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インドの「誠」日本は重視を
小倉 和夫(おぐら・かずお)
国際交流基金理事長
元駐韓、駐仏大使。青山学院大学教授。朝日新聞アジアネットワーク委員。65歳。
近代化を単に機械化や効率化とせず、そこに温かい人間性を吹き込んでほしい。アジアで唯一自由で発達した国である日本こそ、ナショナリズムに陥らずアジア全体のためにリーダーシップを発揮してほしい−−。
アジア人で初めてノーベル賞を受賞したインドの詩人タゴールは、1916年、日本訪問の際の演説「インドから日本へのメッセージ」の中で、日本への期待を、批判の針を含めながらも力強く表明した。しかし、その後、日本はタゴールの恐れたナショナリズムの方向へと走ってしまった。
今日、インドは世界最大の民主主義国家として自由を享受している。かつての非同盟外交や社会主義的経済路線を転換し、自由主義経済政策と西側との協調路線を採用している。2050年には中国と並んで世界の3大経済国の一つとなるとの予測もあるほどで、ムンバイ近郊はIT産業の基地となって米国の外注(アウトソーシング)先と化している。
核保有と軍事力の強化によって、インドは今やインド洋の軍事大国と言える。
それにもかかわらず、日本ではインドを重要な戦略的パートナーとして位置付ける人は少なく、日印貿易の額は中印貿易に抜かれ、投資でも日本は韓国の後塵(こうじん)を拝している。だからこそ、一部の識者は、日印間の安保対話の重要性を唱え、経済関係強化の必要性を強調する。
しかし、「数値」は人を驚かすことはできても真実のすべてを物語るものではない。数字を挙げて、「いついつまでにアメリカを抜く」などと豪語した国は、これまですべて失敗している。
日本にとって、また、世界にとってインドが重要である理由は別のところにある。
一つは、インドがグローバリゼーションの負の効果の実験場だからである。男女格差、階級格差、地域格差−−グローバリゼーションのゆがみが最も先鋭的に出ている国こそ、インドだ。この矛盾を解決するために日本を含めた世界がいかに協力できるかは、まさに世界的課題である。インドの重要性は、その光の部分よりも、むしろその影の部分にある。
第2は、インドの核政策と日本の立場との連関性である。インドは究極的核廃絶を主張し、5大核保有国の軍縮を強調する点において日本の(本来の)考え方に近い。
言葉を変えれば、インドは、日本が政治的・戦略的理由から十分に言い難い点を代弁し得る国であるといえる。インドが核実験のモラトリアムを順守する限りにおいて、日本はインドをもって「核拡散を助長する違反者」として見るのではなく、むしろ核軍縮を推進するパートナーとして位置付けることができるのではないか。
そして最後に、最も重要なポイントは、インドが公平な歴史の光の灯台であることだ。
東京裁判でのパール判事の少数意見、サンフランシスコ講和会議でインド、パキスタン、セイロン(現スリランカ)3カ国を代表し日本を弁護したセイロン政府代表団長の演説、ジュネーブの人権委員会で日本の「過去」の問題が取り上げられたとき、英国の植民地時代の行為に言及したインド亜大陸出身の委員。これらの人々の心中にある強い信条、すなわちアジアにおける西欧植民地主義の犯罪的行為を放置して日本だけを非難すべきではないという考え方は西欧に対する反逆心なき反逆として、明日の世界を導く灯台の光の一つとなり得るものである。
インドの重要性は、その大きさや強さにあるのではない。それはインドの「誠」の深さにある。インドがタゴールの言葉通りに生きるのなら、日本はインドの「誠」に架け橋をかけるべきではなかろうか。
「利己主義を超えて人類の普遍的価値の追究に向かう意欲があること−−この一点においてインドは日本に勝っている」。タゴールはそう言っている。
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