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2004年10月2日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.290 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第165回
「ディベートは成立したか?(第一回大統領候補TV討論)」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第165回
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「ディベートは成立したか?(第一回大統領候補TV討論)」
9月も末になって投票日まで40日という時点となりましたが、大統領選挙の選挙戦
は焦点が定まらないまま進んでいます。まず、民主党大会の前に出てきたケリーのモ
メンタム(勢い)、そして共和党大会後に大きな流れとなったブッシュのモメンタム、
この二つが一巡して、妙に静かな均衡状態になっている、これが9月最終週の情勢だ
と言って良いのでしょう。
そんな中で、各メディアは選挙報道の「キャッチフレーズ」が作れなくて困っている
ようです。そんな中、一つ浮かび上がってきていたのが「セキュリティ・ママ」とい
う言葉です。これは1992年と、1996年にクリントンの勝利の一因となったと
言われる「サッカーママ」に引っかけた造語なのですが、要するに「母親は子供の安
全に関心が深い」のだから「アメリカがテロの攻撃に遭っては困る」だから「強いア
メリカ支持」ということでブッシュ寄りになる、という理屈です。
9月28日朝のNBC「トゥディ」では、世論調査をして独身者と既婚者を比較する
と「既婚者は62%がブッシュ、ケリーは38%」これに対して独身者は「62%が
ケリーで、38%がブッシュ」という結果が出たそうで、「これぞセキュリティ・マ
マ現象」という解説をしていました。
ですが、この話はどうも怪しい感じがするのです。90年代の「サッカーママ」とい
うのは一応説明のつくところがありました。80年代までは、郊外の住宅地では「地
域貢献と子育ての責任を担う専業主婦」と「何もやらない共稼ぎ」のライフスタイル
の違いが問題になっていたのが、90年代には「働きつつ、地域に貢献し、子育てに
も関与する」女性の生き方が主流になったと言って良いのでしょう。
そこで、「大きなミニバン」に乗って「サッカー場に子供を送迎する」ママというの
が社会的に大きな発言権を持ってきたというのが、この「サッカーママ」なる指摘で
した。サッカーママは、なぜ大きなミニバンを運転しているかというと「時には仕事
の都合などで送迎のできない近所の子供も同乗(カープール)させる」柔軟性とバイ
タリティがあるからです。
また、そもそも「酒浸りの父親が子供に強制する(ちょっと失礼な言い方かもしれま
せんが、どちらかと言えば)マッチョなフットボール」ではなく「スマートなサッ
カー」を男の子だけではなく女の子にもやらせるという、ライフスタイルには90年
代としての「新しさ」が感じられる、そんな点もありました。
ですから、サッカーママとは「新しい時代の意識を持ち」、「何よりも自分たちの生
活に関わる利害に敏感」だというイメージが形成されていったのです。クリントンは、
そこへ「子育ての支援」や「医療保険制度の革新(結局成功しませんでしたが)」あ
るいは「教育改革(これは成功したと言って良いでしょう)」などを引っさげて得意
の弁舌を繰り広げて行きました。
その中でも最も効果があったのが「子育て中の共稼ぎ家庭が、日中に子供の担任との
面談に行く際には無給休暇を取得する権利を与えよう」というものです。無給という
と冷たい印象ですが、要は「子育てに必要な個人的な事情のために仕事に穴をあけて
もペナルティを受けない」というもので、これが歓迎されました。勿論、理由は子供
の病気でも何でも良いのですが「担任との面談」という実例の出し方が「サッカーマ
マ」の琴線に触れたのです。共稼ぎの親向けに保護者会は夜に行われることの多いア
