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■ 『from 911/USAレポート』 第163回
「拒否権という束縛」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第163回
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「拒否権という束縛」
9月15日の水曜日、国連のコフィ・アナン事務総長は英国BBCのインタビューに
応えて「アメリカを中心とする有志連合(コアリション)によるイラク先制攻撃は違
法」というコメントを発表しました。このBBCのラジオニュースを、アメリカのN
PR(ナショナル・パブリック・ラジオ)経由で聞いたのですが、キャスターは「ア
ナン事務総長が長い間秘めていたホンネを洩らした」という言い方をしていました。
当のBBCによる紹介の仕方として、ある意味で的を射ているのでしょうが、同時に
BBCは、このアナン発言が有志連合のナンバー2である英国では、少なからず波紋
を呼んでいると伝えていました。ですが、アメリカではほとんど話題になっていませ
ん。
大統領選挙が、両陣営共に捏造すれすれの「証拠」を取り沙汰しての中傷合戦になっ
ている中、そもそも国連重視など考えていないブッシュ陣営はもとより、ケリー陣営
においても、このアナン発言に乗ることは「余りにも反米的」という感情的な反発を
買うと計算したのでしょうか、真っ先に飛びつくことはありませんでした。
勿論、イラクへの2003年3月の先制攻撃は、国連安保理の正式な決議に基づく国
連軍の創設と行動ではありません。また、国連軍ではないにしても、国連安保理によっ
て明確に「武力行使」が決議され、これを受けて組織された多国籍軍による攻撃でも
ありませんでした。ここで言う国際法とは、国連憲章のことですが、その国連憲章は
国連安保理決議によらない軍事行動は禁止していますから、アナン発言は当然といえ
ば当然の内容です。
ですが、この発言が見事に軽視される、これがこの2004年9月におけるアメリカ
から見た国連の位置づけなのでしょう。ブッシュ陣営の国連軽視について言えば、N
Yで開催された党大会前後から「国連の指揮下ではアメリカは守れない」であるとか
「国連重視はプレ911時代のファンタジー」というような「スローガン」が共和党
から騒々しく流されています。
小泉首相は21日に国連総会の席上で演説し、「安保理常任理事国入りへの期待」を
表明することになっているようですが、その直前の情勢はこのようなものです。では、
国連は危機に瀕しているのでしょうか。日本の安保理常任理事国入りをうんぬんする
以前の話として、国連による安全保障にはもう期待できない時代なのでしょうか。
私は必ずしもそうではないと思います。国連の設立には歴史的に見て明確な目的があ
り、国連の制度はその明確な目的のために設計されています。その目的は現在でも果
たされていると見るべきでしょう。その目的とは「世界大戦を防止する」という単純
な一点です。
人類史上最悪といわれた第一次世界大戦が終結した後に、こうした世界大戦を防止す
るために「国際連盟(リーグ・オブ・ネイションズ)」が作られました。ですが、制
度上の不備や、米ソの二大国が参加しなかった(ソ連は日本の脱退後に加盟)ために、
第二次大戦を防ぐことはできなかったと言われています。その反省を踏まえて作られ
た国際連合(国連=ユナイテッド・ネイションズ)は、とにかく世界大戦の防止とい
うことを最大の使命として組織されたと言って良いのでしょう。
まず、国際連盟の最大の弱点はアメリカが加盟しなかったことです。主唱者がアメリ
カのウィルソン大統領であったにも関わらず、最終的にアメリカの連邦議会は、第一
次大戦の戦後処理条約、つまり国際連盟の設立を主要な内容とするベルサイユ条約を
批准しませんでした。
ちなみに1918年の中間選挙では、この国際連盟加盟の問題が争点として戦われま
したが、戦争の悲惨さにショックを受けたアメリカの選挙民を巧みに誘導して「孤立
主義」への回帰を訴えた共和党が勝利したのです。ウィルソン大統領は、選挙戦を通
して「国際連盟加盟」を訴え、医師の制止を振り切って全国遊説を続けた結果、脳溢
血で倒れてしまいました。
結果的に連盟加盟問題は、上院の票決としては8票差で葬られることになりました。
また、言葉も自由にならない大統領は夫人に操られることになって辞任もままならず
政治は停滞、結果的にその後大恐慌に至るまで共和党側に政権を渡すことにもなりま
した。今に至る、国連をめぐる民主、共和両党の確執はここに始まったと言って良い
のでしょう。1920年の大統領選の前には「国際連盟加盟を葬り去った共和党」、
「ウィルソンを辞めさせずに政治停滞を起こした民主党」という、まるで今と変わら
ない罵倒合戦が行われていたというのです。
さて、いずれにしても第二次大戦末期に「次の世界平和維持機構」を組織するに当たっ
て、アメリカの加盟が「国際連合」を成功させるかどうかの大きな課題になりました。
結果的に国連本部はニューヨークのイーストリバー沿いに置かれることになりました
が、これはアメリカが世界の中心だから、というよりも「アメリカを参加させ、脱退
