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I. 記号論理学とは何か (京大数学科 高崎金久)
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投稿者 乃依 日時 2004 年 6 月 30 日 05:36:26:YTmYN2QYOSlOI
 


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I. 記号論理学とは何か
この章では,記号論理学が生まれた背景やその後の発展の 歴史をたどりながら,記号論理学の基本的な考え方, 関連する分野,対象とするさまざまな形の論理, などについて概観する.
目次
1. 記号論理学の誕生
2. 記号化の基本的な考え方
3. 数学基礎論との関わり
4. 計算機科学等との関わり
5. さまざまな論理

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1. 記号論理学の誕生
一言で言えば,論理学とは我々のさまざまな思考を支配する法則 (思考の法則)を研究する学問である.論理学は長い歴史 をもつ.中でも有名なのはキリスト紀元前4世紀の古代ギリシャ時代 のアリストテレスによる論理学である.その流れを中世ヨーロッパ の哲学者・神学者が受け継いだが,アリストテレスを越えるもの は長い間現れなかった.

論理学の研究が大きな変貌を遂げるのは19世紀に入って からであるが,その先駆けとも言えるのは17世紀の ゴットフリート・ライプニッツである.ライプニッツは 当時のさまざまな学問の体系化・記号化を企てた.今日でも 用いられている微積分学の記号法はライプニッツに遡るもの であるが,ライプニッツは論理学も同様に記号化することを 考えていた.

19世紀の新しい論理学の特徴はライプニッツが夢想していた ような記号的方法が現実のものとなったことにある.この 記号的方法を駆使する論理学をそれ以前の論理学と区別して 「記号論理学」と呼ぶ.記号的方法はちょうど数学に おける記号・数式の使用(これは16世紀のフランソワ・ ヴィエトに始まると言われる)に相当するもので,数式の 代わりに「論理式」(単に「式」ということも多い) を用いる.このような記号化によって数学的な研究方法が可能 になるので,記号論理学は別名「数理論理学」とも呼ばれる.

19世紀の記号論理学はジョージ・ブールがその著作 「An Introduction to the law of thought(思考の法則入門)」(1854) において今日「ブール代数」と呼ばれるものを提案したことに始まり, ゴットロープ・フレーゲの「Begriffsschrift, ...(概念記法,…)」 (1879)やジュゼッペ・ペアノの「Notations de logique(論理の記法)」 (1894)などの研究により次第にその形を整えていった. ブールと同時代のオーガスタス・ド・モルガンの著作 「Formal logic, or the calculus of inference (形式論理学,あるいは推論の計算)」(1847) の果たした役割も大きい.ちなみに,ルイス・キャロルの筆名で 「不思議の国のアリス」などを書いたことで有名なチャールズ・ドジスンにも 記号論理学の著作がある.

2. 記号化の基本的な考え方
記号論理学の体系として最も基本的なものは「命題論理」 と「述語論理」である.これらが論理をどのように記号化 しているかをここで簡単に見ておきたい.
2.1. 命題論理の場合
「命題」とは真偽が決まるものをいう.命題論理では命題の内容には 立ち入らないで,その真偽のみに注目する.そのために命題を 「命題変数」というもので記号化し,それらを「論理結合子」 と呼ばれるもので結んで,一つのまとまった主張を組み立てる.

抽象的に述べてもわかりにくいので,一種の論理パズルを 例に選んでこの考え方を説明してみよう.この論理パズルでは, ボールが一つだけ入る箱を複数個用意し,いくつかの条件を与えて, それを満足するようなボールの入れ方を問う.この設定を 命題論理の言葉に翻訳するには以下のような概念を用いる:
命題変数

命題論理では「箱Aの中にボールが入っている」, 「箱Bの中にボールが入っている」, 「箱Cの中にボールが入っている」,というような基本的な 命題を文字(変数)a,b,c であらわす.これらの変数 (命題変数と呼ばれる)は真(True)か偽(False)の二つの値 のみをとるものとして扱う.言い換えれば,それ以上の内部構造を もたない原子のようなものと見なす.