メリカですが、担任との面談はさすがに日中になりますから、これを理由に数時間の
休暇を申請することができるというのは、多くの人の共感を呼んだからです。
では、今回の「セキュリティ・ママ」はどうなのでしょう。例えば、911の被害に
あったNYではどうでしょう。今、改めて子供を守ろうという心情から、ブッシュの
強硬な姿勢に共感するというムードはあるのでしょうか。少なくとも、NYではそう
した動きは余り聞きません。
例えば、私の住むニュージャージーの郊外住宅地などでは、9月初旬の時点では共和
党の巻き返しが起きていましたが、これは減税の継続や、この地域の「地場産業」で
ある製薬業界の利害を考えると政策のあいまいなケリーよりも、ブッシュ続投でも構
わない、そんなムードがあったようなので、必ずしも「セキュリティ・ママ」現象が
起きているのではないようなのです。何よりも「タックス・リリーフ(減税による還
付金)」の小切手を自分の署名入りで送ってくるブッシュへの消極的支持、それが既
婚者層のデータにつながっているように思えます。
人の親ならだれもが持っている、自分の子供を保護したいという狂気のような本能、
これが「テロリストやイラクへの憎悪」と結びついて本能的に「強いアメリカ」や
「国連に頼らないアメリカ」を支持している、セキュリティ・ママという現象にそん
な「深層心理」が働いているのなら、これは大変です。ですが、今のところそうした
ムードは余りありません。もっともペンシルベニア以西になれば、別の要因での保守
化があるようですが、それは何と言っても「旧態然としたリベラリズムでは経済・社
会的に自分たちは救われない」という絶望感があるのであって、「母親うんぬん」と
いうのは関係がないように思えるのです。
というわけで、まぼろしのような「セキュリティ・ママ」現象がメディアを一人歩き
する中で、つい最近まで大騒ぎだった「ブッシュの州兵としての義務不履行疑惑」と、
この件に関わる「CBSのメモ捏造騒動」に関しては、両陣営が「痛み分け」という
状況になりました。大型ハリケーンの被害が続くフロリダでは、「アイブン」の猛威
に続いて、「ジーン」が直撃して大きな被害を出し、ついに救済予算は大統領一任で
は済まなくなって、議会決議に持ち込まれています。ここまで来ると、台風の被害を
救済するということが、現職有利に働くとは言えなくなってきました。
更に似たような激戦区と言われているペンシルベニア州でも、「アイブン」の刺激し
た雨雲で大雨の被害があったかと思うと、温帯低気圧になった「ジーン」による豪雨
で、幅広い地域に洪水の被害が出ています。カリフォルニアのサンノゼ郊外では地震
があり、同じ西海岸でも北へ行きますとセントヘレンズ火山の動向が怪しいなど、ニ
ュースでは天変地異の話ばかりが続いていました。そんな中、イラクでのテロは激し
さを増し、来年1月の総選挙には暗雲が漂ってきた、それが現在のトップニュース項
目です。
とにかく、選挙戦は白けているのです。大統領選挙がニュースのトップ項目にはなら
ない日が増えているのです。民主、共和両党の党大会を見て、余りに対立が激しいた
めに、メディアとしても腰が引けているというところもあるようです。
9月30日の木曜日、待望の第一回大統領候補TV討論が行われたのは、そんな世相
を受けてのことです。司会はPBS(公共放送テレビ)のジョン・レーアで、過去7
回のTV討論で司会を務めたベテランです。討論は、そのレーアが、悪名高い「厳格
ルール」を堅く守る中で、淡々と進んでいきました。
主催者側が用意した質問は、実に鋭いものでした。質問は、まず交互に名指して行わ
れ、指名された人間が答えると(120秒)、その反対側がそれに対する反論(90
秒)を行う、という段取りです。
1.(ケリーに)もう一度911級のテロ被災ということになったら、どんなリーダー
シップを発揮するか?
2.(ブッシュに)ケリーが勝ったら、アメリカの危険はどう増加するか?
3.(ケリーに)ブッシュのやった致命的なミスとは何か?
4.(ブッシュに)オサマとサダムのどちらが優先順位が高かったのか?
5.(ケリーに)本土防衛をどうするのか?
