施されることを前提に、来年中の撤退を予定している。これらの欧州諸国ではイラク派兵に対する反対が強く、たとえイラクで選挙ができなくても、撤兵を先延ばしすることが難しい。(関連記事)
新生イラク軍を確立できず、欧州などの軍隊も撤退するとなると、ずっと米軍がイラクに駐留しなければならないが、米軍自身もすでに戦場にいる兵士の割合がベトナム戦争以来の高さ(全米軍の15%以上)で、兵士が酷使されすぎており、このままの状態はあと2年ほどしか続けられないと予測されている。米政府はベトナム戦争以来やめていた徴兵制を復活させるのではないかという憶測が米国民の間に広がり、ブッシュ政権は噂をもみ消すのに躍起になっている。(関連記事)
アメリカで徴兵の対象になりそうな18-29歳の若者たちは、通常だと投票を棄権する率が高い年齢層だが、今回は徴兵されたくないという気持ちから投票する人が多くなりそうで、若者層には民主党支持者が多いだけにケリーに有利になっている。(関連記事)
ブッシュを不利にしているのは外交問題だけではなく、経済面でも、原油高や株安、ドル安傾向が続いている。10月21日に発表されたアメリカの9月の景気先行指数(今後の経済見通しの指数)は前月比0・1%の下落で、4カ月連続の下落となり、米経済が好況から不況に転じたといえるかどうか微妙な段階に入っている。(関連記事)
ニューヨークのダウ平均株価は10月に入って下落傾向を続け、10月22日には今年の最安値を更新した。原油価格はこの1年間で75%高騰し、経済悪化の要因となっている。米政府が財政赤字を増やし続けているためいつドル相場が崩壊してもおかしくないという論調が散見され、その中でドルがユーロ、円など多くの通貨に対して売られ独歩安になっているのが不気味だ。ロシアの中央銀行がドル買いをやめたという指摘もある。
▼不正投票機の黒幕を国防長官に?
こうした中、1−2週間前まで「ブッシュ優勢」と思われていた大統領選挙の予測は、選挙戦最後の2週間になって「ひょっとするとケリーが勝つかも」という感じに変化してきた。10日前の記事「CIAの反乱」に書いたようなブッシュを不利にする権力内部の動きのほか、10月17日にはニューヨークタイムスが社説でケリー支持を明確に打ち出し、10月24日にはワシントンポストが「どちらかというとケリー支持」というトーンの社説を掲載した。(関連記事)
10月19日には、福音派プロテスタント・キリスト教会(キリスト教原理主義)の著名なカリスマ的伝道師であるパット・ロバートソンがCNNテレビのインタビュー番組で、ブッシュ大統領はイラク戦争直前、戦争になっても米兵士はほとんど死なずにすむと楽観視していたと証言し、ブッシュは過ちを認めるべきだと発言した。ロバートソンはそれまでブッシュを強く支持し、彼が抱える100万人以上のキリスト教原理主義の信者はブッシュに投票すると考えられていただけに、投票日2週間前のロバートソンのブッシュ批判は意外だった。
ロバートソンは10月初めには「ブッシュが聖地エルサレムをイスラエル単独のものとせず、パレスチナ問題を解決するためにエルサレムの半分をパレスチナ人に割譲することを容認するなら、もう共和党を支持するのは止める」と発言している。これはブッシュ政権が再選された場合、2期目にはタカ派の姿勢をやめて、パレスチナ国家の建設をイスラエルに認めさせる中道的な姿勢に転じる可能性が増しており、そのためにイスラエル右派を強く支持するロバートソンが先制的に「エルサレムの分割は許さない」と発言したと考えられる。(関連記事)
共和党内部では、ネオコンやチェイニーによるタカ派政治が2期目も続くことに反発する中道派勢力が増しており、彼らとロバートソンのような右派との間で、再選後のブッシュ政権をどうするかをめぐる党内闘争が展開されている。ロバートソンがブッシュ批判を始めたことは、右派が弱いことを示していると思われる。