論理結合子

論理結合子(論理演算子ともいう)と呼ばれる記号 ∧(連言あるいは論理積),∨(選言あるいは論理和), ¬(否定),⇒(含意,⊃ともあらわす),⇔(同値) を導入する.これらはそれぞれ「かつ」,「または」, 「でない」,「ならば」,「と同値である」という意味をもつ.

論理結合子 使い方 意味
連言∧ P∧Q PかつQ
選言∨ P∨Q PまたはQ
否定¬ ¬P Pでない
含意⇒ P⇒Q PならばQ
同値⇔ P⇔Q PはQと同値である

論理式

命題変数を論理結合子で結んでできるもの(いわば分子に相当する) が,命題論理の論理式である.例えば,

a∧b⇒(¬c) は「箱AにもBにもボールが入っていれば, 箱Cには入っていない」ということをあらわしている.
(¬a)⇒(b∨c) は「箱Aにボールが入っていなければ, 箱Bか箱Cのいずれかにはボールが入っている」ということを あらわしている.
2つの条件を合わせたものは (a∧b⇒(¬c))∧((¬a)⇒(b∨c)) であらわされる.

パズルでは,このような条件をいくつか与えて,それらを満たす 変数a, b, c 等の値の割り振り方(つまりボールの入れ方)を問う. これは一般に「充足問題」と呼ばれるものの典型的な例である.
2.2. 述語論理の場合

述語論理はこの論理パズルよりも複雑な状況(たとえば数学) を記述するのに適している.命題論理では基本的な主張を 命題変数として記号化しているが,述語論理では代わりに 「述語」と呼ばれるものを用いる.
述語

述語とは「xは素数である」,「xはyよりも小さい」 というように,何らかの性質や関係をあらわすもので, 記号的に Prime(x),x < y などで表現される. 命題はそれ自体の真偽が決まっているが,述語は x や y などが 具体的に指定されてはじめて真偽が決まる.
述語論理の論理式はこのような述語から構成される.その際, 論理結合子∧,∨,¬,⇒に加えて,「量化子」(「限量子」 とも言う)を用いる.
量化子

量化子には∀(全称量化子)と∃(特称量化子)の 二種類がある.これらはそれぞれ述語中の変数に伴って 用いられる:

量化子 使い方 意味
全称量化子 ∀x P(x, ...) すべての x に対して P(x,...) である
特称量化子 ∃x P(x, ...) ある x に対して P(x,...) である

例えば「人間は皆死ぬ,そしてソクラテスは人間である, したがってソクラテスは死ぬ」という有名な例を考えてみよう. 「x は人間である」という述語を Human(x), 「x は死ぬものである」という述語を Mortal(x) とあらわせば, これは
1: ∀x (Human(x) ⇒ Mortal(x))
2: Human(ソクラテス)
3: Mortal(ソクラテス)
の1, 2から3を導出する推論として記号化される.

3. 数学基礎論との関わり
19世紀後半の数学では,それまで直観に頼って展開される ことの多かった解析学を厳密に再構成する試みが盛んになり, その基礎である数体系(特に実数)にも反省の目が向けられた. ゲオルグ・カントールの集合論はそのような問題意識から 派生して生まれたものであるが,集合論が発展するにつれて, そこにはさまざまな矛盾やパラドックス(逆理)が内在することが 次第に明らかになって行った.19世紀末には, 集合論は数学のあらゆる理論の基礎である,という認識が 定着していたので,そこに矛盾が内在することは数学自体の 基礎を揺るがしかねない重大な事態だった(数学の危機). このため,20世紀を迎える頃には,数学の基礎を問い直すことが 重要な問題として浮上した.矛盾のない集合論を構築する試みは その後E・ツェルメロ,A・フレンケル,バートランド・ラッセル らによって進められた.特にラッセルは,フレーゲの記号論理学の枠組 (フレーゲはそれによる全数学の再構築をめざしていた)を受け継いで, 論理学の基盤の上に矛盾のない数学的体系を構築するする,という考え方を 追求した.この考え方はアルフレッド・ホワイトヘッドとの共同の著作 「Principia Mathematica(数学原理)」(1910〜13)に結実した.