6.(ブッシュに)イラクからの米軍撤退時期は?
7.(ケリーに)ベトナム帰還後「誤りのために死ぬのはイヤだ」と言ったそうだが
現在のイラクでの米兵犠牲は犬死にか?
8.(ブッシュに)イラク戦後処理に当たって誤算だったことは?
9.(ケリーに)ブッシュが「ウソつき」とは具体的に何を指すのか?
というような調子で、(以下全体としては20項目ぐらいになります)本当に真剣に
考えて答えたり、丁々発止で激論をすれば「何か」が出てきても良さそうな「鋭い」
質問項目ばかりでした。
ですが、結果的には両者ともに、これまでの選挙戦で続けてきた主張を繰り返すだけ
でした。直後のメディアは、「どちらもノックアウトも、ノックダウンもしなかった。
品位が保たれる中で、両候補の差が浮き彫りになり理想的な討論だった」(NBCの
論説委員、ティム・ラサート)を代表として、「これで良かった」という声が多いの
ですが、果たしてそうなのでしょうか。
両候補の主張を要約するのは、簡単です。
(イラク先制攻撃)ケリー・・・誤り。戦勝後の平和実現プランなき暴挙。
ブッシュ・・サダムは脅威であって必要だった。
(イラク問題) ケリー・・・撤兵を目標。国連主導の幅広い平和維持勢力を入れ
て安定化。
ブッシュ・・現状路線を変えない。「自由イラク」確立が世界の
安定のためだ。
(サダムかオサマか)
ケリー・・・サダムを攻めたのは誤り、オサマを殺すのが先決。
ブッシュ・・サダムも脅威だった。
(国土防衛) ケリー・・・まず本土の守りを、警官を増やし検査体制に予算を。
ブッシュ・・防御より攻撃でテロリストに勝利。
(北朝鮮) ケリー・・・中国の影響力+米朝二国間対話で打開。
ブッシュ・・6カ国の枠組み堅持。
(今後の世界での最大の脅威は)
ケリー・・・核拡散、特に旧ソ連の核資源と技術の追跡を急ぐべ
き。
ブッシュ・・同じく核拡散、ただしテロリストの核武装が最大の
脅威。
ということで、全体的に全く新味はありませんでした。特に、それぞれの候補が相手
のコメントを聞いて、更に反論を加えるパートでも、直接相手のコメントを攻撃した
り反論したりということは少なく、予め予習した内容を繰り返すだけでした。
CNNのジョン・キング、ビル・シュナイダー、ボブ・ノヴァークなどの「事情通」
による解説では、それぞれの候補がどんな「失点」をしたかが検証されていましたが、
それも本当に微妙な点ばかりです。
「ブッシュは冒頭で、完全に言葉を失っていた。少ししてから持ち直したが」
「ケリーは、国連、国連と言い過ぎた。国連嫌いの保守層には相当反感を買ったので
は」
「イラク先制攻撃の理由に、自分たちが攻撃されたから、といって911と短絡させ
たのはブッシュの失態」
「イラクの出口戦略については、ケリーも具体案示せず」
といったのが「失点」と言われています。その一方で、両候補ともにお互いの家族を
ほめたり、共にフロリダの有権者に「ハリケーン見舞い」を言ったり、妙にお行儀の
良いところでは、何となく馴れ合い的なムードも漂っていました。
本号は、TV討論終了直後に書いていますので、あくまで討論の全般的な様子を速報
という形でお届けしています。何よりも、今回の討論を受けての世論調査は72時間
後、つまり米国時間の日曜日にならないと明らかにはなりませんから、アメリカの有
権者の反応はまだ分かりません。ですが、全般的に今回の大統領選における、軍事外
交に関しての政策論争は、「このレベルでおしまい」だということが言えるのではな
いでしょうか。とにかく選挙の勝敗を気にする余り、具体的な政策はほとんど見えな
い、という状況になってきています。その意味で、ディベートは成立しなかった、と
いうのが正しいと思います。
テロリズムの横行への対処、そしてイラク戦後処理の方針という大問題に関して争っ
ておきながら、議論の低調ぶりには呆れるばかりです。保守層の目を気にするケリー、
失言を恐れながらソフトタッチを心がけて切れ味を失ったブッシュ、と表面的な話術
の低迷もそうですが、政策を決める上での大前提・大方針が一切語られなかったとい
うのが大きいと思います。