させない」という国連の意志のようなものだと言うべきなのでしょう。
もう一つ「国際連合」が「国際連盟」の失敗に学んで作ったのが「安保理常任理事国」
の「拒否権」です。この拒否権は、余り評判が良くありません。冷戦期には米ソの両
国がお互いに乱発しましたし、冷戦終結後はアメリカの軍事的な突出に関して例えば
フランスやロシア、中国が牽制のために拒否権発動を匂わせ、結果として第一次湾岸
戦争やコソボ紛争など冷戦終結後の紛争が正規の国連軍主導ではなく「NATO」や
「多国籍軍」を前面に出さざるを得なくなったのも有名です。
ですが、安保理による国連軍組織ができないから拒否権をなくせば良いというのは短
絡です。常任理事国に拒否権を持たせているのは、仮にある国際紛争への対処法に関
して意見が割れた場合に、「少数派の常任理事国が脱退することを防止」するためな
のです。「イヤならば、出て行きなさい。ハイ、出て行きます」というのではなく、
「イヤならイヤといって良いし、一人でもイヤと言ったら国連としては動きませんよ。
だからどんなに見解が違ってきても国連を脱退することは止めて下さい」というわけ
です。
何故常任理事国の脱退を恐れるのかというと、国連の目的は「加盟国同士の紛争調停」
にあるので、出て行かれるともう調停の可能性がなくなるからです。そして、主要国
である常任理事国のメンバーが脱退して国連の調整対象から外れれば、主要国同士の
戦争、つまり世界大戦の可能性が出てくるというわけです。逆に、いくら見解が不一
致であっても、主要国が常任理事国として国連の中にいれば、少なくとも世界大戦は
回避できるということになります。
いずれにしても、この制度のために第二次大戦終結から59年間、様々な戦争があり
ましたが、安保理常任理事国レベルの主要国が相争う世界大戦は確かに回避できてい
ます。ただ「拒否権」が万能かというとそうでもなく、例えば1950年の朝鮮戦争
の際には北朝鮮の侵攻に対して「国連軍」の創設を主張した西側陣営に対して当時唯
一の東側常任理事国であったソ連(この時点では中国は国連未加盟)は「拒否権」で
はなく「棄権」という挙に出ました。
多くの歴史家が語るところによれば、1950年の朝鮮半島危機に際しては仮にソ連
が「拒否権」を使った場合は、ソ連として北朝鮮の南侵を100%認めるメッセージ
を送ることになる一方で、アメリカ側は多国籍軍のスタイルを取ってでも反撃しただ
ろうから、最終的に米ソが激突して第三次大戦になっていた、というのです。そして、
クレムリンはそうした事態を想定し何よりも世界大戦を避けるために「棄権」という
選択をしたという学者も少なくありません。
いずれにしても、第二次大戦以降はこのように「拒否権」のために常任理事国の脱退
という事態は避けられたのですし、主要国同士が戦う世界大戦も回避できたのだと思
います。勿論、冷戦が世界大戦に発展しなかったのは、世界世論の意志もあるのでしょ
うし、当事国同士の自省もあったのでしょう。ですが、「拒否権」制度が機能したと
いうことは言えると思うのです。
常任理事国の構成に関しては、国連の発足当初は中国の代わりに国民党の台湾が入っ
ていましたが、1972年に中国と交代しましたし、ソ連の崩壊に伴って旧ソ連の過
半を継承したロシアがその地位を受け継いでいます。
この国連の歴史は、人類にとって見れば核兵器の開発と拡散の時代でしたが、結果的
にこの国連常任理事国、アメリカ、ロシア、中国、フランス、英国の五カ国だけが
「合法的」に核を所有する核拡散防止条約が成立しています。ですが、この五カ国は
たまたま常任理事国のリストと一致しただけであって、今後常任理事国が増えたとし
て新たなメンバーに核武装が許されるということはないのでしょう。
小泉首相は、これから国連総会で「常任理事国入りの意思表明」をするとされていま
すが、その常任理事国となって「拒否権」を持つという意味は以上のようなことなの
です。つまり、「絶対に脱退しない」ということと「常任理事国同士の戦闘すなわち
世界大戦勃発には荷担しない」という束縛を受ける、ということです。
この「絶対に脱退しない」つまり「イヤなら拒否権や棄権は許されるが、脱退は絶対
に許されない」という暗黙の縛りは、仮に日本が常任理事国になった場合は強いと考
えるべきでしょう。何故ならば、前回の国際連盟時代に、常任理事国の地位にありな
がら「脱退」という選択をして連盟を実質的な機能停止に追い込んだのは、他でもな
い日本だからです。
とにかく、安保理の常任理事国というのはそのようなものです。「一等国」の証明な
どということではないのです。放置しておくと国連を脱退して国連の調停から外れて
いき、世界大戦を招くような危険な存在を「拒否権」を与える代わりに安保理に縛り
付けておく、「常任」ということの意味はそういうことです。ですから、漠然とした
名誉や政権の格好つけなどという国内的な動機から積極的に追い求めるべきものでは
ないのです。
まして、国連軽視の米国外交に追随しながら、他でもないそのアメリカに後押しして
もらって「常任理事国へ名乗り」というのも格好の悪い話に他なりません。アメリカ
自体が、事実上の反脱退状態で国連の機能の足を引っ張っている。しかも、日本はそ