数学の基礎に関する研究のもう一つの源流を,19世紀後半における 代数学や幾何学の抽象化・一般化に見ることもできる. 「抽象化」とは具体的な対象からそれらを特徴づける性質を抽出し, 抽出した性質だけに基づく考察を進めることである.これによって より広範な対象が見えてくることも多いが,それが「一般化」である. さらに,抽出した性質の一部を変更してそれを満たす対象を探すことは, 新たな研究対象を見出す有効な方法となる.これらの考え方や方法を 総称して「公理化」ともいう.たとえば,19世紀に登場した 非ユークリッド幾何学はそのような発想から生まれた幾何学である. 公理化された数学では定理が成立するための前提やさまざまな定理の 間の論理的関係も明確になる.それが数学の基礎の問題を探る上でも 役に立つことは容易に想像がつく.

19世紀末,ダフィット・ヒルベルトはユークリッド幾何学の公理の 研究を通じて,数学の公理化の考えを深めていた.(古くから知られる ユークリッドの幾何学の公理は今日の基準から見ればあまり厳密なもの ではない.今日「ユークリッド幾何学の公理」として紹介されるのは 実はヒルベルトが整理して厳密化したものであることが多い.) その研究の過程でヒルベルトは幾何学の基礎をなす実数論自体の 公理化の問題に行き当たった.ヒルベルトが20世紀初めに提起した 有名な一連の問題の中に「算術の公理の無矛盾性を証明せよ」 という問題(ヒルベルトの第2問題)が含まれている背景には このような経緯がある(ここで「算術」と言っているのは実数の 算術体系のことである).ちなみに,ヒルベルトの第1問題は カントールにさかのぼる集合論の「連続体仮説」を扱っている.

ラッセルとホワイトヘッドの試みはヒルベルトによって 一層徹底した研究プログラム(ヒルベルトはそれを「証明論」 と呼んだ)に推し進められた.ヒルベルトは記号論理学の枠組で 数学の理論の「完全な公理化」ができると考えた.記号論理学の枠組で 公理化を行うには,数学の理論を「公理系」と「推論規則」からなる 「形式的体系」に翻訳する.形式的体系における「推論規則」とは, 通常は言葉で行われる推論を,論理式の記号的変形操作として 定式化したものである.これによって数学の理論における論証は 記号を操作する一種の「ゲーム」に還元される.公理系はこのゲームの 初期設定であり,推論規則はゲームの規則に他ならない. 証明論はこのゲームを研究する分野ということになる. 「完全な公理化」とは,形式化された理論におけるどのような 命題の真偽も,公理系から出発して推論規則を有限回反復適用すること によって機械的に判定できる(言い換えれば,ゲームが必ず「証明終わり」 か「反証終わり」に到達して終わる),ということを意味する. 数学の理論に対する完全な公理化が見出せれば,今度はその 「無矛盾性」すなわちAという主張と¬Aという主張が ともに導かれることはない,ということを証明することによって, 数学の基礎付けの問題は解決する,というのがヒルベルトの考えだった. このような考え方を「形式主義」という.