つまり、二人の候補がそれぞれに「立ち会い演説会のように政策を並べ立てた」とい
う中から一歩も出ることはなかったということです。そうは言っても、具体的な投票
日は迫ってきています。その最終の選挙結果を占う上(など)で、今回の討論の中で
気になったポイントを挙げておきましょう。
ケリー候補は、ブッシュ陣営に「イラク問題での立場をコロコロ変えた」とか「ベト
ナムの英雄なのか裏切り者の反戦主義者なのか、こちらもコロコロ変わっている」な
どと激しく攻撃されていました。ですが、この点に関しては「イラク情勢は明らかに
困難にある。困難になった以上、路線変更を考えるのは当然」と強く言い切ったのは
成功で、この点だけでもケリーは点数を稼いだと言って良いでしょう。
イラクの「出口戦略」は、どちらも決め手にかける「お粗末な」内容でした。ですが、
その中でもブッシュの言った「できるだけ早く (as soon as possible)」というのは、
無責任な感じがしました。as soon as possible というのは、略してASAPと言わ
れるほどの常套句で、「分からないがとにかく早く」というニュアンスで使われるこ
とも多いからです。
表面的なイメージということでは、言葉の切れ味の点でケリーがブッシュを上回りま
したし、「コロコロ立場を変える」という非難に対して正面から答えたケリーの得点
は大きいと思います。ちなみに、「セキュリティ・ママ」という現象が本当にあるの
かは分かりませんが、そうした「子育て中」の層にうまく訴えていたのはむしろケリー
の方でした。
以上は、30日の深夜、討論終了後一時間の時点で書いたものです。この時点では、
双方が甲乙つけがたいようなことばかり言っていたメディアですが、一晩明けた時点
では「ケリー優勢」という報道一色になりました。現時点では、どの調査も非公式な
ものですが、例えばCNNの簡易世論調査では討論結果について「ケリー優勢」が7
1%、「ブッシュ優勢」は22%(ネット投票の結果、10月1日午後4時時点)と
いう数字ですし、CBSラジオが流していたのも、ケリー優勢が63%という数字で
した。
NYタイムスは「討論前」と「討論後」の両者の写真を並べて、「討論後」のブッシュ
が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている様子を強調していましたし、90分の持ち
時間の中で38分が「イラク問題」に割かれて、このテーマだけが突出していた、と
いう解説をしていました。これも慎重ながら「ケリー優勢」というイメージでの報道
なのでしょう。
討論翌日の10月1日には、NY市場、ナスダックともに大幅に株価が上がっていま
す。第四四半期の景気好調を期待しての動きという解説が多いのですが、ケリー優勢
ということを市場が好感しているということも言えると思います。
まだ正式な世論調査結果が出ていませんが、現時点での総括をするならば、イラク問
題に関してケリーの主張(開戦は誤り、再建は国連主導で)が幅広く認知されたとい
う意味は大きいでしょう。ブッシュの「テロの恐怖と戦時ムード」に訴える作戦はも
う通用しなくなりました。その反面、これから投票日にかけてケリー陣営としてイラ
ク問題についての具体案が出せなければ、こちらはこちらで信用を失う可能性があり
ます。
というのが10月1日の情勢です。とりあえず、軍事外交の争点は認知されました。
いよいよ次回の討論からは、経済・内政問題に焦点が移ります。ここでは中身のある、
つまり具体的な政策論の伴ったディベートを期待したいと思います。
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冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)ーあの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
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