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記者の目:
NGO・報道の「自己責任」論議=藤生竹志(社会部)
◇危険地域ほど役割重要−−国は安易な批判慎め
そら寒い思いがする。イラク日本人人質・拘束事件で、政府や一部の政治家がその5人の「自己責任」を言い立 て、「あんな連中を助けることはなかった」という中傷や嫌がらせが続いていることに、だ。国家が個人に「自己 責任」を押し付けるのは、どう考えてもおかしい。
昨年3月14日から5月1日まで、私はイラク北部を拠点にイラク戦争を取材した。ある日、トルコ国境から宿 へ戻る途中で一緒にいたドイツ人カメラマンの衛星電話が鳴った。
「ジャーナリストが殺された」。戦場取材では必ずといっていいほど記者にも犠牲が出る。「国境なき記者 団」(本部パリ)のまとめでは、昨年はイラクだけで14人のジャーナリストが死んだ。この中には、私が現地で 知り合った記者もいた。
英BBCの看板記者、ジョン・シンプソン氏も、米軍機の誤爆で大けがをした。血が飛び散ったレンズの向こう で現場リポートをしていたジョンの姿を記憶している人も多いだろう。何度か一緒に食事をしたが、あれだけの目 に遭っても彼はすぐにイラクを出てはいかなかった。湾岸戦争(91年)でもジョンは、BBCからバグダッド空 爆開始前に退避指示が出たにもかかわらず残った。自己責任で。
私のイラク滞在中、本社には外務省から何度か「まだいるんでしょうか」と確認の電話があったそうだ。退避勧 告が出ている地域にのこのこ出かけていく日本人は、政府や外務省には邪魔な存在なのだろう。しかし国家や、国 連ですら十分な活動が出来ない危険地域で多くのNGOが活躍している。アフガニスタンでも若い日本人スタッフ が難民を助けようと汗をかいていた。NGOの役割と期待は大きくなり、国家レベルでは手の届かない分野で活動 する彼らに救われた人々は大勢いる。戦争報道でも、戦場で起きている事実やそこで苦しむ人々の姿は記者がいな ければ伝わらない。そういうNGOの実績や戦争報道の意義も政府は否定するのだろうか。
記者もNGOも、自分の身を守るのは自己責任だということは百も承知である。しかしだからといって、何か あった時に国が何もしなくていいわけがない。
拘束された5人の情勢判断が甘かったことは否定出来ない。高遠菜穂子さんらはヨルダンのアンマンから陸路で バグダッドを目指し、ファルージャ近郊で給油中に拘束されたという。私も今年2月中旬には、同じルートでバグ ダッドまで行った。アンマンからバグダッドを目指す場合、国境から5分ほどの所にある給油所でガソリンを満タ ンにし、あとは絶対に止まらないで突っ走るのが普通だ。ファルージャは激戦地になる前も米軍などを狙ったテロ や強盗事件が頻発していた地域であり、なぜ彼らがファルージャ付近で給油したのかは理解に苦しむ。
しかし、いくら周到に準備しても、リスクは絶対にゼロにならない。20年以上も戦争を取材してきた友人のベ テラン英紙記者は「危険が予想される場所へ行くのか行かないのか。決断するのは現場にいる自分しかいないよ」 と、何度も話していた。危険を減らすために、私もイラクでは毎日、戦争取材経験の豊富な欧米のジャーナリスト たちと情報交換したが、それでも頭の上を迫撃砲弾が飛んでいって背後で爆発したことが2、3度ある。
NGOの活動も戦争報道も必要なことだ。それには現場に行かなければならない。事件が起きた後に結果論とし て「無謀だった」と切り捨てるのは簡単だが、フリージャーナリスト集団「アジアプレス」の野中章弘代表は「危 険だから行かないという選択肢もあるだろうが、全員がそう判断してしまったら戦場取材は成立しない」と指摘す る。
一部のメディアでは人質事件の被害者や家族を責める論調が目立つ。犯人グループは自衛隊撤退を要求し、家族 らが撤退を一時、強い調子で求めた。このため「政府方針に賛成か反対か」に焦点がずれ、その面から被害者像が クローズアップされてしまったが、自衛隊のイラク派遣問題と自己責任とは本来、まったく関係がない。自己責任 の押し付けを認めてしまえば、メディアは自分の首を絞める。
危険度が高い地域ほど、困窮し援助を求める人々がおり、報道すべきことがある。「どれだけ多くの人に迷惑が かかるか考えろ」と政府はいう。しかし、NGOやジャーナリストが果たす役割を国家がすべて担えないのなら、 使命感を持って危険地域に入る人たちを安易に批判すべきではない。
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毎日新聞 2004年4月28日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/column/kishanome/news/20040428ddm004070043000c.html