しかしながら,クルト・ゲーデルは1931年の論文 「Uber formal unentscheidbare Satze der Prinpicia Mathematica und verwandter System(Prinpicia Mathematica とそれに関連する体系の 形式的に決定不可能な命題について)」(1931)において ヒルベルトの期待を裏切る「不完全性定理」を発表した. この定理(正確には第一不完全性定理と呼ばれる)によれば, 公理系に自然数論の公理系(たとえばペアノの公理系)が含まれる限り, 前述のような形式的な操作では証明も反証もできない論理式が現れる. 言い換えれば,自然数論を含む理論の完全な公理化はできない, ということがわかったのである.さらに,ゲーデルはこの 「第一不完全性定理」に続いて「第二不完全性定理」を見出したが, それは形式的体系の無矛盾性もヒルベルトの期待した形では 証明できないことを示すものだった.ヒルベルトのプログラムは こうして決定的な打撃を受けてしまったが,ゲーデルの仕事は 数学の基礎に関する研究がその後さまざまな方向に発展する 原動力となった.

このような数学の基礎に関わる問題を扱う研究分野を「数学基礎論」 という.数学基礎論は通常の数学と考察の対象が質的に異なる. 通常の数学が扱うのは数・函数・方程式・図形などであるが, 数学基礎論はそのようなものを扱う数学の理論自体の構造 (あるいは理論を展開する論理の構造)を考察の対象とする. そのために,数学の理論を公理系と推論規則からなる形式的体系 として定式化し,「外から」客観的に考察する,という考え方を とるわけである.数学基礎論はこのように対象とする数学を 一段高い所から見ていることになるので「超(メタ)数学」 とも呼ばれる.その意味で,不完全性定理は超数学の定理である. ただし,それを証明するために用いられるのは普通の数学の方法である. このような考え方は一歩間違えると循環論法に陥る危険があるので, ヒルベルトは前述の無矛盾性証明プログラムを進めるにあたって, 形式的体系を扱う数学的議論を有限の操作だけで実行可能なものに 限定するという立場をとった(有限の立場).

それでも数学自身が数学を語るという「自己言及」の側面は 避けられない.古来,この種の自己言及はパラドックスを生むことが 知られてきた.その有名な例は

この文は正しくない

という文である.この文の真偽は決められない(問:なぜか?). 実は,ゲーデルが不完全性定理の証明で示したのは, ある意味でこの文を大掛かりにしたような論理式の存在である (ただしゲーデルの論理式はパラドックスではなくて,意味上は 真と解釈できるものである).そのような論理式をつくり出すために, ゲーデルは論理式をある自然数(今日では「ゲーデル数」と呼ばれる) で表現する技巧を編み出した.これによって記述対象(自然数論を含む 数学の理論)から記述媒体(ゲーデル数という自然数)へのフィードバック すなわち自己言及が可能になる.これは自然数論の「欠陥」ではなくて, むしろ「表現能力の豊かさ」が顕れたものと考えるべきである.

数学基礎論はゲーデルの不完全性定理以後もさまざまな経過を経て 今日に至っている.今日では「数学の基礎を明らかにする」という かつての問題意識は薄れて,むしろ数学の理論構成のさまざまな 「可能性」を探る分野になったと言えるだろう.そこから数学自体に 対していくつかの応用も生まれている.その代表的なものは A.ロビンソンが考案した「超準解析」である.これは実数の体系を 無限大や無限小の要素を含むように拡大することによって「無限小解析」 をより直接的に再構成したもので,その後確率論などに応用されて 大きな成功を収めた.

4. 計算機科学等との関わり
ゲーデルの不完全性定理はまもなく別の方面にも大きな影響を 及ぼすことになった.それはアロンゾ・チャーチの論文 「An unsolvable problem of elementary number theory (初等整数論の非可解問題)」(1936)と アラン・チューリングの論文「On computable numbers, with an application to the Entscheidungsproblem (計算可能数,ならびにその決定問題への応用)」(1936) に始まる.ここでいう「決定問題」は「与えられた論理式が 証明可能か否かを決定する形式的手続きを示せ」という問題である. これはもともとヒルベルトが提起したものだが,内容的に 不完全性定理とも密接な関連がある.チャーチとチューリングは 「そのような形式的手続きは存在しない」ということを示したのである.

