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朝日新聞[朝刊] 2004.05.18
イラク報道めぐり米が不満
アルジャジーラは「偏向」か
イラク戦争から占領統治を通じ、アラブの立場で数々の独自情報を発信してきたカタールの衛星テレビ、アルジャジーラは、米政府からは偏向報道との非難を受けてきた。しかし、米軍によるイラク人の虐待事件などで米国のイラク「解放」政策が根底から問い直されつつある中、アルジャジーラが果たしてきた役割への評価は逆に高まりつつある。現地を訪ね、実情を探ってみた。(編集委員・定森大治)
アルジャジーラ:
96年、カタールのハマド首長一族が約150億円を出資して設立。100人以上いる記者の多くは英BBCのアラビア語放送で長年働いたことがある。
BBCがサウジアラビア資本でアラビア語のテレビ局を設立し、衛星放送を始めたが、報道の自由をめぐってサウジ政府と対立。そのテレビ局をカタールが買い取る形となった。背景にはカタール・サウジ間の歴史的な対立がある。組織改革に伴う東京支局開設でアジ
ア報道にも力を入れる方針。
■中東メディアの型破る
人口約60万人の小国カタールの首都ドーハは石油と天然ガスの開発ブームに乗って超近代都市に生まれ変わりつつある。
ドーハ南部の砂漠には米中東軍の空軍基地。親米路線をとりながら、イスラム過激派による目立ったテロはない。ただ、アラブ圏を中心に3500万人の視聴者を引きつけるアルジャジーラが、イラクやパレスチナ報道を通して米国批判を繰り広げる。不思議なバランス感覚を持ったアラブ国家といえようか。
先月下旬、米国との定期的な「戦略対話」で訪米したハマド外相に、パウエル米国務長官が不満を漏らした。「偏向したアルジャジーラのイラク報道は両国関係を損ねかねない」
中東の民主化構想を掲げるブッシュ米政権高官が、民主主義の根幹でもある「報道の自由」の原則から外れる発言をしたのは異例のことだ。
独裁的な政権のPRに徹するアラブ世界の従来のメディアと比べると、アルジャジーラの報道は型破りだ。
イラク戦争では、米軍攻撃の犠牲となったイラク市民の遺体やイラク側の捕虜となった米兵の映像を流して、米政府や米メディアから「マスコミの倫理を知らない」とたたかれた。
ビンラディン・テープやアルカイダ幹部のメッセージを独占放映し続けたことから、アルカイダの支援組織だとの批判も受けた。タリバーン政権時代のアフガニスタン、カブール支局長だったタイシール・アルーニ氏は昨年、スペイシでアルカイダ関係者との容疑で逮捕されたが、数カ月後に釈放された。米政府のアルジャジーラたたきの一環だった可能性が強い。
アラブの身内からも、アルジャジーラ批判は出ている。複数のベテラン記者たちから、「サウジアラビアやエジプト政府の批判は平気でやるのに、カタール政府批判はしない」「中立報道であるように見せかけて、反米的な編集者の意図が感じられる番組もある」といった声を聞いた。
アルジャジーラは昨年、幹部人事を合む大幅な組織改革に踏み出した。「偏向」批判との関係を勘ぐる見方もあったが、BBCに30年以上勤めた経験を持つアハメド・アルシェイク記者は「メディアの独立性を守るのは我々自身の倫理観だ。外からの圧力に屈したのではない」と否定する。
一方、アルジャジーラの成功をうけて、他の湾岸諸国でも、ニュースやドキュメンタリー、討論番組などアルジャジーラの方式を採用した衛星テレビ局が続々と生まれている。有能な記者の引き抜きなどテレビ局間の競争も熱を帯び始めた。
中東の民主化を語る米国はアルジャジーラの偏向を批判するよりも、こうした新しいメディアの発展に協力することこそ、自らの使命感にも益する道ではなかろうか。
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「うそ・あおり明らか」
■米政府姿勢の要点
