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http://ch.kitaguni.tv/u/1181/%b5%c4%cf%c0%a1%a6%a5%c7%a5%a3%a5%d9%a1%bc%a5%c8/0000121487.html
よくある攻撃パターンの一つ。まずはこいつの欺瞞を見極めるところからはじめよう。
ある例外的状況下を除き、この立論は非公正である。
なぜなら、「現状が一番だ」という選択肢が初めから排除されているからだ。綱引きでいえば、自陣に1メートルぐらい綱を引き入れた状態から試合開始しようとしているようなものだ。
http://ch.kitaguni.tv/u/6508/%c0%af%bc%a3/%c0%ef%c1%e8%c0%d5%c7%a4/0000118321.html
ナショナリズムを否定するとして、nanayaさんは日本人はどんなものを「核」にすればいいと考えてるのですか? 日本人だけはそうかんがえてはいけないのか、あるいは全ての民族がそれを捨て去るべきなのか……? 彼に前者だとしたら、「そう思っていてほしい」という他国からの価値観の影響かと思います。 「つくる会」の議論をあちこち見てきましたが、非難はあっても批判がない。否定はあっても対案がない。ならば、一体どういう方針を持っているのか疑問が絶えません。
ナショナリズムを否定するためには、ナショナリズムの良くない点を指摘していけば充分なのだが、彼は暗黙のうちに「日本人の核」なるものを提示できなければならないことにしてしまっている。そんなもの必要ないのだが、気を抜いて読んでいると、ついつい論点を二つにされ、攻撃のエネルギーも二分させられることになってしまう。このように、「対案攻撃」は、論点ずらし技の一種と位置付けることが出来るだろう。
付け加えれば、ここで彼としては「核」なるものについては以前からこだわりを持っているわけであり、その点の理論武装は議論に臨む遥か以前に完成しているわけだから、ここで罠にはめられたら最後、対戦者はずっと不利な戦いを強いられることになる。気をつけなければならない。
対処法。「悪いものは悪い!」を貫けばよろしい。関係ない話題は「論点に関係なし!」の一言をもって切り捨てる。これが議論を有効に進ませる上では大切である。
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http://ch.kitaguni.tv/u/1181/%b5%c4%cf%c0%a1%a6%a5%c7%a5%a3%a5%d9%a1%bc%a5%c8/0000121178.html
投稿者:kojidoi at 00:47
http://dazai.exblog.jp/m2004-05-01/#234052
「批判するなら対案を」、の似非
非常に狡猾ないい方で大嫌いなのだが、「批判するなら対案を出せ」 というのがある。
インチキ山師の得意の口上である。
「義務と権利」とかいうのもインチキ山師は得意だ。この口上に引っかかって、多くの人々はおとなしくじっとしている。
もともと、義務と権利は全く別物で、表裏一体の関係ではない。
義務を果たさなくても権利はある。
権利を行使しなくても義務はある。
こんな当たり前のことがどうして考えられないのか。
今回の自衛隊派遣に、必ずついて回ったいい方。派遣したい人たちが得意になって言ったレトリック。
「政府のやり方を批判するなら対案を出せ」
この論旨は、自衛隊を出すことによって得る(可能性のある)利益を、出さないとき、あるいは撤退させた場合にも、同等に得るだけの対案を出せということである。
もっと有り体に言うと、自衛隊を出さなかったときにアメリカから干される不利益を補ってあまりある対案がないなら、批判するなということ。
そもそもが仮定の話なのに、その仮定の逸失利益を基準にして批判を封じ込めようという、そうとう低レベルかつ卑しい発想法。
この者たちは、それでいて、「派遣しなかった場合の利益」は、一切、考えよいうとしない。
あの人たち3人が人質になった利益はけっして考えない。
どんな人でも、批判をしたり、意見を言う権利はあります。
税金を払わない人や、犯罪者だって、意見を言う権利はあります。
虚心になって、人の権利や意見を尊重しあえる、そんな社会はまだ来ないのでしょうか
「権利を主張するのなら義務を果たしてから言え」
「批判するなら対案を出してからにしろ」
こういういい方をする人は、思慮が浅い人か、ずるく卑しい人だと思います