チャーチとチューリングは見かけ上まったく異なる枠組みで 決定問題を解釈して,このような同じ結論に到達した. チャーチが用いたのは「ラムダ計算」という抽象的な計算の枠組である. 他方チューリングは現在では「チューリング機械」と呼ばれる仮想的な 機械の概念(これはその後出現する計算機の概念を先取りするものとなった) を導入し,この機械では答の出せない問題(「計算不可能」な数) の存在を示すことによって,決定問題に対して否定的解決を与えた.

チャーチとチューリングの仕事はいずれも,「計算」と呼ばれる ものに対して厳密な意味付けを与えてその限界を明らかにした, ということに第一の意義があるが,同時に,ヒルベルトのプログラム における「証明」を「計算」とみなすことによって,そのような 形式的証明の限界(「決定不可能」な問題の存在)も 明らかにしたのである.同様の問題意識に基づいて計算と論理の関係を 追及して行った人たちに,アルフレッド・タルスキ,エミール・ポスト, スティーヴン・クリーネ,J・B・ロッサーらがいる.1930年代当時には まだ今日の意味の計算機(コンピュータ)は存在しなかったが, 記号論理学と計算機科学の深い関わりはこの頃に始まったということが できるだろう.

実は論理と計算の関係はすでにゲーデルの不完全性定理の証明の中にも 現れている.ゲーデルはそこで「帰納的函数」(正確に言えば 「原始帰納的函数」)という概念を導入した.不完全性定理の証明の 一つの鍵はゲーデル数だが,もう一つの重要な柱はこの帰納的函数の 概念である.帰納的函数は「計算可能な函数」の概念を数学的に 定式化したものであり,今日でもラムダ計算やチューリング機械とともに 計算概念の基本的なモデルとして用いられている.

記号論理学と計算機科学はその後もさまざまな形で影響を 及ぼし合っている.たとえば,プログラムの意味を論じる 「プログラム意味論」や,プログラムの正しさを検証する 「プログラム検証論」では記号論理学の考え方や方法が その基礎にある.また,プログラミングパラダイムの一つ である「論理プログラミング」は文字通り記号論理学に 基づくものであり,その考え方を積極的に取り入れた Prologなどのプログラミング言語も存在する.さらに, 「人工知能」は人間の思考(の一部)を機械で実現しようと するものであるから,「思考の法則」の追求から始まった 論理学がそこに関わってくるのは当然であろう.

さらに,計算機科学と関わりの深い言語学・認知科学でも, 記号論理学の方法による研究が一部では行われている. 特に有名なのは,60年代後半にR.モンタギュが 開始した,様相論理の枠組に基づく自然言語の研究 (モンタギュ文法)である.

5. さまざまな論理体系
記号論理学が対象とする論理の体系にはいろいろなものがある.

最も基本的なものはすでに触れたような「命題論理」と 「述語論理」である.命題論理はブールが最初に考えた 論理に相当するもので,すでに例で示したように,命題の内容には 立ち入らないで命題の「真・偽」のみを問題にする,という立場を 抽象化したものである.計算機やデジタル機器を構成する 論理回路は命題論理の典型的なモデルである.これに対して 述語論理では述語を通じて論理式の中にさまざまな対象 (たとえば数学における数・集合・写像など)を表わす記号 が入り込む.述語論理は我々が通常行っている「事実」の 認識・記述(数学はその典型例である)を抽象化したものと 考えられる.

【注意】正確に言えば,命題論理は「古典命題論理」, 述語論理は「古典述語論理」と呼ぶべきものである.実際, 次に紹介するように,古典論理から「排中律」を排除すれば 直観主義論理と呼ばれる論理体系が得られるが,そのうちの 命題を扱う部分を「直観主義命題論理」,述語を扱う部分を 「直観主義述語論理」ということがあるからである. この意味で,「命題論理」は命題を扱う論理,「述語論理」 述語を扱う論理の総称として用いられる言葉でもある.

