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暑い。東京で40度に迫るなんて、日本ももう熱帯だ。
しかしその最高気温を記録した日、私は炎天下を歩いていて「今日はけっこうしのぎやすいじゃないの」と思っていた。日差しはじりじりと痛い。でも高温が湿度に勝って、汗じとじとの不快感がない。中東の夏も50度を超えてもそれなりに爽快(そうかい)なのは、湿気がないからにつきる。
なにせ汗がアゴから垂れることがない。滝のように流れるか、発汗した途端に乾いて服が塩を噴く。洗濯物を絞りもせず戸外につるすと、地面がぬれる間もなく干したままの形で乾く。うーん、爽快(そうかい)。
しかし暑さは人を不寛容にもするもので、中東の夏はけんかが多い。けんかどころじゃなく、革命だのクーデターだの、政変も多い。52年のエジプト共和制革命、イラクでの58年共和制革命、68年のバース党クーデターはいずれも7月に起こっている。革命ではないけれど、イラクがクウェートに侵攻したのも8月の暑い最中だ。暑さで日頃の不満がブチ切れやすくなるのか、暑さなどものともしないぐらい真剣な人たちだから、政変を起こすのか。
だが中東の「革命の暑い夏」も、70年代後半以降はあまりみられない。中東社会が円熟したというよりも、オイルブームに沸いた中東諸国でエアコンが出回ったからではなかろうか。被抑圧者のハングリーな抵抗の声が、エアコンのモーター音にかき消されて、快適な室内の人々には聞こえない。パレスチナ問題を題材にした映画に、そういうシーンがあった。
さて、イラクである。産油国のなかでも最も電化が進んだイラクだったのに、イラク戦争後電力不足は一向に改善されない。1日24時間のうち4分の1しか通電しないような環境で、人々はいい加減我慢の限界だ。果たして戦後2年目の夏を、平穏に越えることができるのだろうか。
断っておくが、一応発電所や変電所の修復事業は行われてはいるのだ。発電量もそれなりに回復してはいる。でもそれを超える勢いでイラク人たちがどんどん電力を消費している。
戦後政府がちゃんと機能していなかったことで関税もロクになく、家電製品を海外から輸入してもすべてデューティーフリーだった。お買い得である。それに治安が悪いので外に出られず、家でテレビやDVDを見るしかない。電化製品の需要は急増なのだ。
ところで、夏といえばサマータイム。中東のたいていの国は夏時間、冬時間と切り替える。イラクでも4月に夏時間に切り替わるが、去年はたいへんだった。戦争のどさくさで夏時間切り替えを宣言すべき政府が雲散霧消したせいか、地域や宗派ごとに勝手に夏時間や冬時間を使っていた。「バグダッドの時間に合わせるのはうんざりだ」と、長い独裁への恨みを時計に八つ当たりする人々もいた。
今年は、4月初めに夏時間への切り替えが統一的に宣言された。「おれたちはおれたちの時間で行く」と言っていた人たちも、一応全国一律の時間に従っている。
去年はなかった政府が、今年はある。それだけでも、イラクの夏は去年とちょっとは違うか。
http://www.be.asahi.com/20040807/W12/0025.html