一方、民主党のケリー陣営は、共和党の中道派に新政権の国防長官のポストを約束して取り込み、共和党を左右に分裂させてブッシュを打ち負かす戦略をとっているとみられている。ワシントンポストによると、ケリーは当選した場合の国防長官ポストに、共和党の上院議員であるチャック・ヘーゲルかリチャード・ルガーを起用することを選択肢として考えている。
興味深いのは、チャック・ヘーゲルが候補に入っていることだ。彼は自分の会社を通じて、不正が可能だとして前々から問題になっているコンピューター方式の投票機の大手メーカーであるディーボルド社の株のかなりの部分を持っている。11月2日の投票日には、米の選挙民の2割近くはディーボルドの投票機で投票する。そこで広範な不正が行われるとしたら、チャック・ヘーゲルは共和党員なので、当然ブッシュを有利にするための不正が行われるのだろうと従来は思われていた。ところがヘーゲルがケリー政権の国防長官を約束されているかもしれないとなると、話は違ってくる。(関連記事)
▼協調体制の復活か、多極化による暗黒の世界か
今回の選挙は、どちらが勝つか最後まで分からない拮抗状態であるとされており、投票日の後も、不正が行われたという訴えがいくつも起こされそうだし、コロラド州の選挙人制度の変更問題などもあり、投票日から数週間たたないと勝者が決まらない可能性もある。すでに激戦区になりそうなフロリダ州やオハイオ州には両党の辣腕弁護士たちが結集し、投票後の法廷闘争に備えているという報道もある。
どちらが勝つかと同様に判断しがたいのが、どっちが勝ったらどうなるか、という政策の問題である。ブッシュは再選されても「単独覇権」「強制民主化」「イスラエル支持」「財政赤字の急拡大」などのタカ派的な政策を変えないのか、それとも「欧米協調」「パレスチナ国家建設」「財政赤字の縮小」といった中道派的な政策に転じるのか。ケリーが勝ったら中道派になるのか、それともブッシュのタカ派政策を継承するのか。そのあたりの予測についてアメリカでは、攪乱作戦や意図的なウソかもしれないものを含め、多種多様な分析が流れ、状況が見えにくくなっている。確実なことは、今後のアメリカは、タカ派的な政策と中道派的な政策の2つの選択肢を持っているということである。
アメリカは911以降の3年間で軍隊を酷使し、財政赤字を急拡大させたため、タカ派的な政策が採られた場合、今後も圧倒的な世界最強の状態を続けられるかどうか、大きな疑問がある。次の大統領の4年間に、アメリカは軍事的、経済的に何らかの崩壊を起こす可能性がある。イラクからの一方的な撤退や、ドルや株の暴落、金利の急上昇などである。その後の世界は、孤立化して世界から撤退していくアメリカと、EU、ロシア、中国などの他の大国が並び立つ「多極化」の状態(マルチ・ポラリズム)になる。(私が近著「非米同盟」で書いたのは、この多極化についてだった)
一方、中道的な政策が採られた場合、アメリカはヨーロッパとの関係を再強化しようとするだろう。財政再建に向けた努力も行われるはずだ。それらが成功すると、911以前のように、欧米間の協調体制を軸にアメリカが外交力によって世界をソフトに支配する状態に戻ることができ、イラクは欧米協調とアラブ諸国の協力によって再建されることになる。「国際協調体制」(マルチ・ラテラリズム)の復活である。
とはいうものの、実際にはこの再協調路線が成功する可能性は低い。たとえ独仏がアメリカに協力しても、イラクやイスラエルが泥沼から抜け出すことは非常に難しい。アメリカ経済はすでに潜在的にかなり疲弊しており財政再建は困難で、ドルの覇権を維持できなくなる懸念が増していくだろう。経済的に豊かでなくなると、世界の人々がアメリカにあこがれる気持ちも失われる。すでに世界の人々から大きな不信感を持たれているアメリカが再び尊敬される存在に戻るには経済覇権力の維持が不可欠だが、それができないと、アメリカが世界の中心としての信頼性を取り戻すのも難しい。