命題論理と述語論理は「古典論理」と総称される. アリストテレス以来の流れに沿う論理だからである. これらに対して,20世紀に入ると,ちょうど物理学で 古典物理とは異なる量子物理が現れたように,記号論理学 の研究でも古典論理以外の論理(非古典論理)が 研究されるようになった.非古典論理の代表として 「直観主義論理」と「様相論理」がある.

直観主義論理はL.ブラウワーが数学の新しい考え方として提唱した 「直観主義」の流れを汲む論理で,古典論理において認められている 「排中律」を排除する立場に立つ.排中律とは,Aとその否定¬Aの いずれかが必ず成立する,ということである.これは一見自明なこと のように思われるが,「成立する」ということを「証明できる」 と解釈すれば,決して明らかなことではないことがわかる. また,排中律は背理法による証明の根拠をなすものなので, 直観主義では背理法による証明は認めない.直観主義も 20世紀初めの数学の基礎の問題をめぐって登場した考え方である. ブラウワーは(「形式主義」のヒルベルトとの激しい論争を通じて) 数学の証明から背理法などを排除し,より直接的・構成的なものにする ことによって,当時の数学の危機が乗り越えられる,と主張した. 直観主義論理はその後,数学基礎論の対象としてよりもむしろ 新しい論理体系としての関心を呼び,位相空間論やカテゴリー論との 関わりなど,数学的に豊かな構造をもつことが明らかになっている.

様相論理はアリストテレス以来の伝統を有する論理で, 「事実」を記述する古典論理に「可能性」や「必然性」などの 要素を加えたものである.有名な「風が吹けば桶屋が儲かる」 という話はその意味では様相論理の守備範囲に入ると言うべき かもしれない.実際,この主張には 「風が吹けば,桶屋が儲かることもある」, 「風が吹けば,桶屋は必ず儲かる」, 「風が吹けば桶屋が儲かるに違いない」 などいろいろな捉え方があり得るが,様相論理では このような違いを記述することができる.また,この話は 「風が吹いたので桶屋が儲かった」というように原因・結果の 関係や時間の経過を述べたものと解釈することもできるが, 様相論理ではこのような因果関係や時間の要素を表現する こともできる.以上のように,様相論理は我々が現実に出会う 世界に近い状況を記述することができるので,計算機科学や 言語学・認知科学でさまざまに応用されている.

さらに,命題変数や述語に対して「真」と「偽」以外の真理値を 許す論理もある.そのような論理を一般に「多値論理」 と総称する.多値論理の中でも有名なものに,工学分野で関心を 集めて工業製品にも応用された「ファジー論理」がある.これは 真を 1,偽を 0 の値であらわして(これはブール自身が行った ことである),その間の任意の実数値を(いわば「グレーゾーン」 として)許すことが特徴である.

1980年代後半に見出されて脚光を浴びている新しい論理体系に 「線形論理」がある.線形論理の大きな特徴は「資源」 の概念を扱えるという点にある.このことを説明するために しばしば次のような例え話が引き合いに出される.100円の 缶コーヒーと100円の缶ジュースが買える自動販売機があるとする. 「100円をもっている」という命題をA,「缶コーヒーが買える」 という命題をB,「缶ジュースが買える」という命題をCとすると, この状況は「A⇒B」および「A⇒C」となる.古典論理では これから「A⇒B∧C」が導かれるが,これは「100円あれば 缶コーヒーと缶ジュースが両方買える」という意味になり, 明らかに経済概念に合わない.本当は「100円あれば 缶コーヒーと缶ジュースのどちらか一方のみが買える」とか 「100円玉が2枚あれば缶コーヒーと缶ジュースが買える」 という命題が出て来てほしい.線形論理ではこのような状況が 正しく記述できるのである.このような例を敷延すれば, 計算機やネットワーク上で複数のプログラム(プロセス)が 共有資源にアクセスするような状況も同様であり,実際に, そのような状況を線形論理で扱うような研究も行われている. 線形論理は大きな可能性を秘めた論理体系であり, 今後の発展が期待されている.

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