アルジャジーラは偏向していると批判する米政府の姿勢について先月末、米国務省のバウチャー報道官と記者団の間で激しい議論があった。その要点をQ&Aの形で再構成してみた。
Q パウエル国務長官はなぜ、カタール政府に不満を伝えたのか。
A 誤った情報をあおり立てているからだ。満員の劇場で「火事だ」と叫ぶような行為に等しい。それは駐留米軍だけでなく多くの人々を危険に陥れることだ。
Q 米政府は、このテレビ局を閉鎖すべきだと考えているのか。
A 友好関係にあるカタール政府も問題を理解していると思うので、協議中とだけお答えする。
Q アフガニスタンに始まる対テロ戦争では、国務長官らがアルジャジーラに出演し、その影響力を利用してきたではないか。方針転換なのか。
A いや、イラク情勢に関し、ウソやあおり報道が非常にはっきりしてきたためだ。視聴者に米側のメッセージを伝えることは重要だと思う。
Q アルジャジーラが独占入手したビンラディン・テープを、米メディアも報じたが──。
A テープの一部をニュースとして流すことと、テープ全部を何度も繰り返し放映することは違う。世界の著名メディアはそうした報道の責任について理解している。
Q 外国の、とくにアラブの政府が米政府に対して、米国メディアの報道姿勢に不満をぶつけることはあるのか。
A 時々あるが、米メディアは独立した組織であるというのが我々の基本姿勢である。
Q 米国憲法で保障された報道の自由を掲げながら、それとは違う姿勢を外国メディアに言うのは偽善だと思われる。
A アルジャジーラのような危険であおり立てる報道を、米国では見たことがない。
「反米よりイスラム重視」
ワッダーハ・ハンファール報道局長(アルジャジーラ):
パレスチナ自治区ジェニン出身。ヨルダン大学工学部卒。アルジヤジーラでの社歴は4年にすぎないが、南アフリカを振り出しにアフガニスタン、イラク戦争を取材し、その後、バグダッド支局長に。アルジャジーラの組織再編に伴う抜擢人事で03年11月から現職。36歳。
我々はイスラムとアラブの伝統的な価値観を重視する立場をとる。反米主義を打ち出しているわけではなく、独自の倫理に基づいたジャーナリズムを築こうと努力しているのだ。
カタール政府からは財政的な支援を受けているが、編集権に関しては、あくまでも独立した組織なのだ。米政府からの圧力で報道姿勢を変えるように言われたこともなければ、そのような圧力に屈するつもりもない。
アルジャジーラ設立の経緯を見てもわかるように、英BBC放送との関係は深く、新人記者の研修は英国人のベテラン記者が担当している。
ただ、主観と客観報道、中立性と扇情主義の違いについて、我々が探る理念は、欧米メディアとは異なるだろう。
どこの国のメディアでもそうだが、究極の客観報道などは存在しない。米国、日本、中国、アフリカにそれぞれの報道スタイルがあるように、アラブにはアラブなりの報道スタイルがあってもいいではないか。
米政府はアルジャジーラを24時間、点検して、事実の間違いが数多くあると批判している。ファルージャでの戦闘でイラク人の子供や女性が米軍による攻撃の犠牲になったことも、当初は「誤報」だと言っていたが、実態が明るみに出るにつれて沈黙してしまった。
イラク戦争の取材では、約60人ものスタッフを投入し、米英軍ではなく、イラクの側からニュースを伝えてきた。ニュースをでっち上げるのではなく、ニュース価値のあるものを放映してきたのだ。何が残酷で何が残酷でないか。あるいは何が偏向報道なのか。米軍によるイラク人虐待の報道に米メディアが精力を集中している今、アルジャジーラの独自性が再評価されることを期待する。
イラク武装組織による日本人の人質事件で、我々は入手した映像の一部をカットした。あまりに残酷なシーンであり、日本を含めた視聴者に過度の衝撃を与えたくないと考えたからだ。
この世に完全無欠の報道など存在しない。報道の質を高め、視聴者からの信頼性を高める上でも、批判は謙虚に受け入れるべきであることを忘れないようにしたい。