現実には、今後の世界は「多極化」の傾向が強まる可能性が大きい。協調体制と多極体制の違いは、協調体制の場合、アメリカという世界の中心があり、軍事的経済的なアメリカのパワー(正義の力)が担保となって世界が安定するが、多極体制にはそれがなく弱肉強食の世界になりかねない、ということである。大英帝国の研究で知られるイギリス人の学者ニオール・ファーグソンは「アメリカが世界の中心でなくなったら、世界は再び中世のような無秩序な暗黒の時代に戻る」と警告している。(関連記事)
実際には、アメリカの「正義」は世界的に信頼されなくなっており、世界はもはや協調体制に戻ることが難しい。最近、国連の改革が世界的に叫ばれているが、これは正義の力が失われたアメリカに代わって国連を世界の中心として機能させようとする動きである(ファーグソンは、国連は世界の中心としての覇権的存在になれるはずがないと断言しているが)。
▼ブレジンスキーの協調復活計画
私は、世界がアメリカ中心の協調体制に戻ることはないだろうと予測しているが、アメリカ中枢では、協調体制に戻したいと考えている中道派の人がけっこういる。たとえば、30年間アメリカの世界戦略を練ってきた民主党系のズビグニュー・ブレジンスキーがそうである。
ブレジンスキーは10月25日のニューヨークタイムスに寄稿した。それによると、アメリカが今後採り得る世界戦略には2つある。イスラム教徒を敵視するテロ戦争の枠組みを続けてロシアや中国などと「反イスラム同盟」を組むか、もしくはイスラム世界に対する敵視をやめて、イラク再建問題・パレスチナ問題・イランの核兵器問題という中東の3つの問題を一本化し、アメリカとヨーロッパが協力して融和的に解決する国際協調体制の復活か、という選択肢である。前者は世界の多極化(分裂)とアメリカの孤立を招くので、後者の方が良いとブレジンスキーは主張している。
ブレジンスキーはパレスチナ問題について「レバノン、シリア、ヨルダンなどにいるパレスチナ難民のイスラエル領土内への帰還権は放棄させる」「イスラエルがヨルダン川西岸地区の占領地の中に作った入植地のうち、イスラエルとの境界線(グリーライン)に近い地域のものは、パレスチナ側に返還せずイスラエルに編入してしまう」といった、イスラエル国家の生存権を保障する現実的な条件を出している。パレスチナ問題が解決されれば、イスラエルでは右派が弱くなり、右派とつながったアメリカのネオコンも力を失う。そのため中道派のブレジンスキーは、イラク問題とパレスチナ問題を一体化したいのだろう。
ブレジンスキーが主張するパレスチナ和平案には「エルサレムを分割し、イスラエルとパレスチナ双方の首都とする」という項目がある。福音派キリスト教の伝道師パット・ロバートソンが「エルサレムの分割は許さない」と発言したのはこのことであろう。つまりブレジンスキーの提案は、すでにアメリカの中枢ではかなり検討が進んでいると思われる。
ブレジンスキーはフランスのフィガロ誌のインタビューの中で「ブッシュが再選されたら、ネオコンは自分たちのやり方が米国民に支持されたと主張し、次はイランを攻撃して政権転覆し、中東全域を混乱に陥れるだろう」と述べてケリーを支持するとともに「アメリカが中心的な役割を果たさなかったら、世界秩序は守れないだろう」と主張し、次期大統領は国内的には財政赤字を減らし、国際的にはアメリカに対する嫌悪感や不信感を消していく必要があると述べている。ブッシュがやった失策の尻めぐいをケリーがすべきだということである。
ブレジンスキーの主張は理想的だが、実現は難しいと私には思える。アメリカが自ら乱した世界秩序を元通りにする中道派の戦略は、おそらく部分的にしか成功しない。ブレジンスキーの分析が正しいとすれば、ブッシュが再選された場合、アメリカは中東をさらなる混乱に陥れつつ自滅する「ハードランディング」の道をたどって世界は一気に多極化する。ケリーが大統領になったら、ヨーロッパとの協調関係が模索されつつも、協調体制は完全には復活できないまま、世界はゆっくり多極化し、アメリカの縮小にやや歯止めがかけられる「ソフトランディング」の道をたどる可能性が大きい。その意味で11月2日の大統領選挙は、今後の世界のかたちを決める分岐点となりそうである。
http://tanakanews.com/e1027america.htm