のアメリカのイラク占領(実質的には現在もそうです)に参加して、国連外の枠組み
でイラク問題に対処しようとするグループに属しています。そんな中で、「名乗りを
上げる」と言っても論理矛盾に他なりません。
小泉首相は「非核国の代表として常任理事国になる」と言明し、今回の演説でも「平
和貢献」を前面に押し出して日本の立場を説明するそうです。仮にそうであれば、演
説の主旨自体は間違ってはいないのでしょう。たとえ、国内世論向けのリップサービ
スであるにしても、悪いことではないと思います。ですが、このストーリーも、国外
の世論には理解不能と受け止められざるを得ないように思います。
折角の良い主張も、多くの国が苦虫を噛みつぶすような思いで見ているアメリカのイ
ラク政策に、迷わずに追随し、アメリカの後押しで「常任理事国」を模索するという
のでは、総会参加の各加盟国の印象には残らないだろうと思うのです。とにかく、今
回の小泉総会演説は、それほど大きなアピールになるとは思えません。
そのアメリカでは大統領選挙の選挙戦が佳境を迎えていますが、最初にお話したよう
に前代未聞の泥仕合の様相が続いています。今週は「ブッシュ大統領の州兵としての
義務不履行」に関する「処分メモ」の真偽をめぐっての騒動が続いています。CBS
は州兵ブッシュの「元上官の妻」を出演させて「仮にメモが偽造でも、ブッシュが処
分されたのは真実」などと報道しています。
勿論、共和党はカンカンなのですが、民主党側では「真実を再現するために書類を加
工するのは微罪だが、州兵としての義務不履行を隠して大統領職に止まるのは大罪」
と言い返し、それが説得力を持ってしまうのです。その一方で、当のブッシュ陣営で
は「いずれにしても、大統領は現実にテロと戦って自分の使命を完結しつつある(過
去はどうでもいい)」のだから「フォー・モア・イアーズ(あと4年続投を)」と叫
んでいます。
こうなると、選挙戦はデッドロック状態と言って良いでしょう。最新の世論調査では、
党大会以来の勢いは消えてブッシュ=ケリー全く互角という数字が出ています。そん
な中、今週の水曜日15日には、私の住むニュージャージー州にローラ・ブッシュ夫
人がキャンペーンの一環としてやってきました。支持者を集めて「フォー・モア・イ
ヤーズ」を叫んでいたところ、良く見ると胸に「私の息子はブッシュに殺された」と
書いたシャツを着ている婦人が参加していたのだそうです。気づいた支持者が通報し
たところ、すぐにSPと警察がその女性を逮捕して連行したというので、州内では大
騒ぎになりました。
このローラ夫人ですが、ニュージャージーで大統領の代議員が取れる可能性はまだ低
いものの、このあたりを選挙区とする連邦下院のラッシュ・ホルト議員を落選させる
ために躍起になっている共和党に担がれてきたようです。ホルト議員は、原子核物理
学者から政界に転身した知性派で国連重視を政策として掲げつつ、アフガン戦争にも
イラク戦争にも反対票を投じてきた人物ですが、共和党としては目の敵にしていると
いうことらしいのです。
いずれにしても、アメリカが現状のままでは国連の機能が回復することは難しい中で、
今回の大統領選、そして上下両院選は大きな転回点になるのでしょう。と言っても、
ホルト議員を含む民主党側に確かな政策があるわけでもないのです。ケリー候補の言
う、同盟の再構築、国連回帰にしても具体的な中身は全く見えてきません。
ですが、これからのTV討論で、そうした政策の相違に関してある程度は見えてくる
ものがあると思います。ブッシュ大統領の側について言えば、元来が国連軽視だった
のが、どのくらいのことを言ってくるのか。そしてケリー陣営が具体的な政策を説明
できるのか。選挙戦のリップサービスでイラク撤兵と言っただけなのか、それともキ
チンとした計画があるのか、「国連」をキーワードに両陣営の政策を良く見ていく必
要があるのでしょう。
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冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm05-22
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□□■『セプテンバーイレブンス』■□□
この「FROM911 USAレポート」の911直後の部分が、小学館文庫から
『セプテンバーイレブンス』というタイトルで発刊されます。単行本として刊行され
ていた内容を文庫化するに当たっては、2002年の1月(ブッシュの「悪の枢軸発
言」)以降、イラク戦争の開戦と長期化、戦時におけるメディアや民主党の沈黙と、
現在の対立に至るアメリカ社会の流れを100枚ほどにまとめた書き下ろしを加えま
した。村上龍編集長が解説に書いて下さっているように、結果的に今回大統領選を占
う上で「911の視点」を問い直す編集になっていると思います。どうぞお手にとっ
てご覧いただければ幸いです。 冷泉彰彦
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094056513/jmm05-22
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